その3
西村山金太は肩を竦めて
「まあ、少しでも罪を軽くなろうということで二度目の致命傷に近い傷は知らないと言っていると上は思っているみたいで彼女を問い詰めています」
と答えた。
神田川むさしは冷静に
「俺は魔法だの超能力だのを信じる人間じゃないが……奴の眼は実際にいくつかの事件で本当だと感じている」
と言い
「だから、隼峰が『原島』を犯人だと言っている以上は犯人だと思っている。つまり、あの空間から防犯カメラに映らずに出入りできる方法があるということだ」
と立ち上がった。
「徹底的に調べるぞ」
西村山金太は頷いた。
神田川むさしは資料室の戸を開けると
「隼峰、動画を見終えたら連絡をくれ。俺たちは先のスタジオの周辺を調べる」
と告げた。
宰は頷くと
「わかりました」
と答え、動画の続きを見始めた。
弓月セロリが駅前の広場で曲を弾いて歌っているのが映っている。
人気があるのか多くの人が扇状に集まっており中々盛況である。
スマホで撮っている人間も一人や二人ではなく、彼がライブを終えて楽譜を書いているところも撮っているという。
本当に観客と演奏者がかなり身近な関係のようである。
宰は動画を一時呈すると
「やはり、そうだったんだ」
と呟いた。
「これは……証拠になる」
そして、動画を更に再生した。
同じ頃、神田川むさしと西村山金太は浜松の方へ戻りスタジオの近くの路上に止めてスタジオの様子を見ていた。
西村山金太は息を吐き出すと
「もし奴が犯人ならやはり2階の窓から飛び降りたということですよね?」
と告げた。
神田川むさしは目を細めて
「かなり危険な賭けになるが……」
と呟き、劇場へ搬入するトラックを見て目を見開いた。
「まさか、いや……可能性として考えてもいけるか?」
西村山金太は神田川むさしをみると
「どうした? 神田川」
と呼びかけた。
「あれは唯の劇場の荷物を運び入れるトラックだろ?」
神田川むさしは彼を見ると
「この周辺の防犯カメラと情報収集だ」
と告げた。
西村山金太は目を見開くと
「はぁ!?」
と声を上げた。
神田川むさしは西村山金太と車を駐車場に入れると周辺の聞き込みに向かった。
最初はスタジオの裏手にある劇場であった。
が、神田川むさしはその劇場の搬入口にあるカメラを見ると
「すみませんが、このカメラの映像を昨日の朝から今日の昼までの分をいただきたい」
と告げた。
そして、劇場のカメラ映像を手に入れ他にも昨夜の話を聞いた。
だが、夜中は劇場の人間は居らず巡回の警備員だけだということであった。
神田川むさしはそれを聞くと警備員の名前と住所を聞いて立ち去った。
警備員は中野駅の近くに住んでおり、首を傾げる西村山金太に運転をさせて尋ねた。
その間に宰から電話が入った。
既に時間は午後7時を超えていた。
神田川むさしは宰からの連絡に
「話がある、もう少し待っておいてくれ。夕食を一緒しよう」
と告げた。
宰も「俺も話があります」と言い
「待ってます」
と答えた。
神田川むさしと西村山金太が車を走らせている間に捜査一課の課長から『山科桜が全面自供している。ナイフからも彼女と弓月セロリの指紋だけが出ている。起訴する方向で動く』との連絡が入った。
神田川むさしは「急がないとな」と言い警備員の住んでいる公団の前に到着すると階段を駆け上がって警備員に手帳を見せると
「昨夜のことなんだが」
と告げた。
警備員はそれに
「ああ」
と答えると
「確かに止まっていました。いやぁ、初めは劇場のトラックかと思って見に行ったんだが誰も乗っていなくて……朝の9時頃にはいなくなっていたので気を回し過ぎていたようで」
と笑った。
神田川むさしは笑むと
「そのトラックのナンバー覚えていますか?」
と聞いた。
警備員は頷くと
「ええ」
と答え唇を動かした。
神田川むさしはメモを取ると礼を言って立ち去り西村山金太が
「まさか、トラックを使って」
と呟くと頷いた。
「ああ、トラックの荷台が高いものは3mから4m近くある。二階からなら足場に十分できる。それにあそこはちょうど劇場の搬入口に通じる道だから怪しまれにくい」
