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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第二七話 見守る立場


「つ、疲れた……あれだけ動き回らなくてもいいだろうに…」


 場は引き続き学校の中、晴れた昼下がりが近づいてくる頃合い。

 もう少しで一時の休息時間ともなる昼休みになるわけだが、今日に限ってはその()()に待ち構えていたこの時間が鬼門と感じられてならない。


 どうして今の時間が鬼門なんて捉えられるのか。

 その理由は、現在進行形で疲れ切ったように荒い呼吸を繰り返す悠斗の姿が物語っているが…事情は単純に、今が体育の授業を終えたばかりだからである。


 彼が荒く息を吐いているのも激しい運動を終えた直後だからであって、選択球技の一つでもあったソフトボールの最中に動き回ったことで体力を大きく消耗していた。

 だが、彼以外の面子はさほど疲れたような姿を見せていない。


 多少は息を整えている様子なんかも見られるが、その大半は授業の一環ということで行われた試合を終えた後でも余裕を残している者がほとんど。

 しかしこれは別に特別な理由があるわけではなく、ひとえにこの場にいる者の多くが運動部に所属しているメンバーだからということに他ならない。


 ソフトボールという種目の特性上は仕方ないのかもしれないが、この授業は球技を選択できるということもあって集まったのが運動部所属者ばかりだったのだ。

 悠斗がそこにいるのは完全なる偶然であり、適当に選んでいたらこうなったという結果論でしかない。


 …正直、今からでも種目の変更が出来るのならしたいと思うくらいには後悔しているが全ては後の祭り。


 勉学においてはそれなりに優秀な成績を収めることが出来ている悠斗であっても、流石に運動面にまでは手が伸ばせていなかったため人並みの枠に収まる。

 いや、厳密に言えば人並みどころかそれより少し落ちるくらいにはなるかもしれない。


 日頃から運動をする習慣などなかったため、必然的に基礎体力も比例して落ちているのだ。

 現役運動部員などとは比べるべくもない。


 だからと言ってわざわざ運動に注力しようとも思わないが。

 今の生活リズムを考えれば悠斗は勉強に集中している方が性格にも合っているし、その分のエネルギーを運動にまで回すつもりもないのだ。


 現状で満足している身としてはその流れを崩してまでやることとも思えないというわけである。

 怠惰と言ってはいけない。あくまで必要な取捨選択の一環として選別しているだけだ。


「…喉、乾いたな。水でも飲みに行こう…」


 そんな慢性的な運動不足一歩手前といった感じの悠斗であるが、当人がそれほど問題視しているわけでも無いので外野がとやかく言う事でないというのも事実。

 悠斗にしてみれば今はそれよりも、運動が一区切りついたことで目立ち始めてきた喉の渇きを潤してやることの方が重要事項として数えられる。


 こうも寒い気温が続く日々であるが、やはり激しく動いた後ともなれば体温も必然的に高まっていく。

 なおかつ運動した直後となると相応に水分も消費されてしまい、いつもならまず間違いなく思わないだろう水を飲みたいという欲が泉の如く湧き上がってくる。


 不幸中の幸いにも現在悠斗がいるグラウンドから水飲み場まで距離はさほどではないため、歩いていけばすぐにたどり着ける。

 授業もこの時間はやるべきことを粗方終えているためこのまま戻ってしまっても問題はなく、多くの生徒が好き勝手な時間を満喫している今なら悠斗一人が離れたところで咎められることも無いはずだ。


 そう判断し、彼はわずかな休息を挟むためにグラウンドをしばしの間離れていくのだった。




「…んっ……んぐっ…ぷはっ。美味い、生き返ったな」


 グラウンドを後にしてから悠斗がやってきた水飲み場付近には彼以外の生徒の姿は見られず、ここには本当に彼一人しかいない。

 まぁそれは幸運とも捉えられる。人がいないということはそれだけ気楽に休めるということでもあるし、要は考えよう次第である。


 現に気持ちよさそうに水分を摂取していく悠斗も周りに余計な気遣いを配ることなく休みを取れているため、彼の中で蓄積していた疲れがグングンと減っていくのが強く実感できているくらいだった。


(もう少しくらいここで休んでても良さそうだな。授業もほとんど終わったようなものだし、適当な時間になったら帰れば………ん、足音? 誰だ?)


