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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第八〇話 逸れた狙いと対策と


「…すまん、咲。色々と迷惑かけて…」

「………?」


 真奈美が仕事場へと戻っていった後。

 悠斗は咲と共にやたらと疲れたように思えてならない気分を抱えたままリビングへと足を運び、一息ついたところで…彼女へと謝罪をした。


『悠斗、何を謝ってる?』

「そりゃ…もちろん、母さんと咲を会わせたことだよ。誰にも明かさないって約束だったのに、あそこで俺が油断してたからこんなことになって…」

「………」


 謝罪の内容はもちろん直前までの事柄。

 彼自身も意図していたわけではなかったとはいえ、図らずも真奈美に咲との生活がバレてしまい…結果的に何とかなったから良かったものの、それでも迷惑をかけたことに変わりはない。


 マンションの中だから、他の顔見知りがいるはずもない場所だからといって油断をしてしまった。

 何を言おうと後付けの理由にしか過ぎないことは分かり切っているが…だとしても何も言わないというのは悠斗自身が許せない。


 だからこうして真っ先に謝ろうとして…キョトンとした顔になる咲を見た。


『…別に、あれは悠斗が悪いわけじゃない。そもそも私も警戒していなかったし、避けようもなかった事故みたいなもの』

「いや、そうだったとしても…」

『それに…迷惑なんて思ってない。むしろ…真奈美さんと会えて()()()()()

