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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第一三話 不要な気遣い


『じゃあ、今から掃除をしていく』

「了解…ようやく普段通りの態度に戻ったみたいで安心したよ」

『…さっきのことに触れるのは禁止と言ったはず』

「そうだったな。…そんじゃ、まず何からしたらいいんだ?」


 悠斗が何気なく放った一言によって咲を照れさせるという、客観的に見ればどう考えてもおかしい状況が展開されていた一方。

 その後は何とか平静を取り戻した咲から直々に今の事は忘れるようにとお達しが来たため話題に触れることは許されず、そのまま流れは続行されることとなった。


(…ていうかつい自然な流れに身を任せてたけど、本羽って掃除とかできるのか? 聞いた限りじゃ出来るとは言ってたけど…どちらかというと甘やされてるイメージが強いんだよな)


『…さっきから凄く見てる。何か気になることでもある?』

「え? …あ、悪い。そうじゃなくてな…」


 …しかしそうした流れにあってふと湧き上がってきた疑問であったが、そもそも咲がどれだけ家事をこなせるのかという点はまだ判明していない。

 本人曰く普通にこなせるとは聞いていたが、それだって咲の主張でしかないのだから客観的な判定には根拠が欠けているのだ。


 ありえないとは思いたいが、普段の学校で見かける姿からして咲はどちらかと言えばクラスメイトに可愛がられている印象であり…機敏に動くイメージは一切持っていなかった。


「その…本羽が掃除を手伝ってくれるのはありがたいんだが、お前が家事をしてる姿があんま想像できなくてな…」

「………」

「…睨まないでくれよ!? 怖いっての!」

『…それは私のことを舐めすぎ。こう見えても、家事は大得意』

「す、すまん。…とりあえずその言葉を信じさせてもらうよ」


 ただ…そのことを素直に伝えた際の反応は何かが彼女の琴線に触れたらしい。

 これまでで最も強いジト目を向けながら、己への侮辱だと思ったのかその後は頬を大きく膨らませて抗議をしてきた。


 …確かに冷静に振り返れば多少失礼だったかもしれないが、まさかここまで怒ってくるとは思わなかった。

 それだけ今の発言が癪に障ったのだろうが…どちらにしても悠斗の発言で不快にさせてしまったのなら謝るべきだろう。


 なお、信じさせてもらうという言葉に微かに入り混じった疑念を鋭敏に嗅ぎ取られてしまったのか咲の頬はまだ膨れたままである。


『とにかく今はいい。私が家事をできることは今日一日で証明してみせる』

「…お願いします」


 スタートダッシュからしていきなり躓いた悠斗も、お互いの言葉を信用させるためには行動で示すしかないのだと悟った。

 色々な意味で気合いが入りまくったらしい咲の姿を横目にしつつ…彼もまた、眼前の物が散乱した部屋の片づけへと乗り出すのであった。



    ◆



『まずは何をやるにしてもこの物をどかさないと何もできない。だからそれの整理をする』

「整理か……物が溢れすぎててそれも一苦労なんだよな」

「………」

「…ん? 本羽、袋なんて広げて何して…」

『最初は細かくやってても終わらない。だからここに大雑把でいいから分けて入れていく』


 いざ掃除をやろうとなった段階へと移っていったが、何度見ても()()()()を前にしてしまうとやる気が削がれそうになる。

 自分の行動が返ってきただけとはいえ、溢れかえらんばかりの物量を目にしてしまえばそれも致し方ないだろう。


 ただ咲もその程度のことはお見通しだったのか…彼の予想に反して、てきぱきとした手際をいきなり披露してきた。


 彼女は事前に持ち込んでいたらしい鞄からいくつかの大きな袋を取り出すと、それを広げて部屋の隅に置いていく。

 そうして袋の投入口に判別がつくようにとペンで『衣類』や『本』などの区別をつけると…大まかな準備を済ませられたようだ。


「あー…そういうことか。ひとまず荷物をここに集中させるってわけだな?」

「………」


 ここまでされれば流石の悠斗であっても意図は察せられる。

 咲が取ろうとしている手法は言葉にすれば何てこともないが、よくよく考えてみれば確かにそのやり方が効率的だ。


