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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第二八話 家族の話


 ──次第に外の夜も更け、窓の外から覗く光景は見るからに寒そうに思えてくる。


 ただ、今ここにいる()()にとってはそんな外の寒さも大した問題ではない。

 文明の利器のありがたさを思わせる暖房器具に囲まれながら快適な室温に保たれた部屋では外気の厳しさなど関係なく、そこで過ごす彼ら──悠斗と咲も夕食を満喫しながら穏やかな時を実感していた。


「相変わらず美味いよなぁ……俺は深く知らないから言えないけど、ここまで仕上げるのって大変なんじゃないのか?」

『そこまででもない。慣れちゃえば苦労もしない』

「味わってる身としてはそれだけとも思えないけどな…どっちにしても本羽の腕に感謝だ」


 夕食を味わいながら悠斗は相も変わらずその味わいに舌を唸らせ、その感動を逐一報告しているが…両者の反応にはかなり差がある。

 というのも、悠斗は咲と過ごすようになってから毎食のように食べている食事に舌鼓を打っているが咲の方はそうでもないのだ。


 この辺りは調理をしている側とそれを享受している側という立場の差なのか、やはり彼女にとって自分の料理はそこまで特別なものでもないのだろう。


 無論、そうだからと言って悠斗も無反応のままに食事を終えることは決してしないが。


 そもそもの前提として、咲という少女はその存在そのものが特別と言い切ってしまっても過言ではないのだ。

 学校でも屈指の優れた容姿を持ちながら、ミニマムなサイズ感によって強調される魅力は両手の指でも数えきれないほど。


 なおかつ、それだけには留まらず家事の能力まで抜かりなく完璧ときている。

 背丈の小ささによって高いところの物が取りにくいなんて不利な面こそあったりもするが、それを考慮してもお釣りが来るくらいに咲は飛び抜けた人間なのだ。


 そんな彼女の作った手料理を毎食のように味わえるという、他の男子に知られれば血涙でも流されながら嫉妬されること間違いなしの現状。

 自分は前世でとんでもない徳でも積んだのかと考えてしまうくらいには恵まれすぎた環境にいることを悠斗自身も自覚しているため、こうして毎回本心からの感謝は欠かさずに伝えている。


 もちろん、自己満足だと言われてしまえばそれまでだ。

 …ただ、悠斗もこの行動にはしっかりと意味があると理解している。


 何故彼がそんなことを確信しているのかというと…実を言うと、こうして咲に感想を述べると彼女もほんのわずかに()()()()()()()()()()のだ。

 もう何日も見てきたために見間違いという線もない。これは確実だ。


 普段は己の口で喋ることも無く、表情の変化にも乏しい咲だが…悠斗から受け取った褒め言葉には少なからず喜んでくれているのを知っている。

 現に今も、彼の目の前に座る咲の顔は……一見冷静さを保っているように見えるも、実際は口元がゆるっゆるに緩められているのが見て取れる。


 眉をへにゃりと下げながら目元までも歓喜の色を露わにしている様子からは咲が余程の演技上手でもない限り、全力で嬉しく思ってくれているのはよく分かるものだ。


「…そういえばふと思ったんだけどさ。本羽って誰かに料理を教わったりしてたのか? まさか独学でここまで出来た……とかか?」

『違う。流石に一人でここまで出来たわけじゃない。料理はお母さんに教えてもらった』

「へぇ…! なるほどな。…言いたくなかったらそれでいいけど、本羽の両親ってどんな人なんだ?」


 と、そんな咲のリアクションに悠斗も微笑ましい感情を覚える最中で…不意に彼の脳裏によぎったのは彼女の調理技術に関する疑問だ。

 ここ数日の間、連日味わってきたが咲が作る料理はどれもが超一級の出来栄え。

 それも洋食や和食、中華までジャンルを問わず様々な品目を完成させてくる姿にはよく驚かされたものだ。


 日によっては悠斗でさえそもそも完成品の名前すら知らない料理なんていうのも出てきた時さえあったくらいなので、彼女の料理に関する引き出しというのが相当なものというのは容易に想像できる。


