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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第七四話 お返し合戦


「………」

「ん。『今これを開けてもいいか』って? 別に許可なんて取らなくても咲の物だし、わざわざ聞かなくてもいいぞ」


 悠斗が半ばサプライズにも近い形で咲へとクリスマスにちなんだプレゼントを渡し、彼の見る限りそれも喜んでもらえたようだ。

 だが、その反応はあくまでもこれから起こる本番への前哨戦に過ぎない。


 そもそもまだ彼女は渡されたプレゼントの中身について情報を聞いても目にしてもいない状態なわけで、そこを確認する段階こそが肝なのだから。


『じゃあ…あ、開けさせてもらう』

「おう。…気に入ってもらえるかは微妙だけど、一応普段使いできそうなものにしたから大丈夫だとは思うんだが……」

「………!」

「ん、どうだ?」


 やたらと緊張したような面持ちで悠斗からのプレゼントをラッピングから丁寧に解いていき、咲はその全容を少しずつ露わにしていく。

 おっかなびっくりな手つきであるため時間はかかるものの、それもいずれは終わりへと近づき…ようやく箱の中身は外に晒された。


 そこから出てきたのは、一つの()()


『…これは、コップ?』

「そうそう。正確に言うと()()()()()だな」


 咲の手元に大事そうに抱えられながら姿を現したのは、悠斗から補足が加えられたように表面に可愛らしいデフォルメされたクマの意匠が施されたマグカップ。

 所々が赤と白の色合いで彩られており、サイズにしても大きすぎず小さすぎずといったところ。


「俺もどんな物が良いかって悩んだんだけどさ。色々考えてる内に咲って結構ココアとか飲んだりしてるだろ? そういう時に使えるんじゃないかと思って……あっ、もちろん気に入らなかったら無理に使わなくても───」

『そんなことしない! …可愛いし、ずっと大切に使わせてもらう』

「うおっ!? …そ、そうか。気に入ってくれたなら何よりだ」


 こればかりは個人的な事情が多分に含まれるので話す必要も無かったのだが、悠斗も最初はプレゼントをどうしようかと悩みに悩んだのだ。

 どうしてもこういう場面になると経験値不足が目立つ彼では女子に何か贈り物をする場面など想定もしていないために、どんな物品がベストなのかと困り果ててしまう。


 しかしながらそうやって悩みぬいた末、ふと彼の頭の中でマグカップを渡すというのはどうかと考え付く。

 普段の生活を思い返していると見落としがちではあったが、意外にも咲は悠斗の家で温かい飲み物を愛飲している姿を見かけることが多い。


 例を挙げればココアを始めとしてカフェオレだったりホットミルクだったり、時期的なこともあるのだろうがとにかく温かい飲み物をよく口にしているイメージがある。

 であれば答えを出すのは早い。


 そういうことなら飲み物を飲む際に必ず使うマグカップか何かを贈れば普段使いも可能であるし、実用的でもある。

 それらの理由から選んだ、というのが大まかな経緯だ。


 ゆえにこうして今咲にプレゼントされたマグカップ。

 あとは細かい要素を語ればデザインについても悠斗のセンスである。


 正直ここに関しては咲の好みそうなタイプが掴み切れていなかったので彼のセンスから彼女が好みそうなものを選別して贈らせてもらった。

 …本音を語ればこの点で気に入られないこともあり得ると思っていたので、それとなく探りも兼ねて要らなければそう言ってほしいと伝えた。


 だが、そこに対する返答は…激しい返却拒否だった。


 一度貰った物なのだから返すことはありえないと言わんばかりに渡されたマグカップを胸に抱え込む咲の様子からは、一目見ただけでもそれを気に入ってくれたのだろうことが窺える。

