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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第三章

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第六五話 待ちきれない懇願


「ご馳走様……っと。いやぁ…今日も、というより毎日だけど相変わらず咲の料理は美味かったな。特に今日なんかはシチューとか絶品だったよ」

『そう言ってもらえるなら本望。結構自信作だった』

「なるほどな…咲がそう言うくらいならあのクオリティも納得だ」


 既に外は日が傾いている時刻の真っただ中。

 しかしそうした中にあっても悠斗と咲はテーブルを囲んで夕食に舌鼓を打っており、相も変わらず絶品と言うべきクオリティを誇る手料理に悠斗が感動させられていた。


 そんな今晩のメニューはクリームシチューをメインとした洋食が主であり、副菜としてサラダなんかも添えられていて栄養面もばっちり考慮されている。

 …一か月前と比較すれば考えられないほどに改善されきった悠斗の食生活。


 並の高校生とは思えないほどに卓越されきった調理技術によって向上された食事の数々は、もはや彼にとって無くてはならないものとなっており…正直咲がいなくなれば悠斗は自分の生活が即座に破綻すると直感している。


 情けない話だが、これ以上なく胃袋を彼女に掴まれてしまっている現状では再び一人の暮らしに戻ることなど想像することすら出来ないくらいだ。

 考えたくもない未来だが…もしこれで今後、悠斗が咲から見放されるようなことがあればその時は以前と比べ物にならないほどに生活リズムが狂ったものとなることだろう。


 ある意味、咲に生活の要を握られている状況と言われても否定が出来ない。


 …だが、そんな現状を全くもって嫌だとは思わないのはひとえに彼女のことを信頼しているからだろう。

 咲ならば理由もなく悠斗の傍を離れていくことなど考えられないし、事実としてあわや引き剥がされると思っていたこの前の騒動でも…彼女は悠斗の近くにいたいと言ってくれていた。


 彼の方から咲の地雷を踏みぬいてしまうような馬鹿な真似さえしなければ、そのような展開などありえないはずだ。

 何の根拠もない予想だが、不思議なことにその考えが外れているとは悠斗も思っていない。


 要は日頃の感謝の一つ一つしっかりと口で彼女に伝え、この環境を享受できるという事実を当たり前のものとして認識しなければ良いだけなのだから。

 自分がこれほどまでに恵まれた中にいられるのは全て咲のおかげだ。そこを忘れさえしなければいい。


「さて、じゃあ早いところ片付けるか。咲も皿はそこに置いたままにしてくれたらいいぞ」

「………」

「…うん、どうした?」


 そんなことを考えながら今日の夕食も最高だったと咲へと偽りのない感謝を告げ、悠斗は己の役割でもある後片付けをするために席を立つ。

 これも日課になってきている事項だが、既に咲に夕食まで作ってもらっている身でいくら何でも片付けまでも彼女にやらせるわけにはいかない。


 流石にそこまでも任せきりにしてしまっては申し訳ないにも程がある。


 なのでここは悠斗たっての要望で彼が調理をした後の食器や道具に関しては片付けており、それが当たり前の光景だったが……今日に限ってはそんな風景にも変わった光景が一つ。


 いつもなら悠斗一人でこなすのが当然だった食後の後片付け。

 それを彼に任せるのが申し訳ないとでも思っているのか、微妙な表情を浮かべた咲が遠くから見守るというのが日常だったというのに…今日ばかりは何故か咲はその顔に不満気な色をありありと醸し出していた。


