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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第八九話 退路を穿つ


「…あんたね、自分がやったこと分かってる? 人前で堂々と……それも私の前で咲と仲良くするところを見せつけるなんて、随分度胸があるじゃない…!」

「……悪かったって。けど里紗の存在を忘れてたわけではないから」


 咲に今の彼女の装いについての感想を求められたのでそこに抱いた素直な感想を口にしたのだが、そうなると放っておかれた(と本人は思っている)里紗の機嫌を損ねてしまった。

 曲がりなりにも咲のことを溺愛しており、彼女の親友は自分だと公言している彼女の前で実行したあのような発言。


 ……確かに、今冷静に振り返ってみると殴られても文句は言えないかもしれない。


 当人に自覚があろうとなかろうと、公衆の面前で親密さをアピールするように称賛の言葉を投げかける男子とそれを受けて見るからに喜ぶ美少女の姿。

 そして…その近くで微妙な表情を浮かべるもう一人。


 …立場と心情を思えば、虚しいなんて表現では到底足りないだろう位置に里紗を置いてしまったことは実際申し訳なく思う。


「それにほら…里紗も着物姿は良いと思うぞ? 今も周りの注目集めまくってるしな」

「ふん、当然でしょう? 私は自分の見た目が整ってることを自覚しているし、咲には負けるけど人の目を集めやすいなんてことはとっくに理解してるわよ」

「…さいですか」


 なのでその辺りの事情も汲んで悠斗は念のために里紗へと謝罪の言葉を投げかけ、機嫌を直してもらう狙いも兼ねて彼女の恰好も褒めてみた。

 しかしこれに関してはただご機嫌取りというだけではなく、事実として里紗も身に纏っている着物は一般的以上に似合っているのだ。


 常日頃から発している凛としたオーラを緩和させるかのように、着物が纏う特有の雰囲気と重なって整然とした空気が彼女の周囲には漂っている。

 言うまでもなく美人の部類に入る里紗がそのような恰好をしていれば男の目を独占するのは不変の真理であり、そのことを含めて褒めてみれば…何ともあっさりとした様子で事実を認められた。


 …まぁ、彼女ほどの魅力を併せ持った人間ならそういった受け止め方になるのも素直に頷ける。


 事実として里紗の言うように彼女は飛び抜けて整った容姿を持っているし、それによって人目を集めるのも現状が何よりも証明している。

 加えて今のみに留まらず、彼女とてこれまで生きてきた中で赤の他人から視線をかっさらってきた経験など片手の指程度で収まるような数ではないはずだ。


 そこらの事情も加味すれば自らの容姿が優れていることへの自覚など嫌でも身に付くといったところか。


「まっ、その言葉だけは素直に受け取っておいてあげるわ。褒められたことに変わりはないし、悪い気分でもないものね」

「…なら良かったよ。咲の方は……まだゆるゆるっぽいな」

「この子ったら…どれだけさっきの言葉が嬉しかったのよ。ほら咲! 嬉しいのは分かるけど、早く現実に戻ってきなさい! でないと嫉妬で私が悠斗に拳を振るうことになるわよ!」

「……………!」

「恐ろしいことをサラッと言わないでくれ。…咲もやっと正気に戻ったっぽいな」


 結局、何やかんやとありつつも最終的には何とか機嫌を直してくれたらしい里紗のリアクションに安堵しつつ、悠斗は…今まで触れていなかった()()()()の存在に目をやる。

 ある意味会話の中で話題には上がりつつも、ここに至るまで存在感を消していた彼女。


 …先ほどから二人の傍で幸せ全開だというオーラを振りまきながら、緩み切った状態のまま戻る気配を見せない()の方を見る。


 彼女はというと、ついさっき悠斗から己の恰好を直接的に褒められた瞬間からこのような様子のまま変化が見られなくなってしまったのだ。

 余程彼の言葉が嬉しかったと見られる。


 ただ、咲が幸せそうにしている様子を見ているのもそれはそれで癒されそうだとも思うが、あまりにもこの状況が続いてしまうようなら話が進められないのでどうにか本来の調子に戻ってもらわなければならない。