 自分一人しかいない状況ということもあって気が抜けてきたのか、自然と肩の力も緩んだようだ。

 近くにあった階段の段差に腰掛けながら息を整えていれば……ふとそのタイミングで、こちらへと近づいてきている()()に悠斗は気が付いた。


 それ単体なら、特に気に留めることは無かっただろう。

 しかし今の彼がいるのはグラウンドから少し離れた水飲み場の一角。

 他にも悠斗以外に水分補給をしに来た者でもいるのだろうかと思ったが…現実というのはそういった予想を優に飛び越えてくる。


 聞こえてくる足音はどことなく軽いものであり、その音のボリュームからして歩みを寄せてくる人物は………。

 …そこまで考えて、校舎の角を曲がってきて現れた者の姿を見た悠斗は心底驚かされることとなる。


「……え、本羽!?」

『やっぱり悠斗、ここにいた。予想的中』


 軽やかな足音と共に姿を現した人影は、何とも小さな身長を抱えていた。

 それに伴って…ふわりと揺らされた濃紺色の長い髪。

 立っているだけでも伝わってくる容姿を持った美少女……すなわち、悠斗にとっても馴染み深い間柄となったジャージ姿の咲がここにやってきていたのだ。


「…いや、何でお前がここにいるんだよ!? それに俺の場所も…誰にも水を飲みに行くなんて言ってなかった気がするんだが…?」

『別に特別なことはしてない。ただ、私もさっきまでテニスをやってたから悠斗がグラウンドにいるのが見えた。それでどこに行くのか見えてただけ。あと、せっかくだし後をつけてみた』

「…サラッとストーキングしてたことを白状しないでくれ。それに早く戻れ! こんな所見られたら騒ぎになるだろうが…!」


 本来ここにいるわけもない咲が、何故か当たり前のようにやってきている。

 それはありえないことだし、経緯も訳が分からないが…詳しいことを聞けば一応は納得。


 どうやら咲も体育の授業の一環ということでテニスに参加していたようだが、確かにこの学校ではテニスコートがグラウンドから少し上がったところに併設されている。

 そこからなら悠斗の位置も把握することは不可能ではないし、途中でしれっと告げられた尾行云々にも目を瞑ればここに来れた理由も理解出来た。


 が、それ以外の点はまた別である。

 悠斗の位置が分かったとしても、こんな場所で本来関わることすら稀な彼らが話している風景なんて第三者に見られてしまえば噂が広がるのは確実。


 ともすればそれによって自宅に通っていることまでも漏れかねないので、すぐに戻るように促したのだが……向こうは聞く耳なんて持たない。


『大丈夫。私以外にここに来る人がいないことは確認済みだし、心配もいらない』

「だからそうじゃなくて……」

『…それに、悠斗さっき()()した』

「………無視? 何のことだよ」


 悠斗がどれだけ忠告を口にしても効果はなく、まさにどこ吹く風といった様子だ。

 それでも何とか元のテニスコートに帰らせよう四苦八苦するが、それよりも前に…咲が不満気に唇を尖らせて謎の文句を呟いてくる。


『…さっき連絡した時、悠斗に目線送ったのに逸らされた。せっかく合図したのに』

「……あ、あー…だってあの時は人目があっただろ? あんな中で反応なんてしたら誰かに気が付かれてもおかしくなかったし…」

『言い訳は聞きたくない。私の心は傷つけられたから、埋め合わせはしっかりしてもらう』

「うぐ……っ! …分かった。でもすぐに帰れよな?」

「………!」


 どうやら彼女が不満に思っていたのは先ほど向こうから送られてきたメッセージの際に悠斗が取った行動に対してだったようだ。

 こちらとしてはしっかり返事はしておいたし、向けられた目線に関しては大きくリアクションをしてしまえば周囲の疑問を引き寄せそうだと思ったからこそ特に反応しなかったというだけだったのだが…そこが駄目だったらしい。


