第四七話 視線の示す意味
ある意味一悶着もあるにはあったが、大まかには無事に合流も出来たために悠斗と咲はそのままモール内へと進むことにした。
当然周囲の目は咲へと引き寄せられたままであったし、それに伴って隣に立つ悠斗を見る者が多いことも変わらなかったが…悠斗も、先ほどよりはその視線が気にならなくなったように思える。
単純と言われてしまえばそれまででしかないしその通りにはなるが、やはり咲が言ってくれた言葉があったからこその変化なのだろう。
本音を言えばまだ自分の見た目がどの程度見れるものになったのかすら分かっていないし、多少視界が開けて便利くらいにしか彼も認識出来ていない。
…実際はその容姿にも放たれる雰囲気にも多大なる影響が及ぼされているわけだが、肝心なその点を彼は理解していないために若干宝の持ち腐れである。
まぁそこは置いておいても構わないだろう。
そんなことよりも今は二人の現状であり、彼らは当初から目的としていた映画を見るためにモールの奥にある映画館へと向かっている。
……向かっている、が…その道中でどうしても悠斗の意識は散漫になりそうになってしまう。
(何というか…こうして歩いてると実感するけど、やっぱり咲ってとんでもなく注目されてるんだよな。いや、学校で見た時点で分かってはいたつもりだけど…)
今現在、これから訪れる予定の映画館を楽しみにしているのか咲は傍から見ただけでも分かるほどに上機嫌である。
少し耳をすませば鼻歌くらいは聞こえてきそうな上、満面の笑みを浮かべる彼女の姿は見ているこちら側まで不思議と気分を高揚させられそうなくらい魅力的だった。
無論、そうなれば必然的に周囲へと振りまく彼女の魅力もまた強化されるわけで………。
…先ほどまでいた場所と比べて店内に入ってしまえば多少は落ち着くかと思われた人の目も、咲の明らかに楽し気なオーラにあてられてより多くの者がこちらを見てくる始末である。
とはいえ、見たくなる気持ちも理解できないではない。
偶然通りがかった道筋で、十人がいれば十人が振り返るだろうと断言できるほどに見た目麗しい美少女が満面の笑みなど浮かべていれば…悠斗であってもそちらに視線を送る自信がある。
今はその当事者側であるがゆえにその視線のおこぼれを授かる立場になってしまっているが、どちらにせよ咲の人気っぷりを再認識させられる気分だ。
「ほんと、流石って感じだな……」
「………?」
「あ、聞こえてたか? 大したことでも無いけど…こうやって歩いてると滅茶苦茶見られてるよなって思ってさ。やっぱり咲ほど美人になると人目は集中するもんだな」
すると直前までそのようなことを考えていたからか、悠斗も自覚せぬうちにぽろっと内心を漏らしてしまった。
されど内容自体はそれほど気に留めるような類のものではないし、単なる独り言として流されるものと思っていたが…耳聡く彼の一言を聞いていたらしい咲が疑問を持ったように彼を見上げている。
くりくりとした瞳には分かりやすくその色が表れているために、言葉がなくとも悠斗にはその意思が伝わってきた。
『…多分、見られてるのは私だけじゃない。悠斗も見られてると思う』
「ん? あぁー…それもそうか。確かに咲の隣にいる男なんて品定めされるに決まってるよな」
『………そういうことじゃ、ない』
「え、違ったか?」
「………」
ただ、そのことを正直に伝えれば返ってくるのは…どうしてか少し呆れた面持ちすら垣間見える咲の返答である。
しかしそれは…彼からしてみればどうかとも思う問答だ。
確かに言わんとしていることは分かる。
これだけの美少女と横並びに歩く男などどんなやつかと見定められるのはある種当然だろうし、そう考えればある程度の視線が悠斗へと向けられているのにも納得がいく。
ただ、少し引っ掛かる疑問点としては……先ほどから悠斗に目を向けている人の割合として、外にいる時には男からの嫉妬や疑念の情が多数だったというのに、今となってはそこらの女性陣から向けられるものの方が多いような気がするのだ。
気のせいと言い切ってしまえばそこまでなものの、何故そうなったのかは見当もつかない。
…だがしかし、咲の方はその原因にも何となく察しがついたのだろう。
数分前までは確実に上機嫌だったはずなのに、どういうわけか何かを考え込むような素振りを見せた途端に不満気な顔を浮かべてしまった。