 だが、そこでふと不思議に思えてくるのは何故彼女がそこまでの料理を作れるのかという点でもある。

 日頃の生活態度や調理の手際などを見ていれば忘れがちだが、咲はまだ立場を見れば一般的な高校生の一人でしかない。


 当然、高校生であってもある程度の品目であれば料理もこなせると言う者は多くいるだろうが彼女に限ってはその()()()()の範疇を大幅に飛び越えすぎている。

 食材もジャンルも一切問わず、ましてやそれら全てを最高のクオリティで仕上げてくるなどどう考えても普通ではない。


 なので悠斗としてはもしかすれば彼女に料理の仕方を教えた人物がいるのではないか、と考えたわけだが…それは的中。

 咲の言葉通りに捉えるのであれば、彼女の腕の良さは母親由来のものということになる。


 そしてこれは蛇足だったかもしれないが、前々から気になってはいたが何となく尋ねるタイミングを逃していた咲の両親についても触れてみることとした。

 ともすれば薮蛇を突くことにもなりかねないと危惧していたために見送っていたものの、聞いてみればそんなことも無さそうで少し安心である。


『お母さんは…凄く優しい人。私に料理を教えるときも丁寧だったし、ちょっとマイペース気味だけど大切な家族』

「…そりゃ、いいもんだな。うちの母親とはまた違う感じだ」

『…悠斗のお母さん? どんな人?』

「あー…そうだな。こっちは何て言ったらいいのか…」


 そうして思考も重ねながらそれとなく探ってみれば、咲から語られるのはどこまでも好印象な言葉の数々。

 よっぽど両親のことが好きなのだろう。そんな思いが言葉を聞かずともに伝わってくるほど…今の彼女が向ける文字には万感の思いが込められている。


 親子の仲が良好なのは良いことだ。険悪であるよりは余程マシなのだからそれは当たり前なのだが、今の咲を見てしまえばより強くそう思えてくる。


 …が、会話の流れによってどうしては話題は咲の親から悠斗の親にも言及されてきてしまった。

 これは少し誤算だったのだが…まぁ語っても大して支障があるわけでもないので言ってしまってもいいか。


「一言で言うのが難しい感じだけど…俺の母さんは、あえて言うならお調子者、だな。うん、これ以上の表現が見つからない」

『………お調子者?』

「あぁ。息子の俺が言うのも何だが…うちの母親ってかなり()()()()なんだよ。それも大分厄介なベクトルで…」

「………」


 悠斗の母は一言にまとめるとすれば、お調子者。それに尽きる。

 そう聞かされた咲は意味が分からないとでも言いたげに呆然としていたが、それ以外の表現が見つからないのだから仕方がない。


 今悠斗の言ったことが全てになるが、彼の母は柔らかく包み込んだ表現で表せば明るい人間。一切包み隠さずに明かしてしまえば悪戯好きな困った人物である。

 悠斗も実の母であるためもう分かり切っているが、あの人はもう良い年をした大人であるというのに家族でいる時は言動が何とも子供っぽい。


 仕事をしている時は真面目でいるらしいのでそこは心配していないのだが…その性格のせいで主に被害を受けるのも悠斗なため、勘弁してほしいというのも嘘偽りない本音だ。

 さらに言ってしまえば、あの母は……酷い()()()であることも挙げられる。


 とにかくこちらの言う事成すことを全て恋愛事情へと置き換えようとし、昔からやれ気になる人はいないのかだとかどんな子がタイプなのかとか…それこそ耳にタコが出来るくらいには聞かされてきた質問である。

