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【Vol.05】

 グラッ、と積みあがったダンボールのタワーが揺れる。

 地下三階。

 通りかかった猫がダンボールを押さえて崩れるのを防ぎ、かけよってきた猫たちがダンボールの積み直しを手伝っている。

 アリスがそれを小窓から見て、困ったな、の顔をしている。

 社長デスクの前には桃が立っている。

 憮然として、アリスの両頬をつかんで横にひっぱる。

「今は桃が話してるんだよ。ちゃんと聞きなさい。社長のくせに」

 アリスは頬をさすりつつ。これが社長への態度かよ、と声に出さずにブーたれる。

 桃は大ぶりなアイスピックをまるでどこぞの親衛隊のサーベルのように持ち、ピシッと掌の中で音をたてる。

 アリスはあわてて、ゴメンナサイと頭を下げる。

 そばのソファベッドには雪がいて、毛づくろいをしながら話に加わる。

「ここは狭いんですよ。早急に対策してください。いつか荷物で雪崩が起きますよ」

 ああ、と、すまなそうな顔のアリス。

「建屋と事業規模が合ってないんだよな。急成長して社員も増えて。対策は考えてるから待っててくれ」

 ソファにもたれて佐倉も言う。

「社員寮を一部つぶして倉庫にしませんか。あそこだけはまだ場所に余裕がありますよ」

 アリスがくわっと目をむく。

「嫌だ。猫様方にご不自由な思いをさせるくらいなら社長室をつぶしてくれ。今すぐ。あのダンボールをここへ運んでくれ」

 ふぅ、と雪がため息をつく。

 そしてソファの後ろにあるカーテンをあける。

 そこにはダンボールの山。みっちりと天井まで詰まった、奥行きがどこまであるのかもわからない、ダンボール地獄になっている。

「アリスがそう言うたびに運んだ結果がこれです。もう幹部会議の場所も残ってないから、私たちが今ここに。座る場所もなくて立ったまんまで幹部会議をしているんです」

 雪のかけているソファは、猫たちが爪研ぎまくって破け、ぼろいスプリングがはみだしている。社長室というのに建屋で一番壊れた家具が置かれている。


 で、と。

 気をとりなおしてアリスが言う。

 幹部会議の議題は倉庫増設の件ではない。

「莉々、だめか」

 桃が肩をすくめる。

「研修も始められないよ。桃、まだ出番もない。アリスの秘書にでもしてくれればいいのに」

「あの性格はどうみてもフィールドワーク向きだろう。なんで本人はコールを希望してるんだ」

「会社員に憧れてるんだってさ。丸の内をハイヒールで歩いてるやつ」

「うちは新宿のアングラだ。丸の内じゃない。いろいろ間違いすぎてるぞ」

 アリス、桃、佐倉、いっせいに雪を見る。

 雪、天井を仰ぐ。

「うちなら。ストレイキャッツ・レスキューでなら。配属先を用意できます。でも本人が希望していません。やる気のない者に無理強いしても良い仕事にならないだろうというのが社長の方針でしょう」

