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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第二章

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第四二話 謎のマーク


「本は……じゃなかった。……咲」

『悠斗、何?』


 予想だにしない展開から咲のことを名前で呼ぶことになった悠斗であったが、当然呼び始めたばかりの時は慣れることなど無かった。

 まぁそれは当たり前のことだろう。


 そもそも普段の私生活からして女子と関わる機会がほぼゼロな上に、話すことすら稀な悠斗では異性を名前呼びすることなど幼少以来の事である。

 最初は一度呼ぶたびに躊躇してしまう心が表出してしまい、それをよく思わない咲が今度は苗字では一切反応しないというリアクションを取ったりもしていたが………。


 あえて言うのなら、人というのは慣れる生き物である。


 始めたばかりの頃は苦戦していたことでも一日が経過した今となってはほとんど羞恥心も湧きあがることなく呼べるようになってきているし、咲もそれを不自然に思うことはない。

 強いて言えばまだ彼女のことを名字で呼ぶことが癖になってしまっているため、うっかり出てしまう呼称に対応するのが先決といったところか。


 近況についてはそんなものであって、それ以外のことについては昨日の激動が何だったのかというくらいにこの日は落ち着いたものである。


 現に今も、悠斗に声を掛けられたことで休息を取っていた咲は何気なくこちらに顔を向ける。

 彼女も彼女で、始めのうちは不慣れなせいか名を呼ばれるたびに身体を震わせていたというのに今となっては受け入れた様子で返事を返しているくらいだ。


 ……いや、よくよく見れば口元がにへら~…と緩み切っているのが確認できるのでまだ完全に慣れたというわけでもないらしい。

 咲にとって悠斗から名前を呼ばれるのは何らかの特殊効果でもあるのかと疑ってしまうくらいに緩い反応だ。


 まぁ、そこは置いておくとしよう。

 咲もこうして過ごしていけばいずれはこの呼び方にも適応してくれるだろうし、そうすればいつかは自然体で過ごせる……はずだ。


『…悠斗、もう一回名前呼んでみて?』

「え? …咲?」

「………!」


(…何だろう、この非常に気まずい空気は…いや、咲が喜んでるみたいだから悪いってわけでも無いけどさ…)


 …ただしかし、ちょいちょいと悠斗の腕を引っ張って自らの名前を呼ばせ、その言葉を噛み締めるように呼称を喜ぶ彼女の姿を見ると果たして慣れる時が来るのだろうかと不安になってくる。

