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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五七話 開口一番の一言目


「本当にごめんなさいね~! お邪魔するつもりも無かったのに…」

「…いえ、気にしないでもらって大丈夫です。迷惑でもありませんから」


 …突発的な来訪者から伝えられた驚愕の一言。

 咲を迎えに来たという美幸と名乗った女性だが…今の彼女は何と悠斗の自宅にまで上がり、彼と対面している状態だった。


 だがこれは無理やり入り込まれただとかそういったわけではなく、むしろ悠斗の方から良かったら上がっていかないかと提案したのだ。


 …普段ならば見知らぬ赤の他人など自宅に入れるわけもない悠斗だが、どうしてか今ばかりは…()()()ならば、不用意に警戒する必要はないと判断した。

 あるいは、その容姿から感じ取れる見慣れたような面影に警戒心を削ぎ落されたからかもしれない。


「それで、その……最初に聞いておきたいんですが」

「はい? 何かしら」

「……あなたは、()()()()ということで合っていますよね?」


 互いに席へと着き、こうして改めて顔を合わせてようやく場も落ち着いてきた。

 だからこそ悠斗も先ほどから気になっていて仕方が無かった疑問を、目の前の女性に…美幸へと投げかけていく。


 可能な限り要点を絞って、単刀直入に…彼女が()()()であるという事実のみを確認しにいった。

 そうして確認をすれば、返ってくる答えは………。


「えぇ、()()()()よ! 咲ちゃんの母親をやっている、本羽(もとはね)美幸(みゆき)と言います。あ、気軽に美幸って呼んでくれてもいいのよ?」

「…とりあえず、美幸さんと呼ばせていただきます」

「あら、遠慮なんてしなくてもいいのに…」


(……やっぱりか。予想はしてたけど…断定されると実感が違うな)


 …返された答えは、紛れもない同意。


 ここに訪れた時と美幸の口から娘という単語が出てきた時点である程度推測はしていたものの、この人こそが…話には聞いていた咲の母親だったというわけだ。

 そしてこれは何故か分からないが、美幸は悠斗に対してこれ以上なくフレンドリーな態度で接してくる。


 マイペースとも言い換えられるが…まず彼女について語るとすれば、美幸はその容姿だけでも人目を惹き付けるだろうと思わされるくらいには整っている。

 きっちりと切り揃えられた濃紺色のショートボブの髪型。更に大人びた雰囲気を滲ませつつも愛嬌を残した顔立ち。

 スタイルも全体的に均整のとれたものであり、間違いなく美人と呼ばれて相応の女性だと言えよう。


 …それと、事実が判明した今誤魔化すことも出来なくなったが…美幸からはどことなく咲の面影を感じられる。

 明確にどこが似ているという話ではない。それとない仕草だったり、ふとした時に見せる楽し気な表情だったり…そういった随所の節々に彼女の姿が重なるというだけだ。

 だが、その事実がまた美幸が咲と血の繋がった親子であるという話に真実味を帯びさせてくる。


「うふふ。だったら、こっちは悠斗さんと呼ばせてもらうわね? それにしても…まさかこうしてあなたと会えるなんて思っていなかったからちょっと嬉しいわ!」

「…俺のことも、知っているんですね」

「もちろん! 前に咲ちゃんからメッセージを貰ってあなたの家でお世話になっているという話は聞いていたし、その時からどんな子なんだろうって気になっていたもの」

「……!」


 相も変わらずにこやかな笑みを浮かべながら語り掛けてくる美幸の言葉一つ一つは疑うまでもなく本心からのものだと分かる。

 ゆえにこそ…どうしてそこまで悠斗に対して心を砕いた様子で接してくれるのかが分からなかったし、何よりもまずこちらが言わなければならないことは…そんなことではないと思い出した。


「美幸さん。その…すみませんでした!」

「…? どうして悠斗さんが謝るのかしら?」


 彼が何よりも真っ先に言わねばと思ったこと。

 それはこの場における説明でもなければ言い訳でもなく…謝罪、である。


「…咲から既に聞いているかもしれませんが、知っての通り俺はあいつとこの家で同じ時間を過ごしていました。…美幸さん達の()()()()()()()、です。流された俺も俺ですし、軽率な判断だったことは否定できません。だから…謝らせてもらいたいんです」