 …どうして今になってそのようなリアクションをするのか。

 頭の中で疑問を浮かべる彼に対し、彼女が返す言葉は短くもその内心が強く示された一文だ。


『やっぱり悠斗にだけ片付けを任せるのはおかしいと思う。私も手伝いたい』

「……またその話か。前にも言っただろ? 咲はもう労力を使ってくれてるんだから、そこまでする必要はないんだよ」


 彼女が申し出てきたのは少し前からちょくちょく言われてはいたことだ。

 曰く、悠斗が一人で後片付けをこなすのも申し訳ないからそこも含めて咲がやりたいとのこと。


 …が、そこばかりは悠斗も認めるわけにはいかない。


 先ほども言った通り彼女は夕食を作るという段階で悠斗などとは比較にもならないほどに頑張ってくれているのだから、ここまでしてもらう必要はないのだ。

 既に相応の対価は払ってくれているのだし、今以上の労働を強いてしまうのは悠斗にとっても望んだことではない。


 だからこれまで何度も要望されてはいたものの、答えは変わらずにべもなく断ろうとして……今までとは少し異なる要望を咲は申し出てきた。


『そうじゃない。今回私が言いたいのは、私一人でやるんじゃなくて…()()()()()に片付けがしたい』

「…一緒に? 共同作業ってことか?」

「………!」


 これまで言われてきた事とは少し毛色が変わり、どうやら今回咲が頼み込んできたのは彼女一人が片付けを担うのではなく二人で後片付けをしたいとのことだ。

 そう確認をしてみれば激しく首を縦に振っているので解釈としても間違ってはいないらしい。


 だが…どうしていきなりそんなことを言いだしてきたのか。

 その点だけが悠斗の中では謎であったが、詳しく聞き出せばその内情も分かる。


『多分悠斗が駄目って言うのは、私一人に負担を押し付けたくないから。違う?』

「まぁ…大体はその通りだな。咲にこれ以上仕事を押し付けようなんて不公平もいいところだし」

『そう言うと思った。でも二人でやれば片付けも早く終わらせられるし、私も悠斗が片付けてくれる間に一人で待つのは落ち着かない。だからこうしたい』

「…言いたいことは分かるよ。だとしてもな……やっぱり咲がやる必要はないんだし、ゆっくりしてくれればそれで───」


 咲が言う事も理解出来ないではない。


 実際、これまでにも悠斗が片付けをしている間は咲に好きなように過ごしていいと伝えていたが…どうにも他人が働いているのに自分だけ休むというのが落ち着かないのだろう。

 時折洗い物をしている最中に注がれる視線から読み取れる感情や横目で見て取れる彼女の姿からは、どう考えても自分も手を出したいという情緒が分かりやすく確認出来ていたのだから。


 それでも現在に至るまでにそれを口にしなかったのは、度々悠斗から咲がやるほどのことではないと遠回しに断られていたからだ。

 だからこそ彼女も今までは不満に感じながらも我儘を言う事を我慢してくれていたのだろうし、今現在までそうしてくれていた。


 だが……その我慢にも遂に限界が来たということか。


 もちろん、咲とて何の考えも無しにこんなことを言いだしたわけではない。

 彼女とて再三悠斗から無理に手を出す必要は無いと言い聞かせられてきた立場なのだから、こういった場面では頑固になりがちな悠斗を説き伏せるための手札はきちんと用意してきている。


『…それに、手伝いたい理由は単に退屈だからっていうだけでもない』

「それは…何なんだよ」

『私も、悠斗ともっと()()()()()()って思った。今でも同じ家にはいるけど、それでも一人で待つより…悠斗とお片付けをしていた方がずっと楽しいから』

「……っ!」


 ──そう言われた瞬間、悠斗は明確に己の心臓が跳ねあがったのを自覚した。


 自分ともっと一緒にいたいと、おずおずとした身振りではありながらも咲という身近な少女からそんなことを言われて…彼も全くの平静ではいられなかった。

 …分かっている。今の発言はそういう意味ではない。


 彼女は単に悠斗といる時間を()()()()()心地よいと実感してくれているからこそ今もこうして彼の家に滞在してくれているのだろうし、間違っても異性のそれに向けるものではないのだ。

 ただ、そうだとしても…咲の言葉を受けて急速に熱を持ったかのように熱くなる頬の紅潮だけは意識しようとしても止められない。


『だからこれからは、悠斗と一緒にお皿も片付けたい。…お願い』

「……咲は、それでいいんだな? 俺に気なんて遣わなくていいんだぞ?」

『気を遣ってなんてない。本当に悠斗と後片付けをしたいからこう言ってる』

「…分かったよ。そこまで言われたら俺の負けだ」

「………!」


 赤らみを増してしまう己の頬を隠すように、若干の照れ隠しを交えながらも咲の懇願に対して悠斗は再びの確認を行う。

 何度も繰り返しになるが、彼に気遣って手伝いを申し出てくれたのならそれは全く不必要なことでしかないからだ。


 ゆえにここは嘘も誤魔化しも見逃さないと彼女の瞳を見つめながら問いただせば…わずかに潤んだような咲の瞳からは、一切の嘘が見て取れない。


 …だったら、もう彼の負けである。

 向こうにここまでのことを言わせてしまえばこれ以上の否定材料は悠斗の手にはなく、どう足掻こうと諦めないという彼女の意思を目の当たりにしてしまえば折れるほかない。


「じゃあそうだな…咲は洗った食器の水気を取ってくれるか? そっちを任せたい」

『もちろん。任せて』


 一度受け入れてしまえばいつまでもうだうだと未練がましいことを言ったところで無駄なのは分かり切っている。

 こういう場合には早々と意識を切り替えてしまう方が賢明だと彼自身も理解しているため、大人しく二人の役割を分担すべく彼女に仕事の一部を任せながらキッチンへと足を進めていった。


 それに対して咲は…先ほどまでの不満気な雰囲気から一転して実に楽しそうな表情へとコロコロと空気を一変させている。


 …そんな彼女の姿を見て、要望一つを聞くだけでここまで満足してもらえたのならこちらが折れた甲斐もあったか…なんてことを悠斗は思わず考えてしまった。



 ──そうしてその日から、夕食後のキッチンに立つ人影は…一つ、小さな姿が増えるようになったそうな。


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