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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第二章

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第三七話 掌の裏返し


「はぁ……分かったわよ! 二人がしっかり仲が良いってことは分かったし、水上が咲に変なことをしてないっていうのも伝わってきた。…今のところは、だけどね」

「…ま、そう思ってもらえたのなら何よりだ」

「思わざるを得ないでしょう、こんなの。…まさか本当に何もしてないなんて思っても無かったわよ!」


 悠斗が里紗に対し己の本心を明かし、弁明を続けた後。

 あれから咲の妙な行動によって微妙な空気になりかけたこの場所だったが…しばらくすれば彼女も満足したようですぐに解放された。


 …咲の手が離れても里紗には何となく睨まれていた気がするが、そこは気にしない。

 悠斗とて、時には現実から目を逸らしたくなる瞬間くらいあるものだ。


 そこはいい。

 重要なのはその後の話であり、いつまでも過去に囚われていてはいけない。


 後の顛末についてだが、簡単にまとめてしまうとあの後にも悠斗は里紗からいくつか質問をされていった。

 内容についても大したものではなく、勉強以外に普段は何をしているのかとか、咲はどんなことをしているのかとか他愛もないものばかり。


 答えるのにも支障はないものがほとんどだったため、悠斗も真摯に向き合いながら返事を返していき…時折事実確認のためなのか咲も交えて会話は続けられていった。

 そうして今、里紗は……観念したように言葉を吐いている。


『里紗、悠斗のこと認めてくれた?』

「…正直悔しいし、本心では認めたくないって思ってるわ。そこは変わらない」

「ぶれないな…」

「それはそうよ! …でもね、あれだけ咲が水上のことを信頼してるんだってところを見せつけられたら…認めないわけにもいかないのよ。私だって別に…この子から友人を引き剥がしたいわけじゃないもの」

