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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第八四話 振り返れば後悔は


 おそらくはどこの家庭でもこの日…加えてこの時間ともなれば各々の家でゆったりとした空気を満喫していることだろう。

 一年という長い期間が終わる年末。


 どの家でもそれぞれ積み重ねてきた思い出を振り返りながら、新しく始まろうとしている新年に対して様々な感情を募らせているはずだ。

 かくいう二人。悠斗と咲もその例には漏れない。


「いやはや…まさか俺が年末にこんな豪勢な食事をとれる日が来るとはな。去年の俺に言っても絶対に信じないぞ、こんなの」

『ちょっと大げさ。そこまで凝った物でもないのに』

「俺からすれば十分すぎるくらい凝った仕上がりなんだよ。咲がどう思ってようとな。実際美味いし」

「………!」


 年末と言えばこれと答える者も中にはいるだろう、定番の一つと言ってしまっても良い年越し蕎麦。

 もちろん咲お手製の手作り品であり、鴨出汁ベースの温かい汁と麺の二つが絡み合って至上の美味を作り上げている。


 更にそこへ添えられる形で具材として鴨肉やネギ、小松菜と彩りとしてかまぼこがトッピングされておりそれがまた何とも言えないバランス。

 こうして特徴だけを並べていけばパッと見はシンプルだというのに、不思議と咲が作ったとなると得も言われぬ幸福感すら湧き上がるのだから凄いものだ。


 もちろん、彼の感想は最高以外の一言はありえない。

 今まで何度となく口にし、そして味わってきたというのに一向に慣れる気配も飽きる気配も微塵として感じさせてこない咲の料理。


 もはやここまで来ると純粋な腕前以外に何かしら悠斗を惹き付けてやまない魅力が隠されているように思えてならないが、この美味さを味わえるのであればそれでも構わない。

 とっくに悠斗の胃袋は咲の手によって掴まれきっており、彼女がいなくなれば餓死する可能性すら笑い飛ばすことが出来なくなってきている身としては今更過ぎることだ。


 捉え方を変えれば、自身にそう思わせてしまうほどに強烈なインパクトを叩き込んでくる彼女の料理こそ悪魔的だと言えなくもない……はず。

 責任転嫁と言ってはいけない。


「でもほんと、今年は咲に感謝してもし足りない恩が出来たからな。…どうやったら返せるのか見当もつかないよ」

『…そんなことない。悠斗だけなんてことはない』

「うん?」


 温かな熱を持った蕎麦をすすりながら穏やかな時間は続いていき、そんな中で悠斗は今年だけで彼女から貰った恩をどうやって返せば良いのかも分からなくなってきている。

 既に現時点でもあらゆる方向で手を借りっぱなしだというのに、未だその恩に報いるだけのことを自分は何も出来ていない。


 ゆえにこれから何をしたらよいかと頭を悩ませかけて…続いて咲から向けられた言葉に思考は遮断された。


『悠斗だけ貰ってばかりなんてことはない。私だって悠斗からたくさんのものを貰ってる。…ここで過ごす時間は、私にとって代えがたいものだからそれでいいと思う』

「…そうか? だとしても恩を返すには軽い気もするけど」

『少なくとも、()()それで良いと思ってる。だから…来年もよろしくお願い』

「…分かった。こっちこそ来年はよろしく頼むよ」

「………!」


 彼女の言葉。

 それは悠斗ばかりが恩恵を享受しているわけではなく、咲もまた彼から貰っているものがあるとのこと。


 もちろん悠斗にそんな恩返しをした覚えなど無い。

 だからこれは彼に気を遣わせまいと彼女が言ってくれたお世辞に近いものだろうと考えて…しかし、その優しさを突き放すのもまた違うと思った。


 真意がどうあれ咲がそう言ってくれたのだから、今この場で悠斗はその言葉を素直に受け取っておけば良い。

 それが彼女に対する礼儀でもあるのだから。


 よって彼らは互いに互いから受け取ったものを実感しつつ…温かな空気で満たされた今年最後の夕食を満喫していった。




「さて…もう本格的に今年も終わりだな」


 夕食を済ませ、いよいよあと数十分で新年が迎えられる。

 時刻にして既に時計の針は夜の十一時を回ろうとしており、彼の隣では咲がぼんやりとテレビを眺めながらその瞬間を待っている。


