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悠星、お茶会(ティーパーティ)に招待される1

「なんだよ、お茶会って。そんな高級国民のイベントに庶民を招待なんて胃が痛いんだけど」


『(悠星、先日の件があったにゃ? おまえが黒服を脅した件)』


「脅したなんて大げさな。ちょっと忠告しただけじゃんか」


『(いや、あれは脅し以上だったにゃ。脅迫?)』


「えー。相手、大人だったじゃん。脅迫なんてできるわけないだろ」


『(ま、あの二人は上級国民のお嬢様にゃ。護衛を何人もつけるぐらいのにゃ。そりゃ、胡散臭いやつが近づいてきたんなら警戒するにゃ)』


「近づきたくて近づいたんじゃないのに」


『(まあまあ。多分だがにゃ、それは向こうもわかってるにゃ。観察して有能そうだから、取り込みに来たんだにゃ)』


「取り込み?」


『(お嬢様の護衛に最適だろってところにゃ)』


「は? 護衛? 勘弁してよ。だいたい、お転婆娘の手綱が握れてないってことだろ?」


『(まあ、言ってやるにゃ。難しい年頃なんだろにゃ)』


「難しいって、それこそ年頃の娘を迷宮に行かせるかな。女の子だけで」


『(だから、大量の護衛をつけてたにゃ。しかも、こっそりと。ありゃ、お嬢様が暴走してるかなにかだにゃ)』


「うーむ。私、パパの助けなんかいらない! とかか」


『(ま、そんな感じだろうにゃ。いいじゃないか。ハイソの人たちにゃ。お菓子なんかも凄いのがでてくるかもにゃ)』


「おまえ、まさかそれが目的なんじゃないだろな。まあ、お茶会っていうけど、普通に紅茶飲んでお菓子食べておしゃべりして、って感じなんでしょ? お菓子はちょっと楽しみかも。毎年、夏になると外国の避暑地に行くような人たちだからな」