 今も咲のことを呼んだだけで蕩けていく彼女の表情を見れば…そんな想像が否応にも彼の中で膨らみ始めていた。


 うん……とりあえず、あれだ。

 流石に咲もいつかは慣れてくれるだろうから、全ては時間が解決してくれるのを待つとしよう。


 そういう希望的観測でも持っておかなければ、何かが駄目になりそうな予感がしてならない悠斗である。




「…咲、それって何書いてるんだ?」

「………?」

「そうそれ。さっきから熱心に書いてるなと思ってさ…あぁいや、言いたくなければ別にいいんだけど」


 次第に時間もゆったりとしてくる夕方近く。

 今日も今日とて日課の勉強を終えた悠斗はソファで自分の時間を満喫していたわけだが、そうこうしていると…いつの間にか彼の隣に咲が座ってくる。


 もはや咲の定位置ともなりつつある悠斗宅のソファであるが、それまでは夕食の下準備を進めていたのだろう。

 先ほどまでキッチンで何か作業をしていた姿を目撃していたので、それが一段落したというのならばその後の過ごし方は彼女の自由である。


 …だが、今日ばかりはその過ごし方にも特に言及しない悠斗の方から彼女へと声を掛けていった。


 少し話が逸れるが、悠斗の家で咲が取る行動はほとんどパターン化されている。

 大体は決まった時間になったら夕食の準備を進めるか、空いている時間であれば彼女も悠斗と共に勉強をしているかの二択なのだ。


 もちろんそれだけというわけではなく、今のようにソファに座っている時もあるのでそういった時には自分の携帯を触っていたりテレビを眺めていたりというのが主な行動。

 ……しかし、時折取られる行動の一つとして自分のメモ帳と思われる冊子にペンで何かを書きこむというものがあるのだ。


 当然その中身を悠斗は知らず、少し気にはなれど今までは聞くほどの事でもないと思って放っていた。

 されどこうして咲と過ごしてきて…どうもその正体が気になってきてしまった。


 現在目の前で彼女がそのメモ帳らしきものを取り出し、何かを書いている光景を目にしてしまったからかもしれない。

 一度表出した好奇心を再び収めることは困難であり、知りたいと思ってしまったからには何かしらの正体でも掴まなければ気が済まない。

 人間というのはそんなものである。


 それでも当たり前のこととして、無理やり中身を盗み見るような真似はしない。

 前提として悠斗は咲に嫌がられるようなことなどしたくはないし、そんなことをするくらいならあの冊子の正体など不明なままで良いと思っている。


 だから気にはなりつつも、まずは軽く尋ねることで様子見をしつつ嫌がるような言動が少しでも確認出来たら即座に引く姿勢を保つ。


 …まぁそれでも、そんな悠斗の懸念は全て無駄に終わることとなる。

 何故なら、尋ねられた質問に対して咲はそれほど強い拒否姿勢を見せずに手に持っていたメモ帳について教えてくれたからだ。


『大丈夫。秘密っていうほどのものでもない』

「そうなのか。じゃあ聞くが…それって何なんだ?」

『これは私の()()()()()()()。後で忘れないように、これからやることとか予定をメモしてある』

「あぁ、予定帳だったんだな。なるほど…咲らしいと言えばらしいけど、今時そういう紙に書きまとめてるやつも結構珍しい気がするよな。こだわりとかあったりするのか?」


 手に持った冊子をパタリと閉じながらはにかむ咲は、どこか楽し気にしながらその答えを明かす。

 彼女が何かしらのことを黙々と書きこんでいた本の正体はこれから先の予定をまとめたスケジュール帳であり、そこまで変わった一品というわけでも無かった。


 持っている者なら普通に所持していても変ではないし、彼らの周囲を見渡してみても探せばそれなりに似た類の物を使っているという者は多いだろう。


 …だが、それはそれとしても今時紙媒体での予定帳を使っているというのは少し珍しくもある。

 良い意味でも悪い意味でも電子機器が普及したこの世の中なのだから、現代においては紙を使ったスケジュールというよりもアプリや携帯のメモなんかを使って予定をまとめるという方が一般的なはず。


 しかし咲の場合は随分と年季の入ったように見えるスケジュール帳をよく使っているため、何かこだわりでもあるのかと悠斗は思ったのだ。


『こだわりってほどでも無いけど、昔からこうやって予定はまとめてたから癖になってる。だからこういうやり方が落ち着くだけ』

「ふーむ……やっぱり咲ってマメな性格してるよな」

『マメなんて言われるほどじゃない。悠斗もやろうと思えばできること。…良かったら、見てみる?』

「…え、いいのか?」

「…………」


 されど、聞いた限りでは彼女の側にもそれほど強い執着があってのことではないようだ。

 あのように予定をまとめているのは昔ながらの癖があるからこそであって、それさえ無ければ彼女も携帯なりを使ったスケジュール管理に切り替えていただろう。


 …まぁそこはどうでもいいか。

 どちらにしても悠斗の内心にあった小さな疑問は解消できたため、これ以上は余計に突っつく必要もない。


 そう思って話題を切り上げようとしたところで…まさかの、咲の方から自身のスケジュール帳を見てみないかと申し出をされてしまう。

 もちろん悠斗も驚いた。あちらの方からそんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。


 そもそも自分の予定全てを第三者に見られるなんて普通は良い気もしないだろうし、場合によっては行動全てを把握されることにもなりかねないのだから余程信頼している相手でなければまずしないようなことだ。

