5 均等分割法では解けない問題
承前 彼に採っては不能問題 4 愛情勾配問題
並んで坐っていただけに、お父さんの方を注視しただけ、出遅れた。奥津城さんの表情を改め見る、と、なんというか、後ろめたい? 済まなさそうな顔になっていた。
「欠点って……解る。解る、解るよ、だって、わたしだって、わたしが良いって思っちゃう。奏爾さんの一番が良いって、三等分――」
「待ちなさい待ちなさい。其処は当然だから。其処を混ぜるなって話だから。ちゃんとお前は混ぜないでいられるから。はい停止、口閉じなさい。で、一言返答な? 二等分は嫌なんだろう? はい終わり。口閉じてなさい」
こっくん返答しながら口も開け掛けていたので。しかし、反論口が三だったら如何したら?
「其処はお父さんとおんなじ。お母さんともな。恋人分割なんかできると思っていたら、離婚してないだろう?」
奥津城さん達への問であったこともあり、要配慮問題から、空惚け顔、は無理があったかもしれないが、少なくとも、口を閉じてはいられた。赤裸々に娘さんから聴いてしまっている。元奥さんは、再婚している。
「莉音のことで困っている辺り、奏爾君もこの辺の価値観は一緒だろうし」
困るの部分は否定したかったが。
「過分な気持ちを頂いて…… その、嫌とは申しませんが」
亦、手を取り合って此方をじっとみつめてくる表情には、確かに困惑するところがないでもない。同じ表情をしている。気持ちも二人で同じだとしたら?
「自分は既に、いえ、順番の問題ではないのですが、奥津城さんを、奥津城さんしか考えられないものですから」
歓声が挙がっている辺りが解らない。え、と、その、これは、莉音さんを……振るというようなことを言ってしまった筈なのだが、頬を染めているのが二人。仲良く手を取り合って。なんか、抱き合いそうだぞ。
「あー、奏爾君、誤解はしてないが、全く以て誤解はしていないが、明歌のこと、名前で呼んでくれないか?」
あ。
「いや、誤解はしていないからな? きちんと明歌のことだって解っていて、それで、明歌も莉音もあの態度だからな?」
そうなのか? 改めて――配置が悪かったか、真剣に拝聴すると如何しても父娘の一方しか表情を聢と捉えられなくなる――奥津城さんを見る、と、これは解る、期待されている。しかし、全く同じ表情ではないとはいえ、その真横の顔も、やっぱり期待なんだろう辺りが……
「……明歌さん」
はっきり噛んだ。情けない声だったというのに。お父さんの最前の言葉を噛み締める。至福と言ったか。しかし、きっとこの心地には叶うまい。と、思う。本当に。しかし、その、莉音さん? いや、奥津城さんも、だ。あの、二人で抱き合うのは、その、やはり、疑問は懐いてしまうのだが。そして、お父さんも、その、娘を誑かすやらで忿りを買う方が――いや、やはり、其方の方が困るか。とは雖も、如何にも、好い笑顔ですね?
