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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第七〇話 圧倒的なもの


 最初は時間が経つのさえもやけに遅く感じるなんてことを思っていたというのに、一度過ぎてしまえば何とも早いものだ。

 気が付いた時には既に定期試験が実施される週まで時間は進んでいて、それすらもあっという間という言葉がピッタリと当てはまるくらいの速度で終わっていった。


 ちなみに、全ての試験科目が終了した瞬間のクラスのリアクションは…何ともバラバラで面白おかしかったとだけ述べておこう。

 人によっては勝ち誇った顔でやり切ったような雰囲気を出す者もいれば、またある場所では絶望しきったオーラをまき散らす者もいる。


 三者三様なんて言葉では収まり切らないくらいに多種多様な感情が入り乱れる教室の中。


 そんな中でいつも通りの平静さを保っていた悠斗は今、返ってきたばかりの答案用紙を目にし………。


(…うん、まあまあだな。悪くないし前よりも点数は上がってるけど、目立って注目するほどでも無いって感じだ)


 …そうして目にした己の結果。


 返却された答案に記された点数は全てを平均してみればおおよそ七十点台といったところであり、一般的に見れば十分に優秀な部類だ。

 だが、それでも……悠斗は特別喜ぶような素振りを見せていない。


 その理由はとても単純であり、ひとえにこれらの点数は彼にとって獲得出来て当然のレベルだからだ。

 現に並べられた答案用紙を見ても彼は過度に喜ぶような仕草を取らず、どちらかと言うと己の成績が低下していなかったことに対して安堵していると言った方が近い。


 まぁ悠斗の結果はそんなものである。さして注目するほどのことではない。


(とりあえずは母さんたちにも報告出来そうだし、そこは一安心か。…これで成績ガタ落ちなんてことになってたら本当に笑えなかったし…良かったよ)


 大きな上昇も下降もなく、変わり映えをしない結果だったとしてもこの結果自体に不満はない。

 両親にも問題なく報告できそうな結果であったためにそこだけは安心といったところだ。


(これで年内の授業もほぼないし、あとは休みに突入するだけ。こう思うとあっという間だったというか何というか………お、あっちも盛り上がってるみたいだな)


 手元に戻ってきた答案用紙も確認し終えたので片付けながら一人ここ最近のことを振り返りつつ…ふと、悠斗は近くから聞こえてきた話し声に意識を傾ける。

 そこにいたのはこの教室内でも屈指の存在感を放つ女子二人組。


 片方がやたらと明るい声色で会話を継続させているのに対し、もう片方の少女は一切の声を発することなくコミュニケーションが成立しているという何とも不可思議な光景。

 ……端的に言ってしまえば咲と里紗による会話であり、このクラスに属するものであればとっくに見慣れた景色である。


「咲、テストお疲れ様! よく頑張ったわね!」

「………!」

「え? 『今回はかなり良かった』って……へ? …ちょ、ちょっと点数高すぎるんじゃない? 私も自信あったのに…それより遥かに高いんだけど…」


 変わらぬ仲の良さを周囲へと喧伝するかのように振る舞うクラス屈指の美少女同士による絡みは否応にも辺りの目を引いていき、自然とそこいらの視線は彼女達に集約した。

 ただそこで繰り広げられているやり取りは何というべきか、里紗がこぼした一言で大体察せてしまう。


(咲の方は宣言通り点数も良かったか。そこは予想通りだな。…まぁ、そのせいで若干里紗がダメージ食らってるみたいだけど)


