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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第一二話 照れ隠し


「…とりあえず来てもらって悪いんだが、先に着替えだけしてきてもいいか? 流石にこの恰好じゃ掃除も出来ないし」

『分かった。なら向こうで待たせてもらう』

「そうしてくれ。そんな時間もかからないと思うし」


 まさかの形で咲との再会が果たされてしまった悠斗であったが、その後に彼の部屋を掃除するというこれまた驚きの提案をされてしまった。

 紆余曲折あってそれを受け入れることとなったわけだが…こうなった以上は仕方が無いと、もう追い返すことは諦めて気分を切り替えることに専念し始めていた。


 …言い方によっては現実から目を逸らしたとも言う。


 というよりはそうせざるを得なかったというか、同級生の…それも咲ほどの美少女が自宅を訪れているというシチュエーションに頭が混乱しそうだったという理由もないではない。


(…深く考えるのは止めておこう。なんか変な気分になりそうだ)


 そんなことをするつもりなど毛頭ないし、悠斗も彼女に対して何か特別な感情を抱いていることはないのだが…やはりこうした特殊な状況下に置かれると思考も妙な方向に偏りそうになる。

 具体的に言うのなら、まるで当たり前かのような振る舞いで自宅にやってきた咲の距離感がやけに近いような気がして………。


(何を馬鹿なことを考えてるんだかな……あいつは昨日の礼がしたいってだけだろうし、無駄なことを考えてたら本羽にだって失礼だろ)


 …すぐにその思考を打ち切った。


 思わず彼女のぐいぐいと来る距離感の近さゆえに痛い勘違いをするところであったが、前提として彼らの間には断じて妙な感情は無いのだ。

 この一連の流れだって咲が悠斗に恩義を感じているから起こしてきた行動だというだけのことで、それ以上のことはない…はずなのだ。


 咲の真意が分からない以上は断定も出来ないが、少なくともこちらの勝手な思い込みで向こうに迷惑をかけるというのは一番あってはならないことだろう。

 互いの間に奇妙な縁が出来てしまったとしても、依然として関係性はただのクラスメイトの域を出ていないのだからその一線を踏み越えてはならない。


 …まぁひとまずそれについて考えるのは後回しということにしておいて、何にしても現在の悠斗の恰好では締まらないので全ては着替えてからだ。

 そう判断し、咲をリビングへと向かわせてからは彼も自らの部屋へと足を進めるのであった。




「待たせたな。…何してるんだ?」

『…現状確認。どこから掃除するべきか考えてた』

「…なるほど」


 一通りパジャマから着替えを済ませた悠斗はこれから掃除をすることも考慮して可能な限り動きやすい服装を選び、なおかつ汚れても問題がないシャツとを着用してきた。

 無地の生地ゆえに派手な印象も無いが、ここから行われる作業では格好の派手さなど不要であるし問題もない。


 なのでそのまま咲が待機しているだろうリビングへと足を踏み入れれば…真っ先に瞳をきょろきょろと動かしていた彼女の姿が視界に入ってきた。

 別にだからと言って何があるわけでもないのだが、その挙動が少し気になったので何をしているのかと尋ねてみれば部屋の汚れ具合を確認していたらしい。


『こっちのことはいい。…悠斗も着替え終わった?』

「おかげさまでな。掃除をするんだし動きやすいものがいいかと思ってこれにしてきたが…まぁ地味なもんだな」

『気にする必要も無い。そもそも今日は私も動きやすさ重視の服装。悠斗と同じ』

「ん、そうだったのか? …あぁ、言われてみれば確かに軽装かもな」


 と、そこまで言われて気が付いたが今の咲は悠斗と考えも似通ったものだったらしく、服装を汚れても問題ないもので揃えてきたと言う。

 …確かに、指摘されて見返して見れば咲の言う通り今日の彼女はどちらかと言えば服装は地味目だ。


 上は白の長袖シャツを一枚羽織った程度であり、下もズボン一枚しかないので見ようによっては寒そうにも見える。

 幸いにもここが暖房の効いた悠斗の家なため寒さ対策も万全だが、そうでなければこの時期の寒気に震えることになっていたに違いない。


『掃除するのに見た目を重視した服を選んでなんていられない。この家の中なら尚更』

「……なんか、すまん」

『…責めたわけじゃない。今はそうするのが最適っていうだけ』

「はい……」


 …しかしその次に放たれた言葉は明確に悠斗の胸を抉ってくるものであり、暗にここはお洒落すら出来ない空間だと言われた気がする。

 全て自分の責任とはいえ、流石にそこまで言われるとへこむ……なんて考えながら落ち込んでいればその雰囲気を悟られたのか、あわあわとした様子で咲にフォローをされてしまった。


