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【Vol.16】

 仔猫を抱いて立ちあがろうとする。

 けれど足に力が入らない。

 よろける莉々。

 頭のてっぺんでマチ針がぴよんぴよんしている。

 仔猫たちは莉々の腕から逃げようと、手足をぱたぱたしている。

 莉々は仔猫がもがいていることにも気づいてない。

 どこへ行けばいいのかもわからない。

 途方に暮れた顔で、遠く、歌舞伎町のほうの空を見る。

 また寮つきのキャバでも探せばいいか、ペット可の寮なんてあったかな、と。

 ぼんやり思いつつ。


 背中を突かれる。

 莉々が転ぶ。

 柔らかい土の上へ。

 倒れた背中を、誰かが靴で踏む。

 上からタカハシの声がする。

「なめた真似してくれるじゃねぇか」

 莉々、うずくまる。

 亀のような格好で、胸の仔猫を守る。仔猫だけは揺らさないように、体に力をいれる。

 ミミとネネ、こわくて固まっている。

 おたがいの手をにぎり、おおきく目をあけて、莉々の胸にしがみついている。

 また蹴られる。

 靴は、ひとつではない。

 右から、左から、頭から、何度も蹴りつけてくる。

 うう、と、うなる莉々。

 それでも動かない。

「逃げられると思ってんのか?」

 やっぱりバカだな、と嘲笑の声。

「さっさと渡せや、その証拠。大事にしてやるからよ」

 また蹴られる。

 ゴッ、と振動がくる。

 ミミとネネにも伝わる、鈍い衝撃。

 莉々の胸の中で二匹、目と目をかわす。

(りりたん、いたい)

(きっと、いたい)

 また振動。

 うめく莉々。

 ミミとネネのまわりに、生暖かいものが落ちる。

 血。

 どこかから流れている。

 生暖かくて生臭い、血の匂いがたちはじめる。

(りりたん、わるいこ)

(わるいこ)

(でも…)


 タカハシが汚れた真紅の塊を見下ろしている。

 靴の跡だらけで動かない莉々。

 タカハシの手がサイトウたちを制す。

 莉々の顔をのぞく。

 白目をむいて、意識がなくなっている。

 ちっ、と舌打ちをして。

 タカハシ、莉々の髪をわしづかみにして持ちあげる。

 顔は上がる。しかし胸が地面についたまま。

「…しぶてぇな。中卒のくせに」

 亀のように地面に這いつくばって丸まっている莉々をひっくり返そうと、タカハシが足をかまえる。下から蹴りあげようと。仔猫のいる胸をめがけて。

 その時。

 銃声。

 タカハシのこめかみをかすめる弾道。

 つ、と一筋の傷が裂かれ、タカハシが固まる。

 どこからだ、と。目だけ動かして周囲を探す。

 ふわり何かが、数メートル先の枯葉の上に着地する。

 どこかの枝にいたのか、空から舞い降りてきたもの。

 ふしぎの国のアリス。

 と呼ぶには派手すぎる、サイケデリックに染めあげられて、腕に狙撃銃。タカハシの眉間に照準を合わせている。

 アリス。

 いや。

 パンクの国の人喰いアリス。

 これが莉々の話していたやつなのか。タカハシはサングラスの奥で驚愕の目。

 アリスの反対側から猫たちがあらわれる。四方から、タカハシたちを取り囲んでいる。一歩また一歩、距離を縮めてくる。

 ひっ、とサイトウが小さく悲鳴をあげる。

 アリスの足元にはユキヒョウ。反対側からも猫がくる。アイスピックをしならせているサバ白、ダーツの矢を指にはさんでいる茶トラ、山賊のようなナイフを持つ二足歩行の熊のようなデカい黒猫。

 ポケットに手を入れようとする。せめて携帯で動画をとらねば上層部が納得しない。警官に逮捕されるより上司に怒鳴られるほうが怖いのが、ブラック企業のサラリーマンである。けれど手がふるえる。携帯まで手をのばすことができない。

