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4 愛情勾配問題

承前 彼に採っては不能問題 3 雉犬算

「わたしが考えなしだったのよ。わたしがこんなに大好きなんだもの、好きになるって解ってなきゃならなかったのに」

 いや、それは考えない方が当然だろう。とはいえ、自分も、反対の、負の側の感情では考えていたのだ、というのが、口出ししないというか、出来ない理由ではないが。莉音(りね)さんが口を開く、のに、反対口を期待しては流石に薄情さで情けなくなるが、何と言えば良いものか。

「お姉ちゃん、それ――」

「三等分なんて絶対できないのに、家に連れてきて」

 重なった声の、奥津城(おくつき)さんの言葉の方を明瞭に捕らえたのは、奥津城さんの声の方が大きく、明瞭だったからという理由ばかりではない。今、二等分と言わなかったか?

 いや、待て。違う。

「お姉ちゃん、今、三人って言った?」

「うん」

 奥津城さん…… 至極当然顔で聞き返す辺り……いや、大丈夫だ、莉音さんは、聞き返した。三人の方を、だ。そして、お父さんは、逃げていた。何処か遠くを見遣っている姿に、申し訳ありません、と、言い掛けたが、誤解を招くに違い無いと思い留まれた。

「その、三人って」

「わたしでしょ? それと、ごめんね、ごめんね、ほんとに本当に、ごめん、莉音にお父さん」

「……明歌(さやか)

 黄昏ていたお父さん、有難うございます、それでも、疲れたような声で奥津城さんに。

「ごめんね、ごめんなさい、お父さん」

「いや、明歌、謝り処が間違っているから。お父さんは抜いて良いからな、あ、いや、いつもの遠慮じゃないぞ、本当に、本当に、俺は数に入れるなって話で」

「え、お父さん、まさか奏爾(そうじ)さん嫌いなんてことじゃ」

「あぁ、嫌い――いやいや、奏爾君が嫌いという訳じゃないが好きと言うのじゃないぞ間違えるな其処は絶対に間違えるな奏爾君が誤解するからなちょっと冷静になろうな明歌」

 加速度が凄いことになっているが、安堵した。良かった。似たもの家族であるというが、確かに似ているところはあるが、三なんて数は奥津城さん一人だけだ。

「お姉ちゃん、お姉ちゃんが好きな人、好きになっちゃったわたしが言うことじゃないけど、流石に、それは無いから。ちょっと、お父さんが可哀想だから」

「遠慮させて可哀想――」

「じゃないじゃない全く違う。全く、お前、変なとこ節理に似たな」

「お母さん?」

「そうだよ。で、落ち着いたか? はっきり言うなら、いや、その前に、全員落ち着こうか。(すわ)ろうか。奏爾君も、その、娘が失礼したというか、いや、何というか、その、失礼した、嫌いというのじゃ、ないぞ。はっきり、まぁ、未だ初対面同然も良いところだが、既に明歌からたっぷり聞いてきたし、その、何だ、好いのを――いや、だから、誤解だからな――」

「解っています解っています。その、まずは、その、坐らせて頂きますので、其方も、その、坐らせて頂きますね。此処で、良いでしょうか」

「あぁ。明歌、言うな、何も。まずはお父さんに、話をさせてくれ。良いな」

 口に手を充て、こっくん、と。莉音さん迄。確かに、その仕草はよく似ていて、お父さんが笑みを浮かべる、が、俺へと顔向きを変えたときには、苦笑いへと変わっていた。

「全く。可怪(おか)しなことになったな。普通なら、此処で、娘二人を(たぶら)かすなんて、と忿(いか)る処なのに――」

「申し訳ありません」

「ん?」

 笑みが引込んだ。

「誑かした自覚はあると?」

 真剣な表情に、如何答えたものか。真剣な応えをする心積もりはあるが。「今はお父さんが話す番だから」と、口を挟もうとしてくれたんだろう、奥津城さんと妹さんに声を掛けてくれている間に、回答を纏めてみる。

