その4前章 姪っ子千香子の捜索事件簿
村岡家に一枚のハガキが届いた。
『スイーツの美味しい
都会の陸橋に
近いフリードリンク付き
のふぁみれすをおしえてください』
と書かれていた。
村岡千香子の父親である村岡信一郎はそれを見ると笑みを浮かべ
「……宰くんからの暗号か」
相変わらずだなぁ、と呟き
「千香子もタイミングが悪い時に合宿に行ってしまったな」
とハガキを手に家の中へと入った。
空は青く晴れ渡り7月中旬に似合いの強い日差しが降り注いでいた。
その頃、村岡千香子は鬼怒川の奥地にあるロッジに幼馴染の斉藤孝志と共に訪れていた。
と言っても二人だけのデートと言うわけではない。
他にも数人の男女がおり、大学のミステリー研究サークルの合宿であった。
千香子は木々に囲まれた自然豊かな場所に立つ洋風のロッジを前に
「凄いね、今日から5日も宿泊ってかなり高かったんじゃないの?」
とチラリと隣に立つ孝志を見た。
「参加費安かったけど、大丈夫だったのかな?」
孝志は冷静に
「チャージ料だけだからそれほどじゃないって言ってた」
と言い、笑みを浮かべると
「ここで待っててもしょうがないから中に入ろうぜ」
とロッジの入口の前にある階段を上って戸を開けた。
千香子は頷いて、彼と一緒に中へと入った。
中には既に5人のミステリー研究会の面々が揃っており
「「「「「「いらっしゃーい」」」」」」
と二人に声を掛けた。
参加者は千香子と孝志。
そして、中田真幸、鈴原美加、山口一二美、坂宮勇斗、堂本祥三であった。
大学のミステリー研究会と言ってもやっていることは近時に販売されたミステリー小説や過去のミステリー小説の評論。
千香子はそうではないのだが、中にはミステリー小説家を目指して公募に出しているメンバーもいるので時々だが自分たちでトリックを考えてそのトリックが実現可能かどうかを話し合ったり暗号を考えてみんなで解いたりすることもある。
千香子は「私はあまりそっち向きじゃないんだよね」とチラリとロッジのリビングのテーブルに座って雑談を始めた孝志を一瞥して
「孝志は……確かにそっち向き」
と心で溜息を零した。
千香子は坂宮勇斗や堂本祥三と話をし始めた孝志に
「それで、お昼ご飯食べたあと何するの?」
と聞いた。
そもそも合宿の内容を千香子は聞いていないのである。
いつもは合宿という名の観光なのだが、今回は観光地が少し離れている。
本当に何をするのか千香子には分からなかったのである。
孝志も中田真幸や他の面々を見て
「そういや、俺も聞いてない。鬼怒川温泉に行くにもここ少し離れすぎだよな」
と告げて携帯を出すと
「電波も届いてないし、タクシー呼べないな」
と呟いた。
それに山口一二美も携帯を見て
「マジだ」
と言い
「誰? ここをセレクトしたのー」
と告げた。
全員が顔を見合わせて同時に首を振った。
それに坂宮勇斗が「あー」というと
「確か、今回の合宿は部長の青柳さんだった!」
と告げた。
「でも来てないよな」
どうする?
それに中田真幸が息を吐き出して
「どうするも何も……青柳さん来るまで待つしかないだろ」
と言い
「でもこのロッジの戸は誰が開けたんだ?」
と聞いた。
孝志は千香子を見て
「あ、俺たちは最後に来たから違う」
と答えた。
それに関しては山口一二美が笑って
「そこは全員分かってるから!」
とビシッと告げて
「私が来たときは堂本くんと中田君と鈴原さんと坂宮君がいたわね」
と告げた。
坂宮勇斗は手をあげると
「俺が来たときは堂本と鈴原だったな」
と告げた。
鈴原美加はフフッと笑うと
「戸を開けたのは私でしたー」
と言い
「実は青柳さんから手紙が送られてきて『遅れていくのでこの鍵でロッジを開けて皆を招き入れておいて欲しい。予約は5日。食料は冷蔵庫に入れている』って鍵が入っていたの」
と封書と手紙と鍵を置いた。
孝志は鍵を手に彼女を見ると
「他には? よくあるクローズドサークルパターンの出だしみたいだし」
と告げた。
鈴原美加は顔を顰めると
「いや~ん、止めなよ。ないない」
と告げた。
それに中田真幸は冷静に
「いや、斉藤の言う通りだな。その手紙は真犯人が青柳さんを語って送ったもので当の青柳さんは……」
と告げた。
坂宮勇斗はフフッと笑うと
「じゃ、俺はこれから起きる事件を小説にする」
と告げた。
山口一二美は目を細めると
「って、それを小説にする前にやられるかもしれないわよ?」
と肩を竦めた。
