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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第一六話 有無を言わさず


 咲がやってきてから妙な事態ばかり発生している気もするが、いずれにしても賑やかさに満ちた時間というのはあっという間に過ぎ去るものだ。

 物の整理から始まり、それを終えたら久方ぶりに床を掃除し、その後には窓拭きや風呂掃除にキッチンの片付けと……年末の大掃除かというレベルで清掃を行ったと断言できる。


 微かな誇張も抜きにしてこの数年で一番掃除をしたと言い切れる程であり、間違いなく咲がいなければここまでの片付けは実行できなかった。

 そもそも悠斗一人であれば家の掃除をするという発想すら湧き上がることもなかったため…そこも含めて彼女の実績と言えるはずだ。


 ともあれ、色々な意味で無我夢中になりながら続けてきた掃除もいよいよ一段落を迎えることとなる。


「…これでようやく終わり、だよな? まだ残ってるとことかあったりしないよな?」

『忘れている所はないはず。隅から隅まで綺麗に出来た』

「やっとかぁ…随分長かったな」


 ひたすらに咲の的確な指示に従って行動してきた結果、もう以前までの様子は見る影もない。

 玄関先からリビングへと続く廊下からは徹底的なまでに不要な物が取り払われ、その両脇に位置する部屋も隅々まで磨き上げられている。


 真正面を通り抜けた奥にあるリビングも、今となっては元あった広い空間に落ち着いた基調で家具が配置されている過ごしやすい空間へと変貌しており…全く別の家だと言われても信じ込んでしまいそうな変わり映えだ。


 無論、これらは九割以上が咲の手柄だ。

 悠斗は作業をしたといってもそれは彼女の言う通りにしていただけであって、彼単独であればここまでの成果を出すのに何日かかっていたか分かったものではない。


 全ては咲の完璧な命令があったからこそ。

 そこを勘違いして己の手柄だと言い切るつもりなどあるわけもなく、経緯がどうあれ彼女への感謝は忘れてはならない。


(…でもこれで、本当に本羽との縁は終わりだな。これで向こうの気も済んだだろうし、礼とやらも一区切りのはずだ)


 だが…そんな彼らの繋がりもここで途切れる。

 咲本人から大掃除の終了を告げられたことでそれは明白なものとなり、これ以降彼女が悠斗の家に留まる理由はなくなった。


 明日以降にしても、家が少し近所というだけの変わった関係性に戻るだけのこと…そう、思っていた。

 ゆえにこそ、次に咲から告げられた言葉に悠斗は───。


『それじゃあ次は、()()()の時間。少しキッチン借りる』

「…………うん?」


 ──否応にも、思考を停止させられることとなった。


 当たり前のような動きで悠斗宅のキッチンへと進もうとしている咲の姿が想定外すぎたことで間抜けな声まで漏らしてしまう。

 …しかし、いつまでもそんな態度にも甘んじていられない。


 極々自然に台所に歩みを進めようとしている彼女を呼び止め、どうしてそうなるのかを問いたださねばならない。


「本羽、一旦待ってくれ。…何でそうなる?」

『…私、何かおかしいことを言った?』

「言っただろ…料理をするなんて一言も聞かされてないし、掃除は終わったんだからお前の用は済んだはずだろ?」


 痛んできた気がする頭を無視しながら咲に声を掛ければ、まるで彼女は自分が間違っているとも思っていない様な表情を浮かべて言葉を返す。

 そこには一片の嘘もなく、可愛らしく首を傾げる姿を見れば変だとすら認識していないのは分かるが…それはそれ、これはこれなのだ。


『…あっ、そういうこと。ごめん、伝え忘れてた』

「……何を?」

『そもそも私、今日は悠斗の家にお掃除と料理をする予定で来てた。それを言い忘れてた』

「それならそうと最初に言ってくれよ…あと、うちで料理するって言ってもまともなものは作れないから無理だぞ」

「………?」


 …がしかし、聞いてみればそこにも両者間に事前情報の行き違いがあったとのこと。


 彼女の言い分としては始めから掃除とセットで料理をするつもりだったということだが、うっかりそこから料理の点だけを報告し忘れたらしい。

 肝心なところで抜けているのは、この二日間で何となく見えてきた咲らしさとも捉えられる。


 ただ、それでも…悠斗の家で料理をするのはほとんど不可能と言わざるを得ない。

 それも単なる意地悪というわけではなく、れっきとした理由があっての否定だ。


「前提としてうちに普段から家に居るのは俺だけだし、俺一人じゃ料理なんてまともにやらないからな。そもそも食材を置いてないし、あるとしても調味料が精々だ。だから無理ってことだよ」