「奥津城さんとは、真面目に、真剣に、私の可能な限りではありますが、出来ることならば、可能なんてぶっちぎれ、という想いでおつきあいさせて頂いています」

「でも?」

「はい。妹さんのことは、この前会ったときに、その、気付きはしました。もしかしたら、と、その……」

 言い淀む。と、お父さんが、表情を緩めてくれた。

「まあねぇ、思わないよなぁ。はっきり緊張しただろう? 俺と会うってところで」

「はい」

「だよなぁ。解ってなきゃいけなかった、って、無い無い、妹も会ったら、俺に惚れちゃうぜって、そんな奴だったら、抑々、うちに連れてこさせてないって。でも、よく気付いたね?」

 少し、鋭くなった。

「その、それは、その、やはり、奥津城さんとよく似ていたもので」

「そうか? まぁ、確かにな、結局同じのに、って、待ちなさい、明歌、今、お前、お母さんに似たなぁ、って、思ってるところなんだから。それだけでも誤解だって解るだろう? 俺はお前達のお母さんを好きになって、結婚して、お前達が生まれてきてくれたんだ。この奏爾君が、お母さんと似ているか? 似てないだろう」

 こくこくと、未だ口を塞ぎながら二人して。

「納得したか? もう良いぞ」

「訊いても良い?」

 先に莉音さん。お父さんはこっくり返答。仕草は、似てる、うん。

「お母さんとお姉ちゃんが似てるって? ほんと? 何処が?」

「うーん」

 妹さんでなく、俺と奥津城さんを交互に見遣る。

「そうだな、如何せ、近いうちにお嬢さんを下さいって、やられそうだから、話しとくか。お母さんとの離婚理由。先に言っておくが、お母さん、お前達のこと、大好きだったぞ、本当に、本当に、今だって大好きだからな」

 には、こっくり返答が些か、いや、かなり鈍ったが。

「その上で、だ。俺がお前達を大好きだってことで、その、少々問題があった訳だ。俺は節理――お母さんのことも大好きだった。今だって大好きだよ。でもな、繰り返すが、お母さんがお前達を大好きだってことは忘れないで欲しいんだが、お母さんは、俺に、一番に好きになって欲しかったんだ」

 さて。子供の前だからこそ、とは反対方向にも向き易いとも思うが、お父さんは、(てら)いない。これで愛情が伝わっていないとは思い難い。同じ思いなのか、姉妹も小頸を傾げている。秒角度迄一致しそうだと思いながら、先に言う可きことがあったと思い出す。

「私が聞いて良いものでしょうか」

「上司じゃないんだから、砕けて良いよ。今言っただろう? その気が全く無いなら、席外してもらうけど、如何する?」

 最前の言を思い起こし、頷いてから、言葉にもする。

「聴かせて頂きます」

 と、奥津城さんが――しまった、先走ってしまった。しかし、何故だろう、莉音さんも赤くなっている。というか、何故、二人で手を取り合っている。

「はい其処、(はしゃ)がない。今、お父さんの離婚原因を語っているところだからね、こんな娘と結婚したら怖いぞって、語る場面だからね。パパ酷いって抗議するシーンだ」

「お父さん酷い」

 平板に妹さん。

「奏爾さんの何処が悪いっていうのよ」

 少しは感情があるかもお姉さん。

「娘に連れてこられた男ってだけで父親には難癖吐ける権利が生じるもんだ。で、真面目な話。欠点挙げるのは、明歌の方かもしれないよ。お母さんによく似ているなら、先に、夫になる――はい、躁がない躁がない、Cだって心得ておきなさい。二人共、子供、欲しいだろう、だから、躁がない」

