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【Vol.19】

 ペルソナBPO法人戦略部。

 奥のデスクで不機嫌な顔をしている男がいる。フジワラ部長、と周囲からは呼ばれている。

 各巨大企業からBPOで業務を受注し、それを各部署に割り振るのも役目のひとつである。インモラルなど下請けへ一部の業務を託すのも、彼の管理下にある。

 白髪まじりで整った顔、ブランドスーツに紳士的な態度。

 俳優ばりの見た目だが、外見にそぐわない汚れた仕事も、彼のみが管理するタスクフォルダに紛れ込んでいる。

 まだか、と紳士顔の皮膚の下でパソコンモニタをにらんでいる。

 フォルダから表示されるファイルは三枚のプロフィール。タカハシ、サイトウ、ワタナベが写真入りで映し出される。職業欄には「ダイバー」とある。昔から密輸といえば漁師を雇ってするもので、港湾には報酬次第で違法業務を委託できる組織もある。タカハシたち三人も、ダークな付帯業務込みでのダイビングを依頼されて動いている。顧客には政財界も含まれている。

 そのタカハシからの、報告が来ない。タカハシらの所属する組織へ催促も出してあるが、もう少々待てという返事があっただけである。

 緊急用メッセージボックスを確認する。

 だが何の連絡もない。

 少し前に、変なメッセージはあったが。

『社長はアリスという化け物。社員は三百匹の猫。頂点にいるのが銀色と茶色と縞模様と他雑種。』

 おそらく友人などへ出すべきプライベートな冗談をフジワラへ誤爆したのだろう。腹が立ったのでそのメッセージは削除した。

 まだか。

 どうやら四谷付近で銃撃事件があったらしい。自分の仕事には関係がなさそうだが、報道ヘリの音やニュース速報などの雑音が煩わしく、フジワラの不機嫌に拍車をかけている。

 そしてついに新着メッセージが到着する。

『本拠地判明。御苑の地下。中の池から下の池にかけて』

 これを待っていた。

 頼んだものよりは情報量が少ないが、場所さえわかれば手は打てる。

 フジワラは、無表情のままタスクをひらく。

 用意していたプログラムを、オンにする。


 地下の建屋では、大騒ぎになっている。

 襲撃に備えて全社員を避難させねばならない。反撃してやりたいのはやまやまだが、最優先すべきは猫たちの安全確保。襲撃がくる前に、地上へ逃がさねばならない。

 雪が右手をあげて誘導する。

「こっちです。三階および社員寮の方々、こっちです!」

 雪は社員を点呼しながら、さらに地下への道を示す。

 地上への玄関口は狭い。全員を通らせては時間がかかりすぎる。地下三階四階の猫は上ではなく横の穴を抜け、調整池とよばれる水道施設を目指す。大雨などのときに都市の排水が足りずに街が水浸しになりそうな時、一時的に降水を貯める地下設備である。地下数階分はある巨大なタンクで、坑道や梯子も完備されている。NTTの通信ケーブルを収納している洞道を伝って調整池へ行けば、安全に地上へ出られるはずである。

 各班に分かれて隊列を組み、軍隊のように移動する。

 業務データはクラウドで管理している。建屋に置いてあるのは端末だけ。各社員が自分用のログインパスワードを忘れないでくれれば荷物は持ちだす必要がない。わずかにある書類には雪が火をつける。敵に占拠されたとしても重要な業務情報が敵の手に渡らないように。

 フロア中央に積みあげられた紙束から、火の手があがる。

 雪の瞳が、かすかに辛そうに濡れる。アリスとの思い出の詰まった建屋である。

 佐倉は言葉もなく雪の横顔を見ている。

 雪はきびすをかえして列の先頭へ移動する。

 全員を調整池へ導くために。

 佐倉は列の最後尾をつとめ、こぼれる猫がいないか見守りながら進む。


「桃のあとついてこれてる?」

「迷子いませんか?」

 桃と梅子が声をはりあげる。

 地下一階と二階の猫たちは地上へむかう。廊下にずらりと長い列をつくり、規則正しく地上へ出ていく。出口では桃が待っていて、待機で登るべき樹木を班ごとに指示していく。御苑は無人になっているので猫たちは人目を気にせず続々と玄関口から外へ出る。