「……いや、申し訳無い」
こほんと咳払い。
「いえ」
「いや、まぁ、二人で仲良くしてくれていると本当に嬉しくてね。ほら、幼いときに片親家庭にしてしまって、お婆ちゃん――祖母に、幼かったときは特によくしてもらって、二人もよく懐いてくれているんだが」
その辺りも聞いていたので、軽く相槌を打つ。
「家を開けがちな自分としてはね、二人が仲好しなのが、本当に嬉しくてね」
それはそうだ。自分とて、二人の絆に罅でも入ってしまったらと、この件を考えて考えて考えたときに、そんな事態を引き起こすかもしれないと思い至ったときには、戦慄したのだ。だから、今二人が仲好し仕草を見せていることは誠に喜ばしい。とは思う。
「あぁ、そうだ」
言って、娘を眺めて亦相好を崩したが、ふむ、と思案顔。
「明歌、これからは、抱き付く先は奏爾君にしなさい」
え、と、未だ抱き合っていた姉妹が、揃って。それから、一層固まった。
「む、無理」
「頑張って。お姉ちゃん」
言う妹さんも張り付いているが。
「そうだ、頑張れ頑張れ、お姉ちゃん」
とは、お父さん。
「その方が、莉音も早く諦められるだろう? 莉音、淋しいけど、応援できるよな?」
「うん、頑張って、お姉ちゃん」
ひしっと、一層に。きっと、喜怒哀楽のどれでも、この姉妹はくっつく、とは、もう学習できた。と思う。
「どれ。莉音こっち来い」
一人、一人掛けソファに坐っていたお父さんが立ち上がった。それを見た奥津城さんが、未だ強固になる余地があったと周囲に知らしめた。
「嫌だ」
は、お姉さん側で。妹さんが父親の方に同意したとしても、これでは無理だし、ややあってから「だよね」とも。受けて、お父さんが此方を見る。いや、俺が移動するに嫌は無いんですが。はっきり、お父さんの要求は、俺も無理なので、位置交換に嫌は全く無いんですが。
「その、俺、動いて良いんですか」
お父さん、娘さんと俺を交互に見遣ってから。
「俺、何したかったんだった?」
答えて宜しいんでしょうか。という以前に、奥津城さんが俺に、と口に出せようもなく。
「その、俺と席、交換します?」
「だっただった」
しまった、坐られてしまった。
「俺が一人こっちいないと、亦誤解発言が出てきそうだ。莉音こっちこいって。お父さんの膝の上、如何だ?」
「お姉ちゃんの方が良い」
「莉音の方が良い」
「明歌に言ってないって。お前はだから、奏爾君に――」
「無理っ」
「お父さん、本当にお姉ちゃんわたしから離す気無くない?」
「あるんだがなぁ。でも確かに、未だ娘はやらんって、やってないしなぁ。それ言ってからにするか」
え。
驚いた俺に、揶ら気な顔を向けてきた。それで冗談だと解る。いや、だと良いとの俺の願望か。
「様式美様式美。さっきのとんでも発言の後じゃ極まらんからな。後日やろう。奏爾君に、お父さんだって格好好いって、明歌が惚れ直ちゃうって感じで、びしっと極めてきてくれ」
その、諾って良いものだろうか、というか、以前に、この要求を俺が呑むのは能力的に無理がある。
「お父さん酷い」
先刻の返しと違い、今の莉音さんの声には色が乗っている。
「わたしが頑張って……ってやってても、でも、それじゃ、そのとき、亦好きになっちゃうじゃない」
「あー、だったら」
「莉音だっていなきゃ駄目だからね。だって、わたしが大好きで大好きで大好きな人なんだから莉音だってお父さんだって好きになって――ごめんごめん、でも、でも」
「解るよお姉ちゃん、ごめんね」
「謝らないで、でも、ごめんね、大好きなの」
其処からは、その、なんというか、あわあわ男二人で、抱きしめ合い謝り合い慰め(?)合い姉妹を、おたおたみつめて見守っていたというか。お父さん、これ如何したら? 仲好しだろう? ですね。でも泣いていません? それな。可愛いんだけど、可哀想ってもなぁ。でも、泣かせてやってくれない? 莉音、今君に引導渡されちゃったところだし。済みません。
「あー、謝らない謝らない、言ったろ? 此処でにやけてたら、本当に、絶対に、極めてきてたって、娘はやらんっ、応対だ。それに明歌の方だって、本当にこれからは、泣き付く先、君になっちゃうんだなぁ、って思うと、これで最後なら、も、ずっとやらしておくか?」
いや、俺に相談されても。
「泣かせません」
「聞こえるように言ってやんなって」
にこにこと。そして、顎刳り。
「莉音の方だって嬉し涙ってのも混じってるしな。お姉ちゃん良かったねって、聞こえてない?」
流石という可きであろう。俺達以上にひそひそ声になっているので、俺は何を言っているのか解らず、互いに非常に親密に声を掛け合っているとしか解らない。