 躁ぐではなく、赤くなって黙っているが。同じ状態だろう自分がそうと指摘できる筈も無く。

「静粛に静粛に、御静聴願います。話すぞ、聞きなさい。まず、と、まず、前提として、お母さんは、二人のこと大好きだから、其処は大前提として聴きなさい」

 繰り返しは、言い難い訳ではないのだろう。既に、結論らしきものだって語っていることでもあり。

「そして俺がお前達を好きなのも、まぁ、当然のことだしな、お母さんも承知で、よく知っている。そりゃ、解るよな。節理を大好きで大好きで、だから結婚して、だから産んでくれた子供なんだから、お前達が生まれてきてくれたときは、もう、号泣したぞ。嬉しくて堪らなくて、可愛いくて堪らなくて、節理に感謝の余りに抱き締めたくなって看護師さん達に止められて」

 今度はお父さんとの類似が出た。頬笑まし気な表情が似ているのは、奥津城さんは、もしかしたら莉音さんの出生時――は無理があるか? 出生時でなくても、莉音さんが赤ん坊時代の、莉音さんに対するお父さんの記憶はあるのかもしれない。莉音さんの方は、頬笑んではいるが、回想的な感慨は面に表れていないようで、微妙な違いがある。しかし、嘆息で、三人家族の笑みが消えた。

「こっからが解らないんだよなぁ。本当に、本当に、節理もお前達が大好きなんだ。俺がお前達を大好きだってのも喜んでいる。喜ぶよな? 嬉しいよな? 大好きな節理が、お前達二人を好きだって抱き締めていて、抱き締められたお前達も躁いでて、至福とはこういうことかって、いや、もっともっととんでもない幸せって、ってときに、節理が言ってきたんだよ」

 嘆息、後、視線は俺を一番に据えた。

「自分の方を好きじゃないのって。解る?」

 考える。

「その、とても」

 元、とは冠さない方が良いだろう。

「奥様を愛されていたように思うのですか」

 力強い頸肯を挟んで。

「あぁ、愛していた。別れた今だって愛している。節理も解っている。伝わっているんだよ、実に正確に。俺は節理も明歌も莉音も愛している。それで、それじゃ駄目だってな。もう、散々散々説明してもらって、まぁ、理解はしたよ。でも今だって納得しちゃいない。結婚した当初は、というか、離婚する迄は、いや、離婚した後もか、仕事人間って言われるぐらい労働時間は長かったから、仕事とあたしとどっちが大事って、あれな、あの有名台詞喰らったぐらいなら、全然構わなかったんだよ。そんなの家族の方が断然に大事だって、悩む暇無く断言できる。でもな? 子供と妻とどっちが大事、って、どっちも以外の答ってある?」

 真剣に投げられた言葉の解明に時間が掛かった。問の究明にはより多く。

「奥様の子供――」

「それな」

 被せられて、配慮を忘れて思考の儘に(こぼ)してしまったことを知る始末ときた。

「解る解る。大丈夫。それなら、俺だって、納得できなくもない。ちゃーんと、節理の子。疑われるなら、俺。っても、無理か。もうな、日々張り付いていたもんなぁ。お腹が大きくなってくの、観察記録採る勢いで。元からの美人が益々綺麗になってく課程だろう? なのに、あんまり写真とか撮らしてくれなくてなぁ」

 安堵しつつも、失礼な問い掛けを喜々としての語りで()なしてくれたことに、頭を下げた。

「本当に解らなくてね。これが自分の子供じゃないとなったら、まあ、結構理解は出来なくもない。自分の子供でも、子供嫌いなら、これだって、理解に努められなくもない。それなら、抑々(そもそも)作らない? 実際産んでみたら違っていたとかな、本当に考えたんだよ。理解に努めた。でも、子供が嫌いな訳じゃない。それは、明歌だけじゃなくて、莉音産んでくれたことで解るよな? 生まれてくるの、二人して、いや、三人でわくわくして待っていたよ。明歌が生まれてきてくれたから、もう、愛惜しくてならない子が増えるって、待望して、待望していた以上の喜びを齎してくれた。そんな中で、さ、あたしと子供とどっちが大事? あたしが一番じゃないのって――おい、明歌?」


お読みくださり有難うございます。

束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。


承後 彼に採っては不能問題 5 均等分割法で解けない問題

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