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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第二四話 共有空間


 咲との非常時に備えた連絡先交換を済ませ、さらに悠斗の手間を省くためにも彼女に合鍵を渡した後。

 あれからしばらくの間は咲も自分が手に持った合鍵を絶対に紛失すまいと思ったのか、やたらと厳重な身のこなしで鞄へとしまい込んでいたが…正直そこまではしなくてもいい。


 確かに大事なものであることに変わりはないものの、そんな動きでいれば逆にその挙動不審っぷりから他の誰かに目を付けられる可能性もある。

 …今そこを指摘したところで余計に緊張感を誘発するだけだろうし口にこそしないが、後でそれとなく言っておこう。


 ともかくだ。

 やるべきことさえ済ませてしまえば残すところは落ち着いた時間を満喫するだけ。

 何より今日は休日なのだ。身を休ませるに越したことは無い。


 なので悠斗も当然のごとく、ソファに腰掛けていた咲も自分の時間を楽しむものだと思っていた……が、彼女の行動はその予想を容易く裏切ってくる。

 昨日も来たというのにまだ慣れていないからか、ちょろちょろと辺りを見回すと…何かを見つけたようにテーブルへと歩み寄って行った。


『…悠斗、さっきまで勉強してた?』

「うん? あぁ、少しだけな。暇になってやることも無かったし、時間つぶしがてらやってたんだよ」


 咲が興味深そうにしながら指さした先にあったのは、彼が散歩に出かける直前まで取り組んでいた勉強の跡。

 すぐに帰ってくるから良いだろうと考えていたがためにノートや問題集の類はそのまま置いていたのだが、それを発見されたようだ。


 だが、悠斗の勉強の痕跡など見たところで面白味などあるわけもない。

 そもそも日常的に授業の復習に取り組んでいる高校生など彼の周りでは少数派に位置するはずだし、普通は休みにまで勉強をしたくないという者の方が大多数のはず。


 当然、咲もこんな日にまで勉強をしていたという悠斗の発言に呆れるだろうと思って…ふんふんと頷きながら眺めていた咲がこんなことを言ってきた。


『だったら()()、多分間違ってる。この計算のところが式と答えで一致してない』

「え? …うわ、本当だ。よく分かったな…こんな目立たない箇所」


 ほんの僅かな時間、乱雑に並べられた数字と式の集合体を見つめていた咲であったが何かに気が付いたかのように指摘の言葉を告げる。

 そんな彼女の言う事は…悠斗も改めて確認すれば()()()()()()


 彼一人で熱中していた際には夢中であったがゆえに気づきもしなかったが、確かに言われてみれば指摘箇所にミスがあることが分かる。

 おそらくはケアレスミスだったがために見逃していたのだろうが…それ以上に驚かされたのは咲がこのミスを発見したことだ。


 …悠斗もそれとなく述べていたものの、彼女が示した間違いは本来そう簡単に見つけられるようなものではない。

 そもそも彼が直前まで取り組んでいた問題はこの中だとかなり難解な部類に属するものであり、悠斗も最後の解答までは導けなかったがために後回しにしていたものだ。


 だというのに…咲はいとも容易くそれを見つけてみせた。


 さらに言うのであれば、その上で彼女は完璧な解答までも導いているのだ。

 …ハッキリ言って、咲の見掛けからしてここまでの学力を持っているとは思わなかったので驚愕である。


『これでも勉強は出来る。得意分野』

「凄いな……いや本当に、お世辞抜きでこれが分かるっていうなら相当なものだと思うよ」

「………!」


 勉強が得意という言葉も嘘ではないのだろう。

 実際、目の前で己がどれだけ時間をかけようとも答えを出すことが出来なかった難問を解かれてしまえばその事実は疑いようもなくなる。


 悠斗の心からの称賛にこれまでの中でも最大級のドヤ顔と胸を張る咲の姿はまるで幼い子供が誇らしげに振る舞っているようにも見えるが、事実大したことなので今回は特に指摘もしない。

