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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九六話 洗い流された未来


『──私が言えるのは、それくらい。あとは悠斗も里紗も知ってる通り』

「……そう、だったんだな」

「…………」


 …ゆっくりと、しかし着実に明かされた咲の背負ってきた過去。


 あまりにも重く…それでいて、想像以上につけられた傷は深い彼女の話を聞き終わり、悠斗は思わずこちらが息を吐き出してしまうくらいだった。

 だが…それと同時に、何かを言うわけでも無くこの場を去ろうとした人物を制止する。


「…待て、里紗。前どこに行くつもりだ」

「……決まってるでしょ? さっきのやつらを八つ裂きにしに行くのよ。そうでもしないと収まらないわ…!」

「ふぅ…そうしたい気持ちは分かるが、今は落ち着け。…そんなことをするために、咲の話を聞いたわけじゃないんだ」


 言葉もなく立ち去ろうとしていた里紗は予想通り、先ほどの会話から咲に対してこれ以上ないトラウマを植え付けた女子に対して応報を下そうとしていた。

 無論、そんな行動を許すわけにはいかない。


 少なくとも、今この時だけは。


「…っ、だったら、何であんたはそんなに落ち着いてるのよ!! 咲を傷つけられたって聞いて悔しくはないわけ!? こんな話を聞かされて──…!」

「だから! …落ち着けって言ってるんだ。俺だって今の話には心底腹が立ったし、あいつらを許すつもりなんて微塵もない。でも…今俺たちが見るべきところはそこじゃないだろ」

「え……あっ」


 内側で荒ぶる激情を爆発させるかのように、里紗はどうしようもない怒りを発散させることを阻んだ悠斗に対して強い言葉をぶつける。

 ……が、それは大きな勘違いだ。


 悠斗だってこの話を聞いてあまりにも惨い仕打ちに何度拳を強く握ったか分からないし、あの女子たちへの激しい怒りだって胸の内に抱いている。

 けれど、今それをぶつけようとしないのは…彼が瞳で示した方向。


 誰よりも気を掛けなければならない咲が、そこにいるからだ。


『里紗、そんなことしなくていい。そんなことしても、意味はない』

「咲……えぇ、そうね。ごめんなさい、少し目が曇ってたわ」


 己を思って行動してくれたことに対して、そこは嬉しかったのか頬を緩めながら。

 しかし過去を思い出したがゆえか…少し痛々しくも思える笑みを浮かべながら、咲は里紗にそんなことは無意味だと諭してくれた。


 そうすれば彼女も冷静さを取り戻せたのか、怒りを忘れたわけではないのだろうが冷静な理性を発揮させてくれたようだ。


 直線まで渦巻いていた怒りは一気に鳴りを潜ませ、咲の顔を見て平静な様子に戻ってくれたようなので何よりである。


「でも、そうか……咲にもそういうことがあったんだな」

『…悠斗、里紗。黙っててごめんなさい』

「謝るなんてしなくていいわ。元々咲に悪いことなんて何一つないんだから───」

『…だから、これは私からの()()()

「………咲?」


 偶発的な出会いと極めて不快な過程を経た結果ではあったが、彼女が傷を負った過去を知れた。

 咲に非など一切なく、ただただ傷つけられた果てに見捨てられてしまった彼女の傷跡。


 無論、彼女の謝るべきところなど無い。

 咲は単に友人との繋がりを得られたことを喜んだだけだったのに、その期待さえも裏切ったあの二人の方がひたすらに悪いだけなのだから。


 ゆえに彼女が謝罪をすることは無い。…そうフォローを投げかけようとして、その前に咲が言葉を紡ぐ。


『…私は、弱い人間。一度友達だと思ってた人に裏切られて、他の人にもまた同じことをされるんじゃないかっていう考えが消えてくれない』

「………」

『だから、これは私の我儘。…他の人がどうなっても、悠斗と里紗だけは…()()()()()()()()()()()()()

