地下四階では
「ティーパーティはありがとね」
「いや、こちらこそ。招待頂いて光栄だったよ」
「そんなに堅苦しく言わないでいいのよ。大人たちが文学や芸術の話で盛り上がっていたから、悠星くんにとっては退屈な時間だったんじゃないかしら?」
「いや、そんなことないよ。刺激的な話が多くて楽しかったよ。それよりも、礼儀を失したんじゃないかと心配だった」
「そんな心配は無用よ。皆さん、悠星くんの幅広い教養と的確な意見に感心していたわ。それに、私の友人を招いてのお茶会は月に一度は開いているのよ。お母さんたちは私の友達と話すのが好きなのよ」
「でも、皐月のお父さんが出席するのは初めて見たかも」
「ああ、そうね。お父さん、日曜日でも家にいないことが多いし。でも、お父さんも悠星くん自身や悠星くんの曽祖父様のお話を聞きたがっていたよ。楽しかったって」
「お母さんも喜んでたわ。悠星くん、話題がつきないのね。いろいろ博識すぎる」
「私の母も同じことを言っていたわ。悠星くんがフランス文学に造詣が深いのは知っていたけれど、お母さんたちも相当な読書家で博識なのよね」
「私も悠星くんに勧められて、プルーストの『失われた時を求めて』に挑戦してみたんだけど、時系列が複雑で心理描写が細かすぎて、途中で読むのを諦めてしまったの」
「ああ、確かに物語の展開が複雑で、時間の流れも前後して分かりにくいよね」
「作中で描かれているのは、人間の意識の流れや記憶、そして夢の世界なんでしょう?」
「うん」
「その本から話題が南米文学に移っていったのよね」
「ああ、素晴らしい作家たちを紹介していただいて、僕はすぐにネットで本を注文したよ」
注文したのは、
ホルヘ・ルイス・ボルヘス
『記憶の人、書物の人』
フリオ・コルタサル
『石蹴り』
ガルシア・マルケス
『百年の孤独』
「『百年の孤独』といえば、お父さんが言っていたけど、日本の焼酎メーカーがその小説にちなんで商品を作っているそうね。世界的な名作なのね」
「日本はどうかわからないけど、世界的にはベストセラーになってるらしい。ノーベル賞もとったし」
「その話からジャズの話になったのよね。なんとかっていうサックス奏者の話」
「エリック・ドルフィという方だね。その焼酎のボトルに、彼の印象的な言葉が引用されていたという話だった」
「お父さん、ジャズ好きなの知ってたけど、結構なマニアなのかしら?」
「詳しそうだったね」
『(あとなんと言ってもスィーツにゃ。素晴らしすぎるにゃ)』
「あれ? ジークさん、スィーツ食べたっけ?」
『(はは、ちょっとにゃ)』
「こっそり失敬してたってよ。オコの分といっしょに」
「ああ、それはよかった。シマくんとモモちゃんの分は後でちゃんとあげたのよね」
◇
さて、皐月さんと音羽さんは地下四階に降りることにした。
出現する魔物は三階と同じだ。
角があるのが特徴だ。
角ウサギ
角ラグーン
角コウモリ
角ネズミ
三階と違うのは、四階は集団で登場する。
それだけで格段に難易度があがる。
「私の気配察知能力のレンジが、以前の倍以上に広がっているのを感じるわ」
「本当ね。少なくとも半径二十メートルくらいまでは、魔物の存在を正確に感知できるようになったわ」
「うん、それに加えてレベルアップによって反射速度も格段に向上していると思う。以前より素早く対応できているよ」
彼女たちは地下三階では安心して見ていられた。
バックアタックでも動揺することなく、対処していた。
ああ、キモブタたちは迷宮庁が対策してくれることになった。
後ろからついてくる奴らを三階入口でストップさせたのだ。
さらに、僕達が地下二・三階でダッシュして迷宮をくぐり抜けたことにより、奴らはまるで追いつくことができなくなっていた。
「地下四階は二つの特徴がある。一つは開放型であること。見た通り、一階の草原のように草原と青い空が果てしなく広がるように見えるステージだ。ただ、端にたどり着くと反対側の端に移動する」
「この迷宮って、本当に不思議な法則で成り立っているのね」
「うん。もう一つは三階の魔物が集団で襲ってくることだ」
「しかも、三六○度全方向からってことね」
「ああ。二重の意味で難易度が上がっている。ただ、基本は同じだ」
「極力、遠距離で捕捉して遠距離攻撃をしかける」
「そういうこと。でも、撃ち漏らす敵が出てくる。そういう奴らにはこの盾を使って欲しい」
「盾?」
「この盾に攻撃してくると、盾自体がカウンターをかけてくれる優れモノだ」
「まさに魔法の道具って感じね。属性はないの?」
「うん。無属性系のね。カウンターのかけ方は、いわゆるアクティブ・ディフェンスのうち、ソフトキル・システム。突っ込んできた魔物を誘導してこちらの位置情報を混乱させるというもの」
「そうやって敵を混乱させている間に、反撃の機会を作り出すってことね」
「そう。まあ、やってみようか」
彼女たちはどんどん魔物を察知し、すぐさま攻撃魔法を放っていった。
時折、攻撃をかわして接近してくる魔物もいたが、新しい防御盾の使い方をすぐにマスターして、効果的に対処できるようになった。
◇
「以前は怖かった角ウサギも、今では先手を取って倒せるようになってきたわね」
「そうね。群れで襲ってきても、もう怖くない。きちんと対処できる自信がついてきたもの」
「最初は可愛らしい見た目のウサギさんだと思ったけど、実際に見ると全然違う。あの不気味な目は、とても生き物とは思えない」
「その通りだね。あの赤く光る目は恐ろしい。私たちを捕食しようとする獰猛な眼差し。知性を感じさせない飢えた目。でも、倒すと黒い霧になって消えてしまうので、どこか現実味が薄れて、ゲームをしているような感覚になるよね」
「本当に安心した。迷宮に入る前に、経験豊富なシーカーの先輩が『魔物との戦闘には自然と慣れていくから心配しないで』って励ましてくれたけど、まさにその通りになったわ」
「そうね。でも油断は禁物よ。この地下四階では、魔物たちの動きが少しずつ巧妙になっている気がする」
「確かに。さっきの角ウサギの群れも、以前より連携が取れているように見えた」
「ええ。一匹が正面から襲いかかってきたと思ったら、別の一匹が側面から忍び寄ってくるの。まるで作戦を立てているみたい」
「それに、角コウモリの群れも厄介ね。上空から急降下してくる時のスピードが尋常じゃないわ」
「私たちの気配察知能力が向上したおかげで、彼らの動きを事前に読めるようになったけど、それでも対応が難しい時があるわ」
「角ラグーンと角ネズミの組み合わせも要注意ね。角ラグーンは遠距離から魔法攻撃を仕掛けてくるのよ。そのスキに角ネズミが後ろから不意打ちを仕掛けてくるなんて」
「そうそう。だから私たちも常に周囲の地形を意識して、背後の安全確保を怠らないようにしないと」
彼女たちは会話を交わしながらも、周囲への警戒を緩めることはなかった。時折、遠くから聞こえてくる魔物たちの唸り声に耳を傾け、その方向を確認し合う。
「あっ! 三時の方向から角ウサギの群れが接近中!」
「了解! 私が盾でカウンターを仕掛けるから、その隙に一気に倒しましょう!」




