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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第七二話 幸せな味


 慌ただしく動き続けていた咲の動向を悠斗が何も出来ないことを不甲斐なく思いつつも見守り続け、早数時間。

 早くから準備をしてくれていた咲もようやく調理が一段落したとのことで久方ぶりにキッチンを後にし、身に纏っていたエプロンを外しながら悠斗の下へと近寄ってきていた。


『悠斗、大体ご飯は出来た。いつ頃食べる?』

「ん? もう出来たのか。そうだな…あまり早すぎても咲が休めないだろうし、十九時頃でどうだ?」

「………」


 トテトテとやってきた咲はソファに腰掛けていた悠斗の隣に座りつつ、いつ夕食を食べるのかと聞いてきた。

 …その過程でポスンと収まってきた位置が彼のすぐ近くだったのはもう今更なので特に指摘することも無い。


 それよりも今は彼女の疑問に答える方が先決だ。


 なので近くに置いてある時計を確認してから少し考え、パッと思い浮かんだ提案を言ってみれば特に断られることも無く咲はコクコクと頷いてくれていた。

 時間にして十九時まではあと一時間と少し余裕があるため、そこまでは彼女とのんびり身を休めながら待つことになりそうだ。


「でも咲…本当にお疲れさん。ここまで任せきりにして悪いな」

『気にしなくていい。私が好きでやってること』

「だとしてもだ。咲が頑張ってくれたのは事実だし、俺はそこに甘えてるだけなんだから感謝はしっかりしておくべきだろ」

『…じゃあ、その言葉は受け取っておく』

「そうしてくれ。…ここからは俺が咲に感謝しっぱなしになるだろうしさ」


 そうして悠斗の真隣にやってきた彼女。

 小さく身を縮こまらせている姿からは先ほどまで頼もしい手つきで料理を取り仕切っていた少女と同一人物だとはとても思えないが、そういったギャップも咲の大きな魅力なのだ。


 学校で周囲からひたすらに甘やかされている様子とは対照的に、悠斗の家の中では誰よりも頼りになる彼女。

 他の誰でもない、()()()()が知る咲の姿は…他の何者にも代えがたい安心感にも近い居心地の良さというものがある。


 余計な気を遣うことも無く、自分を無理に飾り立てる必要もない素の態度をここまで曝け出せる相手が傍にいるというのはきっと幸福なのだろう。

 事実、こうして咲という信頼できる話し相手が隣にいる状態を悠斗は気に入っている。…いや、それ以上に手放したくないとも思っている。


 みっともない執着だと言われてしまえばそれまでだ。

 実際、咲の方も少なからず悠斗とは仲を良くしてくれているが…結局のところ二人の関係はまだただの友人同士。


 今はその物理的な距離感の近さと咲の親密な態度があるためにここに居てくれているが、それだっていつかは終わりがやってくる…はず。

 悠斗にそれを止める術はない。

 前に美幸が帰ってきたことを契機に咲との繋がりをリセットなどしたくないという本心にこそ気が付いたものの、その願いがいつまで持続させられるかなど分からないのだ。


 ──だからこそ、今くらいは。


 こうして咲がまだ傍に居てくれる今を全力で満喫するくらいは…許されても然るべきだろう。


『悠斗も期待してくれていい。今日のご飯は…今までの中でもかなりの自信作』

「へぇ…! それなら、存分に味わっておかないとな」

「………!」


 そんなことを考えつつも咲との他愛無い会話は続いていき、彼女直々に自信作だと断言する夕飯への期待はガンガン膨らんでいく。

 咲もその言葉に偽りはないからかドヤ顔を浮かべて悠斗の言葉に頷いているし、そのようなことを言われてしまえば…どうあっても楽しみだという感情が止められなくなっていった。




