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小柄で寡黙な同級生はやけに懐いてくる  作者: 進道 拓真
第一章

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第九話 開いた鍵


 悠斗が思いついた案を実行に移すため、一度咲にも一緒に外へと出てもらうことにして彼らは()()()()へと赴いた。

 そこで詳しい経緯を説明し、こちらの身元を明らかにしたところで何とか借りられたものを持参して咲の自宅前へと戻った彼らの手には…一つの鍵が握られている。


「…それじゃ、開けてみてくれ」

「………」


 促すようにして告げられた悠斗の言葉に、咲も内心緊張したかのような面持ちを浮かべながらこくこくと頷いて返事を返す。

 流石に今ばかりは文字を打ち込んでやり取りをする余裕もないのか、恐る恐るといった様子で鍵穴へと手に持った鍵を差し込んでいき…ゆっくりと回し込む。


 そうすれば、今度は静けさに満ちていた廊下へと響き渡るガチャリという音が…何よりも如実に結果を示していた。


「……!」

「…良かった。問題なく開いたみたいだな」

『悠斗、凄い。まさか…マンションの()()()()()()を使うなんて思いつきもしなかった』

「いや、まぁ…俺も思いついたのは偶然だったけどな」


 先ほどまではどうにかして扉を開けられないだろうかと頭を悩ませていた課題。

 その根本的原因をたった一手で覆してみせた要因は他でもなく、咲の手に握られた小さな鍵。


 ──このマンション内における扉のマスターキーを管理者から借りてくる、というのが彼の考え付いた打開策であった。


 正直、思いついた後としてはこれほど単純で簡単な解決法も他にはない。

 そもそも二人して意識が『開けられなくなった家の鍵をどうするか』、『他の知り合いを頼れないか』という点に集中してしまっていたが…別にどうということも無い。


 開かなくなった扉が何であれ、ここがマンション内だという事実は変わらないのだから共有鍵でもあるマスターキーさえ使えれば簡単に開けられる話だったのだ。

 蓋を開けてみれば何とも気が抜けてしまうくらいに上手くいった作戦であったが、それでも悠斗が行動を急いだのは…現在がほとんど夜に等しい時間帯であったからというのが大きく影響している。


 他のマンションがどうかは知らないが、彼らの暮らすマンションでは管理者の人物が控えている時間は事前に決められているので既に帰ってしまったという可能性も十分にありえた。

 幸いなことに二人が訪ねた時にはまだ人影が見えていたので対応もしてもらえたが、あそこで誰もいなかったらと思うとゾッとする。


 …まぁいずれにしても、人がいたのならそこからはとんとん拍子だ。


 部屋の鍵を忘れてしまって入れなくなったという話を咲の補足も加えて説明させてもらい、念のためにとこちらの身元もしっかりと明かした上で部屋の鍵を渡してもらうことに成功した。

 結果、彼女の家の扉は問題なく開けられ……今こうして入ることが出来るようになったというわけだ。


「とりあえずほら、まず自分の鍵だけ回収してこい。これでまた取り忘れたとかになったら最悪なんてもんじゃないぞ」

『…分かった。少し取ってくるから待ってて』

「はいはい…ここで待ってるから、落ち着いて取ってきな」


 実に丸一日ぶりに目にすることが出来た自宅の光景に咲も感動でもしたのか、今度は興奮した様子で悠斗に近づいていたが…そうするよりもやらなければならないことが今は山積みだ。

 気持ちは理解できるが、物事の優先事項は見誤れないので心を鬼にして指示すればそのことを理解してくれたようで大人しく一人部屋へと入っていった。


(ふぅ……やっとこれで一段落か。なんか随分と長い時間かかった気がするな…)


 …と、そんな中で一人取り残された悠斗は…彼も彼で知らぬ間に疲れが蓄積していたのか、壁にもたれかかりながら人知れず溜め息をつく。

 咲と初めて対面してから丸一日と少し。そして異様な問題を彼女が抱えていると知ってしまってから約一時間………。


 時間にしてみればたったそれだけだというのに、体感ではもう一週間くらい奔走でもしていたのかというくらいに疲弊しているのだから不思議だ。

 おそらく、過ごしてきた時間に対してその密度があまりにも濃かったがゆえに起きた疲労感なのだろう。


 そうでなければ説明できないくらいに濃い時間だったので、予想としても大きく外れてはいないと思う。


(…ま、これで本羽との関わりもおしまいだ。同じ場所に住んでるってことを知った後だけど…わざわざ接触する必要もないだろうし、階も離れてるんだから会うことも無いだろ)


 しかしその一方で考えるのはやはり今度のことだ。

 これで騒動が一段落した以上、もう咲と悠斗がわざわざ関わり合いになる必要性は消える。


 この一件でお互いの家が限りなく近いという事実こそ明らかになってしまったが、だからと言って無理に接触することもないのだから。

 むしろ両者のプライベートを守ろうとするのであれば関わる方が悪手だとすら考えられる。


 それに…前提からしても咲の自宅がある場所はマンションの五階であり、悠斗の部屋は八階に位置している。

 加えて部屋のある方向もほとんど対角線上にも等しいので、狙って出会おうとしない限り会うことは無いはずだ。

 事実、今までは彼女の面影すら感じ取ることなく生活できていたのだから。


(向こうもそれは同じ考えだろうし、これで元の生活に戻るってだけの話だ。…だけど、部屋の掃除くらいはやっておこうかな。特に意味はないが…)


