1 問題提議
主人公の口がかったいが、さくっと書いたんで、さくさくっと読んで欲しいな、と( ^~^)ξ <~>
きょろっと、入り口付近しか見渡せもしない店内を、それでも見渡した後、スマホを取り出すが、そのタイミングで、店員だろう人が声を掛けてきてくれた。待ったといえる時ではないのに、待たせたことの詫びを丁寧至極で述べてから。
「予約してくださった方でしょうか」
ということなのだろう。
「済みません、たぶん。演木で入ってます?」
「はい。先にいらしてますよ。此方、御案内しますね」
安堵の息で続いていくと、店の質とそぐわない、ひらひら手振りで演木に迎えられた。取り敢えずの料理屋での一連の行為を執り行い(とはいえ、注文も演木が終えていたが)、店員(確定)が去ってから、抗議の意を顔に乗せる。相談に乗って欲しいと頼み事をしているのは此方であり、店の選定の果ての予約取り迄してもらったといえども、料亭(か?)個室を張り込むとは何事だ。いや、相談事は一大事という内容ではあるが。
「や、内緒話っていうから」
あぁ、そうか。
「そうか、済まん、短絡的だった」
「っても、本気の内緒話だったら却ってこういう、奈何にもってところは避けろなんだけどな」
「そうなのか?」
「らしいよ。如何する? だったらうち来るか?」
「あ、いや、悪かった。俺としては、一大事だが、客観的に観るならば、」
「奥津城さんのことだろ」
些か揶うような言にしっかり首肯を返す。
「あぁ。それに、秘密というのも、客観的ならば、一大事とは言えないとは思うが、今更ながらで悪いが、確認を採るなんて失礼をして本当に悪いが、悪いが、やはり、一人の女性の名誉に関わることだから」
「おや」
笑顔は消えないが。
「なら、待った、だ」
口元で人差し指を立て、立てた手とは反対の手で戸口を差すと、ノック。自分の意気込みに気付いて、態と胸元に手をやった。普段、喋りつける質でないと、こういうときに困るのだ。一端喋るとなると止まり処を無くす。改めて、その点全く反対な演木に感謝を捧げながら、配膳を見守る。その、有難い友人ときたら、配膳者に、料理のことも交えて、自分から観ると、既に社交という域にも達している会話を交わしているのだから、見事でしかない。
「張り込んだ甲斐が無くならんよーに、まず喰おう。聞いてたよな? 出来たら直ぐ持ってきてくれることにしたから、内緒話は、その後で。おっけー?」
肯定。
「その、相談料といったら失礼かもしれないが、奢らせてくれるか」
「端からそのつもり。だから、張り込んだ」
「そうか。有難う」
実際に演木が箸を付けたのに倣って、同じのを。懐石っぽいが、っぽいだし、フレンチフルコース等よりかは、食事最優先でない融通が効くのだろう。
「全く。少しは文句言えって」
「今、俺が文句を言う可きところがあったか?」
「あるよー。勝手に奢り決定。はっきり高いぞ、此処」
「俺の相談事に合わせてくれたんだろう?」
はっきりというなら、はっきり奢った食事に見合う舌の持ち合わせはないが、演木にはあるのかもしれないことでもある。ちゃんと個室となっている室内に眼を一巡させる。装飾を眼で味わう感性も持ち合わせていないが、二人で占有してしまうには勿体無い空間があることは充分に見て取れる。
「出たよ、生きた性善説。まさか。あの彼女さん絡みなら、一事が万事お前に採っちゃ一大事」
頷く。
「って自覚してんのも俺知ってるけど、けど、普段表情って何それ美味しいの人間のお前が、表情あったね人間に豹変するのも知ってる訳だよ」
頷く。
「だったら、すっげー深刻悩んでます声聞いたところで、あぁ、彼女さんのことかいって当たりは付くけど、内緒話って聞いたところで、今、お前も言ったろ? 客観的見りゃ」
頷く。
「だから、まさか、だろ? まさか、一人の女の不名誉問題なんて出てくるとは思えないって。まさか、彼女がお前なんか好きに成ったのが不名誉だなんて言わないよな」
頸を漸く縦以外に振った。
「全く思っていないとは言えないが、奥津城さんの……自発行為というか、その、感情な訳だから、その、彼女自身が、選んでというか、選択してくれたというか、思ってくれた心情を疑うというか否定するのは、それはそれで失礼な行為だと俺は思うから」
それに、疑えないということもある。彼女を知る前ならば、疑っていたかもしれない。けれど、思い出す。繰り返し幾度も彷彿とする。蘇る。実際のところ、あのときの彼女自身は思い出せていないのかもしれない。実際には、しっかりと見るという行為も採っていなかったのかもしれない。俯いていた、とは後に成って、我に返ってから、いや、未だ返っていないのかもしれない。それなら、ずっと、返るときがこないと良い。そう思ってしまうが。
想いを振り払うように、敢えて亦頸を振った。