二人は警視庁に戻ると交通課にトラックのナンバーを伝えて所有者などを調べさせたのである。
また、劇場の搬入口のカメラにもその映像が映っていたのである。
そして、二階からトラックの荷台に降りる人影も写り込んでいた。
宰は神田川むさしと西村山金太の二人と浜松町の近くの中華料理屋でラーメンを食べて、その足で原島修二と長野亜弓のいるスタジオへと向かった。
三人が訪れると原島修二と長野亜弓はうんざりとした様子で視線を向けた。
原島修二は彼らを見ると
「もう話すことはありませんけど」
と告げた。
それに宰は長野亜弓を見て
「あ、今日見せてもらった弓月セロリさんからの手書きの楽譜見せてもらえますか?」
と告げた。
長野亜弓は鼻を鳴らすと
「良いわよ」
というと二階に上がって持って降りてきた。
宰はビニール手袋をして受け取り
「ありがとうございます」
と言い、神田川むさしに手渡した。
神田川むさしも手袋をして受け取った。
宰は西村山金太から渡されていた動画の入ったスマホを出すと画面を映して
「これ、昨夜の9時ごろに彼が書いていた楽譜なんですよ。彼が倒れていた時に持っていたカバンの中に入っていた楽譜の一枚です。そしてこれは彼が山科桜さんの為に書いたものです。恐らくこれまでも彼女のために書いたものをずっとあなたたちが横取りしていたんでしょうね」
と告げた。
それに長野亜弓は驚いて原島修二を見た。
原島修二は顔を顰め
「言いがかりも甚だしい! それは……山科桜が今日持ってきておいていったものだ。彼女が刺して奪ったんだろう」
と言い放った。
「それに俺も亜弓もここにいたんだ」
神田川むさしはそれに
「実はその件ですがそこの劇場の搬入口のカメラに昨夜から今朝までこの建物の横に沿うように止まっていた大型トラックに二階から人が飛び乗るのが映っていたんですよ」
と言い
「警備員さんも自分のところのトラックなら迷惑だと運転手に声を掛けに行ったそうですが誰もいなかったと言ってました。もちろん」
と更に付け加えた。
……車のプレートナンバーも覚えておられましたよ……
原島修二はその場に座り込むと
「あいつが……山科桜に曲を渡してないことを怒って曲を渡さないなら契約を打ち切ると言い出したのが悪いんだ!! しかも、俺の名前を壁に書こうとしやがって!」
と拳を床にたたきつけた。
西村山金太は息を吐き出して
「まあ、詳しい話は署で聞くので」
と二人に告げた。
弓月セロリは三日間意識不明で生死を彷徨ったが意識を取り戻し、全てを話した。
やはり背中を刺した原島修二には気づいていなかったようであった。
「原島が桜をメジャーデビューさせてくれると言ったので曲を作って送り続けていたんです。でもそれが彼女を追い詰めてしまった」
ただ、脇腹の傷は彼女を止めようと揉みあいになっての傷だと告げた。
同時にずっと自分を騙して曲を横流ししていた原島に対して意趣返ししようと名前を書きかけたことも告げた。
偶然とは言え、犯人を示すダイイングメッセージとなったことと彼自身は反省をしていたので不問となったのである。
山科桜も自首したことと弓月セロリが告訴しないということで不起訴となったのである。
そして、彼女はプロダクションを止めてもう一度やり直すことにしたのである。
その第一弾の曲を作ったのはやはり弓月セロリであった。
宰は要と共に事件が解決すると神田川むさしと西村山金太と居酒屋で食事をして不意に
「あー、東京に長いこと居るのに千香子ちゃんに手紙を出すのを忘れていたな」
と呟いた。
要は笑いながら
「いやいや、会いに行けば良いだろ」
と告げた。
神田川むさしも西村山金太も冷静に
「「手紙よりは早いと思う」」
とシンクロして告げた。
宰はそれに
「まあ、それは」
と言葉を濁して、その日の夜にハガキを姪の村岡千香子に送ったのである。
しかし、7月も半ばを過ぎて夏休みに入っており当の村岡千香子は東京を離れて鬼怒川の奥地にあるロッジで大学のミステリー研究会の合宿に参加していたのである。