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【Vol.03】

 ふぅむ、と、アリスはキーボードをたたく指をとめてモニタを見る。

 佐倉の階の、さらに下層。地下三階フロアの社長室。やはりそのフロアも体育館ほどの広さで、部署ごとに低めのパーテーションで区画整理されている。フロア最奥に社長室のパーテーションがある。小窓がついていて、あけるとフロアが見渡せる。

 アリスが目をこらす。

 地下三階は主に、ストレイキャッツ・レスキュー室に占められている。会社の中核事業である野良猫保護である。まずはコールセンター室が集めてきた捨て猫情報を整理する。諜報班が集めてきた里親候補の家を吟味する。運輸班が猫をその家まで運び、出会わせる。そして追跡班は猫が大切にされているかを確認する。あとは、佐倉の率いるアフターケア室の仕事である。猫が大切にされているならお礼をする。欲しかったものが安く買えるよう仕向けたり、恋を成就させたりする。だがもし猫が虐待されたり捨てられたりしたら。翠たちの出番となる。

 この流れを統べているのが、アリスのパートナー、雪である。三階フロアの責任者でもある。銀色に艶めくスラリとした美青年で、物静かで無表情。冷たいと思われることも多いが、物事の成り立ちはよく読んでいる。

 フロアは混雑している。

 どこのパーテーションにもダンボールが積みあがっていて、荷崩れしそうになっている。

 その下を猫たちが足早にすりぬけていく。

 心配そうな目でアリスが見ている。

 ダンボールのせいで狭くなった通路をぬけようとした猫の、肩がダンボールに当たってしまう。

 あ、とアリスが声をあげる。

 ダンボールの山が崩れかける。

 わきの通路に雪がいる。眉をひそめて部下の報告を受けている。

 ダンボールが落ちる。重そうな音をたててズズッと滑りおちてくる。

 すりぬけようとした猫の頭上へ。

 雪、部下とその手元から目は離さずに、尻尾だけをふわりと舞わせる。

 ダンボールの荷崩れを、尻尾が止める。

 荷崩れを起こした猫が青くなって平謝りするのを、片手で「気にしないでください」と返し、部下に話を続けさせる。

 アリスが雪を、ちょいちょいと手招きをする。

 雪、すこし待っているよう部下に話を中断させて、アリスの小窓のそばへ来る。

「どうかしましたか?」

 アリス、すねたような甘える顔で。

「さびしい。遊んでくれ」

 雪、無表情で返す。

「社長のくせして仕事の邪魔しないでください。もうじき銀行と打ち合わせでしょう。支度できてますか」

「なんか詰んでる。手伝ってほしい」

 手間のかかる子ですね、と呆れ顔の雪。無表情のまま社長室へ入ってくる。

 アリスのモニタをのぞきこみ。

「フォーダイヤ銀行。今日は傘下のフォーダイヤ証券を連れてくるんですよね。世界屈指のメガバンク相手です。粗相のないようにしてください」

 表情はなくても空気は柔らかい。なんだかんだいっても雪はアリスを甘やかしている。

 モニタの中には、東証マザーズ上場するための条件と、それに対するインモラル社の現状が表になっている。

 たとえば、必要な株主は百五十人だが、インモラル社のは五十人に満たない。必要な流通株式時価総額は五億円だが、インモラル社のは四億を超えたばかりだ。

 道のりは遠い。アリスはため息をつく。

「それでも上場したいんだ。マザーズでいいから」

「でいいから、とは何ですか。東証マザーズ上場だなんて新興のベンチャーにとっては最高の栄誉でしょうに」

 そうだなぁ、と遠い目のアリス。

 だけど条件が足りないんだ、と、さびしそうにつぶやく。

「今うち、業界大手の下請けをしてるよね」

「はい」

「官公庁の仕事を直接請け負うためには上場企業でなければならない。そういう法律だから。うちは官公庁からは直接受注できない。どうしてもインフラ系の仕事がしたければ下請けしかない」