孝志は手を横に振りながら
「ないない、そう言う場合は動機が必要だろ? この中でそう言う関係の奴っていないじゃん」
と言い
「でも、まあ……坂宮の小説は俺が添削してやるから後で部屋に持って来いよ」
と告げた。
「あ、でも夕飯の後な」
坂宮勇斗はチラリと全員を一瞥して
「ああ」
と答えた。
千香子はぼやーと聞きながら
「それで、これから何するの?」
と言い時計を見た。
「まだ10時だし」
お昼には早い、と言外に告げた。
堂本祥三が冷静に
「とりあえずは部屋割りだな」
と告げた。
「みんな、荷物を足元に置いてリビングで雑魚寝するわけじゃないだろ? 部屋もあるし」
全員がドっと笑うと
「「「「「「確かに―」」」」」」
と突っ込んだ。
孝志は腕を組むと
「まあ部屋は上だし、どの部屋も一緒だけどな」
と告げた。
坂宮勇斗は笑って
「じゃあ、俺は孝志の部屋の隣がいいかな。小説家と編集者って感じで」
と告げた。
中田真幸は立ち上がると
「取り合えず二階に上がってそれぞれ部屋に入ったら良いんじゃないか?」
と足を踏み出した。
それに誰もが
「りょうかーい」
と答えた。
玄関から入るとリビングがあり正面は業務用の大きな冷蔵庫とカウンター、そして右手の奥に浴室、階段を挟んで洗面と洗濯機、隣がトイレであった。
全員が階段を上って右手と左手にそれぞれ3部屋ずつある客室を見て、顔を見合わせた。
坂宮勇斗が腰に手を当てると
「んで、どうする?」
というと
「取り合えず中田はどこにする? 誰か決めないとなぁ」
と告げた。
中田真幸は困ったように
「俺はどこでも」
と言いつつ
「じゃあ、トイレが行きやすいここで良い」
とすぐ側の一番手前の部屋を示した。
坂宮勇斗は頷きながら
「堂本は?」
と聞いた。
堂本祥三は息を吐き出すと
「俺も何処でも良いけど……別にトイレも困ってないし」
というと
「じゃあ、一番奥で」
と告げた。
坂宮勇斗は「了解」というと
「堂本はそっちの奥な。俺もトイレ困ってないからこっち側の奥にする」
と告げた。
孝志は考えながら
「ってことは、右側の真ん中が俺か、千香子は階段前な」
と告げた。
鈴原美加は慌てて
「あ! でも部屋二つ足りないよ?」
と告げた。
全員がハッとした。
孝志はチラリと千香子を見ると
「じゃあ、千香子と俺一つの部屋にするか」
と告げた。
「偶に一緒に泊まるしな。ベッドは二つあるから問題ないだろ」
千香子は頷いて
「良いよ」
と答えた。
中田真幸は戸を開けかけて閉まっているのに
「あれ?」
と告げた。
孝志が持っていた鍵を手に
「もしかして鍵が共通とか?」
と開けた。
どうやら全部の部屋の鍵がマスターキーで一つと言う感じであった。
全部屋を開けて中田真幸が部屋を開けながら
「まあ、青柳さんが来たら俺が青柳さんと一緒にするから、それでいいな」
と告げた。
鈴原美加は安堵の息を吐き出して
「これで決定ね」
と告げた。
それに孝志が
「あと風呂どうするかだな」
と告げた。
「ここから鬼怒川は遠いから一階にある風呂で順番に入るしかないだろ」
坂宮勇斗はう~んと考えながら
「最初は女子だよな」
と言い
「女子の順番は女子同士で決めたら良いと思う」
と告げた。
それに千香子は山口一二美と鈴原美加と三人で顔を突き合わせた。
千香子は笑顔で
「私は何番でもいいよ」
と告げた。
山口一二美は「じゃ、私一番で良い?」と告げた。
鈴原美加は頷いて
「良いわ、私は最後でも良いから、村岡さんが二番目で私が最後でどう?」
と告げた。
千香子は頷いた。
男性陣は孝志がパッパッパッと適当に順番を決めた。
「嫌だったら反論な」
というと
「中田、堂本、坂宮に俺で良いだろ? 坂宮の小説の添削しないとだしな」
と笑った。
千香子は孝志と共に部屋に入り左のベッドを千香子が利用し、右のベッドを孝志が利用した。
バタバタしている間に正午になり、大きな冷蔵庫の中にあった大量の食糧の中から6つあったチルドラーメンを作って食べた。
そして、中田真幸が全員リビングで食事を終えてゆっくりしていると
「取り合えず中を調べるか」
と告げた。
考えれば到着して2階に上がって部屋を割り振っただけなのだ。
中田真幸は入口を指さし
「一応防犯はちゃんとしているみたいだけど、何かクローズドサークル風で気持ち悪いしな」
と告げた。
千香子も孝志も他の面々も示された方に視線を向けて目を見開いた。
来た時は気付かなかったが、入口に防犯カメラが付いていたのである。