 彼女がやろうとしているのは一旦部屋中に散乱している荷物の数々をこの袋へと集めていき、第一に床に物が落ちている状況をどうにかする。

 それをこなさなければ床掃除すらまともに出来ないので、必須の優先事項とさえ言えるだろう。


 その他の作業は一度後回しということにしておいて、ここら一帯を片付けるべきだと咲は言っているわけだ。

 こくりと頷いている様子からも肯定とのことなので、予想も大きく外れてはいないらしい。


『とりあえず私はここにあるものをまとめる。悠斗はそれ以外の部屋をお願い』

「了解だ。ならとっととやった方が良さそうだな」


 やることが決まってしまえばあとは実行に移すだけ。

 予想以上にテキパキとした指示をくれる咲の言葉に従っていれば悠斗が担当する場所まで定められたので、どこからやったものかと途方に暮れていた身としては非常にありがたかった。


『それと…何か捨てたら駄目なものとかはある? 他にも見られたくないものは先にしまってほしい』

「あぁ、その辺は大丈夫だ。別に見られても問題があるようなものなんてないし、本羽が不要だと判断したなら捨てても構わない」

『…分かった。それなら遠慮なくいかせてもらう』

「悪いな。よりにもよって一番広い場所を任せることになるが…」


 それぞれの担当場所を決め、残すところは実行するだけとなったわけだが…そこで悠斗の胸に湧きあがるのはやる気とほんのわずかな罪悪感。

 彼女自身が望んで協力してくれていることとはいえ、まるで自分の不始末を押し付けるような状況になっていることに申し訳なさを覚えたのだ。


 無論、咲がそのように認識しているわけもない。

 そもそもそのように捉えているのなら彼女もここまでやってくることは無かっただろうし、これが先日の礼を兼ねているからこそ手を貸してくれているのだ。


 …だが、そんな理屈だけで納得できるのなら悠斗とて悩みはしない。

 こういったことは理屈のみで全てを飲み込めるわけでも無く、何とも後味の悪い気持ちの悪さがあるものなのだ。


 されど、そんな悠斗の言葉を聞いた咲はというと…一瞬キョトンとしたように目を見開いた後、ふっとはにかむような笑みを浮かべて文字を打つ。


『構わない。これも私がしたいからするだけ。悠斗が気にすることじゃない』

「だとしてもな…こうも頼りっぱなしだと申し訳なくもなってくるんだよ」

『…頼りっぱなし、なんてことはない』

「ん……?」


 咲が掛けてくれた言葉は悠斗の不安を慮った気遣いに満ちたものであったが、いくら当人からそう言われようとこればかりはこちらの心の持ちようだ。

 どうして彼女がこうも距離を縮めてきているのかとか、話して間もない関係でしかない悠斗に手を焼いてくれているのかとか…そんな疑問が内心を埋めているからだ。


 …しかしそれでも、咲から返ってくるのはまたもや否定の意。


『私は悠斗に助けてもらった。だから今度はこっちが助ける番。それでいいと思う』

「…そんなものなのかね?」

『深く考えたって意味はない。楽が出来てラッキーくらいに思っておけばいい』

「……そっか、ならそうさせてもらうよ。ありがとな」

『これくらいお安い御用』


 頭を掻きながら咲の言葉を聞き入れていたが、確かに彼女の言う通り深く考えていたって明確な答えが出てくるわけでも無い。

 この現状が奇妙なものであることは疑いようもないが…それだって一時の擦り合わせから端を発したものなのだ。


 いつ終わるとも知れない関係性ならば、今この時の労力を軽減出来て幸運だったという程度の認識でいた方が余程気が楽だ。


「…よっし! だったら早速始めるか! 俺はあっちの部屋で作業するから、何かあったら教えてくれ」

「………」


 思いがけぬ形で底知れぬ咲の優しさに触れ、図らずとも彼女本来の性格も少し見えてきた気がした。

 学校で見る姿とも、つい先日に見かけた姿ともまた違う。


 ──心を許した相手だからこそ見せてくれた、言葉が無くとも思いやりに溢れた姿こそが咲の本質なのだろう。


 僅かながらもそんなことを実感させられた悠斗はバッとよく立ち上がり、その勢いのままに別室へと歩いていった。

 その背後では…同意の意思を示すかのように、親指を立てた咲の姿だけが残されていたのだった。


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