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第七話 目にした惨状


「…さて、ようやく着いたな」


 何やかんやとここに辿り着くまでに紆余曲折もあったが、何とか悠斗は自分が普段から日常生活を送っているマンション内まで帰ってくることが出来た。

 そしてその隣には…やたらと小さな背丈をした少女の姿もあるが、もうそこに違和感を覚えることもない。


 最初こそ色々と言いたいことはあったが、それら全てを彼女直々に論破されてしまったので諦めてここまで連れてきたのだ。

 無論、男の家に上がり込むのならもう少し躊躇しろという注意は引き続き投げかけてはいたものの…こちらを信用しているという咲には大した効力も発揮せず。


 結果としてこのマンション内まで状況は変わらず、どこ吹く風といった様子で悠斗の言葉を聞く咲相手では必死の説明も無意味に等しいものであった。


 まぁそれはいい。

 もとよりここに彼女を招くと決めた時点でこうなることは想定していたし、多少困惑はさせられたものの概ねは予想通りの進み方だったのだから。


 ゆえにここから伝えるのは…その予定の先にあること。

 正直悠斗の立場からすると少々情けなくもあるし、こちらの評価を落とすことにもなりかねないが…知られるのが早いか遅いかだけの話なのでここで伝えるが吉だろう。


 悠斗の自宅へと近づいていく足取りの中、彼はそんなことを考えていた。


「本羽……俺の家に入る前に、一つだけ言っておかなきゃならんことがある」

「………?」

「まぁ見れば分かるし、言うほどでもないかもしれないが…俺の家ってかなり()()()()()()んだよ。それだけは先に言っておくぞ」

「……??」


 …そう、これが何よりも彼女に忠告しなければならないと思っていた事項の一つであり、他者を自宅へと招くとなった場合に悠斗にとって最もネックとなることであった。

 言葉にしてみれば何てことはないが、その実……悠斗はかなりのものぐさであり、生活能力に関しては皆無と言っていいレベルで家事が出来ない。


 掃除や洗濯はついつい後回しにしてしまい、家の中には荷物が散乱する始末。

 さらには料理といった方面でもその不器用さは遺憾なく発揮され、彼が手を加えた食材なんかは一つの例外もなく廃棄物へと変貌する。


 極々単純な作業であれば問題もないのだが、少し複雑な手順が加わってくると途端に駄目になるのでもうこの点については悠斗自身諦めている節もある。

 特に不器用だという自覚もないし、日常生活においてもさほどそれを実感するような事態は無かったので…どうしてこうなっているのかは当人にも謎のままだ。


 一つ確かなのは、彼がまともに自宅の家事をこなせないという事実のみ。

 両親が仕事で家を空けていることが多いために、それを改善する機会すら生まれることなくここまで来てしまったが…こうなると分かっていれば多少は掃除くらいやっておけば良かったと思うが全て後の祭りである。


 ……そうこうしている間に見慣れた玄関先へと辿り着いてしまったがゆえに、こうなったら諦めるしかない。

 こちらから誘ってしまったので今からキャンセルをするというのはあまりにも酷だし、人間性的にも何かを疑われそうだった。


「まぁそういうわけだから、物が散乱してるけど驚かないでくれな。一応足の踏み場くらいは残してるから…」

『…多少汚れてるくらいなら気にしない』

「多少で済めばいいんだがな…とりあえず入るか」


 咲にもこの事実を忠告しておいたのはひとえに、伝えておかなければ驚愕される可能性が高いから。

 こちらの恥を晒すことになろうとも、先に言っておいた方がスムーズに事が進むというのが目に見えていたので明かしたわけだが………。


 …返ってきた咲の言葉を見るに、おそらく向こうの予想としては汚れているとは言っても少し物が散乱している程度だとかそんな風に思っているのだろう。

 残念なことに…()()の現状はその程度の言葉では語り切れないのだが、その辺りの誤解は実際に見てもらった方が分かりやすいか。


 そんなことを考えながら部屋の鍵を開けていけば、どこか硬質的な音を響かせつつも玄関の扉が開錠されたのだと伝わってくる。

 ドアノブへと手を掛け、ゆっくりと開いていく扉を潜って自宅に入っていけば…少し暗く包まれた視界の先に悠斗の家が露わとなる。


 …それと同時に、部屋の惨状も白日の下へと晒される。


「じゃあ入ってくれ。…どうしたんだよ、そこで立ち止まったりして」

『……どうして、こんなことになった?』

「…俺に言うな。自覚はしてるから」


 ガチャリという音と共に開け放たれた空間の先。

 そこに招かれるようにして足を踏み入れた悠斗と咲であったが…部屋へと一歩を踏みしめた途端、咲はどうしてか硬直でもしたかのようにくりくりとした瞳を大きく見開いていた。


