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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九七話 いつもの場所で


「…どうだ、落ち着いたか?」

『……ごめんなさい。取り乱して、いきなり泣いたりしちゃって』


 咲の過去を知り、少女一人の肩に乗せるにはあまりにも重すぎる頑張りを認めてやれば…彼女の張り詰めていた糸も切れてしまう。

 零れ落ちていた涙は地面に落ちていき、それもしばらくすれば咲の情緒も少し落ち着いてきたようだ。


 自らの内に溜め込んでいた感情を吐き出したからか、心なしかスッキリとした面持ちになりながらも彼女は泣いてしまったことを恥じるように赤くなった目元を伏せていた。


「いーのよ、咲が気にすることじゃないわ。…それと、悠斗だけに言われっぱなしなのも癪だから私からもしっかり言わせてもらうわね?」

「…………?」


 するとそんな彼女に対し、それまで静かに悠斗と咲のやり取りを見守ってくれていた里紗が今度は優しい声で語り掛けていく。

 その表情はまるで…自分が掛けるべき言葉を見つけられたかのように。


「繰り返しみたいになっちゃうけど、私も悠斗と同じ。咲から離れることなんて未来永劫ぜっったいにありえないし、咲を嫌いになるなんてもっとありえないわ! …だから、これからも変わらず私は咲の親友よ?」

「………!」

「そういうわけだから、心配しなくても大丈夫よ。これで安心してもらえる?」

『…うん。里紗も、ありがと』

「どういたしまして! …とりあえず、これでこの話は一件落着ね」

「だな」


 里紗が穏やかな笑みを浮かべながら放った言葉はある意味予想通り。

 先ほど悠斗が投げかけた発言と意味は少し似通ってもいるが、彼女もまた咲の傍を離れることなど無いと強く断言してくるその様は…必死さとも相まって無意識に口角が上がってしまいそうになる。


 それは咲も同様だったようで、思わず浮かべられた苦笑と文字からはもう彼女の心も大丈夫そうだという事実が暗に伝わってきた。


「でもそうなると…これからどうしましょうか? このまま参拝を続けるのも無しではないけど、正直今から戻るのも微妙よね?」

「…確かにそうだな。…いっそのこと、一回帰るか? 咲もまだ本調子ではないだろうから、無理して歩かせるのもきついだろ」

「…………」


 しかしこうも場が激動から一旦の落ち着きを取り戻してくると悩ましいのが次の行動であり、先刻までの出来事があるために元の予定を続けるのも難しい。

 別に神社を巡るのも不可能ではないのだが、今のテンションで参拝をしたところで…果たして楽しめるのか、という点が思考を阻むのだ。


 その事実に真っ先に思い至ったらしい里紗は何とも複雑そうな顔になりながらも、こちらに一応の配慮をしてくれたのか少し言葉を濁しながらもどうするべきかと選択肢を投げかけてくる。


 だが、悠斗の出した意見としてはこのまま歩き続けるのは色々な意味でトラブルを引き起こしかねない。

 …はっきりと口にこそしなかったものの、それこそ場合によっては神社を歩いている最中に再びあの女子二人と遭遇する……なんて展開だって、巡り合う可能性はゼロではないのだから。


 それは想定しうる未来の中でも最悪だ。

 だったら最初から今日は仕方ないと割り切って、一度帰宅することにして気分をリセットさせた方が賢明とも言えるだろう。


「咲は…それでどうだ? もちろんまだ見たい場所があるって言うなら強制もしないぞ?」

『…私は、帰りたいかも。今日はお家でゆっくり休みたい』

「そっか。なら今日はもう帰ろう」

『里紗。せっかく着物も着せてくれたのに…こんなことになってごめん』

「うん? そのくらいの事気にしてないわよ。家で咲の着物姿を見れた時点で満足はしていたもの。けどそれなら、咲には一回うちに寄ってもらって着替えてから帰った方が良さそうね」


 念のために咲にも確認をすれば、彼女もこの数時間で怒涛の展開が詰め込まれ過ぎていたからか今日は帰りたいと述べてくる。

 であれば彼らの取る行動も迷うことは無い。


 余計なトラブルを避けるためだと言われればそれまでではあるが、無用なアクシデントに巻き込まれる可能性もあるのに不必要なことをするほど初詣に執着しているわけではないのだから。


