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悠星、お茶会(ティーパーティ)に招待される2

 ああ、気絶しててよくわからなかったけど、どうやら今日のパーティは終わったようだ。


 覚えているのは、お菓子が美味しかったこと。

 それと、僕の曽祖父さんのことを聞かれたこと。

 なにかここ佐橋家に随分と縁があったようだ。

 

 曽祖父は戦争中の英雄だ。

 お父さんや叔父さんにしょっちゅう自慢される。

 戦後は大きな本屋を経営してた。

 いろいろと顔が効いたんだろう。


 あとは、二人のお母さんがいわゆる山の手言葉、お嬢様言葉を使っていたことか。

 川をはさんだだけなのに、うちの近所とは違う随分と優雅な感じがした。



「(しかし、凄かったね。あんな高級なお菓子、食べたことないよ。一つ一つが芸術品みたいで、もったいなくて手が出せなかった。食べたけど。それに、紅茶も香りが全然違うし、カップも高そうで怖くて持つ手が震えたよ)」


 これは帰りの電車の中でだ。


『(有名なパティシエ呼んでたにゃ)』


「(上級国民の生活を垣間見たな)」


『(だけどね、あの街も大変みたいにゃ)』


「(どこが?)」


『(さっきにゃ、おまえの家、相続大変って話したにゃ?)』


「(うん)」


『(この街だと、おまえんちの五倍から十倍以上大変なわけにゃ)』


「(あ)」


『(一軒あたりの土地の広い高級住宅地。土地だけでも五億とか十億とかそれ以上の物件ばかりにゃ)』


「おお」


『(相続税だって億かもしれんにゃ。そんなの払えるかにゃ?)』


「考えられないね。普通のサラリーマンの年収じゃ無理だよね」


『(普通のサラリーマンには無理だにゃ。でもさ、売るわけにもいかないんだにゃ)』


「そうなの? 分割したりすれば?」


『(最低の土地の広さが決まってるって話にゃ。かといって住宅専用地だからマンションが建てられないにゃ)』


「なるほど。そういう規制があるんだ」


『(不便ってわけじゃないけど、そこまで便利な土地じゃないにゃ。都心へのアクセスはそこそこ、買い物もそこそこ便利ってレベル。都心のタワマンとかには負けるにゃ)』


「確かに、駅前には少し商業施設があるけど、街には住宅しかないもんね」


『(だからといって、田園調布の伝統があるわけにゃ? 規則を変えてマンションが立ち並ぶなんて住民には考えられないわけにゃ)』


「わかる。あの雰囲気壊したくないもんね。緑も多いし、静かだし」


『(ね、お金持ちにはお金持ちなりの難しさがあるわけにゃ)』


「住民も意識高いだろうし。庭の手入れとか、家の外観とか、みんなきれいにしてたよね」


『(そうだにゃ。古くからの住宅地だから、意外とこなれてそうなんだけど、庶民の住宅地とは違うだろうにゃ)』



「ところで、今日のパーティで気になったことがあるんだ」


『(なに?)』


「皐月さんのお父さんが、僕の曽祖父さんの話を熱心に聞いてきたこと」


『(ああ、あれにゃ。なんでも戦時中、佐橋家と深い関係があったらしいにゃ)』


「うん。でも、どんな関係だったんだろう?」


『(さあ。戦時中の話だからにゃ。記録も残ってないだろうし)』


「お父さんに聞いても、詳しいことは知らないって。ただ、曽祖父さんが戦後、本屋を始めたときに佐橋家が援助してくれたとは聞いたけど」


『(そうなんだ。まあ、なんとなくだけど、佐橋家は神楽家に恩義がある感じだったにゃ。本屋は恩返しの一環だったんだろうにゃ)』


「うん。昔話で懐かしかったのかな」


『(今回お茶会に呼んだのはそれだけじゃないだろうけどにゃ)』


「え?」


『(両家とも、おまえに興味を持ってるってことにゃ)』


「そんな。僕なんかに」


『(いや、まさに"僕なんか"だからこそじゃないかにゃ?)』


「どういうこと?」


『(考えてみるにゃ。あの二人は上流階級のお嬢様にゃ。周りにいるのは、同じような環境で育った子どもたちばかり)』


「ふむふむ」


『(でも、おまえは違うにゃ。普通の家庭で育って、家柄もしっかりしていて、頭がよくて、しかも生活力がありそうにゃ)』


「それ、褒められてるの?」


『(まあ、新鮮な存在ってことだろうにゃ。それに、おまえには曽祖父さんという、佐橋家との繋がりもある)』


「うーん」


『(まあ、気にすることはないにゃ。ただ、これからもっと深い付き合いになるかもしれないってことだにゃ)』


「えー。今日みたいな緊張、もう二度と味わいたくないよ。半分、白目むいてたんだぞ」


『(でも、お菓子は美味しかったにゃ?)』


「それはそうだけど……。ていうか、おまえ食べてないだろうな?」


『(ふふふ。帰りがけに残り物をこっそりとパクってきたにゃ。オコの分と一緒ににゃ)』


「なんだそれ。まあでも、確かに美味しかった。特にあのタルト。ベリーの酸味と生地の甘みのバランスが絶妙で」


『(おい、また食べたくなってきたにゃ)』


「無理無理。あんな高級なお菓子、普段は食べられないって。それに……」


『(それに?)』


「なんか、僕には似合わないというか。場違いすぎる」


『(まあ、慣れの問題もあるにゃ。それに、おまえだってこれから色んな経験を積んでいくにゃ)』


「そうかな……。でも、やっぱり僕は普通の暮らしの方が性に合ってると思うよ」


『(それはそれでいいんじゃないかにゃ? ただ、視野は広げておいた方がいいにゃ)』


「うーん。まあ、そうだね」


 電車は、僕の住む街へと走り続けていた。

 窓の外には、夕暮れの街並みが流れていく。

 今日一日の出来事を思い返しながら、僕は深いため息をついた。

 これから先、どんな展開になっていくのか。

 それを考えると、少し不安になる。

 でも同時に、何か新しいことが始まるような、そんな予感もしていた。



『(あ、そうにゃ。大◯堂寄るんじゃなかったっけかにゃ?)』


「あ! 忘れてた! 多摩川駅で降りよう!」


『(大忙しだにゃ)』


 結局、大◯堂から家まで歩いていった。

 ちょっと靴擦れが痛かった。



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