 なので里紗が気合いを入れ直しながら彼女に大声で語り掛ければ…それでようやく正気に戻ったようだ。

 蕩け切っていた口元と頬の緩みはハッとした表情に切り替わった咲の変化と共に鳴りを潜め、一気に普段通りの空気へと変貌した。


 …心なしかまだ口角はわずかに上がったままのようにも思えるが、そこについては言及するだけ時間の無駄なので今は置いておく。


『…ごめんなさい。ちょっと舞い上がっちゃってた』

「別にいいさ。さっき言ったのも単なる事実だし、それで喜んでくれたのならこっちとしても嬉しいくらいだ」

「………!」

「…悠斗? さっき忠告したばかりなのにまた咲から正気を奪うつもり? 反省の色が見えないみたいね…!」

「……すまん。今のは無意識だった」


 しかしながら自分のテンションが高まったことで場の流れを中断させてしまっていた自覚は彼女にもあるらしく、眉を下げながら謝罪をしてくる。

 だがそんな律儀に謝る必要はない。


 先ほど悠斗が放った言葉は下手な義務感や必要に駆られたから言ったというわけではなく、あくまでも悠斗が率直に思ったことを伝えたに過ぎない。

 それにしては咲のリアクションが過剰だったように思えなくもないが、まぁそういったわけなのでこの程度で喜んでもらえたのなら彼にしても褒めた甲斐はある。


 ゆえにこの場でも咲が謝るようなことは一切なく、むしろ彼女はそれでいいと発言したことで……危うく悠斗は再び彼女を機能停止状態に陥らせるところだった。


 …別に意図してそうなったわけではなく、完全なる反射で口にしただけなのだがそれゆえに里紗の怒りさえも誘発しそうになる。


 もはや咲に対しては対応が甘くなるのは脊髄レベルで刻まれた悠斗の性質に近い。

 だからここは一つ見逃してほしいとも思ったが…そう簡単に見切りをつけてくれるほど里紗は寛容な人間ではない。


 目の前で展開された唐突な甘い空間に対し、呆れるようにして溜め息をつきながらも悠斗へと苦言を呈してくる。


「あのね、あんたが咲を褒めたくなるのも分かるけど少しは自重してちょうだい。この子に正気を戻してもその度に喜ばせてたらキリがないでしょ?」

「…これからは心がけるよ」

「是非ともそうしてちょうだい。…全くもう、咲を褒めるだけで意識も溶かすなんて私だって出来ないっていうのに…!」


 彼女の言う事も最もである。

 いくら彼女の冷静な思考を取り戻すことにそれほどの苦労はしないといっても、いちいちその作業を終わりなく繰り返していたら流石に文句の一つも言いたくなるだろう。


 あとは…悠斗への対抗意識なのか、文句を言い終わると少し悔し気な表情を浮かべながら里紗は己が咲を全力で喜ばせることが出来ていない点を惜しく思っているようだった。


 ……まぁ、出来るかできないかは別として今後はその忠告を念頭に置いて行動してみよう。

 無駄な努力に終わらなければ良いのだが。


「ま、どちらにせよか。…二人がここにいた理由は分かったし、そういうことなら俺がとやかく言う事でもないよな。じゃ、ここからは元通り別行動ということで……」

「…ん? いや、あんた何言ってるのよ」

「え?」


 されどそんな思考もここで一旦打ち切り。


 困惑や戸惑いといった感情が大半を占めていたとはいえ、大まかには彼女らの事情も把握できたので悠斗の用件はこれまでだ。

 元々彼らの遭遇は完全なる偶発的なものであり、本来は出会う予定でもなかった。


 であればこうして一件落着した以上、共にいるのも不自然だろうと思いスッと悠斗は二人の傍を離れようとして……心底不思議そうな顔をした里紗に止められる。


「『え?』はこっちのセリフよ! どうせここで会えたんなら、せっかくなんだし最後まで付き合っていきなさい!」

「えぇ…それは流石にマズいだろ。お前らも女子二人で楽しみに来てたんだろうし、咲だって俺が割り込んだら迷惑だよな?」

「はぁ……この馬鹿は。…咲、言ってやんなさい」

「…………」


 自然な流れで去ろうとした悠斗を引き留めた里紗はどうしてここを立ち去ろうとしているのかと問うてきたが、彼にだって理由はある。

 そもそもが女子同士で楽しもうとやってきた初詣に考え無しに立ち入るほど彼は空気が読めないわけではないし、そこに男である自分が立ち入りなどすれば異物以外の何者でもない。


 だからこそここは別れて行動することが最善手であり、それを咲にも確認して……何故か決意の固まった雰囲気で里紗の言葉に深く頷く咲はこのようなことを告げてくる。


『…迷惑なんかじゃない。私も、悠斗が一緒にいてくれたら嬉しい。だから皆で行きたい。それは嫌?』

「………おい、咲にこう言わせるのは卑怯だろうが」

「何のことか分からないわね。それもこれも一人で勝手に行動しようとした悠斗が悪いだけでしょ」

「…………」

「…あー、分かったよ。俺もここから先は一緒に同行させてもらう。…それでもいいか?」

「……!」


 …返されてきたのは、潤んだ瞳を向けながら咲の懇願を意味する言葉。


 まさに悠斗にとっては特攻とすら言える効果を持つ仕草を重ね合わせてこられてしまえば打つ手など無く、降伏以外の手段など無いのだと早々に悟った。

 そして自分の退路を潰し、彼女をけしかけてきた里紗に憎まれ口を叩くもさして効果はない。


 結果として悠斗もこれからの動きには二人と共に行くことが確定し、半ば作戦負けをしたような気分となったそれとなく…悔しくもあれど、同時に嬉しくも思ったとか。


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