第六八話 彼女の誘い方
やっとの思いで今日の復習範囲を片付けることに成功した悠斗。
一度乗り越えさえしてしまえば後はのんびりと休息をとるだけであり、その習慣に従って彼も身体を休めようとした。
…が、そこで不意に目の前に腰掛けている咲を見て思い出した事実があった。
「…そういえばさ、もう少しでクリスマスだよな」
「………?」
「いや、俺も正直忘れてたんだけど…咲は何か予定でも入ってたりするのか? お前なら誰かに誘われたりとかもあるだろ」
話題の出し方が唐突過ぎたために若干不審感を煽ってしまったようだが、彼の持ち出した話はつい数時間前に耳にしたばかりのクリスマスに関してだ。
彼女ほどの人気者ともなればその誘いも数えきれないほどにあるだろうし、そのどれかに参加してくるというのなら悠斗は止めるつもりもない。
そもそもそこまで咲を束縛するほどの権利があるわけもなく、そこをどう過ごすかの判断は彼女次第でしかないのだから。
『確かに、最近はクリスマスの日に遊ばないかっていっぱい誘われる。知らない人からも来るから…ちょっと疲れるけど』
「…なるほど。ま、咲を誘いたいって思うやつらの気持ちも分かるけどな。本人からしたらそれどころじゃないんだろうが…」
『同じクラスの人に言われるのならまだいい。でも、話したことも無い人から誘われるのは少し怖い』
「あー…そりゃそうだわな」
そういったことを考えながらも咲に何気なく尋ねてみたわけだが…そこから読み取れるのはどことなく彼女の疲労感を思わせる文面。
言われてみれば当然でもあったしその可能性も考えてはいたが、咲の人気具合を考慮すれば彼女の競争率が上がるのは必然のこと。
周りにとっては誰が咲を誘えるかという話に移るのが自然な話であったも、それが当人の視点にもなればまた話は変わってくる。
咲曰く、悠斗の言う通りクリスマスというあらゆる意味でイベントが盛りだくさんなこの節目を狙って彼女を誘おうとする者は後を絶たない。
実際に何度となくその経験もあったらしく、しかもそれが学年を問わずやってくるものだから一つ一つ断るのが大変だったとのこと。
…そんな膨大な量となった誘いにもしっかりと断りの返事を送る辺り、彼女の律義さが垣間見えるのも流石だが。
『でも途中からは里紗が代わりに断ってくれたから助かった。ああいう時には頼りになる』
「あぁ、里紗ならそもそも咲に近づけさせることすらしなさそうだもんな。確かにそれは適任だ」
「………」
しかし話をもう少し深く聞いてみるとそんな絶え間なく続くかと思われた誘いの連続にも終止符が打たれたようで、具体的に中身を言うと里紗の手によってせき止められたらしい。
言われてみれば納得である。
何せ咲のことが好きなんて言葉では収まらないくらいに彼女のことを溺愛している里紗のことだ。
クリスマスというイベントに乗じて彼女との距離を縮めてやろうなどと画策している者の魂胆はお見通しであろうし、そんな考えを持って近づいてくる輩など里紗が認めるわけもない。
悠斗自身、身をもって経験している彼女の鉄壁の防御力であれば咲へと近づけさせる生徒をゼロにすることも可能だろうと理解した。
「てことは…咲は誰の誘いを受けたんだ? まぁ知らない相手は除外するとしても、クラスの女子とかなら歓迎してくれそうだもんな」
『…悠斗、何言ってる?』
「ん? だからクリスマスに咲はどこに行くのかって話だよ。他の奴と楽しんでくるんだろ?」
……だが、そこまで聞いた悠斗が発した一言。
一体咲は誰とクリスマスを過ごしてくるのかという言葉に対し…咲は何とも訝し気な表情を浮かべて返事をしてくる。
しかしそんな顔を浮かべられて困惑してしまうのは悠斗も同じだ。
