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【Vol.04】

 地下一階、コールセンター室。

 桃が氷のひきつり笑いをしている。

 莉々がインカムを頭につけて、のたうちまわって苦しんでいる。

 ブースのデスクの上には、ミミとネネの双子の子猫が並んで座っている。さっきアリスにもらった液状おやつのトロリッチが小皿に盛ってあり、満面の笑みで舐めている。ちまちま食べて、ときおり顔を見合わせて。おいちいね、と言い合ってるかのように首をかしげたりする。そしてちらりと莉々を見て、かわいそうでちね、と言うように目をかわす。

 桃が莉々を見下ろして、傷つけないよう言葉を選びながら言う。

「莉々さぁ、コールの仕事、むいてないんじゃないかな」

 パソコンのモニタには業務資料と、まっ白なメモ帳ソフトが、荒れた大地のように広がる。

 莉々は床で、自分の手首をつかんで悶絶している。

「十一社も経験してるのにタイピング習ってないとか、ありえない。あんた、ほんとに人類?」

 これでも遠慮して言ってるつもりの表情の桃。

 まあまあ、と幹部補佐役の梅子が桃をなだめるが、桃の耳には入らない。

「タイピングはね、日本語と同じくらい、呼吸するのと同じくらいの、最低必要項目だよ。内勤だったらどんな部署でも、できるのが当たり前なの」

 桃が握っているのはアイスピック。それの柄でしたたかに莉々の手の甲を打つ。

 悔しそうに莉々、のたうちまわりながら桃を見あげる。

「けどさぁ、あたしだってさぁ…!」

 その口を、瞬時にアイスピックで打つ桃。

 莉々は痛みで目をむく。

 平然と見下ろして桃が言う。

「あたしだってさ、じゃないよ。日本語も覚えてね。敬語もできないんじゃ研修以前のレベルだよ」

 そばのパイプ椅子にどっかりと腰をおろして桃、アイスピックを片手で弄びながら。

 大戦時の某国の親衛隊みたいなサディスティックな笑い方をして。

「できるようになるまで見ていてあげる。その前に腕が折れなきゃいいけどね」

 ミミとネネ、顔を見合わせる。

 こわいでちね、そうでちね、と目を交わす。

 そして床の莉々に目をやる。

 だめなこでちね、かわいそでちね、と目で言い合って。

 そして莉々のことも忘れたように、おやつのトロリッチを舐めはじめる。


 莉々、床で動かなくなっている。

 桃の横から梅子が莉々の様子をうかがう。

 泣いてるだろな、会社辞めるって言うのかな、と、おっかなびっくりで莉々の顔をのぞく。

 莉々、うずくまりながら床で目を見開いている。

 ゆっくりと体を起こす。

 痛みに耐えてるギクシャクした動きで、腰のサコッシュからアンドロイドの携帯を出す。

 SNSのアプリを起動し、梅子に見せる。

「こっちだったら書けるんだ」

 片手打ちでのフリック入力。

 梅子は目が点になる。

 ものすごいスピードで、桃の悪口を書いていく。

『サド猫! クソ猫! ナルシスト! 気取ってんじゃねぇよナヨナヨしやがって!』

 文章の内容はともかく、と気をとりなおして梅子。

 考える顔。

 そして。

 ふと思いつく。

 ブルートゥースで、莉々の携帯とパソコンとをつなぐ。

「ちょっと打ってみて」

 うながされて莉々、示された業務資料の文章を、メモ帳に入力していく。

 さっきまでは一文字も打てなかったのに、ものすごいスピードである。

 しかし時折、転ぶ。記号や数字やマウス使いのところが上手くいかない。

 莉々が唇を噛む。


 デスクではミミとネネ、皿をきれいに舐めとったところ。

 まるで洗ったばかりのように皿が輝いている。

 ミミが莉々へ目をやる。

 ありゃま、の顔。

 気まぐれのようにキーボードを押す。

 莉々のタイピングの、記号と数字の箇所だけ担当するように。

 ネネも莉々へ目をやる。

 こりゃま、の顔。

 気まぐれのようにマウスに乗る。

 公園の遊具で遊ぶ赤ちゃんのように、マウスですべる。

 莉々のタイピングの、マウス移動だけを担当するように。


 タイピングが踊りはじめる。

 莉々とミミとネネとの、まるでアンサンブルの楽器演奏のよう。