「でも、近い」
「あ? お前、今更。一年、は疾っくに過ぎたよな?」
亦、縦振りへと返る。
「まさかってんなら、っても、これも今更じゃあるけどな、まさかの新たなる男参上?」
頸は横に振ることができた。今更というならば、確かに今更で、附き合うことになってから知ったというのが、俺の人間関係の薄情さをよく顕しているが、顧みれば、それ以前より、彼女のことは、頻々に耳にしていた。きっと、三年近くにもなる前に遡れる。彼女がうちの会社に入ってきてから、ずっと、騒がれていた筈だ。
「違うが、でも、近い」
漸くというなら、漸く揶い顔に変化があったが。
「でも、繰り返して申し訳無いが」
戸口に顔を遣る。
「おっけー。まずはのその憔悴顔を直さないとな」
「そう見えるか?」
「彼女さん言わんかった?」
「……気付く、は、そうだよな、気付くよな……」
「つまり、言ってないね。ま、喰え。食欲無くてもな」
首肯した。
♡♡♡
「ってか、お前、よく気付いたな。間違い無いか? 問題は其処だ」
喋り付けてしまってから得たのは、まずはの感想と、確かに焦点だった。
「無いって思いたい分、ずっと検証していた。奥津城さんを知る前だったら、絶対に解らなかったが、でも……間違い無い……筈だ」
「そんな似てるんだ?」
「外見自体なら、そっくりとは言えないかもしれない。四歳って、年齢差もある。でも、表情が、本当に酷似している」
「はぁ、恋愛って素晴らしいね? お前が人の顔見て其処迄断言できるとは」
「奥津城さんだけだが」
奥津城さんが言っていた程には、性差や年齢差を鑑みた上でも、父親はそっくりさんでは無かったが。きっと、親が離婚した後に奥津城さんが似せていった部分もあるんじゃないか。
――疎外感があったんじゃないかって。
娘二人が父親似で、三人なら阿吽の呼吸で生活が進む。言ってしまえば母親事由で離婚が成立し、母親の面会権も母親側が直様行使しなくなったと、そうした母親への心情も露わに話してくれたこともあり、そんな憶測もしていた。実際のところは、父親に会った以降の今と成っても憶測の域を出ない儘だが、この憶測が正しいならば、妹さんの方も奥津城さんと同じ思いをし、同じ行動をしただろうという推測はもっと高率でいけると思う。
ともあれ、そっくり家族と聞いていただけ、安心はしていたのだ。全く以て僥倖なことに、奥津城さんは俺のことを好きになってくれた。
――びっくりするぐらいに、そっくりなの。みんな好きなものが一緒で、取り合いにもならないよ。
そうと充分に解っているから、例えば、自分達が家族にお土産を買ってくるときは、同じものをきちんと三つ取り揃えられるものにするか、共有できるものと決まっている。そうと儘にならない自分達以外からのものなら、順番に。そっくりというなら、みんな、取り分け、お父さんは遠慮するのでは、と、思ったが、やはり、三人遠慮の遠慮の末に、順番にと決まったそうだ。そんな、好みも一緒の仲良し家族ならば、少なくとも、不快な人物とは、思わないでくれるのではないかとの思いで会いにいけた。
「まぁ、結婚を取り止めるは良いとして」
「いや――」
「そういう雰囲気はあったんだろ?」
肯定。
「止めるは其処迄にしとけ。一足飛びに別れるはねーよ」
「でも――」
「まさか、妹に乗り換えるなんて訳じゃねーよな」
「なんの冗談だ」
「だろう? だったら、現状維持しかねーよ。妹が熱を下げるのを待つ」
頷く。
「やはり、そうなるか」
「なる」
「なら、やはり、別れないと」
「待て。何でそーなる」
「そう、なるだろう? つまり、やっぱり、その、奥津城さんが、俺を、その、好きに成らなくなることもあるということだから」
自分で口にしておいて、本当に何の冗談かと思う。冗談を頃合いに口にできない自分の性が祟ったのかとさえ。でも、覚えている。思い出す。いや、はっきりとした表情は覚えていないのかもしれないが。
何というか、鮮やかな人々かいる。演木もそうで、俺が観ると、殆どの人がそう観えなくもない。とても、生きることに、何というか、鮮やかな。不思議に思い、もしかしたら、自分には見ることのできないものが、彼等には見えているのかもしれない。漠然とそんなことを思っていた。奥津城さんを知る前は。きっと、彼等はこうしたものが日々見えているから、いや、一度でも充分に、奥津城さんを眼に映す都度、実際に目の当たりにせずとも想えば見ること叶う、この……