「……っ! 咲…!」


 …その言葉を絞り出した彼女の胸中は、一体どのようなものだったのだろうか


 たった一度。されど一度でも期待を無碍にされた経験を持つ彼女は…他者に対して信頼を置くことにどうしても恐怖を抱いてしまっている。

 今の発言からも、その意思は垣間見える。


 小さな掌はよく見れば小刻みに震えており、二人が返す言葉によっては…それこそ今後も消えない傷とすらなりかねない。

 それほどまでに、今の彼女は危うい状態だったのだ。


 …その事実を察したからか、隣に立っていた里紗は息を飲むようにかける言葉に迷っている。

 ともすれば自分の返答次第で彼女の心に残ったままの傷を掘り返すことになりかねず、それが理解できてしまえば言葉だって詰まるだろう。


 向こうの心情もよく分かる。


 ……だとしても、今の悠斗が彼女に賭ける言葉など、はなから決まっているのだ。


「…咲。俺はさ、お前が感じてきた痛みっていうのは理解できないし、共有してやることだって出来ない」

「………」

「キツイ言い方になるかもしれないけど、その痛みは良くも悪くも咲だけのもので…一緒に苦しんでやることは残念ながらしてやれないんだ」

「…………っ」

「…でもな? ()()()()は…俺からお前に言ってやれる。俺たちは絶対にお前を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは、約束できる」

「………!?」


 ──そうして悠斗がもたらすのは、一種の宣言にも近い。


 まず大前提として、悠斗は咲の背負い続けてきた苦しみとやらを理解してやることは出来ない。

 何故ならそれは彼女自身にしか分からないもので、どれだけ彼女に近しい人物だろうと本当の意味で分かり合えるものではないからだ。


 そこを無責任に分かったつもりになるなど…それこそ咲に対する侮辱に等しい。

 だから冷たい言葉のように聞こえたとしても、その点だけは何よりも真っ先に断言しておいた。


 ……けれども、理解出来ないからと言って見捨てるなんてことは更にありえない。

 何せ悠斗にとって咲という少女は、とっくに他人ではなく…()()()()()()()()()()()に変わっていたのだから。


「これから何があろうと俺たちは絶対に咲の味方だ。理不尽な目になんて遭わせないし、勝手に離れることだってしない。少なくとも、咲が嫌になるまではな」

『な、何で…? 私が、悠斗の役に立ててるから?』

「…違う、そうじゃないよ。ただ…そうだな」


 そんな意思を持って彼女の傍を離れることも、理不尽な傷を負わせるようなこともないと悠斗は断言する。

 一切の迷いもなくそう言い切れば…その言葉は、彼女にとってそう易々と信じられないことだったのだろう。


 無理もない。語られたばかりの過去を聞いただけでも彼女がそのように思ってしまうのは自然なことだし、積み上げてきた絆を無碍にされた経験を持つからこそそういった事柄に近しい発言には疑いを持ってかかってしまう。


 現に今も悠斗が彼女を裏切ることは無いと言い切っても尚、驚きに表情を染めながら…自分が彼の役に立っているから、そんなことを言うのかと問うてくる。

 …ただ、彼の言葉はそんな利益と不利益のみを勘定した結果出されたものではない。


 もっとシンプルに、単純に。

 難しいことなど何もなく、ただただ………。


「そういうお前のことを、()()()()()()()()()()だよ。一緒にいて便利だとか人気だとか、そんな損得勘定じゃない。ありのままの咲が良いから一緒に居たいんだ」

「………っ!」


 …日々の中で、笑う時は緩み切った笑みを見せ、怒る時は頬を膨らませながら拗ねたように首を背け、時々子供っぽい部分を見せながらも頼りになる面を示してくれた咲。

 そんな彼女だからこそ…悠斗は咲のことを好ましく思っていた。


 本当に、理由なんてそれだけなのだ。


「…今まで、よく頑張ったな。もう咲一人で抱え込む必要なんて無い。辛いことがあったら、俺たちに頼ってくれればいい。…だから、もう大丈夫だ」

「……っ! …っ!」

「…っと! …誰も見てないから、今は好きなだけ感情を吐き出せばいいさ」


 彼女の痛みを共有してやることは出来ない。分かり合えるように背負ってやることだって出来ない。

 だから悠斗に出来ることは…彼女が背負ってきた苦しみを知った上で、その苦痛に耐えてきた咲の頑張りを認めてあげること。


 目線の高さを合わせ、優しい手つきで彼女の頭を撫でながらそう告げれば……これまで耐え続けてきた少女の張り詰めた糸が切れてしまったのだろう。

 その瞳から零れ落ちるようにして流れた涙の粒が…何よりも今の彼女の感情を如実に表していて。


 今日に至るまで味わってきた辛酸の日々を洗い流すかのように、辺りには…少女一人の涙を溢れさせる音だけが響き渡っていた。


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