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その2

 どんよりとした鉛色の雲が空一面に蔓延り、雨がシトシトと降っていた。

 雨は全てを洗い流すというが……自分の中の恨みを消し去ることは出来ない。


 憎い。

 憎い。

 憎い。


 浦野裕次は所々周辺を照らす街灯に時々浮かび上がる人影を雨音に己の足音を消しながらそっと後をつけていた。


 4年前に金に困ってバーで知り合った知人の言葉に乗ってある家に強盗に入った。

 その後は恋人の家に隠れていたがそこへ『奴』が入ってきたのだ。


 そして逮捕されて4年間くさい飯を食ってきた。

 その間に母親は病気で死にその葬儀にすらでることが出来なかった。


 憎い。

 憎い。

 憎い。


 顔だけは覚えていた。

 出所出来て最初に住むところなどを世話してくれたのは、あの時に一緒に強盗したあいつだった。

 奴は上手く逃げて自分だけうまく逃げて済まなかったと生活資金などを与えてくれて刑事の名前を教えてくれたのだ。


『俺も恨みがあるからな。奴は神田川むさしという警視庁の刑事だ』


 浦野裕次はその背中を見つめて

「俺の恨みを受け取れ」

 と呟くと背後から襲い掛かった。


 雨がシトシトと降り注ぎ街灯の下に倒れる男を見下ろした。

 恨みを晴らしたのだ。


 浦和裕次は足を踏み出すと倒れながらも手を動かして彼を捕まえようとしたその男の動きに気付くことなく立ち去ったのである。


 既視探偵 隼峰宰の事件


 雨が降っていた。

 一か月ほど前に仕事で大阪と和歌山の境にある千石村へと訪れたが、事件解決後はそのまま気ままに近畿圏内を放浪していた。


 隼峰宰は傘を差しながら柳が揺れる情緒あふれる川沿いを歩き

「昨日制覇したのは一乃湯とまんだら湯だったな」

 と言い、ここ数日のあいだ城崎温泉の温泉巡りの次のターゲットを選んでいた。


 雨が降っていても温泉を楽しむ人々の姿は途絶えない。


 隼峰宰は駅前のさとの湯の足湯の前立ち、不意にポケットに入れていた携帯が震えるのに視線を向けた。

「要か」


 そう呟き、宰は向けかけていた足の踵を返して離れると携帯を出して応答ボタンを押した。

「要、仕事か?」


 それに中島要は東京の事務所の椅子に座って窓の外の雨景色を見ながら険しい表情を浮かべ

「宰……直ぐに東京へ戻ってきてもらいたい」

 と暗い声で言い

「神田川さんが襲われて意識不明の重傷で犯人はまだ捕まっていない」

 と告げた。


 神田川むさし警視。


 宰が探偵業を始めて直ぐに知り合った警視庁刑事部捜査一課の刑事であった。

 正義感が強く、宰が強く信頼する人物の一人である。


 その彼が。


 宰は一瞬血の気が引いた気がしたが『宰!』と呼ばれ、我に返ると

「わかった、直ぐに戻る」

 と答え、傘をさすと雨の中を宿泊していた旅館へと駆けだした。


 宰は直ぐにチェックアウトをすると城崎温泉から特急こうのとりに乗り、福知山で特急きのさきに乗り換えて、京都から新幹線に乗って東京へと向かった。


 要と落ち合ったのは品川駅構内の新幹線の改札であった。

 

 構内が複雑で迷いやすい東京駅と違って改札を抜けるとそれぞれの在来線が一つの通路で乗り換えが出来るので直ぐに合流するときには良く利用をしていたのである。

 