 怪奇現象。まだ日も暮れていないのに。

 グフッ、とくぐもった声をあげてサイトウが沈む。

 右のふくらはぎにダーツの矢が刺さって裂かれ、片膝ついている。

 ガッ、と吐くような声がして、ワタナベも沈む。

 左の足の甲が靴ごとアイスピックに貫かれていて地面に串刺しになっている。

 サバ白の猫がゆっくりと見せつけるように、ワタナベの靴からアイスピックを抜きとる。

 血のついたアイスピックの先をちらりと舐めて。

 タカハシは莉々の髪をつかんだまま、あとずさろうとする。だが四方を囲まれていて逃げ道がない。

 サングラスでは隠せないほどに動揺している。

 アリスが告げる。

「獲物は置いてけ。おまえは消えろ」

 サバ白、茶トラ、黒猫が、左右に別れてタカハシたちへ退路を示す。

 タカハシは莉々の髪をつかんだまま。

 アリスが照準を、眉間から腕へと移す。

 撃つ。

 タカハシの手の甲。

 見事に皮膚だけを裂く、腕の良さである。

 衝撃でタカハシ、とっさに手を離してしまう。

 莉々が地面に落ちる。

 かすかにうめき、莉々が意識を戻す。

 白目が普通の目になる。だが薄目をあけて死体のふりで身動きはしない、状況判断の良さである。

 もういちど、アリスが告げる。

「消えろ」

 ようやく身を起こした、サイトウ、ワタナベ。

 退路へむかって足をひきずり早足で歩きはじめる。

 おまえもだよと二人から目でうながされ、タカハシもあとを追う。

 その背にアリスが言う。

「中卒中卒おまえは言うがな。私は小学校も行っていない。それでもおまえより稼いでいるし勉強もできる。イキってんじゃねぇぞボケ」

 タカハシがかすかにアリスをふりかえる。

 表情のない目でアリスに目をやり、そして無言で歩きはじめる。

 小さくなる三人の背を見送ってから。

 アリスがPSG1を背中に片付け、莉々の髪をつかんで引き上げる。

 起きてるんだろ、と揺すると莉々は、薄目をあける。

 ひどく痛めつけられている。自力で起きる力はないらしい。

 アリスが莉々の腕をこじあける。仔猫たちを莉々の胸から掘りだす。

 危ない目にあわせてすまなかった、と辛そうに仔猫たちに頬を寄せる。

 ようやく息をつく仔猫たち。

 アリスが安堵の顔になる。

 地面の莉々を、憎しみのこもる目で見おろす。

「おまえも消えろ。歌舞伎町に帰れ」

 仔猫たちはアリスの腕で、もそもそと動く。

 いつのまにこんなに動けるようになっていたのだね、赤ちゃんの成長は早いね、とアリスが目を細める。

 仔猫たちはまるでカンガルーの仔のように。

 アリスの腕から胸元へと這っていく。そして首元から服の中へもぐりこむ。胸あたりで止まる。そこがちょうど体のおさまりがよい場所らしい。二匹そろって、ぺたんこの胸のキャミソールにくっついて。ぱふん、と落ち着いた顔になる。

 自分の服の中を襟からのぞいているアリス。仔猫たちのすることを、不思議なものを見ている気分でいる。

 もしかしたらこの二匹も、猫よりはアリスに近い存在の生き物なのかもしれないな、と思いつつ。

「行くぞ」

 雪、桃、佐倉、翠を見る。

 梅子が壊れる前に帰らねば、と。


 銃声。

 佐倉がアリスに飛びかかる。

 もんどりうってアリスと佐倉、草むらへ転がる。

 視界に、タカハシがいる。

 右手に拳銃。銃口から白煙をあげている。ハイポイントYC9。新品が百五十ドルで買えてしまう激安乱造品である。命中精度はひどいものだが、わずか十数メートルの距離ならどんな粗悪品でも的には当たる。当たりはするのだがどこに弾がすっ飛ぶのかわからないので、まともな銃より怖い側面もある。

 アリスの足元で、佐倉が倒れている。腕から血が流れている。

 飛びかかってきたのは弾からアリスを守るため。

 PSG1を背中にやってしまったのは尚早だったと悔みつつ。

 正面に立つタカハシ。

 アリスは丸腰で、佐倉を後ろにかばって立つ。

「どうした。忘れ物か?」

 タカハシが凄絶な笑みをうかべる。

「ああ。大事な証拠品をな」

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