 その気遣いによって悠斗が更なるダメージを食らってしまったのはここだけの話である。


『と、とにかく…今はそういう理由だからこれを着てきただけ』

「…理解した。でもそうだな……流石というかなんというか」

「………?」

「ん? 『何が?』って…いや、大したことでも無いけどさ」


 思わぬ形で精神面に傷を貰ってしまった悠斗であったが、そんなメンタルを一度持ち直させつつ顔を見上げ…しみじみといった様子で一言呟いた。

 ただ悠斗としては特に深い意図もなく、それだけの発言でしかなかったのだが…そこに咲が引っ掛かりを覚えたらしい。


 何が流石なのかということを問いかけてくる短い文言を見せてきた咲は、内心の疑問を表すように首をコテンと傾けている。

 …ただ、それに対する返答は実にシンプルだ。


「…こう言うのはあれかもしれないけど、やっぱり本羽ほど見た目が整ったやつなら何を着ても可愛いものなんだなと思ったんだよ。それだけ」

「…? ……!?」

「…いや、いたっ!? 何で急に叩いてくるんだよ!?」


 こともなげに訪れてきたがために意識もしていなかったが、今の彼女はその様相ゆえにスポーティな印象にも見て取れる。

 シャツとズボンという簡易的なファッションは、おそらく他の者が身に纏えばそれほど目立つことも無くむしろ地味な格好として映るだろう。


 …だというのに、今悠斗の目の前にいる少女はそんな常識など木っ端微塵に破壊してくる。

 もう何度語ったかも分からないくらいに人目を惹く容姿を持つ咲は、たとえシンプルさを追い求めた服装であったとしても十全以上に魅力を振りまいている。


 それどころか、ラフな格好であるからこそ彼女の自然体を晒してくれているようにも思えてきて…必死に意識でも逸らしていなければ思わず見惚れてしまいかねない。

 しかしそのようなことを悠斗が実感したことも事実であるため、素直に伝えれば…言葉の意味を理解したらしい咲が頬を赤らめた直後、ぽすぽすと彼の腹を近くにあったクッションで叩いてきた。


 …彼女の心情は分からないでもない。

 というのも、全ての原因は悠斗の言動にあるわけだが彼の褒め言葉は非常に選ぶ語彙がストレートなものである。


 普通こういう場面なら多少なりとも気恥ずかしがって下手なことは言えないと躊躇するものだろうと思わなくもないが、彼はその普通に当てはまらない。

 だがこれに関しては決して悠斗が女子との付き合いに慣れているだとか、扱い方を心得ているなんてことではない。


 簡潔に言ってしまえば彼が育てられてきた環境要因が大きく関わってきており、悠斗の両親によるところが大部分なのだ。

 …これは少し余談になってしまうが、悠斗の両親は母も父もとにかく仲が良い。


 それがどれほどのものかと問われれば、息子である彼が高校生となった今でも時折二人だけのデートに出かけていると言えば伝わるだろうか。

 実の子供である悠斗にしても仲の良さが一目瞭然である両親は、彼の幼少時代から随分と熱々だったようで…日頃から愛の言葉を囁くなんていうのも日常茶飯事であった。


 そうした環境下で育てられてきた結果、悠斗は刷り込みレベルで『対話相手の良いところがあったら躊躇わず褒めるべき』という習慣が身についてしまった。

 小さい頃からそれが普通だと認識していたため、ある程度常識を身に着けた今となってその癖は健在している。


 ゆえに今も咲の恰好全体を改めて観察し、素直に似合っていると感じたことと素材の良さも相まって可愛らしいということを伝えただけなのだが…伝えられた側がどう感じるかはまた別問題。

 なまじ言葉が直球なだけに曲解的な解釈も出来ず、言葉通りに受け取った咲は…ストレートな褒め言葉に羞恥心を刺激されたのか顔を俯かせながら小さな抵抗の意思を示しているようだった。


『……そういうこと、いきなり言ったら駄目。心臓に悪い』

「何で心臓の話なんて……本羽、もしかして照れてるのか?」

「…………」

「…いや、顔逸らさないでくれよ。何か言ってくれないと分からないだろ」

『…もういい。悠斗の馬鹿』


 なお、その後のやり取りを重ねてようやく咲が平常時の様子に戻ったのはそれから数分後の出来事である。


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