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密偵1

 時間は悠星が皐月・音羽と出会った少し後に遡る。

 季節は六月である。


「ではお館様。週間定例報告でございます。今週は特に重要な事案がございましたので、詳細にご報告させていただきます」


「うむ。詳しく聞かせてくれ」


「懸案となっておりましたお嬢様とご友人の音羽さまお二人による迷宮挑戦についてでございます。お二人とも迷宮での経験がなく、安全面で大変懸念しておりました」


「ああ。あの二人のお転婆ぶりには本当に困ったものだ。それで、どうなった?」


「通常であれば、初心者には必ず指導係をつけ、段階的に迷宮に慣れさせていくのが定石でございます。しかし今回は、お二人の強い希望により、指導係なしでの挑戦となりました。そのため、せいぜい地下二階までが限度かと考えておりました」


「ふむ。しかし、予想とは違う展開になったということか?」


「はい。かなり意外な経過をたどることとなりました。まず、地下一階での出来事でございますが、お二人とも大変美しい容姿をしておられますので、すぐに目立ってしまいました。案の定、大学生と思われる不良な若者三名に絡まれる事態となったのです」


「なんだと? そんな輩がいたのか?」


「はい。私どもですぐに介入しようと準備していたところ、突如として一人の少年が現れまして...」


「ほう、それで?」


「驚くべきことに、事態はあっという間に収束いたしました。その少年は特に暴力も振るわず、ただ正面から三人と向き合っただけなのですが、不良たちは次々と気を失って倒れてしまったのです」


「暴力を使わずに? それは興味深いな」


「はい。遠目からの観察ではございましたが、おそらく【威圧】や【覇気】といった精神攻撃系のスキルを使用したものと推測されます。ただし、そのようなスキルを使いこなすには相当の経験と実力が必要とされます」


「その少年の年齢は?」


「驚くべきことに、お嬢様方と同年代、十四、五歳程度にお見受けいたしました。外見からは完全な迷宮初心者にしか見えなかったのですが……」


「なるほど。不可解な点が多いな」


「まさにその通りでございます。この一件が終わった後、少年はさっさと立ち去ろうとしました。ところが、お嬢様が声をかけて引き止めました」


「当然だろう。助けてもらっておいて、礼も言わずに去られては具合が悪い」


「少年は明らかにそのような社交的な展開に不慣れな様子でした。むしろ、女性との会話にも照れくさそうな、ごく普通の中学生のような態度でした」


「ふむ。そのような一面もあるということか」


「はい。その後、お嬢様方が熱心に懇願されまして、三人で行動することになりました。少年は渋々といった様子でしたが」


「なるほど。急に現れたナイトだものな。それからどうなった?」


「少年はしばらくの間、お嬢様方になにか説明している風でした。その後、三人で公園の外側にある草原地帯へと向かいました」


「そこは危険ではないのか? 魔物も出るだろう」


「地下一・二階域ではスライムしか生息しておりません。しかも、人の多さに比して出現率は低く、通常はなかなか遭遇できません。ところが驚くべきことに、彼らが歩き始めてわずか五分後には早くもスライムの群れと遭遇したのです」


「運が良かったということか」


「それだけではございません。彼らは何とハンマーのような鈍器で、瞬く間にスライムを全て討伐してしまいました」


「待て。スライムにハンマー? それは効果が薄いはずだが」


「その通りです。通常、スライムには鋭利な武器でなければ効果的な攻撃は難しいとされています。高レベルのシーカーでさえ、打撃武器では苦戦を強いられます」


「それなのに討伐できたというのか?」


「はい。しかも十体ほどのスライムを、最初の一匹は少年が、残りはなんとお嬢様方が簡単に片付けてしまったのです」


「驚くべき話だな」


「さらに驚くべきことに、その五分後にも再びスライムの群れと遭遇し、同様に瞬殺。このようなことが何度も繰り返されました」


「待て。そんな頻繁にスライムと遭遇するのは異常ではないか?」


「まさにその通りです。あり得ない出現確率です。しかも、通常では効果の薄いはずのハンマーで次々と討伐していく。その結果、たった一時間でお嬢様方は百体のスライムを討伐し、Fクラスの認定を受けることができました」