山口一二美は顔を引き攣らせながら
「ちょっと気持ち悪いわね」
と呟いた。
中田真幸は立ち上がると
「散策だ、散策」
と言い歩き出した。
千香子も孝志も顔を見合わせて立ち上がり後に続いた。
それに合わせて堂本祥三や坂宮勇斗や鈴原美加、山口一二美も慌てて足を踏み出した。
トイレや風呂の中は極々普通で、洗面所の中に洗濯機もあった。
鈴原美加は笑顔で
「これで洗えるから助かるわね」
と告げた。
千香子も頷いた。
例え5日間と言っても女子には大切なことであった。
そして、二階の6つの客間である。
その後は外へ出て周辺を散策した。
ロッジの前には車などを止められるように空き地になっており、周辺は木々が茂った林となっていた。
千香子は孝志と歩きながら
「近くに家がないね」
と告げた。
孝志は頷いて
「そうだな、本当にクローズドサークルぽくて何かあったら助けを呼びに行くのが大変だな」
とぼやいた。
それに後ろを歩いていた坂宮勇斗が
「まあ、よくある翌日の朝に助けを呼びに行く……かな」
と告げた。
中田真幸は笑いながら
「いやいや、この暑さだし全員で移動するのも大変だからなぁ」
と告げた。
先まで晴れ渡っていた空には厚い入道雲が浮かび千香子はざわめく木々の間からその様子を見つめながら心に一抹の不安を覚えていた。
夕食は午後6時半に用意されていたバーベキューを焼いて食べた。
ただ。
ただ。
千香子の横で串に刺した焼肉を食べながら孝志は窓を見て
「……雨が降ってなかったら外でバーベキュー出来た気がする」
とぼやいた。
外は午後に入って雨が降り出し、現在はザァザァ降りであった。
それには誰もが苦笑いを浮かべるしかなかった。
千香子も「だよねー」と言い夕食の片づけを男性陣に任せて女性は風呂の準備に取り掛かった。
最初は山口一二美が入り、続いて千香子が入った。
男性陣はその間はそれぞれ自由行動であった。
孝志は坂宮勇斗の部屋で
「小説家の背後で待ち構える編集者の気分を味わう」
と詰めており、中田真幸も堂本祥三はそれぞれの部屋でゆっくりしていた。
千香子は風呂を出て二階に上がって鈴原美加に声を掛けた。
その時、孝志が扉を開けると
「おかえり、どうだった?」
と呼びかけた。
千香子は坂宮勇斗の部屋に行くと
「もう広々として良かったよ」
と言い、三人で話をした。
30分ほどして鈴原美加が戻り、中田真幸に声を掛けると孝志は時計を見て
「男性陣ターンに入ったな」
と呟き、坂宮勇斗の部屋の正面の堂本祥三に声を掛けた。
「中田が行ったから次だぞ」
それに扉が開くと
「お、わかった」
と堂本祥三が言い、孝志は千香子を見ると
「俺も部屋に戻って準備して、また編集者ごっこするか」
と部屋へと入った。
千香子も部屋に戻り
「私はちょっとゆっくりする」
とベッドに座って、準備を整えて再び部屋を出た孝志を見送った。
身体がホカホカして気持ち良かった。
風呂は広々としてゆっくりできたのだ。
考えればこういうのも悪くなかった。
が、少ししてガタンと音がして千香子は扉を開けた。
同時に孝志も扉を開けて
「千香子か?」
と聞いた。
千香子は首を振り
「違う」
と答え、孝志に近寄った。
扉からは少しだけパソコンが見えた。
孝志は中に向かって
「お前は書いとけ」
と呼びかけた。
それに坂宮勇斗が
「どうせ誰かがこけたんだろ」
と答えた。
千香子も静寂が広がると
「そうかも」
と答えた。
孝志は笑って
「だな。俺は風呂に入ったら部屋に戻るから」
と告げた。
坂宮勇斗も笑いながら
「そうそう、風呂入ったら孝志を解放するから村岡さんも鬼のいぬまの洗濯しときなよ」
と告げた。
千香子は笑って
「じゃあ、頑張って」
と立ち去ろうと部屋に向かいかけて2階から上がってきた中田真幸を見た。
中田真幸は「お、村岡さんに斉藤」と言い、そのまま堂本祥三の部屋に行くと戸を叩いた。
「おーい、上がったぞ」
返事はなかった。
千香子も足を止めて振り向いた。
孝志は戸を開けたまま
「俺が見てくるから」
と閉めて堂本祥三の部屋の前に立ち中田真幸に
「堂本のやつ先は直ぐに返事したのに寝たのか?」
と話しかけた。
中田真幸は顔を顰めて
「かも」
と告げた。
孝志はため息を零して戸を開けて
「おい! 堂本!! 嘘だろ!? 堂本!!」
と叫んだ。
千香子は慌てて駆け寄り、中田真幸と共に中へと入った。
他の面々も部屋を出て部屋へと集まったのである。