「おぉ…! …こ、これは少し…いや。かなり凄すぎるんじゃないか…?」

『だからさっきも言ったはず。今日は頑張った』

「想像以上だな…ちょっと美味そう過ぎるぞ、これ…」


 時刻はあっという間に過ぎ去っていき、気が付けば十九時を回っていた。

 それを契機に咲が音を出すことなくソファから離れたと思えば完成させていた夕食の配膳を着々と進めていた。


 …本音を言えば、調理の段階でキッチンから言葉では表現しきれないほどに良い香りが漂ってきていたので食欲が刺激されて仕方なかったのだ。

 確実に最高の美味であろうことを予見させてくる香りだけでもあれほどの魅惑を振りまいていた献立の数々。


 しかし現実の方は彼の想像など容易く飛び越えてくるもので、あまりにも目を引いてくるメニューを前にさしもの彼も驚愕の色を隠せない。


「正直見ただけじゃ名前も分からない料理まであるし…あれに関しては何なんだ?」

『それはキッシュって言う。ベーコンとか野菜を使ったパイみたいなもの』

「…何だその洒落た料理は」


 加えて、今まさに彼が指さした料理の一つ。

 咲から教えられたばかりのキッシュというメニューを始めとしてどれもが芳醇な香りを漂わせており、思わず唾を飲み込んでしまうほどにこちらの食欲を刺激してくる。


 軽く例を挙げてみればまず何よりも強く存在感を放っているローストチキン。他にもまだ高い温度を保っているのか湯気を放つコーンポタージュにパエリアが大皿に盛りつけられてたりと、何とも豪勢な食卓そのものだ。

 …前もって咲から夕飯を豪華にすると伝えられてはいたが、まさかこれほどまでのものとは夢にも思っていなかったので驚きである。


『悠斗にびっくりしてもらいたかったから張り切って作った。どう?』

「びっくりするも何も…どっちかと言うと凄すぎて言葉を失ったくらいだぞ。咲が料理上手なことは知ってたけど、ここまでだったとはな…」

『感動してくれた?』

「…感動したのもそうだし、改めてそのとんでもなさを実感させられたって感じだよ」

「………」


 もちろん今まで味わってきた咲の手料理のクオリティが低かっただとか断じてそういったことではなく、あくまで今日この日の献立がこれまでと比較しても飛び抜けているということだ。