 それが確認出来れば悠斗も一安心だ。


 もとより咲に喜んでもらおうと選んだもの。それに値するリアクションが見られただけでも努力した価値はあった。


『これは、今度から大切に使わせてもらう。私の宝物』

「そこまで言うか? …まぁこっちとしては嬉しい限りだけど」

『そのくらい嬉しいってこと。これから使うのが楽しみ』

「…なら良いか。とりあえず俺の用はそんなところだし、そろそろケーキでも食べようぜ」

「………!」


 プレゼントも忘れずに渡すことが出来れば悠斗の方は用済み。

 やるべきことを失念してしまうことだけは避けたかったので、そこさえ回避できればあとは気楽に過ごすだけ。


 なのでそこも踏まえ、話を元の路線に戻すことも兼ねて彼はテーブルの上に置きっぱなしにされていた咲お手製のケーキへと視線を移す。

 ほぼ放置されていた形になってしまったので今更感も拭えないが、あのままにするわけにもいかないのでタイミングとしては悪くなかった。


 ゆえに二人は窓際から改めてダイニングテーブルへと戻り、机の中央にポツンと置かれているケーキに向き直した。

 未だに小さな箱の中で保存されているのでその全容は確認できないが…その時間はもう終わりである。


 他ならぬ咲の手によって少しずつ取りだされたその全貌は、何とも素晴らしいクオリティを博している。


『じゃあこれを切り分けていく。…悠斗、どうしたの?』

「……いや、ちょっと出来栄えに感動してた。それと結構シンプルな形で来たな、と…」


 何ともないように取り出してきたので実にあっさりとした雰囲気でのお披露目となってしまったが、露わとなった外見は少し意外でもあった。

 というのも咲が作ったケーキは全体が生クリームで覆われた生地に幾つかのイチゴがトッピングがされた()()()()()()()であり、数あるケーキの中でも無難なものだったからだ。


 丸々としたホールケーキ……とは言いつつも、流石にサイズに関しては大きすぎると二人では食べ切れないと判断したようで控えめなもの。

 されど咲ほどの腕前があればケーキの種類ももっと凝った物が出てくるとばかり思っていたため、少々意外だった。


 ただ、その理由も一応は彼女なりに持っていたらしい。


『別に大した理由じゃない。こういう時はシンプルな方が良いかと思ったから、今回はこのケーキにしてみた』

「…なるほどな。まぁ確かに俺も変に凝ったりするよりは無難な方が好きだし、むしろアリか」

『それじゃあ、悠斗の分はこっち』

「おぉ、ありがとな。じゃ…頂かせてもらうよ」


 尋ねてみれば大した事情があるわけでもなく、単にこういったイベントごとなら咲がオーソドックスな形式を好むからだという。

 その理由は悠斗も何となく理解出来る。


 彼も彼で咲に寄せるというわけではないがこういった時ならどちらかと言うと無難な形を好む傾向にあり、あまり尖りすぎたものになると受け入れ難くなる。

 よってこの選択肢は両者にとってもベストに近い。


 そうして悠斗はいつの間にか切り終えていたケーキを一切れ、咲から受け取るとフォークを手に取り味わわせてもらう。

 口へと運ばれた生クリームがふんだんに使われたスポンジ生地とイチゴの仄かな酸味。その二つが重なり合って生み出された甘みは…言い表しようもない絶品さを見事に実現している。


