第八六話 連れ出す目的とは
里紗から悠斗へと通話を持ち掛けられてから二十分と少しが経った頃。
宣言通りの時刻にやってきた彼女を家に招き上げると、そこで対面した彼女らは…何とも大げさ気味でもあるリアクションを以て挨拶を交わしていた。
「咲、久しぶりね! 冬休み中は何だかんだで会えていなかったし…変わらず可愛いわよ! 今年もよろしくね!」
「………!」
「あ、そうそう。一応悠斗にも挨拶しておくわ。明けましておめでとう」
「とんでもない“ついで”感だな…いいけどさ。おめでとさん」
彼の家にやってきたのは確かに久方ぶりに会ったようにも思える咲が誇る無二の親友にして彼女をこよなく愛する人物、里紗。
新年一発目ということもあって向こうもテンションが上がっていたのか、ここを訪れて咲の姿を目にすると同時に彼女を勢いよく抱きしめた。
そしてその勢いのまま、新年の挨拶も済ませ……限りなく一応と言わんばかりに悠斗にも声は掛けてくれた。
…まぁ、その辺りは構わない。
里紗が咲と悠斗で接する態度が百八十度違うことなど百も承知である。
むしろ彼女が悠斗に友好的な態度で接してきて時には、そちらの方が何かあったのではないかと警戒するレベルだろう。
是非も無し。二人の関係性はそんなものなのだから。
そこはどうでもいい。今は曲がりなりにもここに来た里紗の対応に集中しよう。
「はあぁぁ…! 休みは学校がないのは嬉しいけど、咲と会えなくなるのが寂しいのよねぇ……今のうちに咲成分を摂取しておかないと…!」
「……っ!? …~~!?」
「おい、その辺にしておけって。…里紗も咲をどこかに誘おうってここまで来たんだろ? いつまでもここで戯れてたら時間無くなるぞ」
「あっ、それもそうね。危ない危ない…私としたところが咲の可愛さにやられて我を見失うところだったわ」
…もうとっくに我なんて見失っていただろう、というツッコミを出すことなく飲み込んだ己を悠斗は褒めてやりたかった。
言ったが最後、血を見る結果になることは明らか。
それが誰の血なのかは…言及するだけ野暮というものだろう。
「じゃっ、悠斗。悪いけど咲は少し借りていくわね。多分お昼過ぎくらいには大体用事も済むと思いたいけれど───うん?」
「………」
「どうしたの咲? そんな可愛い顔しちゃって…」
『里紗、出かけること自体は良いけどその前に行き先だけ教えて。そもそも準備もまだ整えてられてない』
「準備なんてしなくていいわよ? もうこっちで粗方必要なものは取り揃えてるし、咲は来るだけでオッケーね!」
『…そもそもどこに行くつもり? それも聞いてない』
(そういえば…俺に連絡してきた時も目的地については何も言ってなかったな。特に気にしてなかったから問いただしても無かったけど)
されどそのようなどうでもいいことを考えている間にも着々と話は進んでいき、気が付けば彼女らの話題はもう出かける直前のような雰囲気を漂わせる。
……が、それを実行する前に咲から一旦のストップがかけられた。
里紗の服の袖を軽く引っ張りながら身長の関係上、若干の上目遣いになりつつも尋ねられた質問内容。
しかし抱いて当然のそれは…悠斗も彼女から言われるまで気が付かなかったことだ。
確かに考え直してみれば今に至るまで里紗は咲と出かけたいという目的こそ明かせど、その内容については一切語っていなかった。
最初は向こうの勢いに圧倒されていたこともあって気にも留めていなかったが、それは少し妙だろう。
何か話せない特別な事情でもあったのか、それともはたまた……彼女なりの狙いでもあったというのか。
今一つ掴めない里紗の真意を問いただそうと咲も諦めることなく質問を重ね、そうしていけば彼女も観念したようでその目的先は語られる。