 列の途中は梅子が見守る。はぐれたりする猫がいないように。

 列の最後は三木が見守る。置いてきぼりの社員がいないか一階二階の点検をして、列からこぼれる猫がないよう指示を出す。

 迅速に。ミスがないように。

 いつどんな襲撃があろうと猫だけは守れるように。

 三木が最後に一階フロアを見回す。

 胸の奥が痛い。

 ここで過ごした時間はわずかだったのに、楽しい思い出がありすぎて。

 莉々とスクリプトを読みあっていたデスク。

 夜更けまで一人で静かに読み耽っていた業務資料キャビネット。

 桃が怒ってアイスピックを突き刺してたパーテーションには穴があいている。

 ぶつぶつ文句をいいながらその穴にかわいい壁紙を貼っていたのは梅子。

 ありがとうございました。

 三木は無人のフロアに頭を下げて、静かに扉を閉める。


 遠くに嫌な予感のする音がきこえる。

 まるで打ち上げ花火のような。

 だが花火よりもはるかに禍々しくて、攻撃的な。


 ドゥッ、と、何かが爆発する音。

 二発、三発、続けて撃ち込まれていく。

 そして激しい水音。

 なにかが怒涛のように流れ込んできている。


 テレビの画面でキャスターが叫ぶ。

「こちら現場です。聞こえていますか。この赤坂御所を狙った爆破事件、まだ犯人グループは捕まっておりません。都内は二十三区はほぼ検問をかけられています。皇室が狙われたとあっては警視庁は威信にかけても犯人逮捕に動かざるを得ないでしょう」

 カメラがスタジオに返される。

「VIPを狙った愉快犯のテロリストでしょうか」

「動機も凶器もまだ発表されていません。数日以内に警視総監の記者会見が行われることでしょう」

「ありえないことですが、犯人が逮捕できなかったら、どうなるのでしょうね」

「ありえませんがね。現在の警視総監は政界との深いパイプがあり就任した経緯があります。警察の威信に傷がつくことがあれば、次の総裁選への影響も懸念されます」

「与党の支持率にも…」

「そうですね。では引き続き、現場からの中継をお伝えいたします。明治神宮にも…」


 アリスは手元の端末のニュース映像を閉じる。

 お気に入りでよく昼寝をしていた樹の枝で。

 雪と過ごしたこの場所も、今日で見納めか。

 アリスはインカムつけて、端末操作し、総指揮をとる。

 一匹たりとも犠牲者は出さない。

 インカムから三木の声。

「一階、二階、フロアは無人です。全員脱出しました」

 続いて佐倉の声。

「三階、無人よ。四階の社員寮があと少しで無人になるわ」

「あと少し。どのくらいだ」

「三十匹かな」

「急げ。走ってくれ」

 アリスの背中を、何かが飛ぶ。

 嫌な音をたてて。

 打ち上げ花火のような、けれどもっと禍々しい爆音で。


 樹上から。

 アリスは見る。

 中の池に、ロケットランチャーが撃ち込まれている。

 池の底を割り、大量の水が洪水になって建屋に流れ込んでいる。

 ふるえる声で、アリス。

「佐倉…。あと何匹だ?」

「あと、三十だってば」

「走れ!」

 しかしその声より早く、玄関口へ突進していく者がある。

 莉々。

 足のチェーンは引きちぎったのか、一部がまだ足についたまま。

「止まれ。おまえは止まれ!」

 アリスは莉々を追おうとする。だが、三百匹をほったらかしてこの樹を離れるわけにはいかない。

「佐倉、頼む、走ってくれ!」

 インカムへ叫ぶ。

 アリスの胸の中がモゾモゾしている。

 ぽわんと顔を出す、ミミとネネ。

 丸い大きな瞳で、飛び込んでいく莉々を見ている。

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