「……嬉しかった?」


 言葉を口にすればするほどに自分の不甲斐なさを露呈しているようで罪悪感が募ってしまいそうになるが、その発言を止めるかのように彼女から向けられた文字。

 その言葉に彼への気遣いなどありはしないと一目で判別できるほどの微笑みを見せつけられながら、今回の鉢合わせが嬉しかったと彼女は断じてくれたのだ。


『そう。確かに最初はびっくりしちゃったけど…ああいう賑やかな人は私のお母さんとタイプが違うから新鮮。それにここに居ていいって言ってもらったから、安心もした』

「……まぁ、賑やかさがうちの母さんの専売特許みたいなところはあるからな。でも騒がしかっただろ?」

()()()()。むしろああやって気兼ねなく話してくれる人は少ないから、遠慮なく来てくれて楽しかった』

「…そうなのか?」

「………」


 賑やかや騒がしいといった表現がこれ以上なく当てはまる母親、真奈美の言動は息子である悠斗をもってしても翻弄されることが多い。

 本来は部外者に過ぎない咲であればその傾向もより顕著だろうし、加えて初対面に等しい同性からあれほどまでにグイグイと来られれば萎縮してしまってもおかしくない。


 その辺りを考慮したからこそ、悠斗も内心の申し訳なさがどんどんと積み重なっていく現状なのだが…彼女はそんな彼の杞憂を丸ごと吹き飛ばすような返答をくれるのだ。


 先刻までの出来事は決して迷惑などではないと。

 そしてこれは彼女の人気さも少なからず関係しているのだろうが…あの真奈美のように、普段から咲に対してグイグイと圧迫感すら伴って迫ってくる者は稀だ。


 いつも彼女の周囲にいるのは良くも悪くも咲をマスコットのような目線で見ており、純粋に彼女のことをどこにでもいる一人の少女として捉えられるのは珍しいのだろう。

 その理論でいけば…確かに真奈美は良い意味で遠慮などせず咲との距離を近づけまくっていたと言えなくもない。


 方法が強引過ぎた点を除けば、の話であるが。


『だから気にしなくていい。それにポジティブに考えれば、ここに居てもいいって許可も貰えた。これで後ろめたく思いながら過ごさなくて済む』

「…まぁ、言われてみれば」


 道中の過程でこそ紆余曲折あったが、終わりよければ全て良しという言葉があるように結果が丸く収まったのなら過剰に気にする必要はない。

 そう言ってくれる彼女の言葉を見て…悠斗も、これ以上は気にする方が彼女には失礼になるのかもしれないと思えてきていた。


「じゃあ…もうこの件を掘り返すのはやめておくよ。ありがとうな」

『私は何もしてない。思ったことを言っただけ』

「それが嬉しかったからお礼を言ってるんだよ。まぁ気にせず受け取ってくれ」

「………」


 きっと彼女からすれば何気ない一言。

 されど、そのおかげで悠斗もいつまでもやりきれない感情を燻らせずに済んだのでその感謝はしっかりと伝えておいた。


 咲からはそのような言葉はいらないと暗に断られかけたが、別に義務感で言ったわけでも無い。

 単に悠斗が彼女に礼を言っておきたいと思ったがゆえに発言しただけでしかないため、気楽に受け取ってもらえればそれで良いのだ。


 そう言えば向こうも一応は納得してくれたようでコクコクと頷いてくれたので、これで一件落着である。


「それにしても…母さんは相変わらず行動が突拍子もなさすぎるんだよな。…今度それとなく注意しておくか」

『…真奈美さんは、昔からああいう感じだった?』

「全く変わらないな。…いや、昔に比べればあれでも落ち着いた方なんだよ。一応は…」

「………!?」


 やっとの思いで一段落させることができた部屋の空気。

 慣れ親しんだ緩やかな雰囲気が場を満たし始め、彼らも一息を吐こうとしたところで…悠斗は己の母の言動を振り返って溜め息をこぼしてしまう。


 するとその動きに関心を持ったらしい咲から話題を振られてしまったので反射的に答えてしまったが、何一つ嘘はなく真奈美の態度は過去から一切変わっていない。

 より正確に言えば変わったところもあるが…その内容はあれが全くのフルスロットルなどではないという驚愕の真実である。


「俺が子供の時なんかは暇さえあれば構われてたくらいだし、家にいる時で放っておかれたことの方が少ないくらいだったんだよ。…だからあれでも落ち着きはしてるんだ。あれでも、な…」

「………」


 まさしく開いた口が塞がらないとでも言わんばかりに驚きを露わにする咲だが、そのようなリアクションを取ってしまう気持ちもよく分かる。

 突飛もない発言で場をひたすらに掻き乱し続け、初対面だったはずの咲でさえグイグイと押し込まれるような勢いを発揮し続けていたのがあの真奈美なのだ。


 実際に体感している身だからこそ、悠斗の言葉が信じ切れていないのだろう。


 しかし今の言葉は悲しいことに全て嘘偽りない真実なのである。


『た、大変だったみたい……』

「…咲。他人事みたいに言ってるけど、多分ここから先はお前も無関係じゃないぞ?」

『……え?』


 かつての出来事を振り返って疲れ果てたように肩を落とす悠斗。

 ……だが、それを眺めていた咲はまるで自分は一切関係ないとでも言うかのように発言してきたがこれからは彼女とて傍観者の立場ではいられない。


 いや、むしろ状況を考えれば彼女の方がより中心的な被害を受けていくことにもなりかねないくらいだ。

 何故なら………。


「母さん、咲のことをかなり気に入ってたみたいだからなぁ…またここに帰ってきた時にはほぼ確実に悪戯の狙いはお前だろうし、事あるごとに構ってくるんじゃないか?」

「………………」


 …今日この時を以て真奈美の目に付けられてしまった咲もまた、彼女の悪戯の餌食になることがほとんど確定してしまっているからだ。

 その事実を突きつけられた咲はそのようなことなど欠片も予想していなかったのか、呆然とした顔になりながら悠斗の瞳をただひたすらに見つめ続けている。


 しかしそんな硬直してしまった時間も長くは続かず、やっと動き出した彼女は告げられた現実をどうにか否定してほしいという感情をありありと映しながら文字を打ち込む。


『…悠斗、嘘だって言って。冗談だって』

「…否定してやりたいのは山々なんだが、誤魔化しようもない事実だ。頑張ってくれとしか言いようがない」

「…………」


 顔など見ずとも、示される文字列だけで咲の必死さは嫌でも伝わってくる。

 どうか彼の言葉が間違いであってほしいと願わずにはいられない咲の姿には心から同情するが…残念なことに、こればかりは諦めるしか方法がないのだ。


 あの真奈美相手ではどれだけ言い聞かせたところで無意味なことは悠斗の過去が実証してしまっているのだから。


「ほ、ほら…俺もフォローはするし、咲にあまり変なことはするなって言っておくからさ。だからそんな落ち込むなって」

『…ありがと。でも、真奈美さんに対して警戒しても意味ある?』

「…………ある、はずだ。多分…」

「…………」


 今日一日だけで垣間見えた片鱗だけでもあれほどまでにこの場の空気を引っ掻き回し、なおかつ二人にも精神的なダメージを負わせてきた真奈美である。

 その余波だけで味わった疲弊感が今後は一身に向かう可能性があるなどと言われてしまえば、ガックリと項垂れてしまうのも無理はない。


 悠斗にできることと言えばせいぜいが母親への忠告くらいのものだが、それでもやらないよりは遥かにマシなので咲に無理なことを言わないように後できつく言い聞かせておこう。


 ……それにどの程度効果があるのかなんてことは考えてはいけない。


 悠斗も、冷静に振り返った頭の中であの母相手に対策など出来るのかと問うてきた咲の言葉には…即答できなかったのが全てを物語ってしまっていた。


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