その2
宰は笑むと
「神田川さんの様子を見ていて欲しい」
と告げて、西村山金太に
「一応、宝田警部の写真があれば」
と告げた。
西村山金太は覚悟を決めると資料室のコンピューターを触って
「気の回しすぎだと思いたいが」
と言い、警察官データベースから宝田功一の情報を取り出して要に見せた。
「この人だ」
そこには彼の経歴と家族構成が書かれている。
宰は西村山金太と共に浦野裕次の出所後の行方を追うことになった。
ただ浦野裕次の家族は元々母親だけであったが母親は3年前に病死しており、後の伝手と言えば彼が4年前に逃げ込んだ恋人の場所であった。
恋人は七熊亜美という名前の女性であった。
西村山金太は車を出しながら
「七熊亜美はあの後に住んでいたマンションを引越しして今は中野区の方で暮らしている」
と告げた。
彼女のマンションを訪ねると七熊亜美は
「裕次からは出所したって連絡があっただけで……落ち着いたらってそれだけよ」
と告げた。
「多分、政史のところじゃないのかしら」
宰は「政史??」と聞いた。
彼女は肩を竦めて
「裕次の仲間よ。あいつ、利用されているのよ。ただ、あいつもね、都合のいい時だけ私のところへ来てさ、今回もそうよ。私には電話だけで……4年も経ってるんだから冷めるわよ」
と言い
「おばさんも気の毒だったわ。無理して無理して最後に病院に入院して……最後に会いに行ったら自分が裕次を甘やかし過ぎたのが悪かったって言ってたわ」
と告げた。
「だから、私の知っているのはそれだけよ」
そう言うと扉を閉めかけた。
それを西村山金太が手で止めて
「最後に聞きたいんだが、その政史はどこにいる? それから上の名前も頼む」
と告げた。
彼女は面倒くさそうに
「今もかどうか分からないけど、4年前に裕次が行ってた新橋のマルスって店よ。それから政史の苗字は三井だったと思うわ」
と告げた。
「凄く嫌な奴だったから……俺は何をしても捕まらないとかさ」
今度こそ本当に扉を閉めた。
宰と西村山金太は駐車場に戻り車で新橋の近隣のマルスと言う名前の店を検索すると
「新橋ハナビルの地下1階、ここだな」
と呟いて、ギアを入れるとアクセルを踏んだ。
ビルは新橋の駅から徒歩10分ほどのホテルや雑居ビルが立ち並ぶ一角にあり、二人は車を駐車場に入れると新橋ハナビルという周辺と同じ雑居ビルの地下一階へと向かった。
時刻は既に夜の9時。
薄暗い店内は様々な色のミラーボールが光を撒き散らし、その中で多くの若者がDJのトークを聞きながら踊ったら話をしたりしていた。
西村山金太は屯する青年たちを捕まえると浦野裕次の写真を見せながら
「彼のこと知ってる?」
と聞いて回った。
4年間は刑務所の中だったのでその間に出入りの人も入れ替わっているようで『いや、みたことない』や『知らないな』という返事が続いた。
宰も印刷した写真を見せて
「彼のこと知らないかな?」
と聞いた。
数人に聞いた後に3人ほど集まって話していた男女のグループが反応を示した。
最初に口を開いたのは男であった。
「あー、三井の連れに似てる」
宰はそれに
「三井政史?」
と返した。
女性が頷きながら
「そうそう! 前にね羽振り良いから近付いたんだけどー売人から金貰って情報売ってんの。警察の手入れ場所とかわかってんのよ」
と告げ
「あ! もしかしてお兄さん、警察?」
と目を見開いた。
宰は苦く笑って
「あ、俺は違うけど」
と答えた。
男は女性に小突きながら
「どーせ、振られた腹いせだからサツでも良いって思ってんじゃん」
と笑った。
宰はハハハと乾いた笑いを零しながら
「警察の情報が流れているってことは三井政史が警察関係者か……もしくは関係者の知り合いか」
と心で呟き
「それでこの二人の居場所は?」
と聞いた。
それに女性も男性も同時に
「「「しらなーい」」」
と返した。
宰は礼を言うと更に写真を見せながら回った。
1時間ほど聞き込み、西村山金太と合流すると彼が
「三井政史と浦野裕次を見かけたってやつがいた」
と告げた。
宰は驚き
「え!?」
と声を零した。
