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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第六七話 近々の予定


「…よし、帰るとするか。今日は予定もないしな」


 徐々に外気の冷え込みも強まっていき、本格的な冬の到来をじわじわと実感させられつつある今日この頃。

 否が応でもストーブなんかの暖房器具が恋しくなってくる季節だが…そんな中であっても悠斗の日常はさして変化もない。


 今日も変わらず授業が終わった事を皮切りに自宅への帰路へと着くため荷物をまとめ、そのまま大きな予定もないことは確認済みなので家に帰ろうとする。

 そこまでは何ら変わりない、日常風景の一幕。


 ──だが、そうして悠斗が荷物を入れた鞄を手に取り教室を出て行こうとした直前。


 彼自身もさして意識していなかった方向から、不意にこのような会話が耳に入ってきた。


「…ねーねー! そろそろ()()()()()だけど何しよっか? やっぱり今年はパーッと騒いじゃう!?」

「そうだねぇ…いつもみたいにケーキ買って集まる感じでいいんじゃん? それでも楽しいでしょ」

「えー……それだとありきたりっぽくない?」

「うーん…でもさ、そうなると───」


(……()()()()()、か。そういえばもうそんな時期なんだよな)


 今まさに帰ろうとしていた悠斗の背後から響いてきた女子二人組による話し声。

 そんな意図は無かったとはいえまるで盗み聞きでもするかのようなことになってしまったのは申し訳なかったが…それよりも気になったのは彼女らの会話内容。


 聞こえてきた単語を耳に挟んで悠斗も久しぶりに思い出した事実であったが、言われてみればもう少し日数が経てばクリスマスがやってくるのだ。

 一年を通して見てもかなり大きなイベントだというのに悠斗が思い出せなかったのは…端的に言えばそこにかける興味が薄かったからの一言に尽きる。


 こればかりは仕方がない。

 何せ今までのクリスマスというと悠斗の過ごし方は華やかな思い出のそれとは程遠く、大抵はコンビニかスーパーで買った惣菜を一人で食べて終わりだった。


 彼の周りについても両親は仕事で忙しく帰ってくること自体が稀であり、友人と楽しもうにもわざわざ集まるほど親密な間柄の相手などいなかった。

 それらの事情から悠斗にとってクリスマスは特別感も薄い行事に一つという認識でしかなく、楽しみ方というのがいまいち理解出来なかったのだ。


(咲は…あいつもクリスマスは誰かと遊びに行ったりするのかね。まぁそれは咲の自由だし、どうしようと止める権利も無いけどさ)


 ただ、今となってはクリスマスと聞いて彼の脳裏に浮かぶのは現在も悠斗の家で日々を過ごし続けている咲の存在だ。

 彼女もまた、現在では悠斗の家にいる光景が当たり前となってしまったので忘れかけそうになるが…咲は本来クラスに留まらないほどの人気を誇る少女なのだ。


 当然、クリスマスなどという特別感溢れる行事を目前にすれば学年も男女も問わず彼女を誘いたいと考える者は山ほどいるはず。

 そうなれば咲とて誰かしらの誘いは受けるだろうし、せっかくのイベントなのだから楽しんできた方が良いのは明白なのだ。


 流石に今回ばかりは…悠斗も例年と同じように、クリスマスは一人で時間を過ごすことになるだろう。


(あとでそれとなく咲には聞いておくか。予定があるならそれに合わせて俺もスケジュールは組んでおきたいし、確認はしておかないと…)


 一人で聖夜を明かすことになる事実を残念だとは思わない。昔からこういったことには慣れているからだ。

 周りに自分以外の人間は誰一人としておらず、静かな部屋の中で過ぎ去っていくだけの時間を体感する。


 ずっと昔から、そうやって過ごしてきたのだ。

 寂しいという感情はとうの昔に忘れてきたし、一度順応してしまえばこんな生活も悪くないとさえ思えてくる。


 だから今回も同じだと、何てことも無いことだと自分に言い聞かせながら悠斗はそのまま教室を出て行った。



    ◆



(うー…ん。これは難しいというか…解き方が分からないな。一旦後回しにしておくか…)