「……そう、ね」


 深く、深く頭を下げながら悠斗が出した言葉は謝罪の文字群。

 そこに込められた意図は…この日常が始まったキッカケとも言える箇所。


 元を辿れば全ては咲から申し出されたこととはいえ、二人で同じ家の中を過ごすということに賛同を示したのは他でもない悠斗なのだ。

 それも…彼らの親にこれといった相談や許可を取るまでもなく、勝手な自己判断という考え得る最悪の選択肢までも実行していた。


 …まだ悠斗の方は良い。

 彼も一応は男子であるし、両親に関しても悠斗が信用して招いた人物というのであれば苦言は呈されるかもしれないが最終的には許しを貰えるだろう。


 ただ、咲は…彼女は違うのだ。

 今でこそこうして咲とも打ち解け、二人とも互いに心開くまでに距離は縮まったと思っている。


 だが前提として、悠斗と咲は別に…特別な関係性ではない。

 付き合っているわけでも無ければ恋仲にあるわけでもない。


 言ってしまえば二人は…今の距離感だけで捉えれば単なる()()止まりなのだから。


 その程度の関係に過ぎない相手と、加えて彼女の親という立場からすれば…見知らぬ異性とただ一人の娘が同じ空間を共有するなど、到底見過ごせぬことのはずだ。

 無論、許しなど…そう易々と貰えるものではない。


 だから今の悠斗の一言はまずそこに対する謝罪と弁明。

 うじうじとした言い逃れなどするつもりもなく、身勝手なことをしたことに対する罰を与えられるともなればそれとて受け入れる。


 それで許されることではないというのは重々承知の上だが、だとしても何もせずにのうのうと過ごすのは悠斗自身も許せなかった。

 ゆえにこれは、心に一つの区切りをつけるための言葉だ。

 未だ悠斗の言葉に納得するような声を漏らしてからリアクションを見せない美幸の動きに若干の疑問こそ抱きつつも、この姿勢は崩すまいと身体に力を入れ直して………。


「何だか悠斗さんにも誤解をされてしまっているようだから言っておきたいのだけど…別に私たちは、あなた達のことを怒るなんてことはしないから安心してくれていいわ」

「……え?」


 …向こうからもたらされた返答に、再び意識は空白となりかける。


 それだけはありえないと思っていた、無意識のうちに頭の中で外していた選択肢でもあった…許されるという答え。

 まさかそんな言葉を送られるなんて夢にも思っておらず、間抜けな声を漏らしてしまうが…美幸の表情は変わらない。


「ど、どういうことです…?」

「言葉通りの意味よ。そもそも私の場合…悠斗さんに聞きたいことがあるのは事実だけれど、そんなことじゃないもの」

「……聞きたいこと、というのは?」

「…うふふ、聞きたい?」

「……ま、まぁ」


 向こうの言い分を聞くに、どうやら美幸の側としては悠斗を叱りつけるような真似をする気は毛頭ないとのことだ。

 そしてその言葉を続ける美幸の表情は…どういうわけか、つい数分前とはまた別の意味で悠斗の嫌な予感を加速させる子供じみた笑みに変化している。


 …どことなく、悪戯を思いついた時の咲に似ているというか…雰囲気が酷似していると連想してしまうのは不可抗力なのだろう。


「咲ちゃんから初めてあなたのことを聞いてから、ずっとこれを質問したいと思っていたのよ。…悠斗さん、率直に言ってあなたは…咲ちゃんとお付き合いしていたりするのかしら!」

「………はい?」


 しかし、やけに真剣そうな空気を纏ったように見せた美幸から尋ねられてきたのは…悠斗であっても質問に疑問符で返してしまうくらいに突拍子もないものであった。

 あれだけ重苦しい雰囲気にあった彼の言葉など一切合切無視でもしてくるかのように、美幸が放つ言葉はどこまでも疑いようもないくらいに真っすぐだ。


 …その意味はあまり理解出来ないが。


「いえ実はね? これはうちの話になってしまうのだけど…今まで咲ちゃんってあまり男の子の友達を作らなかったの。だから男の子が苦手なのかとも思ってたけど、一か月前に悠斗さんのことを聞いて…どんな子かすっごく気になってたのよ! それでそれで? 実際のところはどうなの!」

「……あの、まずそれは無いです。申し訳ないですが…」

「えっ、そうなの!? うぅん…それは残念だわ…」


(あぁ…何となく分かってきた。この人って…()()()()()、なんだな…)


 しかし美幸の期待には応えられないので申し訳ないのだが、そういった事実は彼らの間にはないため否定させてもらう。

 すると彼女は…やたらと自分の予想が外れたことを残念そうにしており、その姿にも嘘は見られない。


 …そしてここまで接してきて、悠斗も美幸の人となりというものが何となくだが分かってきた。


 というのも、彼女はどこまでいっても自分のペースを崩すことが無い。

 場の状況やシチュエーションに拘りすぎることはなく、こちらの空気を読んでもくれるが…それを読んだ上で向こうの空気に場を染めてしまう。


 言い換えれば周囲を引っ張っていくマイペースな性格であり、緊張で強張っていた悠斗の身体でさえも気づけば緩み始めている。

 …無論、彼とて自分がやるべきことと聞くべきことを忘れたわけではない。


 だがその上で、のほほんとした雰囲気を保ち続けている美幸の言動は……ふとした拍子に気を抜けば飲み込まれてしまいそうな独特の空気感を持っているのだと気が付けた。


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