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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第一九話 吐露の欠片


「…ご馳走様。メチャクチャ美味かったよ、ありがとうな」

『礼には及ばない。最初に言った通り、悠斗の食生活の怠慢さが見過ごせなかっただけ』

「……何かすまん」


 これまで歩んできた人生の中でも間違いなく最高峰の品質だったと断言できる夕食を夢中で味わい終えた悠斗は、一片の残りもなく皿を空にすると手を合わせながら咲に礼を言った。

 …なお、その言葉に対して返されてきたのは中々に辛辣な指摘である。


 言っていることは紛れもない正論なため、甘んじて受け入れる以外の選択肢はないのだが。


 まぁ…どちらにせよだ。

 悠斗がここまで豪華な夕食を味わえたのはひとえに、全て咲のおかげであるためそこが揺らぐことは無い。

 しっかり感謝を伝えておいて損も無いだろう。


「…あ、食器は流しに運んでくれたら良いから放置でいいぞ。皿洗いは後でまとめてやっておくから」

『別に洗い物くらい、私がやっておく。そもそも悠斗、お皿を洗える?』

「そのくらいなら問題なく出来るよ、いくら何でもな。…あと、もう本羽には色々動いてもらったんだからこれ以上労働を押し付けるのはアウトだ。これは譲れない」


 …とまぁ色々語りこそしたものの、結局は咲の手料理に預かって最後の最後まで世話になってしまった。

 咲の方から提案してくれたことであるため、悠斗がそこまで気にしすぎることではないのだろうが…それでも最低限、皿洗いくらいはこちらで片付けなければ。


 彼女はその程度のことなら自分がやると言ってくれたが、こればかりは譲ることも出来ないので折れてもらうしかない。

 ここまで散々彼女の世話になりっぱなしだったのだ。

 さらに向こうの手を煩わせるともなれば、もうそれは単なる恩返しというよりも許容できる範疇を超えた施しである。


 それは流石に受け入れることが出来ないし、彼女には心配されてしまったが皿洗いくらいなら悠斗でもこなせるので任せてもらいたい。

 …すると、こちらが意思を曲げるつもりがないことが伝わったのだろうか。

 しばらくはジッと悠斗の瞳を見つめてきていた咲であったが、それもいつしか諦めるような色へと変わっていった。


『…悠斗、意外と頑固』

「そっちが言うか? とにかく折れるつもりも無いからな」

『……分かった。ここは悠斗に任せることにする』


 無事に咲からも(かなり渋々といった様子ではあったが)了承を貰えたので、そうと決まればさっさと行動に移してしまうのが吉である。

 お先にそれまで腰かけていた席を立ち、テーブルに置かれていた食器の数々を流しへと運んでしまう。


 …なお、その作業の途中でやはり自分だけ何もしない状況というのが我慢ならなかったのか咲もそれなりの数の食器を運んでくれた。

 小さな背丈でそれをされると見守る側としてはハラハラする感情の方が強くもあったのだが…まぁ、そのくらいならギリギリ許容範囲内ではあるので大人しく見守らせてもらったのだった。