 宰は改札で待っていた要を見ると

「それで、神田川さんの容態はアレか変化は?」

 と聞いた。


 要は首を振ると

「今はまだ意識不明のままだ」

 と答えた。

「背後から二度刺されてかなり出血していたらしい……犯人は見つからないままで凶器もまだ見つかっていない」


 宰は頷くと

「じゃあ、早速……現場へ連れて行ってくれ」

 と告げた。


 要は頷くと携帯を出して

「それで今回は西村山さんが個別で依頼をかけてくれたんだ」

 と言い

「まあ、俺たちも神田川さんには世話になってるしって言ったんだが……あの人もそう言う人だから」

 と宰を誘うように歩き出しながら西村山金太に電話を入れた。


 西村山金太は神田川むさしの相棒で宰や要のよき理解者であった。

 雨の降る中を宰は要に連れられて高輪口出口から駅を出て品川駅高輪口交番の前で待っていた西村山金太と合流した。


 目つきのキツイよれたコートを大切に着ている30代半ばの刑事でいつもは明るく出迎えてくれるのだが、今日は顔色がやはり悪かった。

「すまないな、よく来てくれた」

 西村山金太はそう言って淡く笑んだ。


 宰は首を振り

「いえ、知らせて貰えて良かったです」

 と答え

「絶対に犯人を捕まえます」

 と強い視線で告げた。


 西村山金太はそれに目を見開き小さく笑うと

「それは俺の……警察のセリフだ」

 と軽く手の甲で宰の肩を叩き

「乗れ、連れて行く」

 と車に要と宰を乗せると品川駅前の15号線を東京駅の方へと向かった。

 

 鉛色の空から太陽の光は届かず降り注ぐ雨が周囲のビルやホテルなど抗争の建物をぼんやりと後部座席の窓に浮かび上がらせた。


 暫く走って田町駅の近くの札の辻交差点を直進し、そのまま桜田通りへと進んだ。

 

