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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五〇話 ファッションチェック


「さて……とりあえず映画は見終わったわけだけど、これからは何する予定なんだ?」

『一応、服とかを見るつもりだった。ここは可愛いのがいっぱいあるから』

「なるほど。ならそっちを見に行くか」

「………!」


 一悶着な状況を乗り越えつつ、昼食も一通り済ませた悠斗たちが話し合っているのは今後の動きについてだ。

 当初の目的でもあった映画が終わった以上、これからの動きを明確にしておくのは足並みを揃えるためにも必須なのでここで確認しておくべきだと判断したゆえの問いである。


 しかし、咲から返ってきた答えは予定としても大幅にずれたものではなかった。


 もとよりウィンドウショッピングをしたいという旨の言葉を微かに聞いていたような覚えはあるし、映画が終わった後には元々このように動くつもりだったのだろう。

 だったら悠斗としても異論はない。


 このモールほどの規模が確保されている場所であれば彼女の気が満足するまで衣服が並ぶアパレルショップも見尽くせるだろうし、付き添い役としても気が済むまで付き合う覚悟である。

 そう考え、悠斗は相も変わらずテンションを高くしたままの咲と共に目当ての店舗へと歩みを進めていった。



    ◆



「…………」


(…明らかに悩んでる雰囲気がマシマシだな。それも買い物の楽しみの一つではあるんだろうけど)


 目的の店へと歩いてきた彼らが到着したのは、数多くあるファッション関係の商品が所狭しと並べられた店舗の一つ。

 ここいらの中でも若者向けの服を販売している場所であり、咲にここが見たいと言われたため赴いたのだ。


 それとこれは悠斗にとっても少し想定外だったのだが…今現在、どういうわけか彼も彼女と共に店を徘徊している状態だ。

 いや、最初は外で待っているからゆっくり見てきていいと咲に進言もしたのだ。


 主に女性服をメインとして取り扱っている箇所でもあるため、当然店内には悠斗以外に男などほとんどいない。

 いたとしてもそれは家族連れで来ているかカップルだと思われる男女の二択なので、そのどちらでもない悠斗が傍に居たら浮くに決まっている。


 なのでお互いにとってもここばかりは別行動をした方が良いだろうと思ったわけだが…そこに待ったをかけてきたのが他でもない咲である。


 その時の会話を再現するとなると……簡単に言えば、こういうことだ。


『出来れば、悠斗にも私の服を見てほしい。似合ってるかどうかを言ってくれたら嬉しいから…駄目?』

「うぐ…っ!」


 …簡潔にまとめれば、咲の懇願に耐え切れず押し切られる形で了承しただけ。


 仕方ないのだ。

 向こうが申し出を言う際に余程切望していたのか、潤んだ瞳で上目遣いをされるという二重のテクニックを使われてしまったのだから拒否するという選択肢は消失して当然。

 情けないと言うことなかれ。


 何はともあれ、そうした経緯もあって現在は悠斗も咲と別行動をするでもなく彼女の傍で買い物を見守っているというわけだ。


(…ま、俺は咲が楽しそうにしてくれてるならそれが一番だ。時間だってまだまだ余裕はあるんだし、満足するまで付き合おう)


 ただそれでも、どのような結果であれ悠斗がやることは何も変わらない。

 今日は最初から最後まで彼女のために付き添うと決めているのだから、その役目を果たせるのであればこの状況はむしろ願ったりなものである。



 …そしてこれはほんの余談だが、悠斗は意外にもこういった女子の買い物に付き合うというシチュエーションも苦手では無かったりする。


 普通ならこうした状況となると女子は眼前のショッピングに夢中となり、それに連れてこられた男サイドは長時間に及ぶ買い物に辟易としてしまう……というのが定番の流れでもある。