「…よし、大体こんなものかな。後は乾燥させておけばオッケー…っと」


 夕食が終わってからすぐに後片付けに着手し始めた悠斗であるが、これに関しては大した量があるわけでもないため比較的すぐに終わる。

 二人分とは言っても使われた食器は細々としたものばかりだし、咲も料理中に使用していた調理器具は水に晒してくれていたようでそちらもすぐに汚れは落とせた。


 それに悠斗も…料理や掃除といったところには大きな苦手意識を持っているので誤解されがちだがこういった作業は必ずしも不得手というわけでもない。

 あくまで多少不器用な性質とものぐさな性格が表出しがちというだけで、やろうと思えば普通に出来るのだ。


「…本羽も、大分くつろいでたみたいだな」

『何か駄目なことがあった?』

「いや、別にゆっくりしてるなら止めるつもりもないけどさ。ただ予想以上にくつろいでたから…少し面食らった」

『…別に私も、どこでもこんなことするわけじゃない。悠斗の家は落ち着くから、つい気を抜いちゃう』

「…そんなに落ち着く場所か? こう言うとあれだけど別に間取りだって本羽の家と大差ないだろうに」


 そうこうしてキッチンを後にした悠斗だが、その向かった先で見た光景については…多少言葉を詰まらせる。

 何故かというと、先ほどまで普通に過ごしていた咲がテーブルの上で見るからにだらけていたからだ。


 …顔もテーブルに突っ伏しながらゆったりとした時間を満喫している様は見ていてほっこりもするのだが、仮にも男子の家でそんな油断した姿を見せるのは如何なものだろうか?

 これでも悠斗も一応は男であるため、その辺りをやんわりと指摘してみれば…咲の返答はこれまた謎の信頼感に満ちたものである。


『落ち着く。もちろん私のお家も良いけど、悠斗の家はまたちょっと違う。…何て言うか、過ごしてて心が温かくなる』

「…そうかい」


 相変わらず顔を上げることなく携帯の画面を見せてくるという器用な真似をしてくる咲だったが、そこに込められた言葉の意味は…少し掴みづらい。

 悠斗の家が落ち着くと言ってくれるのはありがたいのだがそもそも同じマンションに住んでいる以上は互いの間取りも似たようなものだろうし、そこに大きな違いはないはず。


 だったら悠斗の家特有の雰囲気にでも魅力を見出したのかとも考えられるが、あいにくそんな特別さを感じられるような特徴など彼には身に覚えもなかった。


 なのでそれ以上は特に追及することも無く、何となく静まり返ってしまった空間の中で目の前の少女を見つめていれば……不意に彼女がもぞもぞとうごめき始める。

 一体今度は何をするつもりなのか。


 これまでの咲の言動と突拍子もない行動を繰り返されてきた経験から、悠斗はほんの少し身構えて彼女の動きを見守っていた。

 ──だが、そんな彼の予想に反して咲は少しだけ()()ような素振りを見せた後に……こんな言葉を向けてきた。


『……悠斗、一つ聞きたいことがある』

「また唐突だな…何だよ、聞きたいことって」

『ごめん、でも答えてほしい。悠斗は…どうしてそんなに()()()?』

「…優しい?」


 …咲から向けられた問いかけは、これまた意図が曖昧な類のものである。

 言葉を額面通りに受け取るのなら悠斗が咲に対して向けた優しさの理由を質問している、ということになるが…肝心の主語が抜けているために意味が不明瞭になっている。


 しかし、この質問がただの気まぐれに近いものではないことも彼女から放たれる真剣な面持ちを見れば判断出来てしまう。

 携帯を向けてから少し経って確認出来た咲の顔は…どこか不安そうで。

 それでいて、この問いの答えを聞いておかなければならないという感情に満ちていたから。


『…私は、自分の言葉で喋れない。そのせいで今まで色んな人に迷惑を掛けてきた。でも…悠斗はそんな素振りを全く見せない。迷惑なんて思ってもいないように見える。…それが、ちょっぴり気になった』