「…うん、美味いな。甘みもちょうどいいし、流石咲が作ったケーキだよ」

「………」

「……ん? どうした、急にそんな顔して…」


 一口食べただけでも程よい甘さとのコントラストが実感できるこのケーキは紛れもない最高の仕上がりであり、普段は甘味をそこまで食べない悠斗も絶賛してしまうほど。

 ついさっきの料理のみならず、ホールケーキまでも完璧な出来にしてくる咲の技量はいくら感嘆しても足りないくらいだ。


 だからせめて内心の感謝は伝えようと彼も口を開き、目線も咲に合わせれば…そこで微妙な表情を浮かべていた彼女の姿を認識して戸惑ってしまう。

 何故唐突にそんな顔をするのか。

 あまりにも一変してきた彼女の変化に理解が追い付かないが、その答えは咲自身から語られた。


『…私は今日、貰ってばかり。悠斗はプレゼントをくれたのに…私は何も用意できてない』

「え? …あぁ、そういうことか。別に俺は気にしてないし、元々そうしようって決めてたわけでも無いんだから咲が悪いわけでもないって」

「………」


 どうやら彼女の態度が急変してしまった理由の根幹としては今悠斗がしてばかりのプレゼントにあったようだ。

 その証拠として彼女の視線は机に置かれ、貰ったばかりのマグカップへと注がれているし…()()()()が彼に何も渡せていない現状に落ち込んでしまったのだろう。


 無論、悠斗はそんなことを微塵も気にしていない。

 彼が自身で言ったように前提として先ほどのプレゼントは二人で事前に決めていたわけでも無く悠斗が勝手にやっただけのことなのだから、咲が何かを用意していなかったとしても非はゼロだ。


 …だとしても、彼女はそう言われて納得する性格をしていないことも重々承知している。


 今の咲が注目しているのは机の上に乗せられている悠斗からプレゼントされたマグカップ。

 それを見て、自分からも何か出来ないかと考えているだろうことは容易に想像がつくことだ。


 しかし今から何かをするには時間も足りず、物を用意するためには時刻が遅すぎる。

 どうあろうと咲に出来ることは無く、諦めるしかない。…そう思われた時。


『…あ、ならせっかくだしこうする。プレゼントのお返し』

「え? …なぁ、ちょっと待ってくれ。その…何で俺の方に向かってフォークとケーキを差し出してくるんだ?」

『さっきのお礼。()()()()()()()()から、口開けて』

「………マジですか」


 何かを思いついたかのように大きく瞳を見開き、意気揚々としたテンションを取り戻した咲が実行してきたのは…予想の斜め上すぎる行動。

 彼女のフォークに突き刺されたケーキがちょうど一口分確保されながら、悠斗に向けて差し出されている。


 ………まぁ、端的に言ってしまえばあーんの体勢である。


 まさかお礼をしたいからと言ってそのようなことをしてくるとは考えてすらおらず、困惑のあまり悠斗も一瞬思考が停止しかけた。

 しかし向こうがいつまで経っても食べようとして来ない彼に痺れを切らしたのか…考える余裕も与えられない。


『…食べない? もしかして、嫌だった…?』

「……嫌、ではない。ただその…羞恥心が刺激されるというか……」

「………?」

「…あぁ! 分かった分かった! …あむ。…これでいいか?」

「…………!」


 女子にあーんをされる経験など持ち合わせてもいない悠斗にすれば彼女の手で切り分けられたケーキを口にするなど緊張するどころの話ではない。

 欲を言えばもう少し覚悟を固めるための時間が欲しいくらいであり…しかし、悠斗が食べない姿を見て悲しくなってしまったらしい咲の瞳が潤んできたのを見てしまえば退路など断たれたも同然。


 湧きあがりそうになる羞恥心は仕方なく全面的に無視することとして、彼は…差し出されたケーキへと食らいついた。


『どう? 美味しい?』

「……甘いよ。物凄くな…」

「……?」


 その一連の行動によって機嫌を持ち直してくれた咲はワクワクとした様子で彼に感想を求めていたが…それどころではない。

 咲に食べさせてもらったというシチュエーションと、加えてケーキ自体の甘みによって広がった味わいは…心なしか甘さが何倍にも増大されている気がした。


 そんなことを言う悠斗を不思議そうな表情で見つめる咲であったが、いつしか彼女のテンションも回復した。


 ──一方で、予想外の方向から羞恥心にダメージを食らってしまった悠斗が熱くなる頬を自覚するのも必然の話である。


 そうして夜も更けていくクリスマスの中、彼らが過ごす聖夜もまた…どこか蕩けた空気に満ちていたことも疑いようはない。


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