 ただ、悠斗に限ってはひたすらに待つだけのこの時間も全く苦痛ではない。……より厳密に言うとすれば、()()()()()のだ。


 これは彼の過去にも起因してくるが、実を言うと悠斗は幼少の頃からこれと似たようなシチュエーションを数えきれないほどに経験させられている。

 そしてその状況を半ば無理やりに経験させてきた相手は…これまた厄介なことに、悠斗の母親なのだ。


 前にも少しだけ咲にその人物像を語った事のある彼の母。

 あの時の話ではお調子者寄りの性格であり、無類の恋愛脳という断片的な情報を明かしたわけだが…そこに付け加えて昔から悠斗を様々な場所に連れ歩いていたという過去も併せ持つ。


 ジャンルは問わず、それこそ今のようにどこかのショッピングモールへと赴くこともあれば近場のゲームセンターに行くこともあった。

 記憶を辿れば、印象強いものだと突然家族総出でいきなり温泉に向かわされたこともあったはずだ。

 …未だにどうして唐突に温泉地に突撃することになったのか、意味が分からないが。


 まぁここで重要なのは彼にそういった過去があるという事実の方。

 ともあれ、かつて母親の手によってあらゆる場所に連れていかれた悠斗は必然的に異性の買い物に付き合う時間に対する向き合い方というのにも慣れていった。


 最初はいつ帰れるのかという思考で埋め尽くされていた時間も、幾度となく繰り返されていけば必然的に適応していくものだ。

 最終的に彼の中でこういった時間は特に不得手でもなく、付き添うだけならばむしろドンとこいと言わんばかりに手慣れた場となった。


「…………」

「…ん? あ、悪い悪い。ちょっと考え事しててな…何だ?」


 …と、そこまで考えたところで不意に悠斗は己の服が引っ張られる感覚を味わう。

 それまではこの現状への振り返りに集中していたこともあって反応に少し遅れてしまったが…無論、そんなことをしてくる相手は一人しかいない。


 気が付いたら片手に二着の服を携えながらこちらに合図を送ってきていた咲がいたため、悠斗もそこに意識を向けていった。


『ちょっと聞きたいことがあった。これとこれだけど…どっちの方が似合うと思う?』

「……それ、俺に聞くのか?」

『もちろん。正直に教えて欲しい』


 されど、再び向き直した咲から飛ばされてきた質問には悠斗も少し困ったことになったと胸の内で思ってしまう。

 ある意味、こういった場面では定番とも言える服の二択からどちらの方が相手に似合うかを選ぶというものだが…これは答え方が中々に難しい難問だ。


 というのも、悠斗は自分に合うような服であれば何となくの直感で選ぶことは出来るのだがこうして自分以外の誰かに似合う服を選別するのは得意ではないのだ。

 単純にそうした経験不足だからという理由も関係しているが、どちらにしても今までの人生で女子のファッションなど考えたこともない身からすればこの質問はかなりハードルが高い部類である。


 …それでも、答えないだとか無難な返しで逃げるという選択肢は無しだ。


 仮にも咲から尋ねてきた以上は少なからずこちらの意見も取り入れようとしてくれているのだろうし、そうならば悠斗の側も適当に答えるわけにはいかない。

 だからこちらも真剣に考えるため、彼女が提示してきた二つの服を見比べて………。


(………マズいな。これ、絶対にどっちも咲に似合う予感しかしないぞ…!? どっちを選んだらいいんだ!?)