西村山金太は宰を連れて店を出ると
「この先のホテルサザンルーフというビジネスホテルから二人が出てくるのを見かけたそうだ」
と告げた。
宰は頷き
「じゃあ、早速」
と足を向けかけて
「あ、ちょっとこっちも気になる情報があって……三井政史は警察の手入れ情報をヤクの売人とかに売って金を設けていたそうです」
と告げた。
西村山金太は目を見開くと
「……マジか」
と呟いた。
宰は「ええ」と短く応えて
「とにかく今は浦野裕次を追いましょう。三井政史の情報はその後で」
と告げた。
西村山金太は「そうだな」と答えて足を踏み出した。
ホテルサザンルーフはマルスの入っているビルからホテルや雑居ビル群を抜けて直ぐの場所にあった。
歩いて10分ほどの場所であった。
周囲は先ほどの通りとは打って変わって静寂が広がっていた。
あまり人通りはなかった。
宰は西村山金太と共に問題のホテルに入るとフロントに声を掛けた。
西村山金太は警察手帳を見せると
「こちらにこの男性が宿泊していませんか? 名前は浦野裕次か三井……」
と聞いた。
フロントの男性はデータを見ると
「ええ、3週間ほど前からお泊りいただいております。料金も一か月分をいただいております」
と告げた。
西村山金太は頷いて
「今は?」
と聞いた。
男性は小声で
「お部屋の方にお戻りになっております」
と答えた。
宰はハッとすると
「あのいつも一人ですか? 支払いも彼が?」
と聞いた。
男性は首を振ると
「最初はもう一人の方がご一緒されて、その方が料金を一か月分お支払いされました」
と告げた。
西村山金太は冷静に
「その時の防犯カメラを用意しておいてもらいたい」
と言い
「部屋番号は?」
と聞いた。
男性は固唾を飲み込み
「503号室です」
と答え、隣にいた女性を呼ぶと
「一か月前からのカメラの映像をダウンロードしておいてくれ」
と指示を出してフロントから出ると
「こちらです」
とエレベーターへと案内した。
そして、503号室の前に来ると戸を叩き
「お客様、お知り合いの方が来られております」
と呼びかけた。
扉が開き、浦野裕次が姿を見せた。
「三井か……!!」
西村山金太は警察手帳を見せると
「浦野裕次だな。話が聞きたい」
と告げた。
浦野裕次は二人を押し退けて逃げかけたが、それを西村山金太は腕を掴んで背負い投げをすると
「公務執行妨害で逮捕する!」
と告げた。
浦野裕次は拳を振り上げると床を叩いた。
「何が悪いんだ!! あいつのせいで俺は母さんの死に目にもあえなかったんだ!! あいつのせいで!!」
それに宰は顔を歪めると
「いい加減にしろ!! お前のせいじゃないか! お前が罪を犯さなかったらお前の母親はたった一人で無理して働かなくて済んだんだ!!」
と怒鳴った。
「全て! お前がやったことの結果だ!! それを人のせいにして自分から目を逸らすな!!」
浦野裕次は宰を睨み
「煩い!! あいつが母さんを追い詰めたって三井が言ってたんだ! ずっと見張るように付き纏って……三井が最後を看取ってくれて墓の前で話してくれたんだ!!」
宰は西村山金太を一瞥し直ぐに浦野裕次を見ると
「お前、最後を看取ったのは三井ってやつじゃない」
と告げた。
暫くして西村山金太が呼び寄せた同じ捜査一課の高岡勇雄が到着すると宰は
「すみませんが、こいつを連れて行きたいところがあります」
と告げた。
西村山金太は浦野裕次と高岡勇雄を後部座席に乗せて助手席に宰を乗せると中野区の七熊亜美のところへと連れて行った。
彼女は浦野裕次を見ると驚いた顔で平手打ちをすると
「裕次! あんた女をなめるのもいい加減にしなさいよね! おばさん……ずっと一人で働いて貴方を待っていたのよ! おばさんが最後に『ごめんね、どうしようもない子でごめんね』って言ってくれたから……待ってたのに!」
と怒った。
浦野裕次は驚きながら
「だから、母さんの面倒を見ようとしてくれていた三井の邪魔をして母さんを追いつめた刑事を俺は復讐をしようと思ったんだ」
と告げた。
それに彼女は目を細めると