 宰は風景が変わり始めると

「神田川さんの家は六本木の方だったから本当の帰宅途中だったってことは……」

 と呟いた。


 それに西村山金太は大きく息を吐き出すと

「そう言うことだ」

 と答えた。


 要は沈黙を守った。

 つまり犯人は神田川むさしの個人情報を知っていたということになる。

 同時に警察内部犯と言うこともあり得るのだ。


 西村山金太にとっては二重の枷であった。


 西村山金太は六本木駅から少し離れた住宅街にあるコインパーキングに車を入れると二人を連れて規制線の張られた本当のどこにでもある住宅街の通りへと連れて行った。


 雨のために薄暗く街灯が点いていた。

 その一つの街灯の下に白いテープが貼られていたのである。


 野次馬は流石にいなくなり、既に鑑識もいなかった。

 ただ、警察官が一人立っていたのである。


 西村山金太はその警察官に敬礼すると

「悪いな」

 と声を掛けた。


 それに警察官は首を振り

「いえ」

 と短く答えた。


 宰は傘を差しながら小さく会釈して彼の前を通り、白いテープの手前に立った。

 薄闇の中でも宰の目の色は通常の漆黒である。

 だが、その場所に立つと同時に宰の瞳の色は失われ透明へと切り替わったのである。


 その様子を西山村金太も要も沈黙を守って見つめていた。


 この状態の時の宰の目には『空間に強い衝撃が走った瞬間が映って』いるのである。

 それは多くの場合は事件であり、そのために宰にはそこで起きた事件を見ることが出来るのである。


 雨の中で切り取ったように所々を照らす街灯。

その下を神田川むさしが歩いて闇へ入ろうとした瞬間に一人の男が背中から一突きしたのである。


倒れた神田川むさしの背中をもう一度刺して、雨音に足音が響いた瞬間に男は立ち上がると慌てて走り出して闇の中へと消え去った。

それを神田川武蔵は震える手を伸ばしてそのまま悲鳴と共に地へと落としたのである。


宰は小さく息を吐き出し瞳の色が戻ると

「30代前後の男だった」

 と告げた。

「顔はちゃんと見た」


 西村山金太は頷くと

「じゃあ、悪いが警視庁へ来てくれるか? 神田川が関係した人間の顔写真を用意している」

 と言い

「その……神田川が関わった事件だけでなく……これまで回った部署の警察官も全て」

 と告げた。


 そう言うことだ。


 要は目を細めると

「宰」

 と呼びかけてチラリと顔を見た。


 宰は静かに頷いた。


 個人情報を知っているという時点で『神田川むさしが捕まえた犯人やその周辺の人間』だけでなく『警察内部の情報を手にできうる人間』と言うモノが入る。


 西村山金太もそれを実際に調べようとしているのだ。

 かなりの覚悟を必要とし同時にその覚悟を持っていたということである。


 宰も要も彼の車に乗り込むと警視庁のある霞が関へと向かった。

 警視庁と警察庁は隣接しており、どちらも桜田門駅からほぼ直結状態であった。


 西村山金太は車を警視庁の駐車場に停めると二人を下ろして裏口から警視庁へ入ると資料室へと案内した。


 資料室はパソコンが二台ほどであり後は事件調書や資料の入れられた棚が並んでいるだけの静寂が支配する広々とした空間であった。


 西村山金太は中に入ると中から鍵を閉めて

「ここには殆ど人が来ないからな」

 と言いパソコンの前に座らせると棚からあらかじめ置いていたファイルを手に宰に見せた。

「とにかく分かる範囲で集めたから、いなかったらそう言ってくれ。悪いが俺は神田川の傷害事件の捜査会議があるから頃合いを見計らってまた来るが何か分かったら連絡をくれ」


 宰は頷いて

「わかりました」

 と答え、西村山金太が部屋を出るとファイルを開いて一枚一枚丁寧に見始めた。


 神田川むさしは今年で32歳。

 宰や要よりも5歳上だ。


 キャリア組として警察に入り現在は警視である。

 それまでに色々な事件に関わってきた。

 それだけに関係者は一般の人々の比ではない。


 要は積み重なったファイルを宰が見終わったタイミングを見計らって渡し2時間ほど経つと

「ちょっと、飲み物を買ってくる」

 と立ち上がった。

 