 いつもなら彼女もとうに自身の家に戻っている頃合いだが、今日に限っては咲自ら『ここで年を越したい』と申し出てきたので悠斗もそれを了承した次第だ。

 まだ高校生の少女が男子の家に一人で、それも夜遅くまで入り浸るなど本来褒められたことではないのだろうが…せっかくの大晦日なのだ。


 たまにはこういった時があっても怒られることはないだろう。

 そう判断し、悠斗と咲は二人揃って新しい年が始まる時を待ち続けているわけである。


「こうやって思い返すと結構一年でやり残したこととか思い出しそうになるよな…咲はそういうことあったりするか?」

「………」


 目の前に置かれているテレビでは年末恒例の歌番組がやっており、それが尚更年越しムードを否応にも高めていく。

 眼前に迫ってきたその瞬間を前に、悠斗は特に深い意図はなくそんなことを彼女に尋ねていた。


 これもある意味定番の流れと言えるかもしれないが、年越しを直前にすると一年を振り返る中で思い残してきたことが意外とあったりするものだ。

 日頃は思い出すほどの事でもないと無意識に忘れているものだが…不思議とこういった場面になると記憶を掘り起こしてしまい後悔に近い感情が蘇りそうになる。


 きっと、終わりが近づいたからこそのあるあるなのだろう。


 だがその返答として、咲が見せた反応は首を横に振る否定の意。

 少し考えるような素振りを見せながらもフルフルと頭を動かす様子からは今年に対して後悔など残してきていないという意識が伝わってくる。


『今年は、確かに色々あった。トラブルもあったし…そのせいで迷惑を掛けちゃったこともある』

「そりゃあな。あれは中々に忘れることも出来ない記憶筆頭だよ」

『でも、それがあったから…こうやって悠斗とも話せるようになってる。一緒の時間を過ごすことが出来るようになってる。それだけで、私は幸せ』

「…そこまで言われると反応に困るんだけども」

「………!」


 ──そう伝えてくる咲の顔は、誰がどう見ようとも蕩けた笑みになっていて。


 告げられた言葉…悠斗と出会えたことこそが何よりも幸福な思い出であったと明言してくる咲が漂わせる雰囲気は、どこまでいっても多幸感に満ち溢れたもの。

 悠斗でさえ直視するのが気恥ずかしくなるような台詞を何の気なしに放ってきた彼女の、どこまでも純粋な感情で満たされた一言は多大な威力を伴って彼の理性を直撃した。


 ……年末という心構えも緩み切るこのタイミングでの発言だったため、心なしかその破壊力はいつもの数割増しで彼の心に響く。


 加えて、咲がこの状況のことをそこまで大切なものだと思ってくれていたと図らずも知ることができ、想定外ではあったが少なからず嬉しくもあった。


「まぁ…何だ。今年はお互いに色々あったっていうことで、新年になっても咲にばかり頼り過ぎないように気を付けていくとするよ」

『…別に、もっと頼ってくれても良い。むしろそっちの方が良い』

「……勘弁してくれ。これ以上咲の存在に溺れたら、取り返しのつかないレベルで自堕落な人間になる未来しか見えないぞ」

「…………」


 ひとまず今年を振り返った上で悠斗が思うことは、来年になっても彼女に寄りかかりすぎないようにすること。

 現状でも支えてもらう点が多すぎる身であるがために、自分でやるべきところはしっかりとこなしておかなければすぐさま堕落していく気配しかない。


 なのでその辺りもきっちりとしていこうと決意して……次の瞬間、咲から魅力的に過ぎる誘惑を向けられてしまい危うく覚悟が揺らぎかけた。

 せっかく自分一人でもいろいろなことをやっていこうと誓ったばかりだというのに、咲から一言向けられただけでこれである。


 …この誓いがどれだけ長続きさせられるものかは分からないが、気を緩めすぎれば即座に彼女の手によって破られかねない。

 悠斗は根拠もないがそう直感した。



 ───まぁ、どちらにせよだ。


 そうして他愛もなく、しかし心落ち着く会話を交わしている間にいつの間にか年は明けていった。


 この生活が始まってから初となる年越し。

 先に何が待ち構えているのかは分からず、だからこそほんの少しの期待感も湧き上がってきてしまいそうになる彼女との日々。


 そして何より…大きな波乱から幕を開ける新年であった。


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