 …ただし、そう考えて確認をしてみても咲は表情を変えることなく頷くだけ。


 何かを期待するような眼差しも懸念するような雰囲気も一切ないため、本当に純粋な提案として悠斗にこの予定帳を見せようとしてくれているのだろう。

 だったら…その厚意には素直に甘えておくべきかと彼は思った。


「…じゃあ、せっかくだし見せてもらうよ」

『ゆっくり見てくれてて良い。…私は少しやることあるから、読み終わったら机に置いておいて』

「あぁ、了解。……おぉ、これはまた…凄いな」


 小さな掌で差し出された予定帳を傷つけないように受け取れば、咲はソファを降りたってどこかへと行ってしまう。

 それは別に構わないので、悠斗は悠斗で今受け取った本の中身を見てみようとページを開けば…そこに記されていた情報の緻密さに驚愕させられた。


 彼が開いて真っ先に視界に飛び込んできたのはちょうど十二月分の予定がまとめられたカレンダーであり、その日付には事細かに様々な情報が書いてある。

 例を挙げればとある課題の提出期限だったり、この日までに自宅の掃除をするだったり…とにかくありとあらゆる予定が彼女の可愛らしい丸文字で小さく記録されているのだ。


 それによくよく見ていけば、中には色ペンで『里紗と遊ぶ』なんてことが書かれていたりもしていて、思わずこちらの頬が綻ばせられるような月のスケジュールである。


(凄いな…咲がこういうのを適当に済ませる性格じゃないってことは知ってたけど、ここまでとは思ってなかった。確かにこれだけまとめるとなるとアプリなんかじゃ足りないだろうな……うん? この日付…何だ、これ?)


 一度流し見をしただけでも咲の労力が感じられる見事なスケジュールのまとめ方だが、こういったところが彼女らしいとも言える。

 咲と過ごし始めて二週間あまり。この短い時間で何となく掴めてきた彼女の性格を思えば、不思議とこれを見るだけで微笑ましい心境になってしまうのだからおかしなものだ。


 ……だが、そんな中で悠斗が引き続き目の前の予定帳を眺めていれば…()()()()が目に留まった。


 それは、ちょうど今週の土曜日に当たる日付。

 数日が経てばやってくる日であり、特筆したイベントも無いはずの箇所なのだが…そこだけ小さく赤い筆跡で丸()()が書かれているのだ。


 本当にそれだけであり、他の日にはあったはずの補足的な文字も何もない。

 …これが他の者の予定帳だったらそこに疑問も抱くことは無かっただろうが、あいにくこれはあの咲の物。


 先ほどまではあれだけ細かく予定が記されていたというのに、この日だけ何も書かれていないというのは…何となく違和感を覚える。


(咲は…キッチンか。今は聞ける雰囲気じゃないな)


 放っておいても良かったのだが、どこか気になってしまったので張本人に尋ねようとしたが時すでに遅し。

 現在の咲はキッチンに立っており忙しそうに夕食の準備を進めてくれているため、そこに悠斗が些細な質問をするためだけに割り込むというのは気が進まない。


(…仕方ない。こうなったら…知ってそうなやつに聞くとするか)


 こうなっては諦めるしかないか…そうも思ったが、悠斗は直感でこれに関しては放置しておくといずれ後悔しそうだと思った。

 ではどうするか。


 咲には聞けず、彼女の作業が一段落するのを待つか。

 …それも悪くはないが、彼にはまだもう一つ…こういう時に頼りになる()()があるのだ。


 普段であればあまり使おうとも思わない選択肢だが、こういう時にこそ()()には連絡をしておくべきだろう。

 そう判断し、悠斗は……手に持っていたスケジュール帳を机に置き直すと、携帯を手に持ってリビングを出て行くのだった。


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