「じゃあそっちは二人で帰る感じだな。俺は先に家に戻ってるよ」

「えぇ。後で咲は責任をもって送り届けるから、悠斗はそうしてくれて構わないわ」

「了解。…それじゃ咲。家で待ってるから、焦らないで戻ってきてくれな」

「…………!」


 一度予定が定まってしまえば動きは早い。


 会話の流れでこれは必然のタスクではあるが、今の咲は晴れ着とも言える着物を身に纏っておりそのまま帰るわけにもいかない。

 あれはあくまでも里紗から貸与された借り物であり、返すためには一時的に彼女の家へと向かわなければならないのだ。


 まぁ、それは大げさに言えばの話であってやることと言えば着物から私服への着替えが必要ということ。

 それなりに特殊な着付け方が必要な衣類であるゆえに脱ぐのにも多少の労力は要するだろうが、そう時間もかかるまい。


 むしろ悠斗に手を出せるような場面は存在しないので、いらぬお節介をしようとする方が迷惑に当たる。

 なのでここで彼が出来ることは咲のことを一時里紗に任せ、自身はいつもの家で彼女の帰りを待つ。

 結局そうすることが最善だというのは分かり切っているので今回もそうするだけだ。


 いつもと変わらず、過ごし慣れたあの場所で…彼女を待っていればいい。


 だからここでは一旦、咲とは別行動。

 どのような形であれ、どのような経緯であれ……彼女が()()()()()()()()()()()()()()で、悠斗は待つ。


 里紗と共に歩いていく咲の後ろ姿を見送りながら、彼もまた自分の帰路に着いていくのだった。



     ◆



(……もうこんな時間か。色々あったからっていうのもあるんだろうけど…まぁ咲の方も時間がかかっててもおかしくない。後で連絡を……っと、帰ってきたみたいだな)


 悠斗が一人で家に帰ってから幾ばくかの時間が経ち、ふと窓の外を眺めてみれば日が傾きかけていた。

 既に時間にして気が付けば夕方に差し掛かりかけており、今日が元旦であったという事実など忘却の彼方に投げ捨てられそうなほど濃密な一日であったことは間違いない。


 …ただ、それでも。


 ここから眺められる夕日の美しさは何故だかやけに綺麗な印象を受け、不思議と見入ってしまいそうな風景を生み出している。

 電気も点けていない部屋を照らす唯一の光ということもあってか幻想的な景色にすら思えてきそうな一場面だが…そんな時、玄関先から鍵を開けるような音が響いた。


 無論、今この時にそのようなことを出来る者など彼女以外にない。


 軽い足取りを思わせる足音を伝達させながら近づいてくる人影に目を向け、開かれた扉に意識を誘導されれば…その予測も外れていなかったことを実感させられる。


「戻ってきたか。お疲れさん、とりあえず今日はゆっくり休んでおきな」

『…ありがと、悠斗。そうさせてもらう』


 扉を開いて戻ってきたのは濃紺色の髪を揺らしながら現れた咲。

 その装いはつい数時間前とは打って変わって自然なシャツとロングスカートに変化しており、里紗宅での着替えも無事に済ませられたのだろう。


 なのでそんな彼女を悠斗も静かに出迎え、休むように促せばほんの少しだけ気まずそうにしながらも彼女はポスンとソファに収まってくる。


 …それから、少しの間彼らの中に言葉は無かった。


 あれだけのことがあったからか、それとも咲の事情を知ったことでどう話を持ち出したら良いものか迷いが生じてしまったからか。

 いずれにしても最初の一言が出てこない悠斗であったが、そうこうしていると…意外なことに彼女から話題を振ってくる。


「……うん、どうした?」

『…悠斗には、まだちゃんと言ってなかったから伝えておきたかった。今日はありがと。ああ言ってくれて嬉しかったから、そのお礼』

「あぁ、さっきも言ったけど気にする必要はないぞ? 俺も義務感であんなこと言ったわけではないからな」

『それでも。私にとっては嬉しいことだったから』

「…そうかい」


 恐る恐るといった様子ではあったものの、そこから伝えられた言葉は彼に対する感謝。

 今日の一件に悠斗を巻き込んだことを申し訳なく思いつつも、そこで明かされた互いの本心を知れたことへの嘘一つない感想だった。


 彼女が浮かべる…こちらを心から信頼するような安堵の笑みを見れば、その思いが何よりも如実に感じられる。


『……今まで、誰かの全部を信用するのは少し怖かった。多分、それは今も変わってないし、これからも簡単に変えられないと思う』

「…まぁ、それはしょうがないだろ。あれだけのことがあったって聞いたら無理に信用する方が難しいくらいなんだから」


 …しかし、その後に続けられた文字列は…誰に聞かせるようなものでもない彼女の内心。


 今まで己の胸の内にのみ秘められてきただろう本心を、咲はぽつりぽつりとこぼし始める。

 きっとそれは、彼女自身にとっても必要な工程。

 ここに至るまでに積み重なってきてしまった過去を…振り返るためにも。



 ──だからこそ、ここから先に述べられるのもまた…嘘偽りない咲の本音だった。


『でも、もう大丈夫。他の人全員を信頼するのは難しくても…私には近くに居てくれる人がいるって分かったから。里紗も…それに悠斗も。二人だけには、どんなことがあっても全部信用できる』

「……っ!」


 …その言葉は、これまでの過去に清算をつけた少女の区切り。


 自分はもう大丈夫だと、辛かった記憶を乗り越えて歩き始めた彼女が向けてきた表情は…どこまでも純粋な好意で溢れていて。

 蕩け切ってしまいそうなほどに、彼に対する信頼感と満面の笑みで満たされた雰囲気とも相まって…悠斗の心臓を嫌と言うほどに搔き乱す。



 ──ゆえにこそ、彼もまた…心の奥底で自覚していながらも、無意識に目を逸らしていた感情をはっきりと自覚した。


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