「は!? 何言ってんの? あいつはおばさんのところにこれっぽっちも姿を見せてないわよ! 最後だって私がずっと見ていたんだから! おばさんだからだよ? 崩れてどうしようもなかった私を受け入れてくれて……あんたが捕まった後も私を気にかけてくれたおばさんだから最後まで面倒見たんだから!」
と何度もたたいた。
「あんた、馬鹿よ!! そんな奴の口車に乗って!! あんたの前で適当に取り繕ったそんな奴を私より信じるなら……好きにしなさいよ!!」
浦野裕次はヘロヘロと座り込むと
「だけど、奴は奴の伯父さんに話をして俺を早く出してくれたんだ。ホテルのお金だって……俺が母さんの復讐したいって言ったら住所まで教えてくれて」
と告げた。
宰は彼の横に屈み
「三井政史のおじさんって誰だ?」
と聞いた。
浦野裕次は呆然と
「宝田って名前の刑事だ」
と呟いた。
「奴の母親の兄だって言ってた……俺は初犯だから軽く済むし……一人だって言えば母さんには楽になるくらいの金を渡すって言ってたんだ」
宰は西村山金太を見た。
西村山金太は拳を作って腕を振るわせたものの
「……詳しく話してもらう」
というと同じように顔を顰めていた高岡勇雄に頷いた。
高岡勇雄は浦野裕次を立たせた。
浦野裕次は七熊亜美に背を向けて
「ごめん、それから、母さんのこと……ありがとう」
と告げた。
七熊亜美は泣きながら
「私、待たないわよ。次、私を後回しにしたら」
と告げた。
「おばさんに免じて今回だけ許してあげる」
浦野裕次は小さく頷いた。
警視庁へそのまま連行し極秘に取調室で高岡勇雄が聴取を行った。
その間に西村山金太は捜査一課の湯田山翔に宝田警部の確保を命令し、ホテルサザンルーフへ行き防犯カメラと浦野裕次の荷物を回収した。
荷物の中から血の付いたナイフが見つかったのである。
そして、宰と西村山金太は病院で神田川むさしに付き添っている要に会いに行くと一人の男が縛られて座っていたのである。
要は腕を組むと
「俺がトイレに行っている間にこいつが病室へ忍び込んで神田川さんの呼吸器に手をかけようとしてたから捕まえて縛っておいた」
と告げた。
「一応、黒帯だからな。そこいらの奴には負けない」
縛られていたのは防犯カメラに映っていた三井政史であった。
警視庁へ連れて行き事情聴取をすると
「宝田警部を呼んでくれよ」
と告げたのである。
西村山金太は正面に座り
「宝田警部は今取り調べを受けている。お前を見逃す人間はもう警察にはいない」
と静かだが強い口調で告げた。
「4年前の強盗の件と今回の件を洗いざらい吐いてもらうぞ」
三井政史は目を見開くと固唾を飲み込んだ。
浦野裕次は全てを自白し、三井政史も伯父である宝田治夫警部から警察の情報を貰いそれを流して手に入れた金を山分けしてきたこととそれは4年前の強盗の時に身内から犯罪者を出したら出世に響くと判断して彼を庇ったことから関係が始まったことを告げたのである。
今回もその情報流しを神田川むさしが怪しんで調べ始めたことから刑期が終わろうとしていた浦野裕次を利用しようと画策したということであった。
二日後に神田川むさしは意識を取り戻し、全てを聞くと
「……そうか」
と言い、宰と要に礼を言い
「こういう時にいつも警察官ってのは正義の味方じゃなくて己で正義の味方であろうとする翌檜でないとだめだということを感じるな」
と告げた。
宰は笑むと
「俺はそう言う考え好きですよ」
と告げた。
正義の味方ではなく。
常に正義の味方であろうとする翌檜。
要はあっさりと
「俺は明日金持ちになろうより、金持ちが良いですけどね」
と告げた。
……。
……。
宰も西村山金太も横目で要を見た。
神田川むさしは思わず笑いながら
「い、いた……笑わさないでくれ……ったく」
と告げた。
宰は笑むと
「まあ、今は身体を休めてください。俺も暫く東京にいることにするので」
と告げた。
西村山金太も神田川むさしも頷いて
「「また依頼する」」
と告げた。
宰と要は元気な神田川むさしの様子に安堵して病院を出て空を見上げた。
そこに梅雨のあいまの青い空が覗いていた。