……そこに含まれた、盛大なサプライズも同時にではあったが。
「目的地についてはまだ内緒! ただ…そこに行く前に準備しなきゃいけないから、一回咲には私の家に来てもらうわ!」
「………!?!?」
どこか悪戯っ子じみた笑みを浮かべながら放たれた一言。
里紗はどこまでいっても楽し気な雰囲気を浮かべながら…しかしそれとは対照的に、咲は凄まじい衝撃を受けたようなリアクションを取る。
「ふふふ……いつもは咲に提案しても逃げられちゃうから誘えないけど、もう出かける言質は取れてるからね。…咲は、約束を破るような悪い子じゃないでしょう?」
『…ひ、卑怯! そのために目的地を言ってなかった…!?』
「何とでも言ってくれたら良いわ! さぁ、もう逃がさないわよ! 早く私と一緒に来てもらうわ!」
(あぁ…そういえば、咲って里紗の家に行くのは苦手だったんだっけか。それでこんなに拒否反応を示してると…)
この場までわざわざ足を運び、それまで己の目的をぼやかし続けた。
そうやってようやく明かされた真意は…最終的な目的はどうあれ、その過程で里紗の自宅へと赴くことだったらしい。
だがそれを聞かされた咲はというと、心底驚愕したとでも言わんばかりに目を見開いた後で自分が嵌められたことを理解したようだ。
以前に少し小耳に挟んだ事実であるが、彼の記憶が正しければ咲は里紗の家に向かうことに対して苦手意識を持っていたはず。
されどそれは里紗の身内や向こうの家との仲が複雑だからといった事情があるわけではなく、単に彼女がそこで着せ替え人形扱いを受けることを嫌がっているだけである。
悠斗も話を聞いただけなので本当かどうかは知らないが、里紗の家に赴くと必ずと言っていいほどに咲はそんな目に遭うらしい。
まぁ、彼女ほど見た目が整っている美少女ともなれば何を着ようとも似合うことは間違いないだろうし、着飾らせたくなるという心理は分からないでもない。
もちろん咲が行きたくないと言うのならその意思が最優先ではあるが…今回に限っては里紗の作戦が一枚上手だったということか。
「うちのママも咲が来ることを楽しみにしているからね。…さっ、急がないと間に合わなくなっちゃうし、車もそこに置いてきてるから行くわよ! 咲!」
『ゆ、悠斗! このままじゃ連れていかれる! た、助けて…!?』
「あー……その、何だ。…頑張って来てくれ。応援してるから」
「!?」
もはや逃げ場などありはしないと彼女も薄々察してはいるのだろうが、だからと言って無抵抗のまま連れていかれればその先でどんな目に遭うのかも嫌という程理解している。
だからこそ、最後の希望に縋りつくかのように傍に居た悠斗に手を伸ばそうとして…無慈悲にも引き剥がされた返答に絶望したような顔を浮かべる。
「それじゃ悠斗。咲は少し借りていくわね。夕方までには送り返せると思うから、そのつもりで頼むわ」
「……あんまり咲の負担になるようなことはさせるなよ?」
「しないわよ、そんなこと。せいぜい今回は二十着くらい咲に似合いそうなお洋服を着てもらうので我慢するわ」
「…それ、我慢になってないから」
悠斗にすら見放されたことでこの場に味方はいないと悟ってしまったのか、がっくりと力なく項垂れてしまった咲はひょいっと里紗に抱きかかえられる。
そのままの流れで彼女を連れ出そうとする里紗に対し…悠斗も自分にできる数少ないこととして、効果の有無はともあれ咲に無茶だけはさせないようにと釘を刺しておいた。
…まぁ、その答えとして返ってきた発言を思えば効力なんて無かったに等しいのだろうが。
結局、そうこうしている間にも抱きかかえられた咲は里紗の手によって連れ出されていった。
…彼女がもう一度ここに戻ってくるまでに、無事であることを祈るばかりである。