 悠斗が示すリアクションからもそれは読み取れると思う。


 もはや分かり切っていた事実だと思い込んでいても尚、ここに来て再び彼女の調理技術にまだ上があるのだと知らされることになるとは思わなんだ。


「なぁ、これ……早く食べてみても良いか? ぶっちゃけこうやって見てるだけっていうのもそろそろ限界に近くて…」

『もちろん。冷めたら美味しさも半減しちゃうから、その前に食べて』

「わ、分かった。…頂きます」


 しかしそう思うだけの時間も今この瞬間までであり、分かりやすく言ってしまうと…彼の()()が我慢の限界を迎えた。

 …こればかりは悠斗自身でも抑えようがない。


 己のすぐ目の前にどう見ても美味を予感させてくる料理の数々が並べられていながら長時間口にせずにいたら、誰であろうと似たような反応にはなる。

 それは彼とて例外ではないのだから、その意思を咲へと伝えれば…一瞬キョトンとした顔にはなりながらも最終的に微笑まし気に笑った彼女から許可が下りる。


 そうなればもうこれ以上は見ているだけでいる意味もない。

 内心では慌てながらも出来る限り落ち着いた振る舞いを心がけて席に着き、軽く息を吐きながらも箸を手に取って目についた料理を口へと運ぶ。


 ──その瞬間。


「……美味い!」

「………っ!」

「あ、わ、悪い! いきなり大声出したりして…でもこれ、本当に美味いな…!」


 ──口へと運んだと同時に広がった圧倒的な美味に、彼も気が付かぬうちにその感想を叫んでしまう始末だった。


 その仕上がりを目にした時から薄々理解してはいたものの、やはり実際に食べてみると感じられるクオリティは最高の一言。

 だが、そこで無意識に出てきた声のボリュームが想定以上に大きかったため正面に居た咲も驚きゆえかぱちくりと瞬きを繰り返していた。


 されどその反応もほんの数秒程度で収まり、まるで興奮するかのように彼女の料理を絶賛する悠斗の言葉に…嬉しそうに頬を綻ばせていた。


『そう言ってもらえたなら頑張った甲斐がある。良かった』

「間違いなく期待してた以上だよ。…お世辞抜きに、ここまで美味いのは人生で初めて食べたくらいだ」

『…それは言い過ぎ』

「言い過ぎでも何でもないって。冗談無しでうちの母さんより美味いって断言できるぞ」

「…………」


 普段から最高の出来栄えを見せてくれる咲の手料理を味わっている悠斗でさえ唸るほどの品揃え。

 彼が口にしていたように、かつてよく食べていた悠斗の母が作っていた料理すらもこれは凌駕していると言い切れる程。


 …身内贔屓だと思われるかもしれないが、彼の母親は昔から料理をすることが趣味だったようでその完成品も中々に美味だったと記憶している。

 現在も悠斗の自宅に使われないにも関わらず様々な調理器具が置いてあるのはその名残であり、家族というフィルターを通さずとも子供心ながらに自分の母が相当な料理上手だったのだろうというのは察していたものだ。


 が……咲の腕前はそれを超えていく。


 より正確に言うのであれば…何と表現するべきか。

 おそらく、彼女の作る料理が悠斗の嗜好にこれ以上なく()()()()()()()()からこその評価なのだろう。


 単純な腕前や理屈の話ではない。

 かねてより気になってはいたものの、不思議と咲の手掛けるものであれば何であろうとも悠斗の味の好みにピタッとハマるゆえにこそ、ここまで感動する仕上がりになっていたのだ。


「昔からクリスマスだろうと飯は貧相なものだったからな…ほんと、咲のおかげでここ最近は最高の食生活を送れてるよ」

『…悠斗は、私の料理が好き?』

「ん? …そうだよ。咲の料理は俺の好みにもしっかり当てはまってるし、間違いなくここ数年食べてきた中でも最高の味わいだ」

「………」

「……どうしたんだよ。急に笑い出して」


 思えば、去年もそのまた前の年も。

 悠斗は両親が仕事で忙しくなってから毎年のようにこの家を一人で過ごしてきたし、それを当たり前のこととして思ってきた。


 そこに対して何かを思うことは無い。


 ──ただ、それでも。


 こうして自分の目の前に誰かがいながら、自分のために料理を作ってくれる相手がいる状況というのは…確実に幸せなのだろうという認識もしっかりと持っている。

 その事実を噛み締めながら同時に口へと運んだ料理もしっかりと味わい、一通り味わい終えたところでふと前を見れば………。


 …そこには、全身から醸し出す雰囲気を幸せ一色に変えながら、口元から目元までもゆるっゆるに緩め切った咲の姿があった。


『何でもない。気にしないで』

「その言い方は絶対何かあったよな? …別にいいんだけどさ」


 先ほどまでとは打って変わって幸福感を前面に押し出した咲は何でもないなどとのたまってくるが、どう見てもその表情は何か心境の変化があったとしか捉えられない。

 本人がそうとしか言わない以上は悠斗からも深い追及は出来ないので、気にはなりつつもやめておいたが。


 …それに、理由は分からずとも彼女が楽しそうにしてくれているのなら悠斗にとっても不都合はない。


 よってここは何故だか機嫌を激しく急上昇させた彼女の態度を不思議には思いながらも、悠斗はそんな彼女の姿を目の当たりにして…図らずも彼自身までそのオーラに当てられて口角を緩められた。



 ──二人だけの、されど彼らだけだからこそ生み出された温かなパーティ会場。


 そこで繰り広げられるやり取りは、どこか…甘さを伴ったものだったのかもしれない。


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