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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九八話 好きの形


 ──自らの過去とケリをつけ、悠斗のことは何があろうとも信頼できると断言してくれた咲。


 そんな彼女が見せてきた笑顔は…言葉だけでは言い表せないほどに溢れんばかりの好意に満ちていて。

 小さく折り畳まれた膝から覗き込むようにして向けられた瞳と雰囲気は、他のどんなものよりも分かりやすく彼に抱く感情を教えてくれる。


 ──そのような類のものを真正面からぶつけられてしまえば、悠斗とて己の感情には嘘がつけなくなってしまうほどに。


(全く…そんなこと言われたら勘違いしそうになるだろうが。…そりゃ、咲のことを()()にもなるわな)


 言葉には出さず、荒れ狂いそうになる内心を抑えつけながらも平静を装う悠斗も頭の中では、彼女に対する明確な()()を自覚していた。

 …いや、正確に言えば今この瞬間にというわけではない。


 彼が咲へと抱く好意──もちろん友人としての親愛だとか隣人としての信頼だとかそんなものではなく、男女という異性間で抱かれるそれを自覚したのは少し前。

 あの時、神社にて己の過去を明かした咲に向かって彼女のことを好意的に思っていると発言した時、悠斗は不思議とその言葉が自分の感情に驚くほど当てはまった気がした。


 …まさかあのような場面で自覚することになるとは思っていなかったが、一度分かってしまえば否定など出来ようもない。


 咲の過去を知り、そうして傷つけられてきた誰よりも傍に居た少女。

 そんな彼女のことを悠斗は…いつの間にか、ただの隣人でも友人でもない。

 誰よりも守ってやりたい相手であり、本人ですら気が付かぬ間に彼女が纏う魅力にやられていた。


 …悠斗にとって、咲は他のどんな異性よりも惹かれる対象に変わっていたのだ。


(まぁ…咲の方はそんなことだろうとは思ってもいないはずだ。…それに、俺の方だって今すぐにどうこうなりたいってわけでもない。咲の境遇を思えば、無理に距離を詰めるのはトラウマだろう)


 しかし、そこを自覚したからといって悠斗が何をするかと問われれば答えは…『何もしない』だ。

 …当然、自分の想いを理解したからには相応の欲求だってある。


 咲とであれば現在のような友人関係だけではなく、もっと先……()()()()()()()にもなれたらそれはこれ以上ない幸福だろうとも思う。

 が、その考えはあくまでも悠斗一人の願望を突き詰めた独りよがりな我儘に過ぎない。


 先ほど聞いたばかりの彼女の過去を加味して考えれば、咲は他者と急激に距離を詰めていくことにまだ若干の苦手意識を残している節がある。

 もちろん彼女の言葉を信じるのなら、悠斗と里紗はその対象から外れているのだろうが…そうは言っても、その範囲とて限度があるだろう。


 仮にここで悠斗からグイグイと詰め寄っていくような真似をしてしまえば、無いとは思いたいが彼女が持つトラウマを刺激してしまいかねない。

 それは悠斗とて望んだ展開ではないのだ。


 ならば少なくとも今は無理に距離を縮めようとするのは悪手であり、しばしの間は彼の胸中を悟らせないようにしながら過ごすのが無難なはず。

 この想いを明かすかどうかは…追々考えていくとしよう。


 それに彼女とて、悠斗が咲のことを好意的に思っているとは伝えたがその発言はあくまで友人関係としてのものだと思っているに違いない。

 まさか異性に対して向けるような類のものだと思っているはずもないだろうし……まぁそれはそれで残念にも思えるが、今しばらくは悠斗も咲とこれまで通りの距離感で接していく。


 どちらにせよ、まだ自覚したばかりの感情。

 どうやって向き合っていくかも決め切れていない段階で全てを決められるわけもないので、少しずつ彼女との距離は見極めていけば良いのだ。


『…悠斗、さっきから上の空みたいだけど何かあった? 体調悪い?』

「…っ、あぁいや、大丈夫だ。ちょっと考え事してたからな…何かが悪いってわけじゃないよ」

「…………」


 …と、そんなことを考えていると不意打ち気味に放たれてきた咲の悠斗の身を案じる言葉への反応が一瞬遅れてしまった。

 これまたおかしなことに…彼女に対する好意を自覚したからだろうか?