 辺りに騒々しさが満ちた教室内であってもよく通る里紗の声からおおよそ彼女らの結果も予想は出来るので、ほぼ確実に咲は良い点数だったのだろう。

 その証拠というわけではないが、一目彼女の点数を見た里紗がやたらとテンションを盛り下げていたのでおそらくは間違っていないと思う。


 ……そこで判断するというのも何だか申し訳なく思えてきてしまうが。


 がしかし、そういうことであれば特に不安も無いので詳しい点数については帰ってから彼女に尋ねてみれば良いだろう。

 悠斗自身、里紗があれだけのリアクションを示していた咲の学力がどれだけのものなのかは聞いてみたいし…仮に彼女から嫌がられた時には大人しく身を引くが。

 そんなことにでもならなければ一度教えてもらえないか頼んでみよう。


 ひとまずはこの学校が終わってからだ。




『悠斗、今日のテストどうだった?』

「お、その話題か。割といい感じではあったぞ? とはいっても咲には届かないだろうが…こんなものだな」

「………」


 一通り学校での予定が終わった後。

 当たり前のように悠斗の家に帰ってきていた咲に迎えられながら彼も帰宅し、少し落ち着いた頃合いになると彼女から話題を振られる。


 気のせいかその瞳には隠しきれていない好奇心と高まった期待感が混ざり合い、見ただけで分かる輝きを放っているようにすら思える。


 …おそらくは、前に咲から言われていた悠斗の点数がどれだけのものなのか。

 そこをようやく聞ける瞬間がやってきたということで楽しみにしていたのだろう。


 だが申し訳ないことに、彼女に寄せられている期待のハードルを越えられるほどのものは獲得出来ていない。

 少なくとも悠斗にとってはこの程度の点数は取れて当たり前という認識である故、そこに過度な評価は下していないのだ。


 …しかし、そんな彼の思考に反して彼女のリアクションはその勢いを一切衰えさせていない。


『すごい。どれも平均点よりずっと高い』

「まぁ及第点は取れたってくらいだよ。悪いよりはずっと良いから安心はしてるけどな。…それとこれを聞きたかったんだが、咲の方はどんな感じだったんだ?」

「………!」


 悠斗が咲へと見せた答案用紙はどれもが彼女の指摘通り、学年の平均点を優に上回るほどの点数を誇る。

 当人がそれを凄いことだとは思っていないがために流されそうになるものの…彼女はそんなことになどさせない。


 彼の示してきたテスト結果を見て、正面から『凄い』と言ってくれるのは…彼女なりの優しさだったのだろう。


 その言葉はありがたく受け取っておいた。

 曲がりなりにも咲から自身の努力を彼女から認めてもらえたような気がして、それ自体は嬉しくもある。


 ただそれでも、会話の論点をいつまでも悠斗の結果にばかり集中させていては話が進まないのでそれとなく悠斗の方から数時間前より気になっていたことを尋ねに行く。

 その内容はもちろん咲のテスト結果に関してだ。


『今回は良かった。今までの中でも特に出来てたから』

「へぇ……具体的にはどのくらいだ?」

「………」

「……え、これ…凄すぎないか!?」


 彼女へと尋ねた試験結果。

 もしそれを聞かれるのを嫌がるような素振りがあれば無理をさせたいわけではないので身を引こうと思っていたが、幸いにもそのような仕草は見られずあっさりと彼女は見せてくれた。


 そうして机の上に広げられた彼女の答案用紙。

 その紙の束を悠斗は一目見て……驚愕させられることとなる。


 …いや、薄々察してはいたのだ。彼女の成績が飛び抜けて良いことは。

 そこは数時間前に困惑の声を上げていた里紗の反応からも察せられていたことだし、咲の点数がそれほどまでに高得点だというのは分かり切っていた。


 ──だが、そうだとしても彼の目の前でこれ見よがしに並べられたものは…流石に予想外も良いところだ。


『頑張った。私も返ってきてびっくり』

「そりゃあこんなものが返ってくれば驚くわな。……まさか全教科()()()()()とは」


 そう、何と彼女が提示してくれた答案用紙に記された点数は…その全てで九十点以上を取るというとんでもない成果を示していたのだ。

 さしもの悠斗でさえもこれだけのものを見せられてしまえば驚愕の感情を露わにしてしまう。


 彼の予想など遥かに超えてくる現実を目前にして、人というのは驚きの限度を超えると言葉を失うのだと生まれて初めて知らされた気分だ。


 なお、そうして答案用紙を差し出してきた張本人である咲は悠斗が全力で驚いたことに気をよくしたのか、大きく胸を張りながら渾身のドヤ顔をその顔に浮かべていた。

 しかしこれに関しては…そんな態度を表に出すのが納得と言えるほどの快挙だろう。


『これなら、クリスマスも憂いなく過ごせる。やれることはやり切った』

「…だな。もうすぐで冬休みも始まるし、そこの休みを使ってテストの見直しでもしようかね」

『私も手伝う。点数は上がったけど、分からなかったところもあるから』

「お、そうしてくれると助かるな。咲からも教えてもらえるなら捗りそうだ」

「………!」


 自らの結果に大差をつけられる形で広げられた彼女の成績だが、ここまでのものとなると醜い嫉妬も湧きあがらない。

 彼の胸中にあるのは咲への純粋な尊敬であり、そこに対する称賛だけ。


 それを一身に受けた咲はどこか照れくさそうに顔を伏せるも、最終的にはにへら…と頬を嬉しそうに緩ませていた。


 ひとまずこれで彼らのやるべきことは一度区切りを迎え、残すところは様々なイベントが待ち構える冬休みを待つだけとなった。

 少しずつ寒気が高まっていく外の空気とは反対に、温かな空気で満ち足りたこの部屋の中でどんな出来事が起こるのか。


 …それは、まだ二人にさえ分からない先の話だ。


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