 …それもあって、まだ悠斗は自宅に咲を招いていることを両親には伝えられていない。


 報告したが最後、女子を家に上げているなどと知られたら……おそらくこういう時は勝手なことをしたとして叱られるのがセオリーなのだろう。

 だが、あの母は違う。こういった場合は相手の女子とどんな関係なのかと根掘り葉掘り深掘りされるのが目に見えているのだ。


 …あれでも親なのだから、もう少し言う事があるだろうという忠告は完全に無駄だ。

 そんな細々とした言葉が通用する相手ではないのだから。


 ただ一応、父親の方には言っても問題はないと悠斗も思っている。

 何をしでかすか分かったものではない母とは違い、かなり落ち着いた性格をしている父は彼もかなりの信頼を置いているし、こちらの不利益になるようなことを無遠慮に言いふらす人物ではないと分かっているからだ。


 …だがそれでも父親にまで伝えられていないのは、ひとえにそこを経由して母に話が向かってしまうことを恐れているため。

 普段なら黙っていてほしいと頼めば黙秘してくれるだろう父も流石にこの件は規模が大きすぎるし、他所の娘を預かっているともなれば確実に母親にも話は流れてしまうだろうから…必然的に報告は出来ないという方向性で固まってしまうのだ。


「あの動きさえ無ければ良い母親なんだがな……そのせいで色々苦労させられたよ…」

『……た、楽しそうなお母さんだと思うよ?』

「…無理にフォローしようとしなくていいから。まぁ…本羽も対面すれば分かるさ。あの厄介さは…」

「………」


 一通り悠斗の身内については話し終えたため一段落といったところではあるが…その代償として場の雰囲気は微妙なものへと変貌してしまった。

 母との思い出を振り返ったことで明らかにテンションが低まった悠斗。その空気を察したのか何とかフォローに回ろうとする咲。

 …端的に言って混沌である。どうしてこうなった。


「……はぁ、俺の話はここまでにしておこう。なんか微妙な空気になったし…それより本羽の方だな。そっちの父親はどんな感じなんだ?」


 思わずこぼれてしまう溜め息を自覚しながらも何とかこの場の空気を入れ替えるため、一旦話を元の流れへと戻すことにする。

 元々話題は咲の両親について語っていたのだ。それが妙な方向に転がったから悠斗が謎のダメージを食らう羽目になっただけである。


 これ以上は彼の両親について語っていても余計なことにしかならないと悟ったため、早々に話の方向を切り替えさせてもらうこととした。


『お父さんは……一言で言えば、家族思いの人。私のことも凄く大切にしてくれてる』

「ふぅむ…聞いた感じだと良い父親って印象だな。普段何を話したりするとかもあったりするのか?」

『そこは色々。学校のこととか、友達のこととか───この前()()()()()()()()()()は、ちょっと驚いてたみたいだけど』

「なるほ…………うん? ちょ、ちょっと待ってくれ。今なんて?」


 大まかに話に耳を傾けていた中で知れた情報としては、咲の家族というのも円満な仲で過ごしている家族の一つといった感じだ。

 それ自体は良い。この世の中、家族の仲が良くて損をすることなどそれこそ数えることのものだろうから亀裂があったと言われるより何倍も良いことである。


 ……がしかし、だ。

 そうした会話の中にあってサラリと流されてきた言葉の一つは……悠斗にとってとてつもなく嫌な予感を覚えざるを得ないものであった。


『…? 大したことじゃない。ただお父さんとお母さんに出張の間は悠斗の家で過ごすってことを報告しただけ』

「……ふぅー……オッケーだ、理解した。…ちなみになんだが、出来たらその時の文面を教えて欲しい」

『…確か「二人がいない間は()()()()()()()()()から心配いらない。安心してお仕事頑張って」、だったはず』

「………なるほど」


 サラッと告げられたがゆえに悠斗自身、まだ情報の整理が追い付いていないが…多分、この状況は些かマズいものであるというのは何となく予想出来ている。

 己が知らぬ間に咲が彼女の両親へと報告していた…というのはまだいい。


