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第二話 最初の語らい


「…おい本羽。こんなところで何やってるんだよ」

「………?」


 自宅の近所にある公園にて偶然発見したクラスメイト…咲の姿。

 普段は明確な関わりすらない悠斗も当初こそそのまま素通りをしようとしたが……結局、何も見なかったことには出来ないと自覚してしまったので声だけは掛けていくこととした。


 すると近づいていく彼の存在に気が付いたのか、咲もこちらが呼びかけるのと同時に顔を上げたが……その瞬間、悠斗は校内でも噂されていた彼女の魅力を思い知らされた。


(…へぇ、確かに可愛い顔してるもんだ。これはクラスのやつが噂するのも頷けるな…)


 同い年のはずなのに、どこか子供らしさが抜けきっていない愛嬌のある顔立ち。くりくりとしていながら吸い込まれそうな輝きを放つ青色の瞳。

 そして何より……顔を上げた際に見せたあどけない雰囲気は、小耳に挟んだ噂通りこちらがクラっとさせられるような保護欲を掻き立てられそうなものだ。


 …しかし、言ってしまえばそれだけでもある。

 いくら魅力があろうと悠斗はどちらかと言えば人の容姿よりも中身を見て付き合いを判断するタイプであるし、いかに整った容姿を持っていようとも自分の好みに当てはまっていなければそこ止まり。


 咲のことも非常に可愛らしいとは思うが…それだけで彼女に好意を抱くほど、彼は自分を節操無しだとは思っていない。


(それに…こいつも呆然としてるしな。まぁ当然の反応だけどさ……)


 …そしてこれも当然と言えば当然のリアクションだが、悠斗から唐突に声を掛けられた咲はというと大きく目を見開きながらキョトンとした表情を見せている。


 まさに驚愕、次点で困惑といった表現が似合う反応を見せてくれた彼女に対して悠人が抱いた印象は、思っていたよりも露わにした感情が分かりやすいというものだ。

 ついさっきまでは何を考えているのかも判別できない表情の動きだったというのに、こちらが話しかけた途端大きな感情の動きを見せてきたのだから受ける印象も違ってくる。


 それこそ、学校の教室で見かけていた姿とは物理的な距離が近づいていることもあるのだろうが……何とも子供っぽい、といった感じだ。

 …同世代の女子相手に抱く印象ではないかもしれないが、実際そのように思ってしまったのだから嘘をついたってしょうがない。


 流石に本人に言えば失礼なんてものではないので口が裂けても言いはしないが…そういうイメージを与えられたということだ。


 …しかし今はそんなことよりも、咲に対する用件を済ませてしまう方が先決だろう。


「…あぁ悪い、急に話しかけたりして。ただ何というか…ここでお前が座り込んでるところが見えたから気になったんだよ。こんな夜遅くに女子が一人でいたら危ないだろ…」

「…………」

「ん…? 本羽、お前何して……って、なんだ? これ…『何となくいるだけ』?」


 向こうに多少なりとも警戒されているのは態度から何となく察したが、そこはあえてスルーさせてもらう。

 そこに気を取られていては進められる話も進められないので、こればかりは許してもらいたい。


 …だが、悠斗から声を掛けられて不思議そうな表情を浮かべていた咲が次に取った行動は再びリアクションを取ることでも動きを見せることでもなく…どこからともなく取り出した携帯に文字を打ち込み、その画面を見せつけてきた。

 そこに示されていた文言は……おそらく咲なりの意思表示。噂には聞いていた彼女のコミュニケーションの取り方の一つでもある携帯を介したやり取りなのだろう。


(…その言葉通りの意味……というわけでもなさそうだけどな。けどまぁ…本人がそう言うなら深くは踏み込まなくても良いだろ)


 もちろん、この状況でそんな言葉を額面通りに受け取るほど悠斗は浅慮ではない。

 この時間帯に彼女が一人で、保護者の姿一つすら見えない場所に移動する予兆すら感じさせない状態で留まっているなど明らかに何かがあることに違いない。


 だというのに、悠斗に対して返ってきた文言はそれを一切伝えることが無い『何となくいるだけ』、というものだったのだ。

 …きっと、赤の他人でしかない悠斗には言えない様なややこしい事情でもあるのだろう。


 そうであればこちらも特に突っ込みはしない。

 元より何故ここにいるのかという理由が聞きたかったのと、家に帰らないのかどうかの答えだけ聞ければよかったため……咲本人がそう答えるのならわざわざ見えている地雷を踏みぬく意味もないだろうと考えていたからだ。