「通常、Fクラス到達にはどのくらいかかるものなのだ?」


「真面目に毎日挑戦しても1ヶ月はかかります。現実的には、休養も必要ですので、一般的には三ヶ月程度。中には全く討伐できない方も少なくありません」


「そんなに時間がかかるものなのか」


「はい。スライムは確かに群れる習性がありますが、人が多すぎるため、群れる前に討伐されてしまうことが多いのです。1日でせいぜい数体との遭遇が限度です。運が良ければ群れに遭遇することもありますが、それは極めて稀なことです」


「それが僅か一時間で達成したというのか」


「はい。前代未聞といっていいでしょう。私どもは急いで迷宮の外に出て、応援を要請しました。このペースでは、その日のうちに地下二階、さらには地下三階まで進む可能性があると判断したためです」


「しかし、地下二階は迷路で攻略には時間がかかると聞くが?」


「その通りです。右手法や左手法といった、壁に手をつけて進む方法を使えば最終的には攻略できますが、それでは膨大な時間がかかってしまいます。そのため、多くの挑戦者は効率的なルートを探そうとして迷子になってしまいます」


「なるほど。結局は時間のかかる壁伝い攻略に頼らざるを得ないというわけか」


「はい。通常は1日がかりの作業となります。しかし、お嬢様方の一行はわずか三十分ほどで出口に到達してしまいました。まるで地図を持っているかのように、迷うことなく最短ルートを進んでいったのです」


「迷宮のルートは毎日0時に変わるのだったな?」


「はい。二度と同じルートにはならないと言われるほど、完全にランダムに変化します」


「ということは、攻略用の地図など存在しないはずだ。それなのに、まるで道を知っているかのように進んだということか」


「私どもも大変驚きました。何人かの仲間を地下三階に向かわせていたのですが、誰一人として到達できていない状況でした。結局、お嬢様方の後を追った我々が最も早く三階に到達することになったほどです」


「すると、その少年は何らかの方法でルートを把握していたということか? 地図作成のスキルがあると聞いたが」


「確かに、マッピング系のスキルは存在します。ただし、それらは非常に限定的なもので、せいぜい半径五十メートル程度の範囲しか把握できません。広大なフロア全体を一度に把握できるようなスキルは、少なくとも私の知る限りでは存在しません」


「となると、その少年はまたしても常識外れな手段を用いたということか」


「そう考えざるを得ません」


「その後はどうなった?」


「彼らは地下三階の入口付近のセーフゾーンでしばらく待機しておりました。ここでも少年による説明が行われたようです」


「ふむ」


「私どもも直後に階段を降りました。ただし、気付かれないよう距離を取り、約五十メートル先で気配を消して待機しました」


「彼らはその場に留まっていたのか?」


「はい。初心者にとって、むやみに動き回ることは危険です。迷宮庁でもそのように指導しています」


「なるほど。教科書通りというわけか」


「しばらくはセーフゾーンで待機していましたが、突然驚くべき出来事が起こりました。お嬢様方がセーフゾーンを出た瞬間、角ウサギが突如として襲いかかってきたのですが、衝突した直後、後方にいた少年が信じられないスピードで移動し、角ウサギを捕らえていました」


「皐月たちは無事だったのか?」


「はい、まったく怪我もありませんでした。おそらく何らかの防御結界が張られていたものと思われます」


「その高速移動というのは?」


「私ども元B級シーカーでさえ、動きを追うのが精一杯という驚異的な速さでした。気が付いた時には、角ウサギはすでに少年の手に捕らえられていました」


「通常の人間の能力を超えているということか。何かスキルを使用したのだろうか」


「はい。速度に関してはA級シーカー以上の実力と見て間違いありません」


「ますます普通の少年ではないことが明らかになってきたな」


「その通りです。しかも、その能力は身体能力だけに留まらないようです」


「ほう」



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