 今までにも幾度となく見て来たはずの動作だというのに、咲の一挙手一投足が何倍にも増して増大した魅力を醸し出しているように見えてならない。

 背丈の関係ゆえに少し上目遣いのようにもなっている体勢や、首を傾げながら見つめてくる瞳さえも…何気ない仕草全てが悠斗の理性を揺らしてくる。


 しかしそこにばかり見惚れていてリアクションを返さないというのは不自然に過ぎるため、何とか彼も喉の奥から言葉を絞り出して体調が優れないわけではないと返した。

 そうすれば向こうもどこか不思議そうに彼を見つめながらも、最終的には納得してくれたのか特に追及することも無く見逃してもらえた。



 ──その後、結局数時間は彼の家で咲も心を落ち着けるようにして過ごしていた。


 彼女が自分の家に帰ることになったのは、それからもう少し時間が経ってからのことである。


「…本当にいいのか? もう少しここに居ても良いんだぞ?」

『平気。もちろん悠斗の家で過ごしたいとは思うけど、あんまり居座ると悠斗に迷惑がかかっちゃう。今日は色々あったから、悠斗もゆっくり休んでほしい』

「それなら…まぁ、そうするけどな。でもこれだけは忘れないでくれよ? 困ったことがあったらすぐに俺たちに伝えてくれていいんだからな。咲に頼られて、俺も里紗も迷惑に思う事なんて無いんだ」

「………!」


 玄関先にて帰ろうとする咲にメンタル的な観点からも大丈夫なのかとそれとなく探ってみるが、彼女は一切問題もないと言う。

 …見れば、顔色もパッと見た限りでは良好なため無理をしているようにも思えない。


 悠斗に一方的に気を遣っているというわけでもなさそうなので、おそらくは本心からそう言ってくれているのだろう。

 無論、彼の方とて今日の出来事を経て心配なことに変わりはないため遠慮せずに頼ってくれていいとの旨は伝えておいたが。


『…ありがとう。そう言ってくれるだけでも、すごく嬉しい』

「これくらいで喜んでもらえるならお安い御用だっての。…じゃあほんと、気を付けてな。何かあった時には駆け込むくらいの気持ちでいてくれ」

「…………!」


 すると咲は悠斗のその言葉を受けて一瞬驚いたように目を見開いたかと思えば、すぐに嬉しそうなオーラを全開にさせて頬を緩ませまくる。

 もはや元に戻らないのではないかと思ってしまうほどにゆるゆるな彼女の笑みは、いつまでも眺めていても飽きないほどに可愛らしいが…名残惜しく思いつつも、ここに立ち止まらせてばかりもいられない。


 悠斗から最後まで温かい言葉を送り続け、その発言一つ一つを嬉しそうに受け取っていった咲は…一抹の不安すらも残っていない様な笑顔を見せたまま帰って行った。


 …残された家の中では、直前まで見せつけられていた彼女の笑顔が記憶に焼き付いてしまい悶々とした感情を抱えた悠斗が残されただけである。



     ◆



 ──()と別れてから、数分後。


 自分の家に戻ってきた咲は、いつもなら帰宅直後にシャワーを浴びに行くのだが…あいにく今日に限ってはそのような気分でもない。

 ゆえに少しはしたなくもあったが身体と気分を落ち着かせるためにも、彼女の寝室に置かれているベッドへと飛び込み…咲一人しかいない部屋の中で、誰に聞かれるわけでも無い思考を巡らせていた。


(…今日は、悠斗と里紗にいっぱい助けられた。泣いちゃったところを見られたのは恥ずかしかったけど…同じくらい、嬉しい)


 今、彼女の思考を占める大半はつい数時間前の出来事に集約されている。

 めでたさの代名詞とも言える元旦にて初詣のために向かった神社で…まさか小学生時代の同級生にしてトラウマの根源とも言える由莉と冬華に出会ったのは想定外だったが、結果だけを見ればその過程も何とか受け入れられる。


 …何せ、長年彼女を蝕んできた裏切りに対する恐怖心。

 そのようなことありえないとは理解していても、心のどこかで『また見捨てられるのではないか』という考えが渦巻いてしまい…どうしても他者との距離を詰め切れなかった。


 ただ、それも今思えば咲の行動次第でどうにでも変えられた未来だとは思う。

 周囲の者との距離感に怯えるあまり、踏み込みすぎることを恐れ…結果として今日に至るまで心の底から信頼していると言い切れる相手はいなかった。


 ──だからこそ、あの時の言葉は嬉しかった。


 里紗からは力強い言葉で自分を裏切ることなど無いと、ましてや傍を離れることなど到底ありえないことだと断言してくれた。

 …自身の過去を知り、その上でそう言ってくれる彼女の言葉は本当に嬉しいものだった。


 けれども、どちらかというと今の彼女の頭を満たしているのは…()()()()の方。


(悠斗………私のこと、嫌いにならないって言ってくれた。好きだって言ってくれた……すっごく嬉しい…!)