 帰宅後、悠斗はある程度持ち帰った勉強道具を片付け終えると日課でもある復習へと着手していた。

 こういうのは授業が終わった放課後直後。要は帰ってきたばかりの今こそが授業の内容も記憶に定着しているタイミングなので、見直しという意味でも欠かさず繰り返している。


 地味な絵面だが、こういった積み重ねを継続していけば学力も確実に向上していくと悠斗はよく知っている。

 だからこそ今日もこうして問題集と睨み合っているのだ。


『悠斗、良かったらこれ飲んで。お茶入れた』

「あぁ、咲か。助かるよ。ありがたく頂くな」

「………!」


 が、そんな真剣な空気を漂わせる悠斗の傍には小さな影が一つ。

 それはありがたいことに彼のためにと飲み物を持ってきてくれた咲の姿。


 ちょこちょことした動きでありながらも悠斗の家を勝手知ったる素振りで飲み物まで用意してくれる手つきには、もはや本来の住人である悠斗でさえ勝てなそうなくらいに慣れたものである。


「…うん、美味い」

『なら良かった。勉強に行き詰まってたみたいだから、これでリフレッシュして』

「良い気分転換になったよ。感謝してる」


 小さな掌から手渡されたお茶を受け取り、その潤いに込められた彼女の優しさも同時に味わった悠斗は図らずも勉強に行き詰まっていたことで淀んでいた空気も幾分か和らいだように思う。

 この調子ならそう遠くない内に授業範囲も片付けられると思うので、気分転換としても今のサポートは心底助かるものだったと断言できる。


「…あ、そうか。ここの計算が間違ってるからミスになってるのであって、ここを修正してやれば…いけるな」


 何かがどうしても上手くいかなくなった時というのは、案外視点を変えてみると解決出来てしまったりするものだ。

 今回の悠斗も全く同じこと。先ほどまでは何が何やらといった様子でどこを間違えているのかすら不明瞭だったというのに、たった一回だけ気分を入れ替えてみれば意外なほどに簡単な問題の修正箇所に気が付けた。


「…よっし! 今日はこんなもんだろ」

『悠斗、今日の勉強終わった?」

「あぁ、おかげさまで片付けられたよ。咲も途中はありがとうな」

『あれくらいお安い御用。悠斗のためになれたなら何より』


 今日随一の難問さえ済ませられれば残りは消化試合に近い。

 苦戦していた問題以外に残されていたのは物量が多少あっただけで難易度自体はさほどのものではなく、悠斗の学力を持ってすれば時間もかからないもの。


 結果的にそれから数分も経てば彼の口から勉強終了の合図が発せられたため、ここで一段落といったところだ。


「いやぁ…でも流石に少し疲れたよ。…咲の方はとっくに終わらせてるのにな」

『それでも今日の授業はちょっと難しかった。悠斗も十分早い方』

「…そう言ってもらえるなら良いか」


 ようやく日課の勉強を終えて一息つけるといった様子の悠斗であるが、その顔色は充足感に満ちているとは言い難い。

 しかしその反応も当然だ。


 先ほど取り掛かっていた難問を片付けることが出来た悠斗よりも、それよりも遥かに早い段階で目の前の彼女が同じ授業内容の範囲を解き終わっている姿を目の当たりにしていたのだから。

 この生活で嫌と言うほど思い知らされたはずの咲の学力。

 彼女が意外にもハイスペックであるという事実はよく知っているというのに、やはりこういった所を見るとそれを再度痛感する。


 無論、それは他ならぬ彼女自身の努力の証。

 一見ただの才能のようにも思える優秀な成績は、その裏に隠れた膨大な努力の積み重ねによって形成されたものなのだからある意味では良いお手本だ。


(俺ももう少し頑張っていかないとな。せっかく頼れる相手がいるんだし)


 自分よりも優れた相手が近くにいる環境。

 人によってはそれが妬みや僻みの対象となってしまうこともあるだろうが…悠斗はお手本があるのならばそれを励みにしてやる気を出せるタイプだ。


 流石に咲ほどの学力を目指そうとなると相当なんて言葉では足りないくらいの努力が必要になることが目に見えているため、そこまでの域を目指そうとは思わないが。

 あくまで自分に出来る範囲で、向上心を忘れないように心がけておけば良いのだから。


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