 そもそも咲が鍵を忘れたというあの一件については両親に黙秘を貫くわけにもいかぬだろうし、そこから波及して悠斗の家で世話になっていることを伝えるのは構わないのだ。

 …構わない、のだが……その伝え方がかなりマズい。


 途方もなく嫌な予感がしたために咲から両親に報告したという文章を思い起こして教えてもらったが、それが何とも…聞き手によっては激しい誤解を招きかねないものだった。

 まず、彼女が男子の家で過ごすなんて言っている時点で半ばアウトである。


 これまでに聞いた情報をまとめれば咲が自宅に上がるほど親しい友人で男子はいなかったということだったし、彼女の親もそれは承知のはず。

 そんな中で、突如として自分たちがいない間に娘が誰とも知らぬ男の家に上がり込んでいる………良からぬ想像が掻き立てられるのは必然の流れだ。


 申し訳程度に添えられた応援のメッセージなんて何の効力も持っていない。

 この文言を見て、実の娘が置かれている状況を考えれば…安心など出来るわけがないのだから。


「…それ、そっちの親からはそれぞれ何て言われたんだ?」

『お母さんからは、「あら、もうそんな仲の良い子がいたのね! 今度しっかり紹介してちょうだい!」って言われた』

「…多分、というか確実に誤解されてるな…じゃあ父親の方は?」

『お父さんは…「今度色々その男の子に聞きたいことがあるから、ぜひ会わせてほしい」って言ってた』

「……そうか。終わったな。俺」


 内心戦々恐々としながらも、聞かないわけにはいかないのでそのメッセージに対するリアクションを確認してみれば…予想を遥かに上回る最悪さであった。


 …母親の方はまだ良い。いや、内容からしておそらく自分たちの関係性に著しい認識の齟齬があると思われるが…それは正しい説明をすればいいだけなのでそれほど問題でもない。

 問題なのは……父親の方である。


 言葉だけを切り取れば何てこともない。ただ悠斗と顔を合わせてみたいと言っているだけである。

 …しかし、流石の悠斗も察している。


 咲から聞いた情報によれば彼女の父は家族思いの人物であり、特にこれだけ可愛い娘である咲ともなればそれはそれは可愛がられているに違いない。

 親という立場からしても、そして一人の娘として見ても…誇張抜きに目に入れても痛くないほどに愛らしい彼女の存在。


 …さて、ここで一つ問題だ。

 仮にそれだけ愛している娘がどことも知れぬ馬の骨の家に連れ込まれていると言われれば…人はどんな行動をとるだろうか?


 …答えは聞きたくないし、知りたくもないというのが現在の悠斗の内情である。

 ほぼ間違いなく向こうの認識はこちらの実情と外れているし、断じてあちらの想定しているような展開など起こってもいない。


 だが、咲の父親からすればそんなことは知る由もないのだ。

 情報源である咲の連絡からそれらしい情景を思わせる言葉が伝えられた時点で内心など一つだろうし……そこで悠斗を引き合いに出す意図なんていうのは言われるまでもなく悟れてしまうというもの。


「……一発か二発は、殴られる覚悟決めておいた方がいいかもな。今後のためにも…」

「…………?」


 この先、近い未来にて自分が血を見る結果になることが確定したともなれば…テンションは駄々下がりである。

 先ほどまではあれだけ感動していた夕食の味すらも、今に限っては無味に思えてしまうのは…このやり取りが無関係ではないはずだ。


 どうしてか覚悟を決めたような表情を浮かべる悠斗に対し、一体何を言っているのかと言いたげな顔をする咲の姿がそこにはあった。



 ……なお、その後咲にも『誤解を招きそうな発言は可能な限り避けてくれ』という忠告はしっかりしておいた。

 具体的には、その文言によって両親から今の自分たちがどのように思われているのかを懇切丁寧に説明してやったので…まぁ彼女も流石に理解したのだろう。


 詳しい内容に差し掛かった辺りで咲も己のミスは自覚したのか、自分たちが()()にあるとでも誤解されていると伝えられて……頭から煙を出しそうな勢いで顔を真っ赤に染めていたとだけここでは述べておこう。


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