「この儘二人で浸ってたら、序でに三人誤解の方も解けそうだし。もう少し泣かせとくか。奏爾君、喰わない? おもたせで、ってか、亦持ってきてくれて有難な」
「いえ」
うーむ。完全に意識外しているな。その、俺の視線を辿ったのか。
「大丈夫大丈夫。まぁ、やっぱりね、この前君来たときから、ちょっと、互いに微妙な感じだったから、その反動だろうよ。うちの好物っては解ってんだろうけど、君の方は?」
「そうですね」
お父さんと違い、姉妹から完全に眼は離せないながらも、土産にも視線を流す。既に、紙箱が開かれ、中の菓子が覗いている。
「いや、ほんと解っているねぇ。お土産なら大体詰め合わせとかバラエティパックにするところなのに」
「その辺は奥津城さんから沢山、御家族の愉しいこととして聞かせて頂いたので。私は一人子ですから、実のところ、兄弟での取り合いなどは、少し羨ましく思っていたのですが、取り合いにもならないんですよね?」
「まぁ、其処はね」
声が更に潜まった。ちょいちょいと招かれたので、ローテーブルに身を乗り出させた。
「お姉ちゃんが実のところ、ってとこ」
成程。ありそうだ。向こうが姿勢を元に戻したのに併せて此方も戻す。
「だから、まぁねぇ、ちゃんと、君は譲れないって言えたのは良いことだと思っているよ」
成程。とはいえ。
「済みません。その、奥津城さんからして、過分な――」
「はいはい、謝らない謝らない。俺達迄あやまりっこしてたら収集付かない」
未だやってるしなぁ。しかし、放置で良いのか? 立ち上がったお父さん、姉妹完全スルーでリビングを出ていってしまう。その背から一塊となってる姉妹に視線を戻す。嫌な言い合いではないことぐらいは見て取れる。秘めやか声である所為もあってか、結構早口になっているのに、言葉尻の取り合い合戦にもなっているのに、未だ先が見えない感じだ。他の人なら疾っくに息切れしている――らしい。
知らず感慨深く眺めてしまっているうちにもお父さんが――しまった、いや、客となってる身で、皿出しの手伝いなぞは時期尚早というものか。
「そりゃさ、確かに、俺だって恥ずかしながらも苺が一番好きなんだけど」
言いながらフルーツタルト、いや、苺オンリータルトを、俺の前に置かれた皿の上にも乗せてくれた。しかし、それとお父さん側の皿にだけだ。未だ未だ先は長いというという意味なのか。経験則に倣うとするか?
「明歌と莉音が一番好きなの喰ってる方が断然に美味しいって、解ってないのかなぁ、うちの子供達」
言って、苺一粒先に一口。含んで実に美味しそうな顔に成る。
「お父さんも一番好きなものを食べていたら、もっと美味しいって思っているのでは」
「そうだけどね。奏爾君は左党だろ?」
「ですけど、甘味も嫌いじゃないです」
「まぁ、これからは、呑む方にも連れていきなよ。いつ迄も親に報告できるデートばっかってのもねぇ。明歌もいける口だし」
つい、食べるか迷っていたタルトを一気喰いしてしまった。はっきり一粒摘む方が難しいのだ。
「あの、お父さんは呑まれませんよね?」
「うちじゃね、外じゃばかすか呑んでるよ。左党右党どっちも派。何ならこれつまみでもいける口。でも、まぁ、ほら、うちは、うわあぁ、やっと実感してきた。そうだよな、そりゃそうだ、もう、莉音だって、呑んで良い歳だよ、びっくりだな、そりゃ、お嬢さんをっての喰らう訳だよ。だよな。ってもなぁ」
タルトをちょこちょこ食べながらではあったが。食べ終わり、終わってしまった。美味顔が真剣顔に移行する。そして、姉妹をみつめ、真剣顔をきっちりと、向けてきた。知らず、背筋が伸びた。
「奏爾君」
「はい」
「もうちょっと、あれ、やらしといてくれない?」
考える。
「年単位の話でしょうか」
「駄目?」
「いえ、年単位ならば、了解しました。賛成します」
「あれ?」
「でも、分単位なら構いませんが、時間単位となると、少し、問題ありませんか? 実のところ、私も――いえ、あの、あの姿勢には全く全く全く以て異なる姿勢ではありますが――」
「はいはい、焦らない。何?」
「すみません。実のところ、実感は全くありませんが、その、前に、指摘されたことがありまして」
「はいはい、どうどう、何?」
「はい、済みません。実のところ、全く以て実感は無いのですが、その」
お読みくださり有難うございます。
束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。
はっやいなー、次回でもう終わり。
承後 彼に採っては不能問題 6 推論過程は何だったのか