 …見比べたことで、よりどうしようもなくなった現実を前に頭を抱えたくなる気分となってしまった。


 今彼の眼前に出されているのは、一つはチェック柄が特徴的なオーバーサイズのシャツである。

 こちらは割とシンプルなデザインではあるが、それゆえに他の服とも重ね着なんかをすればかなりのバリエーションで組み合わせの幅を広げられるだろう。


 そしてもう一方は、こちらもデザインとしては単調なブラウスだ。

 全体の色合いが白でまとめられた構図からは清純的な印象を受け、更に胸元には少し大きめのサイズであしらわれたリボンが備え付けられている。

 これは咲が着飾れば彼女の愛らしさが何倍も強調されるだろうし、その姿を想像しただけでも確実に似合っていると断言できる。


 …そう、似合いすぎているのだ。


 彼女から示された二つとも、どちらも咲が着れば最高のクオリティになることが確定しているからこそ…片方を選ぶとなると決断に躊躇してしまう。


『悠斗…そんなに迷うことだった?』

「悩むに決まってるだろ、これは……そもそも咲なら何でも似合うくらいには素材が良いんだ。…だから、どっちかを選ぶってなると迷うんだよ」

「……!?」


 いつまで経っても答えを出さない彼に悶々とした気持ちを抱いてしまったのだろう。

 少々呆れた様子になりながらもそこまで迷うことかと告げてきた咲だったが、あいにく向こうにとってその質問は愚の骨頂であり即答である。


 まず、悠斗がこれほどまでに悩んでいるのはひとえに咲という少女が有している溢れんばかりの魅力が根本の要因なのだから。

 どんなファッションであろうとも完璧なバランスを成立させてくると確信させてくる咲が着る服を選ぶともなれば、誰であろうとも似たようなリアクションにはなったはずだ。


『…そ、それは嬉しいけどやっぱり選んでほしい。何だったら、悠斗が好きな方でもいいから』

「俺の好きな方? …そうか。それだったら……まぁ」


 もうこのままでは永遠に答えなど出せないのではという疑惑すら生じかねない状況下。

 どちらにも明確な決定打が出せないゆえに八方塞がりになりつつある現状をどうにかできないかと頭の片隅で考えもするが、悠斗一人ではどうにもできないと結論が出てしまったところで……救いの手は意外な所から差し伸べられた。


 確かに、このままいくと本当に埒が明かず咲にも無駄な時間を過ごさせてしまうため、ひとまず悠斗の好みで結論を出すというのはありだ。

 それなら比較的簡単に答えは出せるし、先ほどよりも迷うことは少ない。


 というわけで悠斗も納得したため、改めて服を見つめて彼が出した答えは………。


「…こっち、かな。本当に俺の好みの話になるが…」

「………!」


 …彼が手に取ったのは、リボンがあしらわれた()()()()であった。


「何となくでしかないけど、こっちの方が咲に似合うとも思ったんだよ。全体的な雰囲気というか…こっちなら咲の可愛さが引き立つかなってさ」

「…………」

「…まぁ、所詮は俺の意見でしかないから無視してくれていいよ。やっぱりそっちの服も良さそうだし────うん?」


 こればかりは彼の直感任せの判断となってしまうが、どちらが良いかと聞かれれば悠斗にはそちらの方が彼女に似合うとも思った。

 当初尋ねられていた悠斗の好み云々とは少しずれたような気がしないでもないが…まぁ同じようなものなので構わないだろう。


 ただ、これはあくまでも彼個人の意見に過ぎない。

 言われた通り悠斗も自分の主観でどちらが良いかは答えたものの、結局最後に決断するのは咲なので大事なのは彼女が気に入るかどうかになる。


 ゆえにこそ、ここは自分の意見など気にせず選んでくれと伝えようとして…それよりも早く、片手に持っていたシャツを()()()()()()咲の挙動に疑問符を浮かべてしまう。


『…それなら、こっちを試着してくる。あっちはいい』

「え、いいのか? あれもかなり似合ってたと思うんだが…」

『大丈夫。…悠斗が似合ってるって言うなら、こっちの方がいい』

「…分かった。咲がそれで良いなら口は挟まないよ」


 先ほどまであれだけ悩むような素振りを見せていたというのに、悠斗が感想を述べた途端に掌を返して決断を下したらしい咲の動向。

 心なしか手に持ったブラウスを見つめたまま浮かべた笑みを深めているようにも思えるので、悠斗に気を遣ったという感じでもなさそうだ。


 …まぁ、そういうことなら彼が口を出すことでもない。


 どのような形であれ咲がそれを選んだというのなら後は見守るだけなのだから、悠斗は大人しくしているだけだ。

 そう考え、彼もまたパタパタと試着室に向かって行った咲の後ろ姿を眺めていたのだった。


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