「そうですね」

「でもさ。うちのメインの取引先、元請けは、ペルソナ社だ」

「はい」

「悪徳で有名」

「バックに与党の大物がいますからね。よく汚職で騒がれてます」

「うちへの仕事も、ギャラを九割も中抜きしてくる。お猫様たちが苦労して稼いでくれた金を、ペルソナに横取りされる。くやしい」

「そうですね」

「いつか見てろ。上場してやる。悪魔に甘い汁吸わせるのは、もうたくさんだ」

 自分のほうが悪魔みたいな風体で。

 アリスの黒くふちどられた目に光がともる。

 雪の瞳に透明な笑みがうかぶ。慈愛の目でアリスを見下ろすのを受けて、アリスも笑う。ありがと元気が出た、と、椅子の上で大きく伸びをする。

「今日の打ち合わせはほんの顔見せだ。肩ひじ張るこっちゃない。こっちはその気でいるから協力しろと意思表示するだけでいい」

「二時からでしたね。自分たち幹部も同席します」

「ただな…」

 アリスが椅子で大きく伸びをしてから、ちらりと雪を見る。

「フォーダイヤは、ペルソナともパイプが太い。うちが上場すればペルソナは不愉快だろう。妨害しにくるだろう。うちとペルソナが対立すれば、フォーダイヤはペルソナの肩を持つ。あっちのほうが儲かる融資先だからな」

「種を蒔きますか?」

「うん。どんなことにもリスクヘッジをする。種は二つ蒔けってのが、山崎種二の金言だ」

「では、浜横へ?」

「うちのメインバンクは二行ある。浜横銀行にも上場話の声かけをしてくれ。フォーダイヤに裏切られたらすぐ浜横に乗り換えられるようにな」

 モニタ右下に表示されている時刻は、二時の五分前である。


 Zoomの会議機能がパソコンのモニタに広がる。

 フォーダイヤ側には銀行が三人、証券が三人。すべて年配男性で、まるで制服のように揃えたダークグレーのスーツで並ぶ。

 インモラル側にはアリスと、雪、桃、佐倉、幹部の三匹が並ぶ。アリスはいつものエプロンドレスで背中には狙撃銃。女児がグレて壊れたような、極彩色のパンキッシュな姿でいる。隣のモニタ枠にはその女児と同じ背たけの、日本語を喋る猫たちがいる構図。

 証券の男性陣が、無表情をとりつくろっているその顔の下で動揺している。

 自分たちはチャンネル設定でも間違えたのかと不安で青ざめている。最近急成長しているベンチャー企業のトップとの初顔合わせの場に、なぜ、ハロウィンみたいな格好の女児がいるのか。しかも奇怪な猫つきで。

 焦って手元の資料を確認する。公式資料によればインモラル社の社長は、山田一郎、四一歳、法政大学卒業、東京出身、独身、スキャンダルなし、趣味はサーフィン。

 なんだこの資料は?

 証券の男の手がふるえているのを察して、銀行の男が証券の男へ目くばせをする。間違えてない大丈夫だ、あれが社長だ、と信号を送る。前々からそう説明は受けていたが実物を見るまでピンときていなかった証券の男、ようやく理解した顔になる。

 アリスがにやりと笑う。

 モニタにむかって握手の仕草で手をさしのべて。

「失礼。これは私の趣味のアバターです。フォーダイヤの皆様もどうか寛いでください。堅苦しいのは苦手でしてね」

 証券の男たち、ドッと安心感で破顔する。冗談がお好きな社長様でよかったです、などと言いながら。

 佐倉はまるで銀座の高級クラブのママさんのように、相手のネクタイを褒めて場を和ませる。

 桃は悪戯っぽい目をして頬杖ついて、ふわふわの巻き毛をかきあげる。見るともなしにその仕草を見ていた証券の男がなぜか照れていて。桃はそんな男に物憂げな無関心の視線をくれる。

 雪も静かに微笑みながら、目の端でZoomの設定を確認する。

 もちろんアバター設定はしていない。サーフィンなんか一度もしたことがない。

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