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海ほたる迷宮

 次の日は土曜日だった。

 全国的に小学校は週休2日制で、授業のない休みの日だ。

 

 朝六時半に目覚まし時計で目を覚ました。


「お母さん、おはよう」


「あら、悠星、早いのね」


 僕は洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。

 朝ご飯はお母さんの作ってくれた焼き魚と味噌汁、ご飯を食べてモン○ミンで口を注ぐと


「遊びに行ってくる」


 と、玄関で靴を履きながら声をかけた。


「え、こんな朝早く?」


 お母さんが台所から顔を出して尋ねてきた。


 もちろん、お母さんに迷宮に行くなんて言えるわけがない。

 迷宮は十五歳以上でないと入場できないのだ。


「お昼ごはんまでには戻って来る」


 と、できるだけ普通の声で答えた。


「気をつけてね」


 お母さんは特に疑うこともなく、いつも通りの声で送り出してくれた。

 ゴメン、お母さん。

 


 僕んちはK県K市の住宅街にある。

 家の北側に○川が流れている。

 川を超えれば帝都東京だ。

 その○川沿いのサイクリングロード遊歩道を東に進む。

 バスで行く案もあったけど、結局チャリで頑張ることにした。

 行先は『海ほたる迷宮』、東京湾に浮かぶ人工島の迷宮だ。


 東京湾を横断する高速道路アクアライン。

 その中間地点に海ホタルという巨大なパーキングエリアがある。

 そこの駐車場に突如として迷宮が出現したのだ。

 あの世界同時多発地震の時の話だ。


 その後、海ほたるは大規模な改造工事を経て海ほたる迷宮としてオープンした。

 海ほたるは東京・千葉・神奈川の三大都市圏からアクセス可能な有名な観光地だ。

 海上の眺めが最高で、設備も整っているため、日本でも屈指の人気迷宮とされる。

 


