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【Vol.17】

「頭の上に手を置け」

 タカハシの声。

 ためらうアリス。けれど銃口はアリスの額をむいている。

 ゆっくりとハンズアップ。

 満足そうにタカハシが近づいてくる。

「おまえを生け捕りにすりゃ、最高の証拠品だ」


 タカハシのうしろにサイトウ。ポケットに手をやる。携帯の録画がオンになっているのを確認しようとして。

 目が点。

 サイトウの携帯は、暴力的にスライスしてある。まるで、充電器の差込口からアイスピックかなにかを突っ込んだような。

 おい、とサイトウ、ワタナベに目くばせ。

 ワタナベがサイトウの携帯に目をやり、目が点。

 自分の携帯を見る。同じ有様になっている。

 おい、とワタナベ、タカハシに目くばせ。

 タカハシは気づいていない。

 おい、とサイトウが声を荒げる。

 ようやくチラリとサイトウを見るタカハシ。

 サイトウの携帯を示される。

 目が点。

 タカハシ、右手で銃を構えてアリスを見たまま、空いてる左で手さぐりでポケットをさがす。

 自分の携帯を指で確かめる。

 割れている。

 そうまるで、アイスピックをねじこまれたように。


 サングラスの三人、アリスを見ている。

 猫たちが音もなく立ち位置をずらしていることにはまだ気づいていない。


 桃はアリスの後ろの草むらへ。

 手だけを出して、倒れる佐倉をたぐりよせていく。

 雪はかすかに伸びをする。

 佐倉と桃のふたりの姿がタカハシたちの視界に入らないよう、自分の影を盾にする。

 すこしずつ。

 ズズ、ズズ、と位置がずれていく。

 桃から雪へ、視線の通信。

『佐倉の収容は無事完了。脈は正常』

 了解、と雪の目。

 その情報は瞬時にアリスに伝わる。

 そうか、とアリスが目の端で微笑む。


 桃と佐倉の姿が完全に草むらへ消える。

 それと同時に、アリスとタカハシのあいだに割って入ってくるものがある。

 翠。

 タカハシは、銃口をアリスへむけたまま翠に目をやる。どちらに銃口むけるべきか躊躇する気配をみせてから、やはりアリスか、と、動かずにいる。

 ずいぶん見くびってくれているなと翠が笑う。

 アリスに背中をみせて立つ。

 四つ足だったものが二足歩行へ。

 右手には軍用サバイバルナイフ。

「証拠なら、喋る猫のほうが美味しいだろうに」

 しゃがれた低い声。

 タカハシたちが目を丸くする。

 莉々は本当のことを言っていたのか。いやもしかしたら、おれたちの側が白いおくすりでも打ってるのかもなとタカハシが口の中でつぶやいて。

 銃口が、アリスから翠へ移る。

 その瞬間。

 頭の上にあったアリスの手が背中にまわる。PSG1をつかんで引きぬき、構える。

 照準は、タカハシの額。

 沈黙。

 さあこの状況をどう判断する、とアリスの目が問う。

「おまえが頭に手を置く番だな」

 醒めた目でアリス。

 ギャッ、とワタナベがくぐもった悲鳴をあげて倒れる。

 雪である。ワタナベを引き倒して地面に伏せさせ、首をくわえている。白い大きな牙が、頸動脈のすぐ上にある。

 タカハシ、観念の顔。

 しょうがないなといいたげに手をあげる。

「銃はこっちに投げろ」

 口をへの字にしつつ、タカハシが銃を放ってよこす。

 銃は、翠とアリスの中間点に落ちる。

 いや、落ちようとする。

 落ちた瞬間に、暴発する。

 爆風が散る。


 とっさに。

 翠はジャンプで逃げる。

 アリスはPSG1をタカハシからそらせない。胸の仔猫だけは左腕でガードをするが、自分はもろに砂塵を浴びる。さいわいにも弾がどこかへ飛んだだけ、着地点の地面がえぐれただけ。飛散しているのは土と草だけである。

 タカハシも呆然としている。

 おそらくは値段だけで選ばれた激安粗悪品を、ろくに試射もしないで渡された、依頼主からの支給品。タカハシがいくらの報酬をもらっているかは知らないが、文字どおりにブラック企業に殺されかけたことになる。