「………!」


 重苦しい溜め息を吐く里紗だが、最終的には…彼らの関係性も納得して受け入れてくれた模様。

 …胸中、様々な思いもあったことだろう。


 何せ里紗は咲の親友を豪語するだけあって彼女への思いもまた半端なものでない。

 彼女に近づこうとする怪しい影だと判断すれば、まともに関わった事すらない悠斗にまで遠慮なしに詰め寄ってきたくらいなのだ。


 今に至るまで語ることこそなかったが…これまでにも、咲へと近づいて来ようとする怪しい輩から彼女の身を守ってきたのは間違いなく里紗なのだろうから。

 そんな彼女が自分の信念を曲げてまで、悠斗のことを部分的ではあっても認めてくれた。


 しかしここで勘違いしてはいけないのは、里紗が悠斗のことを認めたのは根本的に()()()()であるということ。

 里紗自身も語っていたが、彼女とて無理やりに咲の友人知人を引き剥がそうとしているわけではないのだ。


 もしそんなことをしてしまえば、確かに咲の周囲には危険人物が近寄ってくる可能性は皆無に等しくなるだろう。

 …しかしその代償として、咲は結果的に孤立することとなる。

 そのような未来を彼女が望むかと問われれば…断じて否だ。


 里紗は咲を守ってあげたいと常々口にしているが、それも元を辿れば結局は彼女に幸せになってほしいからという単純な動機に起因している。

 ゆえにこそ、咲が心を許している相手だと判断された悠斗もまた…限定的に里紗から認められたのだ。


「…ちょ、ちょっと何? 咲ったら急にどうしたのよ?」

「………」

「へ? 『ちゃんと私のことも考えてくれてて嬉しい』って…と、当然でしょ! 私が咲のことを大事にしてるなんて当たり前のことじゃない!」


 すると、里紗から許しの言葉を悠斗が受け取れば…それまで落ち着いた態度を見せていた咲が唐突にトテトテと席を離れる。

 自分の席を降り、歩みを進めた彼女が向かったのは他でもない里紗の場所。


 一体どうしたというのか。二人がそんなことを考えていれば迷うことも無く…咲は里紗へと思い切り抱き着いていく。

 …彼女も彼女で、今の言葉を聞いて感慨にふけることがあったのかもしれない。


 自らの友人が、ここまで自分のことを考えてくれていたのだと知れて…きっと嬉しかったのだろう。

 その様子だけでも伝わってくる咲の情感は、しっかりと里紗にも伝達されている。


 隠しきれていない笑みを浮かばせながらも、どこまでも咲のことを心配出来る優しき少女の声色は……悠斗の家に大きく響いていたのであった。




「…とまぁ、色々話してきたわけだが……高西はこの後どうするんだ?」

『…里紗、もう帰っちゃう?』

「ん? …そうねぇ」


 ようやっとの思いで悠斗の家に里紗が訪れてから久方ぶりの平穏が取り戻され、彼女も次第にここの空気に馴染んできた頃。

 状況は鎮まりを見せ始めたため、これ以上ここに留まっている理由もなくなってきたと思われる里紗へと今後の予定を尋ねてみた。


『もしよかったら、里紗もここで夜ご飯を食べていってもいい。食材はあるから問題ない』

「…いやいや、流石にそこまでお世話にはならないわよ。今からなら普通に帰っても遅くはならないだろうし……水上だって私がいたら落ち着かないでしょうに」


 時間も気が付けば夕方に差し掛かりつつある頃合いであるが、帰宅するのに遅すぎるということもあるまい。

 里紗の自宅所在地を把握していない悠斗では下手なことは言えないものの、本人の言う事を信じるのであればさほど帰路も離れているといった感じではない。


 だが、そうした中にある一つの提案として咲は彼女に向けて夕飯の同席を申し出ていた。


 確かに考えてみればそろそろ夕飯時でもあるし、普段からしても咲はこの辺りの時間から夕食の調理に取り掛かり始める。

 まさか里紗を誘うとは思っていなかったので悠斗も少し面食らったが…それよりも早く向こうの方から断りを入れられてしまった。


「俺の方は構わないぞ? そもそも作るのは本羽の方だし、そっちの手間も問題ないって言うなら良いだろ」

「いや、でも…いきなり三人でご飯って言うのはどうなのよ? それも今日話したばっかりの間柄で…」

「………」


 彼女も考え無しに遠慮しているというわけではないようで、一応は理由あっての断り方だったらしい。

 …確かに言われてみれば彼らの関係性は今でこそ改善されたものの、出会い頭は険悪と言っても差し支えないものだった。


 勘違いから生まれかけた溝は埋まっているが、だとしてもあのやり取りが無かったことになるわけでも無いし前提として悠斗と里紗は話し始めたばかりの関係である。

 そんな特別親しいわけでも無い相手の家で、それも男子の家で夕食を食べるというのは向こうにしてもやりにくさがあるのかもしれない。


 だったら無理に誘うのも酷というものか。

 里紗にも彼女なりの事情はあるものだ。ならばこちらの意見だけを押し通すのも失礼に当たってしまう。


 ゆえにここは悠斗もしつこく誘うことはせず、彼女の意思を尊重しようとして……そんな意思など容易く覆してくる咲がこのようなことを述べていた。


『……里紗、私と一緒にご飯食べたくない?』

「……少し待ってちょうだい。今家に夕飯はいらないって連絡を入れるわ」

「…変わり身早すぎるだろ」


 …おそらく、その言葉は彼女にとって必殺級のものだったに違いない。


 ただでさえ咲を溺愛している里紗に、自分とご飯を食べたくないのかと言えば返事は一択に決まっている。

 加えて、申し出る時の体勢ゆえに咲は上目遣いになりながら…その艶やかな瞳は悲しさゆえなのか若干の涙目となっている。


 潤んだ瞳と上目遣い。そして今さっきの文言。

 これだけの要素を咲という少女が揃えてしまえば、対峙した相手の意思など軽々と折れるに決まっている。


 無論、里紗とて例外ではない。

 むしろ彼女だからこそ特攻レベルの効果になったとさえ言える。


 そうして導き出される結果に関しては今更言うまでもない。

 先ほどまでの遠慮するような姿勢は何だったのかとツッコミたくなる勢いで態度を急変させた里紗に、流石の悠斗も呆れ声を出すくらいだった。


「…さて、これでオッケーね。気兼ねなくここで夕食を一緒に出来るわ。…あ、そうそう。それと夕食だけど、私も料理は手伝うわ。そこまで咲一人に任せっきりになんてしたくないし」

「へぇ、高西って料理出来るんだな」

「多少はね。それでも人並み程度のものよ」


 しかし彼女にはそのようなことは些末事でしかないのか、何てことも無いように家へと連絡を入れていた。

 それさえ済んでしまえば今度こそ憂いは果たせたという思考にシフトされたようで、何と里紗も調理に加わると言い始めた。


 どうやら里紗曰く料理自体は普通にこなせるということで、日常的にやっているわけではないが時折気が向いた時には自分で手料理を作ることもあるという。

 本人がそう言うのならそうなのだろう。里紗は無駄な虚勢を張るタイプではないし、こういった時に見栄を張って嘘をつくような人間でもない。


『里紗と一緒にお料理……楽しみ』

「…ふふっ、私もまさか咲と料理が出来る日が来るなんて思っても無かったわ。でもせっかくの機会だし、全力で腕を振るわせてもらわないとね!」

『もちろん。…悠斗、今から作ってくるから少しだけ待ってて』

「了解だ。急かさないからゆっくりやってくれ」


 親友と調理を分担するという場面。

 それは里紗にとっては予想だにしていなかった展開であり…もう一方の少女にしても同様。

 咲も咲でこの状況には期待感を高めているのか、心なしか輝いている瞳にはいつもよりもやる気が漲っているように思える。


 それと当然だが、ここにいる最後の一人でもある悠斗は役割など無い。

 不器用さを持つ者としての面目躍如とも言い換えられるが、戦力外に過ぎない身分ではせいぜい邪魔をしないように適当な場所で待機しておくことしか出来ない。


 要はいつも通りの待ち方である。



「───やっぱり、二人って仲が良いわよね。ほんと、羨ましくなるくらい…」

「…ん? 何か言ったか?」

「何でもないわよ。ほら、咲! 早く作っちゃいましょ!」

「………」


 ──されど、悠斗がいつものようにソファで料理が完成するまで大人しく待っていようとした時。

 ふと背後から聞こえてきたように思える里紗の言葉が…微かに気にかかった。


 ただし聞き返してみても当人からは何でもないと言われてしまい、そのままキッチンまで咲を連れ添って行かれてしまったので今の言葉について問いただすチャンスはない。

 一体…彼女はぽつりと何をこぼしていたのか。

 脳裏の片隅でその点を気にしつつも、悠斗は…ひとまず自分の時間に没入することとしたのだった。


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