『悠斗、そういうところは本当に駄目だと思う。鈍すぎ』
「鈍いって…だったら何で俺が注目されるって言うんだよ。そりゃ、普段に比べれば多少見てくれも悪くは無くなったんだろうけど…それも誤差の範囲だろ」
『…だから、そこが駄目だって言ってる。さっきも言ったけど、今の悠斗はちゃんと格好いいんだから注目されるのは当たり前』
「……そういうものか?」
自分は不満ですといった態度を隠そうともしない咲の態度は、主に表情にも出てくる。
ムスッとした顔つきになったかと思えば、柔らかそうで張りのある頬が焼き餅かのようにぷくりと膨れていき…彼女の意見を一向に理解しようとしない彼にやきもきとしているようだった。
『…今日の悠斗は放置しておくと危ない。放っておいたら一気に食べられて終わり』
「何言ってるんだよ……あるわけないだろ、そんなこと。よりにもよって俺が──」
『だから…こうしておく。……離したら、駄目』
「っ! お、おいっ!」
何やら勝手に懸念事項が増えてしまったらしい咲であったが、そこら辺の危機感は悠斗から欠如しているために彼が思い至ることは無い。
二人の思考にあった認識の齟齬によって発生した、悲しい行き違いとも言える。
ただ、咲もその点を放置しておくつもりは皆無だったようで何を思ったのか…文字を打ち込み悠斗へと見せるのと同時に、彼の手を半ば強引に掴んで取っていく。
端的に言えば手繋ぎ状態であり、流石に唐突すぎたのと行動が予想外すぎたために悠斗も驚愕の声を上げてしまった。
しかしながら、それを強引に振りほどくわけにもいかないのだ。
というのも今現在の悠斗の掌は咲の小さな手に握られている状態であり、仮にそれを勢いに任せて振り払おうものなら…場合によっては怪我をさせてしまってもおかしくはない。
身体つきや筋力という意味では同性間でも貧弱がいいところな悠斗だが、それでも背丈が小さくある咲と比べれば相応に力はある。
無いとは思っていても、以前に彼女を支えたことで実感した咲の軽さも加味すれば勢い余って転ばせてしまうかもしれない。
万が一の可能性に過ぎない展開だと頭では理解していても、彼女を傷つけてしまう可能性があるというだけで彼にとっては躊躇するのに十分すぎる理由となる。
結論、今の悠斗に出来ることといえばせいぜい握られたことで強く実感してしまう咲のふにふにとした手の感触をなるべく意識しないようにと心がけることだけであり、無力もいいところであった。
『悠斗は私の近くを離れないこと。…約束』
「…わ、分かった。分かったから…その。手だけは何とかしてくれないか? 流石に周りの目が痛いというか…」
「……!? ……」
「いや、違うぞ!? 決して咲と手を繋いでるのが嫌とかじゃなくてだな……」
『……悠斗、私のこと嫌になった? 色々言いすぎたから?』
「だ、だから嫌いになんてなってないって! …単にこうしてるのが少し恥ずかしいからだよ。言わせないでくれ…」
…ただ、それでも。
彼女の手を振りほどけない大きな理由として、無理やりに手を離してしまえばそれに釣られて更に大きなトラブルが舞い込んできそうだという確信があったからというのも否定はしない。
現に今も、彼女と手を繋いだことで心なしか周囲のざわめきが引き立てられたような気がするので、気まずさが半端ではないのだ。
本音を言えば咲と手を繋ぐことによって羞恥心を掻き立てられているので、何とか出来ないかと頭を捻るも…それとなく離そうと打診をすれば彼女が涙目になっていくためにそれも叶わない。
……こうなってしまえばお手上げである。もうどうすることも出来ない。
物理的にも心情的にも手放すことが叶わなくなった繋がりを無理に引き剥がすことなど悠斗には到底不可能だし、咲を悲しませることなどはなから論外であるために彼に出来ることはこの状況を継続することのみ。
その代償としてジリジリと心の平穏は削り取られていくが…まぁ。
こうして咲と休日を過ごせていると考えればこれでも安いくらいだろう。
未だ視線の集中砲火の的であることも変わりはなく、眼前の少女への対応にも手一杯ではあるものの…これくらいで咲に喜んでもらえるのであれば別に構わない。
無意識に浮かんでくる苦笑を頭の片隅で自覚しながら、悠斗と咲はそのまま…目的地へと足を進めていくのだった。




