追っかけ
さて、二学期になって順調に迷宮活動が進展している。
僕自身、長い間攻略階数もレベルも止まっていたが、ついに三十一階を攻略することができた。
レベルも五十六を超え、着実な成長を実感している。
音羽さんと皐月さんも日々の訓練を欠かさず、着実に力をつけているようだ。
「ようやく気配察知の範囲が広がり始めた気がする。以前より敵の存在を遠くから感じ取れるようになってきた」
「そうね。レンジが二十メートルぐらいまで拡大してきているわ。最初の頃と比べると随分と違う」
二人は似たような努力を重ねているためか、成長の速度が非常に似通っている。
学業成績も互いに甲乙つけがたく、モデルとしての活動実績も同等だ。
大きな違いと言えば、皐月さんが身長百七十センチの長身で、音羽さんが百五十五センチほどの小柄な体格であることと、性格面で皐月さんが慎重派で物事を深く考えるタイプなのに対し、音羽さんが明るく積極的な性格という点だろうか。
「私たち、レベルも五まで上がったし、戦闘にも少しずつ慣れてきたと思うの。四階にチャレンジするのはまだ早いかしら?」
「実はね、一般的な女性シーカーの場合、攻略可能な階数の二倍のレベルが必要だと言われているんだ」
「じゃあ、四階に挑戦するには最低でもレベル八が必要ということ?」
「その通り。ただし、君たち二人の場合は高性能な魔道具と従魔のサポートがあるから、現状でも五階程度なら十分に攻略可能だと思う」
正直なところ、彼女たちの装備と従魔の性能を考えれば、十階程度までなら十分に攻略できる実力を持っている。
特に従魔が展開する結界の防御力が通常のシーカーの比ではないほど強力なのだ。
「それじゃあ、四階に行ってみたい!」
「その前に一つ質問させてもらうけど、従魔の援護なしで三階のモンスターと戦えると思う?」
「「絶対に無理! 命が危ないわ!」」
「従魔なしの戦闘なんて、今の私には想像すらできない」
「それは従魔への依存度が高すぎるからだね。その依存度を下げることが四階への扉への第一歩」
「えー、そんなぁ」
「大丈夫だって。レベルが上がっていくと、モンスターの攻撃が以前ほど脅威に感じなくなってくるんだよ。その時が来たら、従魔なしでの戦闘をイメージトレーニングしてみよう」
「従魔なしのイメトレ?」
「そうだよ。イメトレができるようになれば、実戦でも成功するはず。そうなったら、実際に従魔なしでの戦闘に挑戦してもらう。これを三階の卒業試験としよう」
「そんなの無理よ!」「危険すぎます!」
「君たちの衣装を高性能な防御魔道具として仕上げたのを忘れた? まだ衣装に信頼がおけないようだね」
彼女たちは共にゴシック・ロリータファッションを基調としているが、それぞれに特徴的な違いがある。
皐月さんの衣装は贅を尽くした装飾が特徴だ。
彼女の長身を活かし、高めに設定されたウエストラインから広がるAラインスカートには、本物と見紛うフェイクパールが贅沢に散りばめられている。
スカートの裾には幾重にも重なる高級レースが施され、まるで貴族のドレスのような豪華さを醸し出している。
カラーバリエーションも豊富で、ベースとなる漆黒に、純白のレースや深紅の装飾が効果的に配置された衣装もある。
デザイナーによれば、ゴスロリのセオリー通り可愛らしさの中に病的な雰囲気を漂わせる、という意図で作られたとのことだ。
一方、音羽さんの衣装はゴシック・ロリータとパンクを融合させた独特なスタイルだ。
黒いヘッドバンドは重なったレースにリボンの装飾がついており、さらに後頭部から背中にかけて黒いレースの生地で覆われている。
首元には本革製のチョーカーを着け、肩を大胆に露出。
胸元は黒い革紐で編み上げられ、ウエストは幅広の革ベルトでしっかりと絞られている。
手首から肘までを覆う手袋は、レースと革を組み合わせた斬新なデザイン。
膝上丈の大きく膨らんだスカートには、赤と黒のチェック柄で左右非対称なデザインのものや、同じく赤黒チェックのミニスカートなど、複数のバリエーションがある。
足元はスカート丈に合わせた黒のブーツを履いている。
装飾品として、銀の十字架やドクロのモチーフを使用したアクセサリーを身につけ、仕上げに黒のジャケットを羽織っている。
これらの衣装は、ゴシック・ロリータファッション界で高い評価を得ているデザイナーによる完全オーダーメイドの一点物だ。
二人とも脚長のプロポーションを活かし、その立ち姿には凛とした気品と華やかさが漂う。
さすがプロのモデルという風格だ。
僕は彼女たちから預かったこれらの衣装に、以下の魔法を組み込んで高性能な魔道具へと仕上げた:
・防御魔法:物理攻撃と魔法攻撃の両方に対応
・耐状態異常:毒、酸、目潰しなどへの耐性を上げる。
・攻撃魔法:風属性の風刃と土属性のアースバレット
・温度調節魔法:周囲の環境に関わらず快適な体温を維持
・清浄魔法:常時、極力新品状態を維持する。
魔道具としての性能は使用者の精神力パラメータに大きく依存するものの、最低でも角ウサギクラスの攻撃は容易に防ぎきることができる。
攻撃に関しては、有効射程距離が三十メートルほどあり、この範囲内であれば角ウサギを一撃で倒せるほどの威力を持つ。
デザイナーが彼女たちの了承を得たうえで彼女たちのゴシック・ロリータ姿をファッション誌に投稿したところ、予想以上の反響があり、デザイナーも自身の代表作になるかもしれないと喜んでいたそうだ。
しかし、迷宮探索者であるシーカーの目線から見れば、彼女たちの衣装は明らかに場違いだ。
機能一辺倒の戦闘服が主流だからだ。
むしろ妖の一種と見間違えられかねない。
尻尾が生えていれば、まるで小悪魔のような印象すら与えるだろう。
予想通り、彼女たちはシーカーたちの間で大きな話題となった。
困ったことに、彼女たちを追いかけ回すファンまで現れ始めている。
ファッション誌でも、『迷宮戦闘服』なんてタイトルをつけたもんだから、それを見た一般読者までもがシーカーとなって迷宮に押し寄せているのだ。
困ったことの一つはシーカーよりもファッションを優先する人たちで溢れ始めたということだ。
ゴスロリの後追いフォロワーが現れたのはもちろん、コスプレをしながらシークし始める人も出始めた。
それらがSNSで拡散するため、一つの流行を形成し始めたのである。
エンタメ大国である日本で長らくこのようなムーブがおきなかったのは不思議だが、なにしろ命のやりとりをする場所、という前提があり、長らくマジ勢しかいなかったのだ。
ちょっと昔なら、フザケた格好をするとよってたかって忠告する人たちがわらわら寄ってきたのだ。
登山でコスプレするみたいなものだ。
忠告する人で溢れるのは仕方がない。
ただ、迷宮で良かった点もある。
迷宮は電波が届かない。
しかも、有線やら機器を設置してもスライムにやられてしまう。
注目を集めたい人はライブ配信とかしたいわけだが、こういうのが一切できないのが迷宮という場所だ。
それが過熱を防いでいるという見方もできる。
こうしたエンタメ勢は一・二階がメインだ。
問題と言うよりも、むしろ、迷宮庁は裾野の拡大という点で歓迎すべきムーブなのかもしれない。
しかし、もう一つのムーブはちょっと看過しづらいものがあった。
つまり、ゴスロリの二人を見物するシーカーが増えたことである。
三階はほぼF級専用フロアで初心者しかいなかった。
ところが、人が増えて混雑し始めたのだ。
それだけじゃない。
通常なら五階へ直行するはずのシーカーたちが、わざわざ三階で彼女たちと接触を試み始めたのだ。
彼らは何とかして彼女たちと会話を交わそうとする。
多くが、女の子だと甘く見て、指導をしてやろうと待ち構えていた気色悪い奴らだった。
そこで活躍するのが従魔の結界だ。
今では従魔の結界は、モンスターよりもこうした困った男性シーカーたちへの対策として機能している。
さらに彼女たちの実力が結構なものであったことだ。
彼女たちは装備込みの実力で言えば十階でも十分に戦えるレベルにある。
つまり、見かけ上はレベル二十程度はあるのだ。
一般的なシーカーが助言できるような実力ではない。
実際、経験の浅いシーカーたちは彼女たちの広範な探索能力や高い防御力、強力な攻撃力に驚嘆し、ただの応援団と化してしまっている。
これも厄介な話で、彼らもだんだんと追っかけに混ざるようになった。
後方から付きまとわれるのは煩わしい。
それに、僕達にはあまり人に知られたくない装備とか技を繰り広げている。
メリットもある。
僕たちにとってはバックアタックを警戒する必要がなくなった。
バックアタックは彼らが阻止しているわけだ。
でも、彼ら自身はバックアタック対策をどうしているんだろう。
時折悲鳴を上げている様子を見ると、あまり上手くいっていないようだ。
僕達にはそんな悲鳴は知ったこっちゃない。
ここは自己責任が完璧にまかり通る世界なのだ。
もっとも、僕達は気色悪い追っかけをどうにかしてほしいので、何度も迷宮庁に申し入れをしているのだが。
だから、多少は不安が残るが、四階に降りることにした。
僕達は移動速度が速い。
あっという間に彼らを置いてけぼりにできるし、迷宮三階は広い迷宮であり、下手しなくても実力のないシーカーは迷いまくるのだ。