 リズムに乗って、三人でタイピングのダンス。

 だんだんスピードがあがってくる。

 梅子は三人の演奏を邪魔しないようそっと横から手を出し、タイピングサイトを起動する。

 メモ帳じゃなくサイトに入力するようアクティブウインドウを変更させて。

 一分間に何文字打てるかのテストが始まる。

 そして。

 結果が出る。

 判定はAマイナー。ぎりぎりでビジネスで使えるレベルだとサイトに表示される。

 ぱんぱかぱん、とウインドウにクラッカーの絵が出て莉々たちをお祝いする。

「あたし、すげぇ!」

 飛び上がって歓喜の莉々。

 顔を見合わせて満足げにうなづくミミとネネ。

 あっけにとられている梅子。ため息まじりに、誰へともなく。

「誰でも探せば特技は見つかるものよね。たいていの会社はそれを見つけてあげられるほどのカウンセリングする暇がないけれど」

 梅子がちらりと桃を見る。

 桃は満足そうに微笑む。

「よくやったね、ほめてあげる。次は日本語を覚えてちょうだい。敬語ができるようになったら研修を始めるから、桃を呼んでね」

 獲物をとりにがした肉食獣のような残念そうな笑いをうかべ、アイスピックの先をひと舐めして、桃が椅子から立ちあがる。

 桃の背中を見送って。

 梅子がぴょいとデスクに乗って、よくできました、と莉々の頭をなでる。

「ごめんなさいね。あんなんでも私のお兄ちゃんなのよ」

 莉々は梅子をまじまじと見る。

 言われてみればよく似た毛色のサバ白である。ただ、桃のはどこかギラついて攻撃的な色気なのに対し、梅子は穏やかな美形ぶりでいる。華やかさはないが温かくて。友達や同僚として一緒にいるなら梅子のほうが人気がありそうな。

 なるほど、と莉々。

「あんたもタイヘンなんだねぇ」

 すると梅子は穏やかな微笑みのまま、いきなり素手で莉々の顔どまんなかをブッ飛ばす。

 どうやら梅子は空手使いらしい。みごとな正拳突きである。

「梅子さんも苦労をなさっているのですね。リピートアフタミープリーズ」

 飛んで床に倒れる莉々。やっぱ暴力兄妹じゃねえかとボヤいている。


 たくさんぶたれて顔が腫れてきている莉々。

 梅子に先導されて、這うようにエレベーターに乗り、そして降りる。

 そこは地下の最深部。猫たちの社員寮である。

 団地のように細かく区分けされたベッドの森に、ふわふわのクッションが敷かれたキャットタワーの林。レストランエリアには築地直送の刺身やオーガニック栄養食がてんこもり。トイレも鉱石や紙砂などが全種類用意されている。壁にも天井にもキャットウォークが設置され、清潔で優しい匂いがしている。

 梅子が困ったように、莉々をふりかえる。

「どこでも好きなとこ使ってくれていいのだけれど」

「うん。ありがとね」

「全部、猫用よ。あなたには小さすぎるでしょ。ほんとにうちで働くの?」

「部屋があって食うもんもあって。じゅうぶんだよ。じつは住むところもなかったんだ。キャバの寮にいたからさ。辞めたら追い出された。泊めてくれるような友達もいないしさぁ」

 梅子のおでこにピキッと青筋が浮かぶ。

 莉々、ビクッとする。

 よけもせず梅子のパンチを顔どまんなかで受けとめる。

 なめらかな滑舌で梅子が言う。

「ありがとうございます。住居も食事もいただくことができて光栄に思います。リピートアフタミープリーズ」


 深夜の社員寮。

 寝静まる猫たち。

 莉々がフロアのすみっこで丸くなっている。猫草をプランターから勝手にむしってマヨネーズつけて食べ、高級オーガニック猫缶にスプーンつっこんで口に運ぶ。うんまぁい、とホクホクして食べ終えて、ゴミをそこらに放っぽらかす。猫ベッドを枕にして、猫ハウスに足をつっこんで、猫用シャワールームで洗ったのだろう濡れた髪を洗いざらしにして。

 闇の中、猫たちから隠すように、スマホを点ける。

 ぼうっとスマホのブルーライトがあたりを照らす。

 莉々がフリック入力する。

「ちゃんとだませた。やくそくをわすれるな」

 送信しようとする。しかし電波が届かない。

 莉々、ムッとした顔でスマホを消す。

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