 それほどまでにこれは凄まじいことだからだ。


「本羽って…勉強出来たんだな」

『……それ、どういう意味』

「いや何というか…こう言ったらあれだけど本羽の見た目で勉強できるイメージが無かったというか…」

「…………」

「…痛い痛いっ!? 分かった、俺が悪かったからやめてくれ!」


 悠斗も知らなかった新事実だが咲は勉強面においても秀でた能力を有していたらしい。

 …本来は彼らの通う校内であればこれも有名な話だったのだが、彼に限っては初耳である。


 というのも、悠斗は基本的に学校生活の中では他人に抱く興味が薄い。

 交友関係が比較的浅いことも関係しているがやれ誰が誰と付き合っているだとか、誰の成績が良かっただとか…そういった話題が耳に入らないのだ。


 辛うじて校内でも屈指の知名度を誇っていた咲の情報は知っていたものの、流石に彼女の成績までもが群を抜いていたとは知らなかった。

 ゆえにこそ、ここまでの驚きを実感しているわけである。


 ……なお、悠斗がそれとなく漏らしてしまった発言によって咲の機嫌を損ねてしまったのか、言ったと同時にぽすぽすと彼の腹付近を叩かれてしまう。

 これに関しては失言をした悠斗が全面的に悪い。言い訳の余地なども絶無だ。


 何とかギリギリのところで咲の機嫌回復にも成功し、叩くのも中断してくれたので場は収められたが…ここは反省しなければ。

 どれだけ彼の意識内ではうっかり口にしただけであっても、その発言のせいで咲を傷つけてしまうとなれば世話はない。


 まるで関係もない赤の他人ならばともかくとして、彼女は既に何の縁もない第三者ではないのだ。

 もう現時点で明確な友人関係を築いてしまった以上、不要な溝を作ることは避けておきたいというのが本音である。


『…今回は、特別。特別に許してあげる』

「………助かる」


 その顔はどう見ても未だに自身への評価に納得していないという考えをありありと映し出しているが、表面上は許しを貰えたのでそこに甘んじさせてもらう。

 今後は発言にも気を付けなければならない。悠斗は強くそう思った。


 でなければいつか…知らぬ間に彼女の地雷を踏みぬきそうだという嫌な予感がしてならなかった。


「でも本当に凄いよな、本羽は…学校じゃそんな素振り見せたことなかっただろ?」

『確かにそう。学校はいっぱい人に話しかけられるから、勉強する時間はない』

「……なるほどな。人気者だからこそ受ける弊害ってことか」

『それでも家に帰ったらちゃんと勉強はしてる。やっておいて損もないし』

「それは俺も同意見だな。こういうのは今の内にやった方が有利になるもんだ」

「…………」


 それと話を聞いている内に分かってきたが咲も咲で苦労していることはあるようだ。

 彼女はその人気の高さゆえに学校では多くの同級生に囲まれ、四六時中誰かから話しかけられている。


 咲の側から声を返されることは無くとも、相手に返すリアクションだけでとてつもない保護欲を引き立たせる魅力を有する彼女だからこそ大きな騒ぎになるのだ。

 …だが当然、その影響によって彼女が被るのは注目されることで発生するメリットとデメリットの表裏一体である。


 多くの者と関わり機会を得られる。人によってはそれが大きな利であるとも捉えられるに違いない。

 しかし…人と接する機会が増えるという事は、必然的に自分だけの時間が減るということとも同義。


 人気者の常とも言い換えられるが、いつの世であっても多くの魅力を有する人間にはそれ相応の苦労というものが付随してくる。

 咲なんてその典型であり、常に誰かから構われることによって己の勉強時間まで圧迫されてしまっているとのことだ。


 彼女自身、その不足を補うために日頃から自宅で自主学習を怠ることはないらしいがやはり、涙ぐましい努力はどんな人間であっても必須のものだということか。

 悠斗が咲の境遇に若干同情するようにしながら意見を述べれば言い表すのが難しい表情で頷いてきたため、色々と苦難の道を歩んできたのだろう。


「…まぁそういうことなら本羽もここで勉強してくれたらいいさ。俺は特に邪魔をするつもりもないし、気が済むまでやってくれたらいい。強制もしないけどな」

「………!」


 ならば悠斗がしてやれるのは、せいぜいが落ち着いて過ごせる環境を提供してやるくらいのもの。

 ちょうどここからしばらくはこの家で咲も過ごすことになるのだ。

 ただでさえこちらの飲食関係までも負担してもらっている立場なのだから、せめてこれくらいのことはさせてもらっても罰は当たるまい。


『……じゃあ、家から勉強道具を持ってきてもいい? せっかくだし、悠斗と一緒に勉強させてほしい』

「もちろんだ。ここで待ってるから、慌てずに取ってきな」

『…そうする。ちょっと待ってて』


 …何だか図らずも二人きりでの勉強会のような形になってしまったような気もするが、どちらかと言えばそれぞれが自習できる環境を共有していると言った方が正しい。

 その証拠に咲もこの家で授業の予習復習をすることを魅力に感じてくれたようで、最初こそ遠慮がちにしていたがいつしか己の学習用具を持ち込むことに決めていた。


 ただし、自分の勉強道具を持ってくるためにと玄関先に駆けていく咲の勢いがあまりにも早かったので…それとなく急ぐ必要はないと言ったのだが大して効果は無さそうだった。

 あの分では自宅に戻ってからここに辿り着くまでに転んでしまうのではないかとも懸念してしまう。


 まぁ、その時はこちらでフォローしてやればよいので問題もないかとすぐに気分を切り替えたが。



 …なお、その時の悠斗の予感が現実のものとなっていることを彼はまだ知らない。

 ちょうど同時刻にて、部屋を出て行った咲が人の姿もない廊下にて足を躓かせていたのは、彼女が帰ってきてから鼻を赤くしている姿を見てから気づかされる事実である。


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