『(へへへ)』


「あ、オコも顔を出したぞ。おまえら、食べられるわけないだろ。てか、影から顔を出すなよ」


『(えー)』


「それはともかく、ティーパーティの本場イギリスでは手土産はいらないってな」


『(いや、手土産の代わりに招き返すのが当たり前だから、っていうのもあるそうだにゃ)』


「え?」


『(ははは。悠星くん。頑張ってにゃ)』


「ムリすぎる」


『(まあ、こうやってアドバイスもらってプレミアムなチョコレートかってきたんだしにゃ)』


「セーフだよな?」


『(向こうもうるさいこと言わないって思うにゃ)』


「おまえら食べられないから、帰りになにか買って帰ろっか」


『(田園調布だからにゃ)』


「彼女たちからおすすめ聞いたろ?」


『(レピ◯ールにゃ? 駅前の)』


「貧乏人の男が一人で行く店じゃないでしょ。あんな高級パティスリー、入るだけでも緊張するよ。ショーケースの中のケーキ、一つ一つが芸術品みたいだし」


『(大◯堂は?)』


「鮎焼きなら、お母さんも好きだしな」


『(じゃあ、そこに寄ろうかにゃ)』


「よし、それにしても彼女の家が田園調布か。あの辺りって、豪邸ばかりだよね」


『(もう何代にもわたって住んでるらしいにゃ)』


「超お嬢様じゃん。まさか、こんな上流階級の人たちと知り合いになるなんて思ってもみなかったよ」


『(音羽さんだって、父親は大きな病院の院長さんで、自宅は自由が丘の豪邸だもんにゃ)』


「グーグルで見ただけだけど、豪邸街だよな。なんか、建築雑誌に載ってそうな家ばっかり。庭も広くて、高級外車が停まってるし」


『(悠星の家だって、一般的には結構なもんにゃ? 比較対象が凄すぎるだけで)』


「両親の建てた家に文句つけちゃいかんよな。それに、うちだって駅から近いし、広めの庭もあるし、贅沢言えないよ」


『(そうだぞにゃ。だいたい、普通の一般サラリーマンなら購入できんような家だにゃ)』


「そうなの?」


『(おまえ、あの辺りの地価をいくらだと思ってるにゃ)』


「知らん」


『(楽勝で一億円越えるにゃ)』


「マジか」


『(土地が広いからにゃ)』


「もともと農家で、昔は田舎で山地だったって。おじいちゃんから聞いたよ」


『(いまや、閑静な住宅地。相続大変にゃ)』


「そうなのか?」


『(詳しくは知らん。ボクは猫だからにゃ。だけど、一千万軽く越えてもおかしくないんじゃないかにゃ?)』


「ウソだろ。そんな税金払えるわけないじゃん。普通のサラリーマンの年収の何倍だよ」


『(専門家に聞けにゃ)』


「うげー。相続税のことなんて考えたこともなかったよ。まだ若いのに、なんか将来が不安になってきた」


 などとタクシーの後部座席でジークとこっそり会話を交わす。

 普段はタクシーなんか使わないけど、今回は気張ったんだ。


 ◇


 僕んちから皐月さんの家までは四~五kmってとこ。

 チャリで行っても十~二十分程度の距離だ。

 でも、お呼ばれしたのでちょっと気張った服を着た。

 皐月さんたちにプレゼントしてもらった服だけど。

 上はネイビーのサマージャケットに白ティー。

 下はオフホワイトのパンツと黒の革靴。

 革靴は新品で、まだ少し固くて歩きづらい。


 田園調布は何回かチャリで回ったことがある。

 緑豊かな高級住宅街で、道路も広くて整備が行き届いている。

 皐月さんの家は駅前の放射線道路沿いにあった。

 土地は僕の家の三倍ぐらいはありそうだ。

 家は外からはよくわからない。

 立派な生け垣で囲われているからだ。

 生け垣は常緑樹で、丁寧に刈り込まれていて見事な壁を作っている。

 同じく、立派な門扉にあるインターホンのボタンを押す。

 インターホンは最新式で、カメラ付きのモニター画面が埋め込まれている。


「はい、どちら様ですか」


「神楽です」


 で、出迎えてくれたのは皐月さんだった。

 彼女は白のワンピース姿で、優雅な雰囲気を漂わせていた。

 お手伝いさんとかがズラリと並んでいたらどうしようかと思ったが、家事はお母さんがほとんど全てやっているらしい。

 ほとんど、というのは定期的に家事代行を頼んだりするからだ。


 なにせ、家が大きい。

 僕の家が四十坪程度なんだけど、その倍は軽くある。

 まさしくお屋敷という名にふさわしい重厚さで圧倒される。

 外壁は落ち着いたベージュ色で、屋根は深い茶色の瓦が美しく並んでいる。


 そんな広い家に三人暮らしだという。

 掃除だけでも大変だ。

 皐月さんも掃除はするらしい。

 もちろん、自分の部屋以外もキレイに保っているとのこと。

 いちいち立派な玄関に入ると、大理石の床が靴音を反響させる。


「よく来たね」


 と出迎えてくれたのは、大人三人と音羽さんだ。

 音羽さんは薄いブルーのブラウスに白のスカート姿で、清楚な印象だ。


「始めまして。神楽悠星といいます。本日はお招きに預かりまして」


 おお。

 噛まずに言えた。

 ずっと、練習してたからな。

 鏡の前で何度も何度も繰り返した甲斐があった。

 

 それから、大人の紹介をしてくれた。

 皐月さんのご両親と音羽さんのお母さんだった。

 皐月さんのお父さんは紺のジャケット姿で、お母さんは上品な着物を着ていた。

 音羽さんのお母さんは、女医で今は引退しているらしい。

 シックなワンピース姿で、知的な雰囲気を醸し出している。

 

『(おいおい、両家揃っておまえの品定めだぞ)』


 ジークがこっそりプレッシャーをかけてくる。

 なんの因果で僕が上級国民の集いに出なくちゃいけないんだ。

 緊張で背筋が自然と伸びる。


 エントランスは僕の部屋より広い。

 曲線の階段が二階に続いており、ベージュでまとめられた内装クォリティの高さが子どもの僕にもよくわかる。

 シャンデリアが天井から優雅に垂れ下がり、壁には西洋の風景画が飾られている。


 案内された部屋もまたもや広くて部屋の高さがすぐにわかった。

 天井まで優に四メートルはありそうだ。

 アンティーク調の家具が配置され、大きな窓からは手入れの行き届いた庭園が見える。


 席につくと、軽く雑談を交わす。

 そして、


「今日は◯◯からパティシエに来てもらったよ」


 といってパティシエを紹介してくれた。

 白い調理服に身を包んだシェフは、凛とした佇まいで微笑んでいる。


 まて。


 今日のためにパティシエを呼ぶ?

 後で聞いたんだけど、有名な人らしい。

 テレビにも度々出演している実力派だという。


『(凄い歓待ぶりだにゃ。こりゃ、……)』


 ジークの囁きをむりやり打ち切る。

 すでに僕は汗水たらたらだ。

 季節は夏。

 いや、冷房は効いてるんだけどね。

 すごく、逃げ出したい。

 緊張で手が震えそうになるのを必死に抑える。


 そこへ、お手伝いさんがワゴンを押して入ってきた。

 銀のティーポットから立ち上る湯気と、色とりどりのケーキが載った三段スタンド。

 まるで高級ホテルのアフタヌーンティーのような豪華さだ。


 一番上の段には、真っ赤なベリーをふんだんに使ったタルトが並んでいる。

 艶やかな表面が光を反射して、宝石のように輝いている。

 中段には、ショコラとピスタチオのマカロンが可愛らしく配置されていた。

 一番下の段には、季節のフルーツを贅沢に使ったショートケーキが置かれている。

 生クリームの白さが際立ち、黄桃やキウイ、ブルーベリーが鮮やかな彩りを添えている。


 紅茶は、アールグレイの香りが漂う。

 上品な茶器に注がれた琥珀色の液体が、静かに湯気を立てている。

 砂糖とミルクも、それぞれ銀の容器に入れられて添えられていた。


「どうぞ、お好きなものを召し上がってください」


 皐月さんのお母さんが優雅に微笑みながら勧めてくれる。

 僕は緊張した手つきでフォークを取り、一番上のタルトに手を伸ばした。

 フォークを入れると、サクッという心地よい音と共に、生地が綺麗に切れる。

 一口食べると、タルト生地のバターの香りと、ベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。



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