 自分だけ顔を向けておいて、悠斗はそれらしきリアクションを返さない。

 そこに傷つけられたなんて言われてしまえば…こちらは返す言葉が見つからない。


 たとえ言いがかりに近い言い分だったのだとしても、あの時の出来事を振り返れば咲の言葉もあながちは間違ってはいないというのも否定しきれない要素の一つである。

 こうなってしまえば仕方がない。


 もう諦めて咲が満足するまで言う事に付き合ってやる他選択肢は残されておらず、悠斗に出来るのはとにかくここに人が来ないでくれと祈ることだけであった。


 なお、そう咲に伝えれば彼女は勝ち誇ったように鼻を鳴らしながら悠斗の近くへと座り込んできた。

 …まさか距離まで近づけてくるとは思ってもみなかったので若干面食らったが、悠斗も今だけは諦めモードゆえに受け入れるしかない。


 と、そこまで考えたところで…今度は再び咲の方から何かを思い出したかのように言葉を向けられる。


『…そういえば悠斗、ソフトボールやってた? ちょっとだけ見えた』

「あぁ…そうだよ。大した活躍もしてないどころか、周りについていくので精いっぱいの有様だけどな」

「………」


 咲から振られてきた話題は当然でもあるが先ほどの授業に関係したものであり、彼の参加していた球技種目でもあるソフトボールについて。

 悠斗の移動していた方向が見えていたならそれが目視出来ていたというのも不思議ではないため特に疑問にも思わなかったが、それはそれとしてあまり触れてもらいたいものでもないというのも事実。


 何せ授業中の悠斗はというと運動部員に囲まれながら、目覚ましい活躍をする同級生と比べて大した動きも出来なかったのだから無理もない。

 帰宅部である悠斗が体力や技術面においても秀でている運動部メンバーに勝つなど並大抵の努力では不可能なのでそれは当たり前なのだが、やはり自分のパッとしない場面など見られたいものではないだろう。


 だから咲にも若干テンションが下がってしまいながらもそう伝えたわけだ。

 ……そうすれば、彼女はどうしてか…悠斗が何を言っているのか分からないという意思をありありと見せている。


 ただ、そのままの勢いで打ち込まれた文字は───こんなものだ。


『別に悠斗、ちゃんと動けてたと思う。それに…活躍できたかどうかなんて大事なことじゃない。悠斗が頑張ってたなら、それが一番素敵なこと』

「…っ! …本羽、そういうことを気軽に言うな。どこかで男に勘違いされても知らないぞ」

『…? 私は思ってることしか言わない。嘘なんて言ってない』

「そういう意味じゃないんだよ…! …全く」


 たとえどんな状況であろうとも、周りと比較して明らかに自分が劣っていたとしても諦めることなく努力する悠斗の姿は素敵なものだと、咲は恥ずかしげもなくそう言ってみせた。

 …その発言に込められた威力があまりにも高かったために、悠斗をもってしても冷静だったはずの情緒は掻き乱されたが……彼女からそう言ってもらえたのなら、まぁ頑張った甲斐はあったのだろう。


 しかし、それはそれとしても彼女の言い回しは意味合いが直接的すぎるためにそこは指摘させてもらった。

 捉えようによっては危ない方向に相手を勘違いさせかねない咲の言動は、その見た目も加味すればこちらに好意を持っているととんでもない勘違いをしかねない。


 結果としては意味が伝わらなかったのか、頭に疑問符を浮かべる様子を見るにおそらく自分の状況を客観視はしていないのだろう。


 悠斗はそういった恋愛云々を目的にしているわけではないため、何とか顔に熱が集まる程度で被害が済んだが……後でしっかりと言い聞かせておこうと心に固く誓った。


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