 ゆえに、ここから先は悠斗もさして干渉することもなく立ち去るつもりだ。

 その判断を冷たいと他人に揶揄されようとも、別に彼女の方から「困っている」と伝えられたわけでもないのだから無理に関わろうとする方が余程迷惑というものだろう。


 第三者の事情に介入することを悪とまでは言わないにしても、無理に関わることだけが全ての解決に繋がっているかと言われれば決してそんなことはない。

 むしろ、余計な手出しをしてしまえばさらに問題がこじれることにすら繋がりかねないのだから。


 そのような事態など御免被る。

 …咲の方から何らかの説明でもされれば、手を貸した可能性は……ゼロではなかったかもしれないが、今回はそうでなかったというだけ。


 一応何かのトラブルに巻き込まれている真っ最中というわけではなさそうだし、ひとまずの安全は確認できたので上々だろう。

 なので悠斗の役割はここで終わりだ。これ以降は特に彼女に言うことも無く、ましてや関わる姿勢なんて見せるつもりもない。


 だが……まぁ。

 一度視界に入れてしまった縁とでも言おうか。


 このまま放っておいて、もし冷え込みによって風邪でも引かれてしまえば困るのも同時に存在する事実なため……最低限の施しくらいは、渡しておくとしよう。


「……分かったよ、じゃあほれ。これでも飲んであとは早めに帰っとけよ」

「………?」

「…別におかしなものなんて入れてないから安心しろ。普通にそこの自販機で買ってきただけのホットココアだし。貰ったからって後から何かを要求するつもりもない」


 心なしか寒気が強まってきたような気さえする空気の中、悠斗が懐から取り出したのは…ありふれた嗜好飲料でもあるホットココア。

 そこら辺の自動販売機でもよく見かける缶に入った飲み物でもあり、温かいタイプを購入していたためまだ容器を通じて温かな熱が伝わってくる。


 …そう。これが先ほど悠斗が咲に話しかける前に買っておいた物であり、身体が冷え切ったような素振りを見せていた彼女の姿を見て渡そうと思っていた品だ。

 これならば手に持っているだけでも簡易的な防寒対策になるし、飲めば身体の芯から温めてくれるに違いない。


 冬にはまさにうってつけと言える一品だが……肝心の咲がそれを受け取る様子はない。

 というよりこれは……いきなり知らない相手から差し出されたものの扱いをどうすれば良いか迷っているという感じだろうか?


 しかし、迷われていてはこちらも困るのだ。

 元々彼女に渡す目的で買っていたこれは悠斗も飲むつもりなど無かったし、自宅まで持ち帰るつもりもなかった。


 こちらで処理するにも無用の長物と化してしまうだけだったので、ここで彼女が受け取ってくれなければ悠斗の側が困る事態になりかねない。

 そういうわけなので、少し強引かもしれないが…適当な理由をつけて押し付けてしまうとしよう。


「…ほら! 遠慮なんてしてないで受け取れ! …じゃあ俺は帰るから、本羽もあんまり夜遅くになりすぎない程度に帰っとけよ。じゃあな」

「…。……!」


(……あれ、もしかして『ありがとう』って言ってるのか? 最初は分からなかったけど…意外と伝えようとしてることは分かりやすいんだな…)


 ほとんど押し売りと変わらない態度で咲に缶飲料を渡してきた悠斗であったが、これで本当に彼の役目は終了だ。

 あとは彼女も適当な頃合いで自分の家に帰るだろうし、どうしてここにいたのかは分からずじまいであったが…さしてそこを深掘りしようとも思わない。


 公園を出ていく直前に見えた…困惑しながらも己の手にある缶を見つめ、その後でこちらにココアを見せつけるように持ち上げていた姿からは……何となく彼女が悠人に対して、感謝を告げているのだろうと察した。



 だが、これで奇妙な縁を結びそうにも思えた二人の関係性は終わるはず。

 いかにおかしな場面に出くわしたとは言っても結局自分と彼女は住まう世界が異なり、人気者の咲とパッとしない悠斗ではまた明日になればいつも通りの他人に戻る。


 ……この時の悠斗は、呑気にもそんなことを考えていた。

 そんな淡い予想が後日には、木っ端微塵に打ち砕かれることなど露も思っておらず。


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