何というか、二度目というのは、違うが、俯いたところは、きっと同じで。いや、違う、奥津城さんは、その、もっと、前からで、酷いことに、全く気が付かず、全く最低なことに、その、あのときでも、全く、唯、こんな……そう、鮮やかな、きっと、人が美しいとか可愛いとか、いや、そんなものじゃ足りない、とてつもないものを見ることができるから、いや、あんなものを人々が日々眼に映すことができるとは全く以て思えないが、いや、とにかく最低は自分で、唯一向に魅入った儘で、聞くことすらも……とにかく、とんでもないものだと思えたのも、多分、懼らく、二度目の言葉だったのかもしれなくて、そして、言葉と思えたのは、最低なことに三度目、かもしれなくて、そして、意味を成したのは、もう最低の底抜け状態で何度目だったのか。
それ以前の恋愛経験値が零と雖も、直接告白して交際するというのが稀であり、行うとしても低年齢層が行うこととは知っていたというのに、二十三にもなった女性に、一体何をさせたと自身を叱咤させているというのに、殊ある毎に、無くとも思い描いてしまうのだから、度し難い。全く以て、新たな日々を迎えるというのが有難く、日々刻々という程に、感謝を捧げたくなる彼女の、彼女に纏わる悉くが、より得難く、より有難くなって増えているというのに、いや、だからこそか、最初の彼女は忘れ難い。いや、忘れたくもなし、忘れることなんてあり得ない。
語義に悖って最低というのは、底が無いものか。最低なことに、最初、なのだ。思いは否定を望むが、やはり、確たる記憶としては、あのときが最初だ。
恐ろしいことに姿は見掛けていたとはいえる。名前も付けず、別する必要が出来て後に個体識別すれば良い、自分の二年後に入ってきた後輩の一人との思いしか抱いていなかったというのだから自分が信じられないが、よくよく考えなくとも、奥津城さんの話の中で出てきたから、今は後輩を個別化できているのだから、全く可怪しなことではない。更に恐ろしいことに、自分のところの部所は、研修中の新人が置かれることはないが、挨拶周り以上の用件で新人が連れてこられることはあるのだから、可能性としてなら、言葉を交わしたこととてあったかもしれない。あの声迄聞いて忘れるか、と思うが、しかし、鑑みれば、奥津城さんは、割合早々に、俺を、その、意識してくれたというのだから、気の利く男なら、いや、殊更恋愛に長けたという男で無くとも気付く振る舞いをしていた可能性は結構高率にある、とは思い難いが。しかし、鈍感この上無い男だったからこそ、直截に、偸閑な、その、アプローチを採ってくれたということだって……ありそうではある。
当然ながら、妹さんが、鈍感男には有難い、明瞭な言辞を口にした訳ではない。それでも、あれ? ぐらいは、割合早々に莉音さんに対して思った。遅れてごめんとの開口一番の声は聞くに心地好く(といっても、決して、その後が聞き苦しかったというものではないが)、それこそ彼女の自宅であり、会食するといった類のものではないのだから、謝ることなぞ全くないが、でも、奥津城さんだったら言うよな、確かに、声も似ているかな、なんて思っていた。
抑々が、前々日金曜に、今から帰ると連絡した奥津城さんが、お父さんと言い争い、というには弱いが、何やら抗議をしていたことが原因でしかない。俺原因とも気付けたので、通話途中で奥津城さんの口を開かせられた。
珍しく親子逆となった、折角の、早めの帰宅となった父親がきっと楽しみにしていただろう御家族団欒時間を邪魔するのは忍びなく、お父さんの都合ばかりと奥津城さんは言ってくれたが、既に変則時間で働いていることは聞いていたことでもあり、会うとなったら何れにせよ、予め時間を態々採ってもらうという更なる申し訳無いことをしてもらうか、今回と同じく丁度ぽっかり空いたときに(偶にやらかす、とは奥津城さんの言だが、懼らくはやらかしてのスケジュール調整の失敗という訳ではないと俺は観る)、つまり粗直前に俺に連絡がくるという条件なら、今回と何ら変わりないのだから、と、奥津城さん親子が構わないならば俺は厭は無いと応えた。唯、今これからというのは、御家族団欒の邪魔をするのに変わりは無いとはいえ、夜間に娘の恋人、というのは、父親が気を揉むのではなかろうかと思案して、健全なる交際の表明になるかと、翌日日中の案を返し、その日はいつも通りに、途中迄奥津城さんを送っていくことになったのだが、この案も途中で抗議が入った。自分がいないという妹さんからの連絡であり、じゃあ、その次の日なら、で日程が決まった訳であり、午前中は妹さんが大学に行っているというのは折り込み済みの昼食会だった。
鈍感男の本領発揮という可きか、早々に気付いたと雖も、俺を、その、とは、帰ってからのことであり、そう思って顧みてみれば、途中で抜けてきたから、と、昼食を食べて早々に、妹さんが大学へ戻っていったのも、口実だったのではと疑える。本当に大学に戻っていたなら良いが。
お読みくださり有難うございます。
束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。
承後 彼に採っては不能問題 2 査読会