 その時であった。

 宰は目を見開くと

「この男だ」

 と告げた。


 要は動きを止めて直ぐに宰の横に立つと開かれたページに差し込まれていた『浦野裕次』の身上書を見つめた。


 4年前に押し入り強盗をして神田川むさしに恋人先で逮捕されている。

 最近になって釈放されていた。


 要はそれを見て

「つまり、逮捕された恨みか……逆恨みも甚だしいな」

 と呟いた。


 宰は頷いて

「……だろうと思うが、浦野裕次に違いないので彼の行方を突き止めるしかない」

 と告げた。


 要は携帯を手にすると

「西村山さんに言っておいた方が良いな」

 と言い西村山金太に連絡を入れた。


 西村山金太は着信を知らせるバイブに捜査会議の席を立つと

「悪い」

 と言い、廊下に出ると要の着信に出た。


 要は彼に

「神田川さんを襲った人間が見つかった」

 と告げた。

「4年前に強盗で捕まった浦野裕次という人物だ」


 西村山金太は目を細めると周囲を見回して

「わかった。悪いがそのまま待っていてくれ。少ししたらそちらへ行く」

 と告げた。


 浦野裕次については良く知っていた。

 4年前に強盗をして禁固刑になったのだが元々は5年であった。


 ただ刑務所内での態度で早く出所するというのはよくある話で一年前倒しして彼が出所することは不思議ではなかった。


 宰は要が携帯を切ると

「あ、この事件の調書も見たいって言ってくれないか?」

 と告げた。


 要はチラリと彼を見ると

「切った後で言うな」

 と言いつつ

「少ししたら来るらしいからその時に言う」

 と返した。


 西村山金太が二人のいる資料室に姿を見せたのはそれから10分ほどであった。

 捜査本部の方針も同じで神田川むさしの過去の事件の関係者など周辺を調べることになった。


 宰の能力は一課の中でも神田川むさしと西村山金太だけが信用しており、他の人間は実際のところ『怪しい預言屋』や『イタコ』などの類と思っている。


 西村山金太は二人にペットボトルのコーヒーを渡すとファイルを受け取り

「浦野裕次か」

 と呟いた。


 要は「それで」というと

「宰がこの強盗事件の調書を見たいと言っているんだが」

 と告げた。


 西村山金太はチラリと正面に座る宰を見ると

「わかった。どうせここにある」

 というと立ち上がり棚を探って箱と調書を取り出した。

「これだ、資料と調書だが……別に中島から出ないと受け付けないわけじゃないからな」


 宰は苦笑しながら

「ですよね」

 と言い、調書を手に読み始めた。

「これって単独犯……何ですか?」


西村山金太は調書を見て

「あー」

 というと

「思い出した」

 と告げた。

「そう言えば、神田川も同じことを言ってたなぁ。神田川と俺は浦野裕次の行方を追う担当だったんだが……神田川が共犯がいるんじゃないかってな」


 宰はそれに

「どうしてですか?」

 と聞いた。


 西村山金太は箱を開けて中から煙草の吸殻を入れたビニールを出した。

「これだ」


 宰と要は顔を見合わせて

「「煙草??」」

 と呟いた。


 西村山金太は頷いて

「俺は煙草を吸わないから分からないんだが」

 と言い

「吸い殻が変だと言っていたんだ」

 と告げた。


 宰と要は同時に

「「は??」」

 とジッとビニールの中の吸殻を見つめた。


 宰は顔を顰めながら

「銘柄も一緒だし……唾液とかは調べたんですよね?」

 と告げた。


 西村山金太は冷静に

「当然だ。全て浦野のモノだった」

 と答えた。


 要は笑いながら

「俺は分かった」

 と告げた。


 それに宰と西村山金太は同時に要を見た。

 要は煙草を指さし

「こいつだけ長い!」

 と告げた。


 西村山金太は苦笑して

「おいおい、そりゃ……途中でやめたってだけだろ? 神田川も呼び出し食らって途中でやめることあるからな」

 と答えた。


 宰はハッとすると

「要! それだ!」

 と告げた。


 要は慌てて

「いやいや、冗談だって悪かった。乗らなくていいからな!」

 と告げた。


 宰は首を振ると

「じゃない、長さじゃなくて消し方だ」

 と告げた。

「他のやつは先3mmほど折れてるだろ?」


 ……恐らく浦野裕次の癖だ……


 それに西村山金太も要も目を見開いた。

 宰は更に

「癖は早々変わらないし、何もないときに変えることもない。神田川さんは自分が吸う人間だから気付いたんだ……この一本だけは『誰かが』消したってことだ」

 と告げた。

「つまり共犯者がいた可能性がある」


 西村山金太は調書をパラパラ捲りながら

「だが、そんなことは一行も書いていない」

 と告げた。

 そう言って最後のページを見て息を吐き出し

「担当の宝田警部も気付かなかったってことか」

 と告げた。


 宰は表情を変えると

「でも神田川さんの性格だったらきっと担当の宝田警部にも言ってますよね? 共犯者の可能性を調べなかったんでしょうか?」

 と告げた。


 西村山金太は蒼褪めると

「ま、さか」

 と呟いた。


 宰は肩を竦めて

「可能性の話です」

 と言い

「それより、先ずは浦野裕次を追いましょう。彼が出所後に行きそうな場所と考えると彼の周辺の人間を調べるのでちょうど良いじゃないですか」

 と告げた。


 西村山金太は頷いて

「ああ」

 と答え、宰を見ると

「隼峰、君と神田川は全く違う。君はスマートな知識人風だ。あいつはガサツだし大雑把だが……どこかパッションが似ている時があるな」

 と告げた。


 宰は目を瞬かせて

「そ、ですか?」

 と答えた。


 西村山金太は微笑むと

「ああ」

 と答え、目を細めて

「早く目を覚ませ」

 と小さく呟くと立ち上がった。

「行こうか」


 宰は頷いて要を見ると

「要は一つ頼まれて欲しい」

 と告げた。


 要は「おお」と答えた。


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