「……あぁ、そういうことか」


 だがそれでも…彼女の次の言葉を見てしまえば大まかに言いたいことは理解できた。

 要は、咲はこれまでの関わりの中で悠斗が彼女の特徴について一切触れないことを疑問に思っていたのだ。


 何せ咲という少女は学校でも私生活においても、一切の言葉を語らない。

 コミュニケーションらしいやり取りは全て文字を介して行われ、本人が発言することはありえない。


 …言葉の節々からも何となく察したが、そんな特徴を持つ咲は今までの人生もその特徴によって苦労させられてきたことがあったのだろう。

 でなければこんなことは言わないし、話題には上げないはずだ。


 とはいえ、だ。周囲の気持ちも理解出来ないではない。

 世界のあちこちを探し回ってみればいるにはいるのかもしれないが、前提として私生活において一言たりとも発言をしてこない者が稀な部類であることに変わりはないのだ。


 …そしてそれが、好奇心旺盛な子供の中にいるとなれば周りの注目を集めてしまうのを避けるのはほぼ不可能と言ってしまっても良い。

 加えて、咲はその見た目までも周囲の目を引き付けやすい。

 ただでさえずば抜けている容姿に保護欲を掻き立てられる背丈。


 完璧と言っても差し支えない魅力に溢れた少女が、()()()()()()()なんて境遇に至ったからには…相応の理由があって然るべきなのだ。


 ──だからこそ、咲は疑問に思った。


 何せ、昨日今日と奇妙なキッカケから話すことになった悠斗は…一切それらの事情に触れてこなかったのだ。

 それどころか、ほんのわずかな興味すら抱いてこなかったと言っても良いくらいに彼は何も気にすることなく咲とごく普通に接していた。


 …だがそれも、悠斗の答えは酷く簡潔で……単純なものにまとめられる。

 何故ならば………。


「まぁ…気にならないって言ったら嘘になる。最初はおかしなやつだとも思ったしな」

「………!」

「でもさ、そんなの別に関係ないだろ? だって…()()()()()()の本羽なんだから」

『…そこも、含めて?』


 …始めから、悠斗は咲の寡黙な特徴を欠点などと捉えてはいなかったのだから。


「あぁ。お前が自分のことをどう思ってるのかなんて知らないけど、少なくとも俺にとって本羽は少し無口なだけのクラスメイトだ。単にそういう相手だとしか認識してないし…だからじゃないか? ある種、何とも思ってないとも言えるが」

「……!」


 口にしてしまえば簡潔だが、彼の思考は捉えようによっては無関心とも言えてしまう。

 悠斗自身もそのことについては言及していたし、流石に言葉がきつかったことも自覚していたのか…言った後で言い直した方が良いか否かを考慮し始めていた。


 …それでも、そんな彼の言葉を聞いていた咲の反応の方が一足早く返ってくる。


『悠斗は…気にしない? 私が喋らないこと』

「ん…そうだな。深く詮索するつもりはないし、今のやり方で本羽が納得出来てるなら別にいいと思うぞ。普通に生活も成り立たせられてるなら文句を言う筋合いも無いからな」


 彼の言葉の一言一言に心底驚かされたかのように目を見開きながら、恐る恐るといった様子で咲が尋ねてくるのは一つ前の質問とも似通った内容。

 ただし、今度質問してきたのは…悠斗の対応に直接関連したものでもあった。


 結論から言ってしまえば、悠斗は周りから何を言われようとも咲と関わる際のスタンスを変えるつもりは無い。

 当人にいかなる事情があろうともそこが相手のプライバシーに直結しているのであればむやみやたらに踏み荒らすのは悪手だと認識しているし、無理に踏み入る趣味も皆無だ。


 興味が無いとも表現できるが、どちらにしても悠斗は咲の込み入った事情を聞き出そうなんてことははなから考えてもいない。

 だからそう伝えておけば…どうしてか、咲は強く安堵したようにへにゃりと眉を下げ、再び机に突っ伏し出した。


『…やっぱり、悠斗と一緒にいると安心する。ずっとここに居たい』

「いや……流石に泊めるつもりは無いぞ?」

『……そういう事じゃない。減点』

「えぇ…何で俺が責められるんだよ」


 それまでの緊張感はどこへやら。

 この問答で咲の内心がどのような七変化を遂げていたのかなど悠斗には知る術もないが、何やら心境的にも落ち着いたようだ。


 この流れならあと少しでも時間が経てば咲も己の家に帰っていくだろうし、そうすれば各々の生活が戻ってくるだろうなんてことを呑気にも考えていた。



 ──数分後、あっさりとその未来予想図が破壊されるなんて微塵も考えはしないまま。


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