このクリスマスという一般的に考えれば特別な日と言って差し支えないタイミングなのだから彼女も相応の友人と過ごしてくるのが当然だと思っていたし、そう判断して悠斗も質問していた。
──そう思っていたからこそ、咲が何てことも無さげに向けてきた返答に目を見開く結果となる。
『クリスマスの誘いなんて私は一つも受けてない。全部断ってきたから』
「……えっ?」
それは、あまりにも予想外の一文。
この高校生という身分であれば誰であろうと例外なく浮足立ち、場合によっては一生の思い出になることすらあり得る行事。
そんな日の誘いを…全て断ってきたという咲の言葉は、彼の頭が一瞬理解を拒否してしまうほど想定外のものであった。
「断ってきたって……どうしてだよ。せっかくのクリスマスだっていうのに、そんなもったいないことを…」
「………?」
訳が分からないという言葉で埋め尽くされた悠斗が無意識に絞り出した言葉にも咲は大してリアクションを示さず、本当に彼が何を言いたいのか理解できないといった様子。
何やら両者の間に認識の齟齬があるように思えてならないこの状況下で、咲が返してきた言葉はあっさりとしていて───何よりも雄弁に彼女の意思を示していた。
『だって、私はクリスマスは悠斗と過ごしたかった。だから他の人と過ごすのは断ってきただけ』
「……っ! …いや、俺とって…お前はそれでいいのか? 他に楽しめるやつもいただろ。絶対に…」
「………」
実に淡々とした顔色で告げられてきたのは、その雰囲気に反して凄まじく彼の内心を揺さぶってくる類のもの。
無意識下でいつの間にか排除してしまっていた可能性が現実となっている状態に、彼自身もまだ理解が追い付かない。
…そうだとしても、そんなことは彼女にとっては何の関係ない。
『…違う。他の人と一緒にいても楽しいかもしれないけど、私が一番一緒にいて楽しめるのは悠斗だけ。そこは勘違いしないで欲しい』
「……そう、か。悪かった。…じゃあ、まぁ…それならクリスマスは家で過ごすか」
「………!」
悠斗から向けられた発言を受け、どうしてか少し不機嫌そうな感情をその顔に浮かべている咲。
されどそこに記された文章から感じ取れる言葉からは彼女の真剣さが垣間見え、嘘をついているようには全く見えない。
そんな反応がなくとも、咲が口にする言葉であれば……悠斗へと向けられた言葉ならば、悠斗相手だからこそ共に過ごしたいという発言にお世辞の意図が無いことくらいはすぐに判断できる。
だからこそ一瞬驚かされこそしたものの、彼女がそう言ってくれたことを嬉しく思ったことも誤魔化しようもない事実だった。
──そうして決まったクリスマスの予定。
まさかの咲と二人きりで過ごすことが決定されたことは驚きであったが、それと同じくらいに…今年は一人で過ごすわけではない。
誰かと共に過ごす聖夜に対する期待感というものが、彼の胸中でも否応なしに高まっていた。
「…ちなみに聞いておきたいんだけどさ。里紗からは誘われたりしてないのか? あいつなら真っ先に咲のことを誘ってそうなもんだけど」
『里紗は、毎年クリスマスは家族と過ごすって決まってるらしいから誘われてない。…ただ、泣きながら「一緒にいれなくてごめんね」って謝られた』
「あぁ……なんか、想像できる気がする」
…余談だが、彼らのクリスマスの予定が定まった後。
何の気なしに純粋な好奇心から質問したことであったが、悠斗の頭にふと浮かんだ疑問として里紗からの誘いは無かったのかということを尋ねてみた。
彼女であればこの一大イベントに咲と何もしないなど考えられないし、何らかの行動を起こしていても全く不思議ではない。
なので聞いてみたのだが…どうやら複雑な事情があったとかで約束はしていないのだとか。
ただ正直、咲から聞いた言葉だけでもその時の情景が目に浮かんでしまったのはほとんど不可抗力に近いものだったと思う。