 手元にあった枕を小さな身で抱きかかえながら、満たされた脳内に浮かび上がるのはさっきまで近くで共に過ごしていた少年、悠斗のこと。

 数時間前、咲は過去の同級生と対面したことから気が動転し…自身の過去を話したという事情も相まって、あそこで見切りをつけられてもおかしくはないと思っていた。


 …悠斗からすれば何を言っているんだとツッコミが入るところだろうが、咲にとっては大真面目。


 かつて味わった苦痛の全てを明かし、彼女は自分が特別でも何でもない…ただただ他人のことを信じ切ることが出来ない臆病者なのだと伝えた。

 それと同時に…こんな情けない自分では、呆れられて縁を切られても当然だろう、とも。


 しかし現実はそうならず、むしろ正反対の言葉を彼は与えてくれた。


 『咲のことを嫌いになどならず、裏切りなんてしない』という言葉と、『咲のことを好ましく思っているからこそ、一緒に居たいのだ』……なんて発言を。


 それはこれまで周囲の者と一定の距離で壁を作ってきた彼女にとって、何よりも心の奥底に響くもの。

 無意識に求め続けていた関係性を示してもらえたことと、今までの努力を認めてもらえたことで…思わず涙を零してしまうほどに、彼の言葉は彼女を救ってくれた。


 ──ゆえに、咲が彼へと抱く印象も……大きく変わってしまった。


(多分、悠斗はそういう意味で言ってない……でも、やっぱりドキドキする。…間違いでも、勘違いでもない)


 枕にうずめられながら布団に転がる咲の頭は、自分に手を差し伸べてくれた悠斗のことで染まり切っている。

 そうして彼のことを考える彼女の顔は…見事なまでに()()()()()()


 瞳は潤み、吐く息でさえ熱を伴っているようにすら思える彼女が放つ雰囲気もまた…どこか色気があるようで。

 その姿は、まるで───。


(悠斗のこと………()()()()()()()()()。……~~っ!! …やっぱり、まだちょっとだけ恥ずかしい…!)


 ──()()()()()()姿()()()()()、である。


 もう、誤魔化すことも隠すことも出来なくなってしまった彼女の本心。


 疑いようもなく、自分を救ってくれた少年に対する恋心を自覚した咲は…不慣れな感情を胸に抱いたことでジタバタと手足を暴れさせる。

 ……が、その程度の動きで胸中の激情の暴走はまるで収まってはくれない。


 それどころか彼のことを考えれば考えるほどに、頬に集まる熱は悪化の一途を辿るようで…自分の感情のはずなのに、まるで自分の思い通りにならない気恥ずかしさにやきもきとしてしまう。


 しかし当然、咲も理解はしている。

 あの場で口にされた好意という言葉は、きっと悠斗も男女の仲を意識したものではなく単なる友人関係の延長線上にある親愛を表すものとして言ってくれたのだ。


 であれば…彼は咲に特別な感情を抱いている可能性は低い。

 もし何かしらの想いがあれば少なからず言い淀みなり躊躇なりはすると思うので、ほとんど間違いないだろう。


(……悠斗は、私のこと何とも思ってない? …それは、ちょっとやだ)


 しばらく感情のままに暴れさせておいたおかげで多少なりとも落ち着きを取り戻してきた思考で彼の己に対する印象について考えるが、一切何も思われていないというのはモヤモヤとした感情を生む。

 無意識のうちに膨らませてしまう頬が何よりも分かりやすく咲の内心を示しているが、今の彼女にはそこまで気をやる余裕はない。


(……決めた。これからずっと頑張って…悠斗にはいつか、私のことを好きになってもらう…! でないと、他の誰かに悠斗を取られちゃう。それは…絶対にだめ)


 よってここから先は、彼女のみが知る決意。


 たとえどれだけ時間がかかろうと、どれほどの手間がかかろうとも。

 必ずいつかには彼に自分へと好意を抱かせ…そうなった時にこそ、想いを伝えるのだ。


 そうでなくとも、悠斗本人は気が付いていないが彼は多くの魅力を兼ね備えている。

 パッと見た瞬間だけでは分かりづらくとも相応に整った容姿に、一見ぶっきらぼうに感じつつもその奥底に垣間見える信頼した相手に見せる細やかな心遣い。

 加えて、時折見せてくれる彼の笑顔なんかは…思い出すだけでもにやけてしまいそうなほどに格好良い。


 …なお、その判断に咲個人の主観が多分に含まれていることは否定しない。


 どちらにせよ、彼女がやるべきことは定まった。

 これから咲は悠斗に対して全力でアプローチを仕掛けていき、しっかりと自分のことも見てもらえるようにする。


 その果てに…進んだ関係性になれたら嬉しいと、ほんの少しの期待と夢も添えて。



 ──同じ屋根の下、好きな相手への決意を溢れさせながらムンッ!とやる気を漲らせる少女の姿は…どこまでも幸せそうな空気で満ちていたのだった。


はい、ここで第三章は終わりとなります!


いよいよ二人が互いの想いを自覚し合う中、これから悠斗と咲がどんな道を辿っていくのか。

そんなところも楽しみにここから先も見ていただけたら幸いでございます!


ではでは、次から始まる第四章も張り切ってまいります!

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