 アリスがタカハシを見る目に同情が混じる。

 うっせぇわ、の目を返すタカハシ。顔を横にふり、頭からかぶってしまった土塊をふりおとす。

「…帰れば? おれと睨めっこでもしたいのかよ」

 ははっと笑ってアリス、地面をガッと蹴る。

 暴発時に動けなかった理由はもうひとつある。そのもうひとつが今、地面にうずくまったまま、両手でアリスの足首にしがみついている。うつろな目はアリスの胸元しか見ていない。仔猫のいる胸元に。

 莉々である。

 こいつが足首に絡んでいて跳べなかった。アリスはしがみついてくる莉々の腕を蹴る。だが離れない。目はタカハシをにらんだまま莉々を蹴り、ひきずりつつで、じりじりと後退する。

 雪、動く。

 アリスをさらって背中に乗せて、莉々をひきずりながら疾走する。

 雪の背で、アリスがもがき続ける。まだ莉々の腕が離れない。銃尻でガンガンに叩いても。

「ゾンビのほうがおまえよりは聞き分けがいいぞ。離せボケ!」

 厳戒態勢の明治神宮。

 そびえる樹々のはるかな枝を飛ぶ猫までは、警官隊も気づかないらしい。

 雪が言う。翠からの伝言です、と。

「必ず生きて帰るよ佐倉が泣くからな。だそうです」

 ああ、とアリス。莉々を殴る手をとめる。

 翠は今、タカハシの後始末で神宮に残っている。

 困った顔でアリス。

「…佐倉、泣いてくれるのか?」

 返事に窮する雪。

「…泣いてくれるといいですね」

 あいつも懲りない男だね、と、乾いた笑いしか出てこない。

 どうしてアリスのまわりには、あきらめの悪いやつしかいないのだろう。


 いつもの動物病院。

 先に到着している桃が、待合室にいる。玄関から入ってきたアリスをみとめ、ただいま治療中だと目で伝えてくる。

 診察室から獣医が出てくる。

 一緒に佐倉も、歩いて出てくる。

 腕に包帯が巻かれているが、顔色はいい。

「高いところから落ちたんですか?」

 獣医に聞かれる。

「肺が押されて意識が遠くなったみたいですね。傷は縫うほどでもありません。抜糸も必要ありません」

 傷口は溶ける糸で縫われ、医療用の強力テープを貼られている。

 言いにくそうに医者が言う。

「この傷。なんだか焦げているようですが、どうして怪我を?」

 アリスと雪と桃、目を見合わせる。

 日本では人間用の医者ですら銃創はあまり経験がない。まして獣医には奇妙な傷にみえるだろう。

 えー、わかんないんですー、いつのまにけがしててー。

 アホな子供のふりをして、アリスたちは動物病院をあとにする。

 病院の駐車場では腐ったゾンビのような莉々が、うつぶせの大の字になって落ちている。


 病院のそばの公園の、立入禁止の植え込みの中で。

 雪が神経を澄ませて街をサーチする。

 グーグルマップからではわからない、警察の厳戒態勢を。

「新宿全域、非常線が張られています」

 まあそうだろうなとアリス。

「御苑は?」

「封鎖はされています。一般公開を本日中止という形です」

「無事か?」

 無事、の方向性にもよりますね、と雪。

 インカムをオンにする。

 がやがやと、いつもの平和な賑わいが聞こえる。

 地下一階からは梅子の声。

 開き直ってテキパキと指示出ししているのがうかがえる。

 このところ何度も桃が不在になっているので梅子も慣れたらしい。管理職としてランクアップしているのが伝わる。

 アリスの後ろの植え込みには桃たちがいる。

 性格とは裏腹に、桃にはヒーリングの特技がある。佐倉の傷に手をあて、痛み止めと化膿止めをしている。

 横から莉々が手を出して、桃の手をむりやりつかんで自分の頭にあてる。

 さっきアリスに殴られてアザだらけになっている頭を癒し、ああ気持ちいい、とウットリしている。

 桃、カンカン。

 手をひっこめて莉々を蹴る。

「桃の手を使わないでって言ったでしょ。これやると疲れるんだからね!」

 ようやくひと心地ついた佐倉、体を起こす。

 沈痛な顔でアリスを見る。

「みんな無事。…いまのところは、でしょ?」

 アリスと雪、目を交わしてから、うなづく。

「ああ、これから大騒動だ。このバカが場所をペラってくれたおかげでな」

 全員の目が莉々を見る。

 冷たい、責める目。

 莉々、さすがにうろたえる。

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