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巻き戻りたい

作者: るーく

巻き戻りたい。


巻き戻りたい、巻き戻りたい、巻き戻りたい!!!


私は心の奥底で叫んでいた。


ずっと。


おわりの時を迎えたあの日まで。


 *


アマンダ・リーン。

あの日、私はタイミングが悪かった公爵令嬢として有名になった。


あの日、凄惨な事件の起きた舞踏会の日、私は少し遅れて出席したために、王妃にされてしまったからだ。


私が会場に着いた時にはもう、赤い海が広がっていた。

王国の王子の婚約者だったアマランサス様、王子に執拗に付きまとわれていたリリー様。

そして、あの王子の一体どこが良かったのか、彼に惚れ込んで、リリー様と二股をかけられてしまい、殺意をたぎらせてしまったナタリア様。

その時にはいったい何が起こったのかさっぱり理解できていなかったが、お三方の血しぶきを浴びながら、無傷で立っていた王子がひどく滑稽に見えたことだけはすごく覚えている。


この三人の令嬢たちと王子を見たら、誰でも「ああ、なるよね・・・」って思ったと思うから。

それくらい有名な関係だったのだ。

私は遠くから見ていて全く関係していなかった。

愚かしい事をしていたからよ・・・と王子を心の中で笑っていたら、王族と大臣たちの目が私に向いた。


「アマンダ・リーン公爵令嬢」

国王陛下がやけに大声で私に呼びかけた。

「王命である。王家に()せよ」

「・・・・・」

声も出なかった。


嫡廃してくださいませよ・・・彼の方を。


思ったけど、言えなかった。


それからすぐに、()()王子の伴侶となった私は、生きている間というもの仕事仕事の人生を送ることになったのである。


子供を授かることはなかった。


なぜなら王位継承権を持っていた私の兄が、次代の王になる約束だったからである。

そこだけは、良かったと思う。


そこ以外はいいところを思いつかない。


おそらくアマンダだった最後の日、朝の支度のために立ち上がって考えたのは、やっぱり仕事についてだった。


いつものように忙しなくベットから抜け出て、姿見の前に立ち止まる。

もうすぐ侍女がやってくるはずだわと、軽くため息を吐き・・・

そこに映った己に違和感を覚えた。


首を傾げたつもりだったが、鏡の私は微動だに動いていない。


あら?


黒目が自分の意思に反して上瞼に吸い込まれていくのが見えた。


私白目になりかかってない?


それが先ほどと違い、第三者的な感じで「見えた」時点で魂は身体を抜けていたのかもしれない。


完全に白目になった所で、部屋に入室してきた侍女が甲高い声を上げた。

「王妃様ああああああ!?」

酷く困惑した彼女の顔が私の最後の記憶である。


ぱちりと瞬き一つしたところで、今のこの場所にいた。

私の部屋だ。

王妃になる前の。

「誰か?誰かいる?」

私の声が出た。


誰も来ない。


ここは天国かしら?


だとしても、なぜ誰もいないのだろう。


「・・・巻き戻りたい」

ふいに、この部屋での過ちを思い出した私は、とある一点を修正するために戻りたいと思った。

呟きに反応するかのように、ドアノブがかちゃりと音を立てた。

「誰?」

振り返ると、隙間から少年がこちらを見ている。

怯えたような目が印象的なキラキラした子供だった。


「あの・・・、巻き戻れますよ」


自信がなさそうに小さな声で、彼は言った。


 *


「あ!!でも・・・無理にじゃないです」

時間を巻き戻す必要がない方もいらっしゃいますものね・・・。少年はあわてて付け加えた。

「戻りたいわ」

「すみません。よけいな事をして」

私は大股で歩き、ドアを勢い良く開けて、驚いた少年の両肩をがっしりとつかんだ。

「ヒッ」

「巻き戻りたいわ!!!」



あの日。

あの舞踏会の日。

私はこの部屋で、靴を履き替えようとして、あやまって左足の小指をクローゼットの角にぶつけた。


激しい痛みで、しばらく動けなかった。

幸い侍女の手際よい手当でなんとかなり、父と兄から遅れること数分。

舞踏会へ行くことになったのだが・・・。


あれである。


もしも。


王妃となった私は思ったものだ。


もしもあの時、足の小指をぶつけなかったら!!!


父と兄と一緒にいたはずだから、あんなことにはならなかったはずなのだ。


あの一瞬。


「あれさえなければ!!」


「あれ、ですか?」

鬼気迫る表情にでもなっていたのか、少年は怯えを隠しもしないで尋ねた。

「舞踏会の前に、靴を履き替える前にさえ戻れたら!!!」

私は絶対うまく幸せになったはずよ!!!!!



 *



ストンと意識が落ちるような感覚がして、私は時を戻っていた。

「お嬢様、靴はこちらでよろしいでしょうか?」

できる侍女がうやうやしく靴を見せる。


ふと、あの怯えた少年の声が微かに聞こえた気がした。


「ボクはこの世界の神的な存在なので、時間を巻き戻せるんですよ!」

その声色が少しだけ自信を取り戻したように聞こえたのは、気のせいだろうか?


そして私は、2度目の人生を開始した。



 *



「巻き戻りたい」


・・・・・巻き戻りたい、巻き戻りたい、巻き戻りたい!!!


まさか2度目もアレなんて!


左足小指をぶつけるのを回避したら、まさか額を強かに打つなんて!!!


気を失って1日寝込んでいるうちに王命が下るなんて!!!!!


「巻き戻りたい!!!」


色々あって、やっぱり前回と似たような状況になり、今度はもっと悔いの残る最後となったアマンダ。

私は再び少年に願っていた。

少年は今度は意気揚々と私の時を巻き戻した。


3回、4回目・・・。


5回目の終わり。

私は気づいた。

せめて2~3年前に戻るべきだったと。


6回目の巻き戻し人生。

私は17歳の時、アマンダとして辺境の教会に救いを求めた。

周囲の様子を見て、どう動いても今までと同じようなことになるのが分かったから。

家を出たのは卒業式の手前のこと。


今回の人生、あの凄惨な事件の話は、風の噂で耳にしたくらいだった。

王妃が誰になったのか、王子はどうなったのか、そんな話は届かない場所で私は穏やかに暮らしている。


ひょっとしたら兄が王になっているかもしれない。


この人生、私は家から除名をしてもらった。

家との関係は完全に断っている。

たまに、少しだけど、また巻き戻したいような気もちも起こる。

最後はどうするかわからない。


豪勢に、王子じゃない別の人と一緒になったりして・・・。

なんてこともできたりするのかな?


とりあえず今は、巻き戻したい気にならないように過ごしている。


おわり。

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