 自分で言っていて悲しくもなってくるが、大前提として悠斗は料理という事柄に全く適性が無い。

 センスが無いとも言い換えられるが、どちらでも同じことだ。


 どちらにしてもそんな彼では家に買い置きのインスタントならまだしも、新鮮な野菜や食材なんて置いているわけがない。

 結果、咲が実行しようとしている料理のための環境はここでは整えられていないというわけだ。


 …だが、どうしてか咲はそれらの指摘さえも大した問題ではないかのように平然としている。


『それなら問題はない。私は自分で家から食材を運んできたし、もう悠斗の家の冷蔵庫にしまってある。これで料理は出来る』

「は!? …待て、そんな素振り今まで見せて……」

『悠斗がリビングに居なかった時。申し訳ないけど、勝手に冷蔵庫を使わせてもらった』

「…それは構わないけどさ。でも、ここまで掃除で散々本羽の手を煩わせたんだ。これ以上頼りっぱなしになるっていうのは流石に…」


 何と、悠斗が家に食材がないということを理由にして彼女の食事を作ろうとする行動を封じようとしたのに、既に対策は万全にこなされてしまっていた。

 こちらの知らぬ間に運び込まれていたという食材の数々という新情報を前にして、それでは悠斗の家で咲が調理を行う障害は消え失せてしまう。


 …いくら何でも、それは彼の許容上限を超えていた。


 まず先ほどまでの片付けは良い。あれはあれで世話になるところが大きかったが、先日の恩返しということにしておけば納得も出来なくはないからだ。

 しかし、ここまで来ると流石に認められなくなる。


 自宅の掃除に加えて料理まで作ってもらうとなればこちらが明らかに恩を貰いすぎているし、咲の負担を一方的に増やしているのと同義になる。

 気を遣ってくれるのはありがたいが、恩と称して向こうからひたすらに与えられるだけの関係性など彼は全く望んでいないのだから。


 だからここまでで断りの言葉を挟もうとして…それよりも早く咲に口を挟まれる。


『煩わされたなんて私は思ってない。それに悠斗にも聞きたいけど…悠斗は昨日の夜、何を食べた?』

「ん、昨日の夜? なんだったか……あぁ、そういえば時間が無かったから適当にカップ麺で済ませたんだっけな」

「………」

「え……な、何でそんな呆れた顔するんだよ」


 彼女から問われたのはつい昨日の夕飯に関連した事項。

 何故このタイミングでそんなことを聞くのかと疑問にも思うも…何となく黙っていては話が進みそうにも無かったため、素直に答えておくこととした。


 …そうすれば、数秒前と比べて遥かに瞳を細めた咲が心底呆れたとでも言いたげな感情を露わにしていた。


『……一応聞く。まさか毎日そんな生活?』

「あ、あぁ…大体はそんなもんだが」

『…これは酷い。高校生ならもっと栄養のあるものを食べなきゃ駄目。有無は言わせない。今日は私がご飯を作る』

「いや、だからそれは……」

『私が、作る。…はい以外の答えは認めない』

「………はい」


 淡々と、それでいて…何とも恐ろしい。

 感情の変化に乏しい表情であるはずなのに、その顔は何よりも雄弁に意思を物語っていた。


 すなわち、『ここまで怠惰な生活を送っているなんて信じられない』という類のものである。

 …言い返したいところなのだが、言い返すためには否定材料が不足しすぎているのでそれすらも出来ない。


 有無を言わせないとはまさしくこのことなのだろうなんてことを実感させられながら…悠斗はまるで背後に吹雪でも凍てつかせているかのような咲を前に、ただただ頷くことしか出来なかった。



 情けないと批判するならばそう言ってくれて構わない。

 あの威圧感を前にして、気圧されない者がいるというのなら是非とも見せて欲しいと思わずにはいられないのだから。


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