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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第二〇話 繋がりの選択


「…というか本羽。お前、いつ帰るんだよ? もう夕飯食べ終わってから結構経つぞ?」


 夕飯終了後から咲とのよく分からない問答も区切りを迎え、そろそろ咲も帰宅の準備を始めるだろう……という雰囲気が何となく場に充満し始めた頃。

 当初は彼女も今日やることは一通り終えたのだから、すぐに帰るだろうと考えていて…その予想が全く()()()()()()()()()()ことに疑問を抱き始めていた。


 既に時刻にして夜間帯に突入しようかという頃合い。

 …だというのに、未だに咲は帰るどころか今はソファにてうだうだとした時間を過ごしている始末。


 当初は今日一日の疲れもあってそれを回復させるために休息を取っているのだろうと思い、多少ならここで休むのも致し方ないという判断から黙認していたが…それも限度というものがある。

 一、二時間近くが経過しても尚帰る気配が無いと分かれば放置しておくわけにもいかないため、それとなく忠告してみた。


 …が、それを聞かされた咲は全身から不満そうなオーラをだだ洩れにするばかり。


『……帰りたくない。もっと悠斗の家に居たい』

「…っ! …あのな、そういうことを気軽に口にするな。下手な男なら誤解されててもおかしくないぞ」


 そうして不満気な感情をどうしてか全開にする咲であったが、それに伴って吐き出された言葉は…大きな誤解を招きかねないもの。

 悠斗の家から帰りたくないという、ともすれば()()()()()()()だと思われてもおかしくはない言葉。


 悠斗も咲がそういった意図を込めて口にしたわけではないことは理解しているので表面上は平静を装っているが…内心は突拍子もないことを発言してきた咲に心臓の鼓動が早まるのを実感させられた。

 …まぁそれは仕方ない。


 特に意識もしている相手ではないとはいえ、同級生の…それも他とは比べるべくもない美少女から自宅に帰りたくないだなんて言われてしまえば誰であろうと似た反応を取ったはずだ。

 無論、それで全てを誤魔化されるというわけにもいかないのですぐに冷静な考えに思考をシフトするが……情緒を掻き乱されたことは否定のしようもないので少々情けなくもある。


「それに、時間的にもこれ以上ここに留まってたら変な噂も立ちかねないんだ。ただでさえ目立つっていうのに…そんなのは本羽も嫌だろ」

『…別に悠斗なら、嫌じゃない』

「だからそういうことを言うなって…はぁ。とりあえず今はそのことはいいか…」


 説得をしようにも一向に聞く気配もない咲に若干溜め息もこぼれてしまうが、どうしてか悠斗に懐いてきたらしい彼女も彼女でてこでも動く様子は見られない。

 このままでは本当になすすべがなくなってしまうので、早いところどうにかしなければという焦りも生まれてきてしまう。


「…なぁ、何でそんなに本羽は帰りたがらないんだ? せっかく自宅に入れるようになったんだからそっちでゆっくりすればいいだけだろうに」

『……だって、家に帰ったら悠斗と会えなくなる』

「…はい?」


 仕方ないのでこうなったら、最悪の手段として咲を無理やりおぶってでも連れて行こうかと画策もし始めたが…その前にどうして咲が帰らないのかをふと尋ねてみた。

 彼女が帰宅したがらない原因でも知れれば解決の一助になるやもしれないと思い、何気なく聞いてみただけの一言。


 …ただし、その答えは予想もしていなかった方向に転がったものであった。


『今日はお掃除とお料理があったから来ても良かった。でも、明日になったらそうじゃない。もう悠斗の家に来る理由はなくなっちゃう』

「……えぇっと、つまり…本羽が帰りたがらないのは、俺と会えなくなるのが嫌だから、と?」

「………」


(…いや、マジかよ。流石にここまで懐かれてるとは思ってなかったぞ…!? どうしてこうなった!?)


 ありえない、そんな可能性は自分の都合のいい解釈でしかないと理解はしつつも…恐る恐る咲の言葉を噛み砕いた意味かどうかを問えば、結果はまさかの大正解。

 いくら何でも気恥ずかしさが湧き上がってきたのか、微かに耳を赤くしてコクリと頷く彼女の様相は計り知れない愛らしさがあったが…あいにくそこに意識を向ける余裕はない。


 というより、そこまで自身が咲に懐かれているとは思ってもみなかったので彼も驚愕の真っ最中だったのだ。

 だってそうだろう。

 まさか同級生の美少女が、自分と離れるのが嫌だから帰りたくないなんて言う状況に自らが置かれると予想しているわけがないのだから。


 しかし咲の返答は紛れもない現実であり、困惑の只中ではあっても混乱に飲み込まれるわけにはいかない。

 …とりあえず、その辺の誤解を解いていけばここは丸く収められるだろうか。


「……あー…本羽? その、だな…」

「………?」

「…ふぅ。ほらさ、別に今日帰ったからって俺たちも二度と会えなくなるってわけでもないだろ? お互いの家は近いんだし、また話そうと思えば話せる距離なんだ。機会はいつでも残されてるはずだ」

「………!」

「だから、その……まぁ何だ。今日別れたからって必ずしも縁が切れるってことでもないんだよ」


 一旦胸の内を鎮めるためにも呼吸を整えなおし、悠斗は咲に向かって言葉を連ねていく。

 彼女の何が琴線に触れ、どんな影響が出たのかは分かるはずもないが…どうやら彼の予想以上に彼女はこちらのことを信頼してくれていたらしい。


 それこそ、遠回しにでも悠斗と離れたくないと口にするくらいには。


 ならばそれを逆手に取った説得を試みよう。

 言っていることもあながち見当外れというわけではない。


 互いの家が近所である以上、再び話す機会が残されている可能性は決してゼロではないしやりようによっては会うことも可能だろう。

 …なお、悠斗の考えだとそのようなことを起こす気はほぼほぼなかったりする。


 取り繕わずに述べてしまえばその場しのぎの言い訳である。

 こればかりは仕方がない。今はともかく咲を家に帰すことが最優先事項なのだ。


 ゆえにこそ、彼女を納得させるためにもそれらしい言い分をまとめて述べていけば、咲は何故か…瞳をキラキラと輝かせていた。

 ……何故?