 アリス、自分の顔の前で手をふってバツを作る。

「会社の方針ではないよ。お猫様に楽しく過ごしていただくことのが業績より大事なんで、本人に配属先を選んでもらってるだけだ。莉々は猫じゃないから捨てていい」

 ひどい社長がいたもんだな、と声がする。

 頭かきかき、ノックもしないで、翠が社長室に入ってくる。

「会議中すまねぇな。緊急事態だ。仔猫が川に流されてる。人手を貸してくれ」

 全員の視線がデスクの上に集まる。

 きょとんとしているミミとネネがいる。さっきアリスにもらったササミ焼きをくわいていたのを、つるんと飲みこむ。

 全員すこし安堵の顔。しかしすぐに緊迫。流されたのはこの子らではなく別口か。

「行くぞ」

 アリスが飛び出す。

 残った幹部猫たち、顔を見合わせる。あわててアリスのあとを追う。

 走りながら佐倉が呆れて。

「なぜインタホン鳴らさなかった」

 翠も呆れて。

「社長室のだけ壊れてるじゃん。さっさと修理しろよ。わざわざ呼びにくるのメンドいよ」

「少しは自分にも予算をかけていただきたいわね。まったく」


 走るアリス。

 右手で莉々の襟首をわしづかみにして引きずっている。

「いい機会だ。おまえにレスキューの仕事を見せてやる!」

「じぶんで走れるし。手ぇはなせよ!」

 アリスが手を離す。

 反動で莉々、派手にコケる。

「何しやがんだ!」

「おまえが離せっつーたんだろ!」

 ぶうぶう文句を言いながらも並んで走る。


 中野坂上、長老橋あたりの神田川。

 ビニール袋が流れている。

 おそらくは袋の中身は生まれたての赤ちゃん猫。心のない人間に捨てられた。

 流れは浅いが、このままではすぐに袋に浸水して溺死するだろう。

 機動班の数匹、翠の仲間たちが流れを追っている。袋は川のまんなかを流れていて手が届かない。

 猫たちは泳げない。水が怖い。

 時間だけが刻々と過ぎていき、ビニール袋はゆっくりと沈みつつある。

 しかも学校帰りの小学生男子が川べりに集まり、面白がって袋めがけて石を投げて遊んでいる。

 そこへ走ってくるアリス。姿をみとめて機動班の猫たちが、ホッとした顔になる。

 あそこか、と目でアリス。

 あの袋です、と機動班の猫。

 アリスが飛ぶ。

 川べりにどこまでも連なっている桜並木の枝にジャンプ。

 高みから、背中のPSG1を抜く。

 まさに石をふりかぶった小学生に照準。

 追いついた翠が囁く。

「殺すなよ」

「わかってる。ニンゲンと同じレベルに落ちたくないからな」

 アリス、撃つ。

 小学生の肩をかすめる威嚇射撃。

 かすり傷だが小学生は目が点になる。石を投げる手は止まる。

 そこへ佐倉。小学生の後ろから忍び寄り、ダーツを投げる。

 袋の結びに矢が刺さる。袋の流れの進路が変わる。

 小学生とは逆の岸に、桃がいる。大ぶりのアイスピックを横なぎに払う。

 袋が空にはねあがる。

 落ちてきたところを翠がキャッチ。

 川沿いの散歩道、赤ちゃん猫の袋を抱きしめて翠が走る。

 隣を雪が、背にアリスを乗せて並走する。

 あっけにとられている莉々。

 どうしたらいいかわからないがとりあえずアリスのあとを追い走る。

 アリスが翠へ。

「間に合ったか?」

 翠が笑う。

「ああ。まだ温かい」

 しかし背後で小学生が、石を投げてくる。

 翠について走っていた機動班の猫にあたる。

 猫、足をすべらせる。

 川に落ちる。

 小学生が歓声をあげる。

 猫たち固まる。水に怯えている。

 騎馬中のアリス、赤ちゃん猫を抱いて手がふさがっている翠も、とっさで出遅れる。

 脊髄反射で動いたのは莉々。

 川にダイブする。

 泥水をかきわけて進み、落ちた猫を抱きあげ、「ばーかばーか!」と小学生に怒鳴ってから走りだす。

 アリスと並走。

 雪も走りだす。

 青い顔でアリス、莉々を見つめる。

「おまえ泳げるのか」

 当たり前の顔をして莉々。

「うち、ビンボーだったから。なつやすみは学校のプールばっかりいってた」

 翠がつぶやく。

 誰にでも取柄があるんだな、探してやれる会社がないだけで、と。


 動物病院の待合室で。

 神妙な顔でアリスが座っている。

 大規模な病院である。他の患者は誰も奇怪な風体のアリスをいぶかしんだりはしない。各々の膝のキャリーバッグを気にかけている。

 やがて診察室から医師が出てくる。

「大丈夫。赤ちゃんたちはみんな元気です」

 アリスの顔が輝く。

 病院の玄関の外では莉々が、犬の足ふき用の水道で体を洗っている。


 動物病院の駐車場。

 すみっこにしゃがんでアリスが三匹の赤ちゃん猫を抱いている。

 耳のインカムに、諜報班からの声が流れる。

「中野新橋に老夫婦。猫を亡くしたばかりです」

 アリスが返す。

「年は?」

 インカムから声。

「七十代です」

「仔猫向きじゃないな」

「新中野に会社員。男。四十代。猫好きですがペット不可物件です」

「保留」

「方南町に派遣社員。女。二十代単身。ペット不可物件ですが近々転居予定です」

「それ賭けてみよう」

 となりで莉々がふてくされている。さっさと社員寮に帰って、びしょぬれの服を乾かしたいらしい。

 自分は栄えあるコール配属なのだから野蛮なレスキュー室の手伝いはしたくない、と言いたいらしい。

 いいからついてこい、とアリスが莉々の耳をつかんで引っぱる。


 夜道を女が歩いている。

 街路灯に照らされたアスファルト。ガードレールのわきに毛布が敷いてあり、赤ちゃん猫が三匹いる。

 女、立ち止まる。

 しゃがみこんで赤ちゃん猫をみつめる。

 そして泣きだす。

 またクビになっちゃった。今夜じゃなければ拾いたかったよ。

 後ろ髪をひかれる顔して立ち去る。

 民家の塀の陰で様子をうかがっていたアリスと莉々、がっかり。

 さあ赤ちゃんを回収しよう、と塀の陰から出ようとする。

 そこへ青年が通りかかる。

 背中に『ゴドバシ・エクストリーム』と書かれた制服を着ている。地元の電気屋チェーンの配達員らしい。

 赤ちゃん猫を見て、目を丸くする。

 もう善意しかないトロけた顔で、赤ちゃんを三匹とも抱きあげる。

 嬉しそうに優しく頬ずりして、そばに停めてあった配達車に乗る。

 アリス、大あわてでインカムへ。

「あれは誰だ。急いで調べろ!」

 少しの間があり、インカムから返答。

「運送業、単身、戸建ての実家暮らしです」

「よっしゃビンゴだ。尾けるぞ!」

 アリスの顔が喜びでギラつく。

 フテてる莉々の襟首つかんで走り出す。

「いてぇよ、ばかアリス!」


 武蔵野の民家。

 庭に面したリビングの大きな窓に、家族のシルエットがある。

 赤ちゃん猫をそっとそっと大切にしている、老夫婦と青年の姿が伝わる。

 庭の樹々の影からそれを見ている、アリスと莉々。

 莉々はすこし呆けた顔して涙ぐんでいる。

「すげえ。うれしい。あたし、いいコトしたんだね」

 アリスが囁く。

「レスキュー室は、普通の会社にたとえりゃ営業みたいなポジションだ。コールより華があるし、出世コースだぞ」

 ふぅむ、と莉々が考える顔。


 数日後。

 武蔵野の民家の玄関ポストに、猫が一匹、ぴょいと飛び乗る。

 くわえてきた封書をポストに落として、どこへともなく消える。

 出した本人も忘れてた、懸賞当選のお知らせである。

 トヨタの新型ランドクルーザー250。新車価格は約五百万円。

 青年はさぞ喜んでくれることだろう。

もし少しでも楽しんでいただけましたら、

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