 まず、僕んちからアクアラインのたもとに自転車で向かう。

 ジークを前かごに放り込んで。

 そこまでは約十五キロメートル。

 半分はサイクリングロードで、半分は工場地帯を通る。

 ほとんど信号がないルートだ。

 最高速度でぶっ飛ばすことができる道のりである。

 とはいえ、僕の貧弱な脚力では1時間近くかかってしまう。


 アクアラインのたもとは浮島町という工業地帯だ。

 ここは大部分が工場地帯だけど、一部が商業地域となっていて、そこにある浮島公園を中心に迷宮装備や魔道具を扱う店舗が繁盛している。


 海ほたるにも迷宮向け店舗があるけど、家賃が高額なのとスペースに限りがあるため、多くの店舗がこちらに出店しているのだ。

 公園脇の無料駐輪場に自転車を停める。


 そこからは高速バスで海ほたるまで十五分ほど。

 バス停に向かうとジークは僕の肩に乗っかってきた。

 バス停では、早朝のせいか僕以外にお客さんはいない。

 基本的にこの辺りは工場地帯だし、商業地区の店屋もコンビニぐらいしか開いていない。


『(あ、ちょうどバスが来たにゃ)』


 ジークは素早く自らに隠蔽魔法をかけると、二人してバスに乗り込んだ。

 驚いたことに、バスは八割方埋まっていた。

 何人かの乗客がジロリと僕に目線を向けた。

 彼らは観光客には見えなかった。

 緊張感が漂っているようだった。


 ◇


「ここが海ほたるか」


 海ほたるの1階駐車場がバスの停留場になっている。

 ここは迷宮が出現したあとに増設された部分だ。

 最先端の人工島、メガフロートを海に浮かべて建設された新しい施設だ。


『(じゃあ、迷宮に向かうにゃ)』


 迷宮はバス停留場に隣接するエリアにあった。

 もともとは海ほたるの駐車場だったんだ。

 今は、そこには特殊迷宮庁の堅牢そうなコンクリートで囲まれた建物が建っている。

 ちょっとした学校程度の大きさがある。

 窓には鉄格子がはめられていて物々しい。


 特殊迷宮庁は、日本の迷宮を統括する日本の政府機関だ。

 この建物の中に迷宮への入口があり、二十四時間体制で管理されている。



「さて、ここまで来ちゃったけど……」


 建物の前で足がすくんだ。


『(何、ブルってるにゃ)』


「当たり前だろ。こんなこと見つかったらお母さんに怒られちゃう」


 想像して怖くなった。


『(大丈夫だって)』


「大丈夫なもんか。ジーク、お母さんが怒ると怖いの、知ってるだろ? この前もお父さんが」


『(ああ、○ャ○クラと言うところへ行ったとかで母上が烈火のごとく怒ってたにゃ。父上、土下座してたにゃ)』


 先週の出来事を思い出したようだ。


「あれから、お父さん、毎朝自宅前の掃除が課せられたんだぞ」


 朝六時から三十分、雨の日も容赦なく。


『(悠星、大丈夫だにゃ。ちょっとだけ覗いていこうにゃ。魔道具ぶっ放すぐらいはやっておこうにゃ)』


「ちょっとだけだぞ。ていうか、本当に入口を突破できるんか?」


 入口には警備員が立っている。


『(昨日の夜、隠蔽魔法を見せたにゃ? 今日だって、ボクは隠蔽魔法でバスをやり過ごしたにゃ?)』


「うん」


 確かにバスの運転手も乗客もジークの存在に気付いているように見えなかった。


『(じゃあ、悠星にも魔法かけるにゃ)』


 人のいない場所でジークが呪文を唱える。

 すると、僕の体が薄い光に包まれた。



「凄いな。誰も僕に気が付かない」


 通りすがりの人々が、まるで僕が透明人間になったかのように素通りしていく。


 特殊迷宮庁の建物に入る。

 エントランスの左側にはお土産屋や食事処などの商業施設、右側が迷宮用の施設だ。

 僕はあたりをうろついてみた。

 誰も僕に注意を払わない。


『(何度も言ってるにゃ。ボクの隠蔽魔法は完璧だにゃ)』


 迷宮の扉に飛び込む前に、誰もいないのを見計らって握力検査をした。

 体力測定のできるコーナーがある。

 ジークにチェックしとけと言われたのだ。

 握力は二十kgだった。


 それから、迷宮の扉に向かう。

 あの向こうに飛び込むのには勇気が必要だった。

 迷宮の入口の前には金属探知機のようなゲートがあって迷宮庁の制服姿の職員が鋭い目で入場者をチェックしている。

 彼らの横をすり抜けるときには心臓が飛び出そうなほどドキドキした。

 やっぱり、僕に注意は払われなかった。

 ゲートの機械も反応しなかった。



 なんとかゲートを通過すると、眼の前には不透明な窓ガラスのような空間があった。

 そこが迷宮への入口だ。


『(さあ、中に入るにゃ)』


 ジークに促されて、僕はその空間に恐る恐る足を踏み入れた。

 ほんの一瞬気の遠くなるような感覚のあと、その先は階段になっていた。

 階段を降りていくと不可思議な光景が飛び込んできた。


「ここは公園?」


 それ自体は少し感銘を受けた程度だ。

 薄暗い洞窟を想像してたからね。


 本当に驚いたのは、公園を取り巻く環境だ。

 いきなり開けた世界が展開したからだ。


 どこまでも青く透き通った青い空。

 地平線まで続く緑の草原。



「ここは地下なんだよね?」


『(下の階に行くと、森林のフロア、海のフロア、火山ステージ、いろいろあるにゃ)』


「まるで別世界だ」


『(悠星、まるで、じゃなくて別世界そのものだにゃ。異次元の世界なんだにゃ)』


「はあ」


『(まあ、不思議の世界だよにゃ。眼の前の公園なんてなんて代々木公園そっくりなんだにゃ)』


「へ?」


『(どの迷宮でも地下1階にある公園はどこかの公園そっくりにゃ)』


「しかも、なんだよ、この青空。ここは地下の迷宮なんでしょ?」


『(まあ、慣れろとしか)』


 そういえば、うっすらとテレビで解説してたような気がする。

 へーとしか思っていなくて忘れていた。


 ◇


「おい、ジーク、ふざけてんのか?」


 僕はいきなり腹をたてた。

 だって、地下1階の魔物、スライムを討伐したい。

 その最高手段としてジークが取り出したもの。

 

「はぁ? ピコピコハンマー?」


 ピコピコハンマー。

 これで頭を叩くと、『ピコ』っていうヤツ。

 ビニール製の。

 青とか赤色の。


『(悠星、マジなんだって。これもちゃんとした魔道具にゃ。ちょっとこれでスライムを叩いてみるにゃ)』


「まじかよ~」


『ピコ』『バン』


「まじかよ!」


 スライムが破裂した。

 ピコピコハンマーで叩いただけで。


『レベルが1になりました』


「え、何?」


 僕は突然、全身にエネルギーがみなぎるのが分かった。


『悠星、レベルがアナウンスされたかにゃ?』


「うん」


『レベルは迷宮内でのみ通用するステータスだにゃ』


「えと……それって、ゲームみたいな?」


『(そうにゃ)』


 迷宮の環境の不可思議さには驚かされた。

 さらに、レベルという概念。

 ここが現実の世界とはかけ離れていることがわかる。


「だけどさ、これが魔道具?」


『(悠星。バカにするにゃ。そのハンマーから風魔法風刃が発せられるにゃ)』


 スライムはほとんど無害で魔物の中では最弱レベルだ。

 でも、討伐するのが非常に難しい。

 

 まず、ほとんどの物理攻撃を受け付けない。

 攻撃するには尖った槍状のものでスライムの核を突き刺す。

 これが物理攻撃では最上の方法と考えられている。

 

 ところが、やってみると案外難しいのだ。

 コツが必要だ。


 その点、ピコピコハンマーは簡単だ。 

 スライムは特に風魔法に弱い。

 その風魔法のうち、風刃のような鋭利な攻撃にスライムは弱い。


『(悠星、魔石を拾っておくにゃ)』


「魔石? どこ?」


『(その小さな青い粒にゃ)』


「え、こんなに小さいの? 米粒よりずっと小さいじゃん」


『(その大きさでも売ると千円になるにゃ)』


「そんなにするの? あ、拾ってみたらけっこう重いんだね」


「密度はこの世界でも最高レベルに重いにゃ」



 そして、僕はその日のうちに百体以上のスライムを討伐した。

 楽勝だった。

 僕のレベルは四にまで上昇した。

 レベルが上昇するたびに、肉体そして精神が覚醒し、力の向上を実感することとなった。


 百個以上のスライム魔石にはずっしりとした重さを感じさせた。

 それは実際以上に重く感じたのだった。



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