『…じゃあ、悠斗に一つお願いがある』

「ん…? …とりあえず、言うだけ言ってみてくれ」

『明日からもずっと、悠斗の家に来てもいいって許可が欲しい。学校がある日も、放課後はここで時間を過ごしたい』

「……ちょっと待ってくれ。何でそうなる?」


 若干の上目遣いになりながらも、咲がおずおずと物事を要求してくる姿は非常に可愛らしい。まさに小動物といった感じだ。

 …が、そこで提示された“お願い”というのは流石にノータイムで受け入れられるほど簡単な内容ではない。


 どうしてこうなる。…今の悠斗の心境を一言で表すならこれに尽きる。


『だって、悠斗が言ってた。今日帰っても別れるわけじゃない。家は近くて、距離も問題ない。通うのには最適』

「そういう問題じゃないだろう…却下だ、それは。男子の家に女子が入り浸るなんて、何か問題でも起こったらどうするつもりだ」


 画面越しに提案をしてきた理由を述べてきた咲であるが、いくら何でもそれは受け入れるわけにもいかない。

 世間体的にも、倫理的な意味合いでも。


 ただ…その程度で意見を翻すようなら、元より彼女とて口にしてはこなかっただろう。


『悠斗ならそんなことしない。それは分かってる』

「人のことを簡単に信用しすぎだ。…そりゃあ妙な真似なんてするつもりは全くないが、魔が差したりしたら百パーセント安全が保証できるなんてことは無いんだぞ」

『それでも。悠斗なら…大丈夫』

「大丈夫って…」


 悠斗が一つ却下のための否定材料を持ち出すたびに、咲も負けじと反論のための言い分を持ち出してくる。

 目には見えない言葉の応酬が繰り返される中で…咲は更なる追撃をかましてきた。


『もちろん、私もただ部屋を使わせてもらうだけじゃない。ちゃんと悠斗にもメリットはある』

「メリット…? 何だよ、それって…」

『もし私がここで過ごしてもいいってなったら…その時は、()()()()()()()()()()()()。…どう?』

「な……っ!?」


 …その言葉を聞いた瞬間、悠斗は思わず言葉を詰まらせた。


 何故ならばそれは…こちらに提示されるメリットとして大きすぎるカードだったからだ。

 言うまでも無きことだが、悠斗は料理方面に関する才能がないため日頃の食生活は基本的に出来合いの物頼り。


 今まではそれでも満足していたし、特に不満を感じることも無かったが…それは今日までの話だ。

 というのも、タイミングの悪いことに悠斗は…既に咲の手料理を一度味わってしまっている。それも、最高のクオリティを強く実感させられた状態でだ。


 …それらの要素を加味してしまえば、もうインスタントの食品では彼の食欲を満足させることは難しい。

 味気ないものに囲まれた生活に慣れていたからこそ、突如として味わってしまった手料理の温かさを知ってしまった今となっては…適当な食品のクオリティがどうしても目に付いてしまう。


『…ふふふ、これで私の優勢。もう断るだけの材料は残っていない?』

「ぐ…っ! で、でもだな…本羽だって一人の時間が欲しい時はあるはずだ。そういう時はどうするんだ…?」


 もはや形勢は一気に咲の方向へと傾いてきているが、それでも諦めるわけにはいかないのだ。

 たとえここから巻き返すのが限りなく困難な道だったとしても、折れてしまえば本当の意味で負けることになってしまう。


 …もう負けたところで大した意味がないというのは薄々察してはいるが、世間的な体裁を気にすればそうもいかないのである。

 だから最後の抵抗と言わんばかりに言葉を吐けば………咲はほんの少し寂し気に顔を伏せ、こんなことを言ってきた。


『…それも、大丈夫。昨日一人の家で過ごして分かった。私の家は今は誰もいないから、そこで過ごすのは…凄く寂しい。だから、悠斗と一緒に過ごしていたい』

「……っ!」

『せめて、お父さんとお母さんが帰ってくるまでの一か月だけでもいい。ここで過ごすことを許してほしい。…駄目?』

「…………分かった、よ」

「………!」


 …それを伝えてくるというのは、反則だろう。


 自宅に自分以外の人間が誰一人としておらず、たった一人で生活していかなければならない。

 それが寂しいからここに居たい、なんて文言を呟かれてしまえば…過程なんて全てを無視して認めざるを得なくなる。


 …あぁ、意志が弱いということは強く自覚している。今も尚実感させられたばかりだ。


 だとしても…目の前に佇む少女の、悠斗との生活を懇願してくる咲の顔など見てしまえばどれだけ強固な意志とて保ち続けることなど不可能である。

 少なくとも悠斗は、そう思わされるほどに…このお願いに込められた威力の凄まじさを体感していた。


 …まぁ仕方ない。認めてしまった以上はなるようになるしかないと捉えるしかないだろう。

 それもこれも、眼前で嬉しそうなオーラを全開にして口角を上げる少女の顔を目にしてしまえば…自然とこちらの意識まで和らげられてしまうのだから。


 ──そうして始まる、一か月という期限付きの奇妙な生活。


 これが後にどのような影響を及ぼし、彼らの関係性にどんな変化をもたらしていくのかは…まだ誰にも分からない選択肢であった。


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