 …まぁ、言わずとも原因など知れている。

 彼女が立ち止まったことについて最初は意味が分からないという風にとぼけてはみたものの、目と鼻の先にある光景を前にして困惑しない方がおかしいのだから当然である。


 そうしてようやく困惑に埋め尽くされていた思考が落ち着いてくれば、次に飛んでくるのは純粋な疑問。

 この目の前に広がっている……玄関から見えるだけでも脱ぎ捨てたシャツやズボンの数々、そして積み上げられた雑誌の束といった荷物があちこちに散乱した景色への問いかけであった。


 …咲もこれほどまでに酷い状態だとは思っていなかったのだろうからこそ、このようなことを言って来たのだろう。

 気持ちは分かる。悠斗とて、仮に同級生の家に上げられた際にこれほどまでの散らかりようをしているとなったら口を挟まずにはいられないという確信があるのだから。


 ただ一応悠斗の名誉のためにも弁明をしておくと、散らかっているとは言っても盛大なゴミ屋敷とまではいかない。

 時折廊下の隅に寄せられた雑誌群に躓きかけることこそあるものの、しっかりとリビングへと続く道だけは確保しているので最低限の生活感は残しているのだ。


 …大した名誉回復にもならなかった気がするが、そこは気にしてはいけない。


『お家はちゃんと綺麗にしないと、駄目。こんなところじゃゆっくり身体も休められない』

「…その通りすぎてぐうの音も出ないよ。片付けなきゃってのは分かってるんだがな…ま、その辺はまた今度考えておくさ。とりあえず今は置いておこう」


 咲の指摘はごもっともであり、正論すぎて反論の余地すら微塵もない。

 しかしこのままのペースで話が続けば悠斗の側が不利になることは分かっていたため、早々に話題を途切れさせるためにも強引に打ち切らせてもらった。


 …その意図を悟られたのか、咲からは微妙にジト目が向けられているような気がしたがきっと気のせいである。

 向けられた視線から、『こんな惨状になるまでどうして放置しておけたのか』という意思がありありと感じられるが…それも考えすぎに違いないのだ。

 現実から目を逸らしているわけではない。決して。


「ほら、真っすぐ行ったところにあるのがリビングだから先に行っててくれ。適当にくつろいでくれれば良いから」

「………」


 誤魔化そうとしたことは何となく察されているのだろうが、そこに関しては咲も武士の情けなのか渋々といった様子ではあったもののコクリと頷いて見逃してくれた。

 その時、何となく後から追撃を受けそうだという嫌な予感がふと悠斗の頭に浮かびはしたが、それはひとまず気にしないこととしてリビングへと向かう咲の後ろ姿を見守りつつこのおかしな現状を振り返っていた。


(…ここまでの流れが急すぎたから意識もしてなかったが、まさか自宅に女子を招く日がやってくるとは……まぁ浮いた雰囲気なんて一つもないし、向こうも単なる避難先として来てるだけだ。変な勘違いは止めておこう)


 冷静に顧みれば、クラスでも屈指の美少女が自宅を訪れているという状況下。

 言葉だけを切り取れば垂涎物のシチュエーションなのだろうが…実際は甘い雰囲気など皆無な訪問である。


 二人ともが()()()()()()の期待などしていないがために、高校生とは思えないほどに静かな来訪となったわけだがそれも当然だ。

 悠斗も咲のことを可愛らしいとは思う事こそあれど、恋愛感情なんかは抱いていないのだから。


 どちらかと言えばマスコットを前にしている感覚に近いため、そうした認識も影響しているんだろう。



 ──いずれにしても、妙な展開などあるわけもない悠斗宅への訪問。


 余計なことを考えるのはよしておこうと決めておきながら…彼もまた、咲の後に続いてリビングへと進んでいくのだった。


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