密偵2
「その後しばらくはその場所で活動を続けていましたが、別のパーティが下りてきたため、お嬢様方は地下二階に戻って活動を終えることになりました」
「当然、少年の後をつけたんだろうな?」
「はい。少年は高速バスを利用して移動しました。私どもは、お嬢様の護衛を他の仲間に引き継いだ後、彼の後を追跡しました」
「高速バスか。どこで降りた?」
「浮島町公園入口でした。時間はお昼時を少し過ぎたあたりで、商業施設があるとはいえ、その時間帯ではあの停留所で降りる乗客は多いとは言えません。しかし、我々も追跡のため降りざるを得ませんでした」
「むしろ、海ほたるに向かう人の多くなる時間帯だからな。海ほたるからバスに乗ってあそこで降りるというのは確かに少ないかもな」
「できるだけ距離を取って追跡を続けていましたが、突然彼の姿が消失したのです。慌てて消失地点まで駆けつけました」
「それで?」
「すると突如として彼が我々の前に現れ、『おじさんたち、何をしているんですか?』と声をかけてきたのです」
「彼は最初から気付いていたということか」
「はい。さらに『迷宮の中でずっと僕たちを監視していましたよね? あなたたちは何者なんですか?』と追及してきました」
「なんと。君たちの隠密行動は見破られていたというわけか」
「その通りです。私どもの隠蔽スキルは地下三階クラスの魔物程度では気付かないレベルです。しかも、十分な距離を取っていたにも関わらず、彼は気付いていたということになります」
「しかも、迷宮の外でもスキルを使用できるということか」
「はい。驚異的な気配感知能力です。さらに、彼自身も高度な隠蔽スキルを使用していたことが判明しました」
「私どもは事実を否定しようとしましたが、全く通用しませんでした。彼は凄まじい殺気を放ちながら『嘘をつくなら、このまま東京湾に沈めますよ?』と警告してきたのです」
「元B級シーカーが手も足も出なかったというのか」
「はい。冗談ではなく、本物の殺気でした。先ほどの大学生たちが倒れた理由も理解できました。あれは間違いなく高レベルの『威圧』スキルでした。威圧スキルはレベルの高いものが低いものに対して行うものです。つまり、少年は我々より格上ということです」
「ほう」
「私どもは実際に生命の危険を感じました。あれは実戦経験者、実際に生死を賭けた戦いを経験した者のみが発する種類の殺気です。観念して、私どもはお嬢様の護衛である事実を告白しました」
「まあ、そうなれば仕方がないな。その後は?」
「彼は意外にもすんなりと納得し、『あのようなお嬢様を、危険な迷宮に行かせる親は何を考えているんだろうと思っていました』とまで言われました」
「まったく反論の余地がないな」
「その後、彼は『どうせ調べられることでしょうから、先に言っておきます。僕は◯◯に住んでいる公立中学生で、名前は神楽悠星です』と名乗りました」
「神楽、だと?」
「はい」
「まさかとは思うが、あの神楽大尉の関係者なのか?」
「その通りです。確認したところ、伝説の兵士である神楽大尉の曾孫にあたります。神楽氏の創業した八重洲の神楽書店の現社長、神楽悠真氏は少年の叔父だそうです」
「神楽氏の曾孫とは、これは驚きだ」
「はい。私どもの大先輩であり、日本国の大恩人のご子孫です」
「なるほど。出自は申し分なく、迷宮でのスキルも驚異的ということか」
「はい。というより、常識を超えた高レベルと言えます」
「しかし、十五歳程度の少年が、これほどの能力を短期間で身につけるのは不自然だな」
「私どもの推測では、彼は幼い頃から迷宮での訓練を受けていた可能性が高いと考えています」
「幼少期からか?」
「はい。例えば、彼が見せた隠蔽スキルは迷宮の外でも使用可能でした。これは日本の伝統的なスキルで、忍者などが代々受け継いできたものです」
「そうだな。神楽大尉もそのスキルを使って、クーデターを企てた特級将校たちを捕らえたんだったな」
「はい。彼がそのスキルを受け継いでいるとすれば、気付かれることなく迷宮に潜入することは容易だったはずです」
「だが、幼い子供が迷宮で活動するのは危険すぎるのではないか?」
「そこが最大の謎です。おそらく、並外れた実力を持つ指導者が付き添っていたのではないかと」
「そのような指導者がいるとすれば、相当な実力者ということになるな」
「はい。私どもが切望するようなスキルの持ち主です。ただし、これ以上の調査は危険かもしれません。彼の放つ殺気から判断すると、余計な詮索は命取りになりかねません」
「少年相手でもそこまで警戒が必要なのか」
「彼の殺気を直接体験すれば、ご理解いただけると思います。幼い頃から日常的に魔物と戦ってきたとすれば、彼の精神は既に普通の少年のものではないでしょう」
「その指導者、というか師匠と呼ぶべき存在も、並外れた人物なのだろうな」
「少なくとも特殊部隊レベル、あるいはそれ以上の訓練を受けた存在かもしれません」
「まさに現代の忍者というわけか」
「その通りです」
「よし、聞くところによると、皐月たちと毎週月曜日に我が家の車で送り迎えすることになったそうだな? であれば、そのうち茶会にでも招いてはどうだろう」
「申し訳ありません。それはどういう……」
「私も一度会ってみたい。孫がお世話になっているし、恩人の曾孫さんでもある。挨拶をするのは当然のことだろう」
「かしこまりました。ご指示の通りに」
「ところで、その後の調査で何か新しい情報は入っているかね?」
「はい。実は非常に興味深い情報が入っております。彼の学業成績についてですが……」
「ほう、どうなのだ?」
「驚くべきことに、全県模試で常に上位にランクインしているそうです。特に数学と英語の成績が突出しており、高校生レベルの問題も難なくこなせるとのことです」
「なるほど。頭脳明晰というわけか」
「はい。さらに、体育の成績も抜群です。特に持久走と跳躍種目では中学記録なみだそうです」
「迷宮での活動が活きているということだな」
「その通りかと。ただ、不思議なことに、彼は目立つことを極力避けているようです。運動会などの行事でも、必要以上の成績は残さないよう調整している形跡があります」
「慎重な性格というわけか」
「はい。また、彼の日常生活についても調べてみました」
「何か特筆すべきことは?」
「放課後は基本的に自宅で過ごすようです。ただし、週に二〜三回ほど、外出する習慣があるようです」
「おそらく迷宮での訓練か」
「その可能性が高いですね。また、休日には定期的に八重洲の神楽書店に立ち寄っているようです」
「叔父さんとの面会か」
「いいえ、彼は洋書コーナーに興味があるようでして。書店員ともフランクに話していました。英語のみならず、フランス・ドイツ・スペイン・インドネシア語の原書など多岐にわたる本の紹介をうけており、気に入った書籍は購入しているようでした」
「なるほど。中三でそれほどなのか。他には?」
「彼の交友関係についても調査しました。学校では普通に友人もいるようですが、特に親しい付き合いはないようです」
「うむ。ご苦労だった。引き続き監視は続けるのか?」
「いいえ。これ以上の調査は危険と判断いたしました。むしろ、お嬢様方の安全のために、協力関係を築くことを提案させていただきたく存じます」
「同感だ。では、まずは茶会からはじめようか」
「承知いたしました。早速、日程の調整に入らせていただきます」