 この騒動さえ片付いてしまえば二人は元の日常へと戻って行き、この数日で生まれてしまった奇妙な縁もいずれ過去のものとして忘れていくだろう。

 それを悲しいとは思わない。


 元々住む世界が違うと思えるほどに咲は悠斗と比較しても多くの魅力に溢れていた少女だったし、そんな近くにいるのがこんなパッとしない男子だったら見劣りも良いところだ。

 悠斗自身もそんな展開は大して望んでもいないし、こうして近所に住んでいるという事実が少しおかしいだけ。


 最近の妙な巡り合わせによって生まれてしまった関わりだったが、ようやく心穏やかに過ごせる時間が戻ってくると思えば気楽なくらいである。


 …まぁ、今回の件を通じて流石に部屋の片づけくらいは着手しようかとも思ったが。

 今後誰かを自宅に招く予定など皆無ではあるものの、ここ数日のように突発的な事態から第三者が家にやってくるということもあるかもしれない。


 無いとは思いたいが、そうなった時にいちいち物が散乱した部屋の中を見せることになれば……恥をかくのは他ならぬ悠斗である。


 もう見られてしまった咲は仕方ないにしても、彼とて汚い自宅を見られて羞恥心を覚えないというわけではないのでこれを機に掃除をしようと考えをシフトさせていた。

 どれだけ時間がかかるか分からないし、どこから手を着けたら良いのかも不明な状態ではあるが…やらないよりは遥かにマシなので、手が空いたらやってみようなんてことを考えつつ悠斗は咲が出てくるのを待ち続けていたのであった。




(…ん、戻ってきたか)


 咲が部屋の中へと入ってから数分も経たないうちに、玄関付近からゴソゴソとした音が聞こえてきたので悠斗も考えに耽っていた意識を切り替える。

 すると予想通り、それまで閉じられていた玄関の扉は開け放たれて薄く笑みを浮かべた彼女が再び姿を現した。


『待たせた。もう大丈夫』

「それなら良かった。それで? しっかり鍵は回収できたのか?」

『ばっちり。今回はもう忘れてない』


 部屋から出てきた咲は無事に家に帰れたことですっかりモチベーションも回復したのか、その愛嬌のある顔立ちで凄まじいドヤ顔を浮かべていた。

 …そんな動作すらも絵になるほどに似合っているのだから、美少女というのはやはり反則だと言わざるを得ない。


「だったらこれで一件落着、だな。随分かかったが…」

『全部、悠斗のおかげ。ありがと』

「気にしなくていい…というか俺が勝手に首突っ込んだだけだし、感謝されるほどのことじゃないって」

『それでも。私は助けられたから、ちゃんとお礼は言う』

「…はいよ。ならその言葉は受け取っておく」


 いくつもの想定外を舞い込ませてきた時間であったが、これでいよいよ終幕といったところ。

 咲からは助力を受けたことに対する感謝を述べられてしまったが…そこについては悠斗も大したことをしたとは認識していないため、過剰な礼は不要だと伝えておいた。


 これに関しては心からの本心であり、むしろ今回のことを通じて気を遣われでもする方が嫌なので先に伝えておいたのだ。


 …ただ、向こうの立場を考えればそうもいかないことも理解はしている。

 どうしようもないと思っていたトラブルを解決するための一助を担い、ぶっきらぼうだったとはいえ彼の自宅まで使わせてもらっていたのだ。


 何も言わずに去るのはあまりにも恩知らずだと咲は考えたようで、力強く感謝していると伝えられてしまった。

 そこまで言われてしまえば悠斗も頑固な姿勢ばかり貫くわけにはいかず、最終的にはこちらが折れる形で折り合いがつけられた。


「じゃあ…今日はここまでだな。俺は管理室の人にマスターキーを返してくるから、本羽はもう家の中に戻ってていいぞ」

『…最後まで、ありがとう。この恩はちゃんと返す』

「そんな気にしなくていいってのに……期待しないで待ってるよ。じゃ、俺ももう行くぞ」

『うん。…またね』

「…? あぁ、じゃあな」


 意外にも見た目に反して責任感が強かったらしい咲はいつか恩を返すと言ってくれたが、まぁおそらくは社交辞令の一環に近いものだろう。

 今後接点がなくなることを考えれば彼女から礼をされる機会など消滅するに等しいし、その時には悠斗のことなど忘れているはずだ。


 なので深く考えることは無く、そのまま彼も足を進めて鍵を返すためにマンションの管理室へと向かって行った。



 …その後ろで悠斗の背中を見つめていた者が、うっすらと笑みを浮かべていたことは知る由もないまま。


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